第十二話:隠遁する魔法使いの登場と「真の歴史」の啓示
大図書館は、まさに地獄絵図と化していた。
魔導書の暴走によって書架は崩壊し、紫色の魔力の奔流が空間を歪ませる。
アルト王子は血を流しながらもかさねの盾となり、アラミスは結社の目を欺きながらも、その見えぬ手でかさねたちを援護していた。
しかし、刻一刻と迫る敵の増援と、図書館の崩壊は、もはや時間の問題に思えた。
「くそっ、これでは……!」
アルトが声を上げたその時、図書館の最も古く、最も深い場所から、これまで感じたことのない、しかしどこか懐かしい響きを伴った「声」が、かさねの脳内に直接届いた。
それは、何世紀もの時を超えて紡がれてきた、知識の根源から発せられるような、圧倒的な存在感を持つ声だった。
その声に導かれるように、崩壊した書架の奥から、複数の人影が現れた。
彼らは、古びたローブを纏い、顔には深い皺が刻まれていたが、その瞳は、まるで星々を宿しているかのように深く、そして強く輝いていた。
彼らこそ、古の魔法を継承し、長きにわたり世界の陰に隠れ生き続けてきた隠遁する魔法使いたちだった。
彼らは、暴走する魔導書の中心へと、迷いなく足を進める。そのリーダーらしき老いた魔法使いが、かさねの前に立ち止まり、その紫色の瞳を静かに見つめた。
「……やはり、お前だったか。この時を、永きにわたり待っていたぞ、我らの血脈を引く者よ」
その言葉に、かさねは息を呑んだ。
彼女の内に眠っていた「高名な魔法使いの血縁」という真実が、目の前の存在によって、ついに明確にされたのだ。
彼女の能力が偶然ではない、古の血に由来するものだと改めて突きつけられ、全身に電撃が走ったような衝撃を受けた。
老いた魔法使いは、手をかざし、暴走する魔導書の光を一時的に鎮めた。
図書館の轟音がわずかに収まったその瞬間、彼の声が、その場にいる全ての者たち――アルト、アラミス、そして各勢力の者たち――の心に、直接響き渡った。
「聞け、愚か者どもよ!貴様らが今、奪い合っているその魔導書には、このアースガルド王国の『真の歴史』が記されている!」
彼の言葉に、その場の誰もが息を呑んだ。
「この王国は、かつて魔導書が暴走し、世界を滅ぼしかけた大災厄の後に建国された。
初代国王は、その魔導書の力を利用し、混乱に乗じて権力を掌握した。
そして、その魔導書に記された真実――彼がどのようにして王座につき、いかに多くの犠牲を払ったか、そして彼自身が魔導書の禁断の力に魅入られていたか――を隠蔽するため、歴史を改竄し、この魔導書を封印したのだ!」
魔法使いの言葉は、まるで雷鳴のように、全ての者の脳裏に刻まれた。
アルトは、自身が学んだ歴史書の内容と、魔法使いの言葉が大きく乖離していることに衝撃を受け、王族としての自身のルーツに深く疑問を抱いた。
ルチルもまた、顔色を変え、長年王宮に渦巻いていた不穏な噂の真相が、目の前で暴かれていることに戦慄した。
異国の商人の結社の者たちは、その言葉に狂喜した。
彼らが魔導書を狙っていたのは、まさしくその「真の歴史」を白日の下に晒し、世界の秩序を揺るがすためだったのだ。
彼らの首魁らしき人物が、高揚した表情で叫んだ。
「やはり!我らの推測は正しかった!これで、この国の、いや、世界の支配構造を覆すことができる!」
アラミスもまた、その「真の歴史」の啓示に、目を見開いていた。
彼が所属する結社の目的は理解していたが、ここまで具体的な真実が明かされるとは予想していなかった。
彼の心は、任務遂行という使命と、目の前の衝撃的な真実、そしてかさねがこの事態の中心にいるという事実に、複雑に揺さぶられた。
「この魔導書は、真実を求める者にしか力を貸さない。そして、その真実を書き写し、新たな時代を紡ぐ力を持つのは……この者の他にはない!」
老いた魔法使いは、再びかさねに目を向けた。
彼の言葉は、かさねの使命が、単なる写本師のそれを遥かに超えていることを告げていた。
図書館の争奪戦は、もはや単なる力の奪い合いではない。
それは、隠された「真の歴史」を巡る、世界の運命を賭けた戦いへと変貌したのだ。
そして、その最終的な鍵を握るのは、魔導書に愛され、古の血を引く少女、かさねだった。




