第十六話:それぞれの未来と残された想い
大図書館を襲った激しい争奪戦は、アラミスの「恩義」という選択によって、ついに終結した。
彼の胸に宿った「新たな魔導書」の光は、図書館を覆っていた不穏な空気を浄化し、秩序を取り戻していく。
崩壊寸前だった書架は、魔法使いの力と、残された図書館員たちの尽力によって、少しずつその姿を取り戻し始めていた。
図書館の奥深く、かさねは、自身の写本がアラミスを選んだことに、驚きと共に、ある種の運命を感じていた。
彼女のルーツである古の魔法使いの血脈が、この魔導書と深く関わっていたことも、今では理解できる。
写本師として、そして高名な魔法使いの血を引く者として、彼女の旅はまだ始まったばかりだ。
「……選ばれなかった、か」
アルト王子は、静かに呟いた。
満身創痍の体を引きずりながら、彼はアラミスが魔導書に選ばれる瞬間を、そして彼が結社を退ける姿を、ただ見つめることしかできなかった。
図書館と、そして愛する人を守るために、誰よりも強く力を欲していたのは自分だったはずだ。その悔しさが、彼の心を深くえぐった。
しかし、彼の隣には、いつもと変わらぬ穏やかな表情でルチル王女が寄り添っていた。
「アルト、貴方は十分に戦ったわ。誰よりも、図書館と、そしてかさね殿を守ろうと尽力した。その事実は、何一つ変わらない」
ルチルの言葉は、アルトの心に温かく染み渡った。
彼女は、アルトの複雑な心情を察し、彼の側で静かに寄り添い、支え続けていたのだ。
アルトは、深呼吸をした。確かに、魔導書は自分を選ばなかった。
だが、彼は図書館を守り抜いた。そして、何よりも、かさねが無事だった。その事実が、彼の心を奮い立たせた。
「そうだ……この図書館の『真の歴史』は、今、明らかになった。ならば、それを正しく後世に伝えることこそが、私の使命だ」
アルトの瞳に、新たな決意の光が宿った。
彼は、王族としての自身の役割を再認識したのだ。
剣を振るう力だけが、国を、そして真実を守る手段ではない。知識を愛し、歴史を深く探求してきた彼だからこそできることがある。
彼は、図書館で得た膨大な知識と、今回明らかになった「真の歴史」を、王国の未来のために活かすことを誓った。
ルチルは、そんなアルトの成長を、誇らしげな眼差しで見つめていた。
アラミスは、胸元に宿る「新たな魔導書」の力を感じながら、図書館の出口へと向かっていた。
豪商からの依頼は果たせず、結社との関係には大きな亀裂が生じた。
彼のこれまでの人生を支えてきた「商人としての論理」は、かさねへの「恩義」という、予測不能な感情によって覆されたのだ。
「……貴女が託したものを、私は決して悪用しない」
彼は、かさねの背中に向かって、誰に聞かせるでもなく、かすかに呟いた。
彼の顔には、苦渋の表情が残るものの、どこか吹っ切れたような清々しさがあった。
彼は、強大な力を手に入れたが、それを私利私欲のために使うことは選ばなかった。
それは、かさねの純粋さに触れ、彼女が命をかけて守ろうとした真実の重みに触れたからだ。
アラミスは、遠い異国の地へと去っていくことを示唆した。
彼は、この魔導書の力を、自分自身の、そして世界の新たな道のために使うことを決意する。
彼の心には、恩人であるかさねを直接傷つけずに済んだことに安堵しつつも、自分の立場と、彼女への制御不能な好意の間で複雑な感情を抱えたままだった。
彼の旅は、これから始まるのだ。
かさねは、図書館の静けさの中で、自身の手に残る「新たな魔導書」の温かさを感じていた。
自身の写本がアラミスを選んだことに、驚きと共に、ある種の運命を感じる。
アルト王子への感謝と、アラミスという予測不能な存在への、拭いきれない感情が、彼女の心に残されていた。
彼女は、自身のルーツと能力を受け入れ、写本師として、そして高名な魔法使いの血を引く者として、新たな「歴史の螺旋」を紡いでいくことを決意する。
この図書館で、彼女は多くの真実と出会い、多くの人々と出会った。
そして、その出会いが、彼女の運命を大きく変えた。
図書館の窓から差し込む光が、埃の舞う空間を照らす。
それは、過去の終わりと、未来の始まりを告げる光のようだった。
かさねの旅は、まだ始まったばかりだ。
彼女の筆が、これからどのような物語を紡ぎ出すのか、それはまだ誰も知らない。