86.腐れ花採取依頼
「どうした?トレオンから用件なんて珍しいな」
防音の魔道具を操作しながらジークが尋ねる。部屋にはいつものメンバーが勢ぞろいしている。
「まずはこいつを見てくれ。誰に見える?」
そう言って一枚の紙を机に広げる。
「・・・こいつはノアだな。『漆黒の闇』の女魔法使いだろ。確か殺されたんじゃなかったか?」
「ボートレット侯爵の所のスパイだったから、スパイ狩りでやられたはずだよ」
ジークとロッシュの答えにトレオンは首を振って否定する。
「多分、この女、上手い事身代わり立てて殺されてなかった。と言ってもベイルの言葉が本当なら既に殺されているけどな」
「どういう事じゃ。もう少し分かりやすく説明しろ」
■
トレオンから詳しい話を聞いた3人は大きくため息を吐いた。
「また、ベイルか。あいつ色々、事を起こし過ぎじゃろ」
「それよりももうちょっと、ベイルから情報引き出せなかったの?」
「聞き出すつもりだったが、その前に将軍が来て、あいつはすぐに逃げだした」
「そう、将軍の変装もうちょっと何とかならなかったのか?」
抗議するような目でトレオンとマーティンがジークを睨む。
「俺に言うな。一応、お守はアーリット達に押し付けたから、しばらくは組合には来ないだろう」
「将軍の事はどうでもいいよ。それよりもノアの件、先触れのベイル襲ったって事は、下手したらマークティックとティガレットが殺されてたって事でしょ」
「まあ、そうなるな。ただ、貴族同士の権力争いだから、俺等が首突っ込む理由は無え」
「確かに組合長の言う通りじゃが、証拠ぐらいは手にいれておきたいのう。何かに使えるかもしれん」
ユルビルのその言葉に全員が頭の中で考えを巡らせる。各自考える事は別の事だが、まずはやらなければならない事に考えが至る。
「取り敢えずベイルが襲われた場所に行かねえと駄目だな」
「・・・あやつ場所覚えてるのか?」
・・・・・
マーティンの言葉に全員が何とも言えない顔をする。このメンツはベイルとの付き合いも長いから、『多分覚えてないだろうなあ』という結論に至った結果だ。
「取り敢えず、俺の方でベイルから色々聞き出してみるから、動くのはその後って事か」
「まあ、そうじゃな。別に証拠があれば何かに使えるかもというレベルの話じゃ。儂等の任務とは関係ないから、そこまで力を入れる必要もない」
「ユルビルの言う通り。僕らの任務とは関係ないから。本来の任務より優先しないでね」
「承知した。それにしても『第五部隊』と言ってもノアはその部隊長。それに勝つとは・・・ベイルの強さは少し修正しておいた方がいいか」
そう呟いたマーティンにジークが相槌を打つ。
「お前らは4級上位って見てるが、あいつは十分5級でやっていける強さだ・・・・頭があればって注意がつくけどな」
「儂等はその注意無しで4級上位と判断しておる。前も言ったが、あれで知恵が回れば手が付けられん」
「それよりもこうして集まったからついでに聞いておきたいんだけど、ジーク、『ドルーフおじさん』の追加情報は?」
ロッシュの問いにジークは首を振って答える。それを見てロッシュは少し顔を曇らせるが、ジークの次の一言に驚く事になる。
「若い女と共に現れたという話以降『ドルーフおじさん』の追加の情報は無い。無いが、各地に『ドルーフおじさん』の仲間と思われる連中が姿を現すようになった」
「ど、どういう事?」
「そいつらは色んな国の商人ギルドに竜素材を売りに来て、エールを必ず買うそうだ。それで取引が終わると、空を飛んでいなくなる」
「そ、空を?」
「ああ、当り前のように飛ぶそうだ。だから連中の後をつけるのも無理で、どこから来て、どこに帰っているかも分かってない」
「それ以外に何か特徴はないの?仮面つけているとか・・・」
「無い。出没する街の法則も特に見つけられていない」
「そうなると、完全に後手に回るしかないじゃないか」
「そうなるな。と言っても今まで先手なんて取れた事無いから何も変わらないだろ」
「そうだけどさあ」
そう言って黙り込み考える始めるロッシュ。そこにユルビルが手を挙げて組合長に質問する。
「それよりも組合長。儂は何故、今になってコーバス以外に出たかってのと、仲間?が出没し始めたかの方が気になる」
「・・・単純に考えればコーバスと『ドルーフおじさん』から目を逸らしたいって事だろう。それ以外は情報が少なすぎて予測も出来ねえ」
「もしそうなら『ドルーフおじさん』はまだこの街に潜んでいるって事かのう?」
「俺はそう考えている。お前らの任務にも変更が無いから、チェスターの爺さんもそう考えてるんだと思うぜ」
「まあ、余所の国の話だから、どっちにしろ俺達じゃ手出しできねえな」
■■
「いやあ、全然何も無えな。あいつら狩り過ぎじゃね?」
俺は一人森の中をウロウロ彷徨い腐れ花を探している。近くにくれば匂いで分かるんだが、今の所匂いはしないので見つけられていない。更に言えば、魔物も採取用素材も見つからねえ。連中が真面目に仕事してたとは聞いたが、ちょっと働き過ぎじゃね?
もしかしたら腐れ花も狩り尽くされた可能性も考えて、事前にリリーに聞いてきたんだが、あれだけ心が死んでた連中でも『腐れ花の採取』依頼は誰も受けなかったらしい。報酬美味くねえし、デメリットでけえし、これ受けるぐらいならフリー討伐の方が美味しいもんな。
って事で森を歩き回って探しているんだけど、こういう時に限って物欲センサーが仕事しているのか全然見つからねえ。普段探してねえ時は呼んでもねえのに見つかるってのに。
ただ、こんなクソ依頼で日をまたぐのも馬鹿らしいから、出来れば一日で終わらせたい。だからもう昼過ぎてからは必死で探したよ。そして夕方にようやく見つけた頃には組合長への憎しみで心が一杯だった。
ようやく見つけた、マジで探したぜ。でも見つかってよかった。これでこのクソ依頼受けさせた組合長に復讐出来る。
そうして匂いに我慢して採取を終えた俺は街に戻ると街の入口には依頼人が待っていた。・・・なんか依頼人は専用の鼻栓してんだけど・・・俺が臭いってか?
「いえ、違いますよ、仕事柄この臭いには慣れてますから。今、丁度仕上げの段階でして、鼻を『腐れ花』の臭いに慣れさせる訳にはいかないので、鼻栓しているんですよ」
なんか臭いマイスター的な感じなのかな?それならまあいいや。
「ふーん、ちなみにその鼻栓ってどこに売ってんだ?」
腐れ花の臭いでさえ防ぐ鼻栓・・・こいつは色々使い道がありそうだから、ちょっと欲しい。
「これですか?特注ですので売ってないですよ」
特注かよ!そりゃあ店でも見ねえ訳だ。って事は値段も結構しそうだ。
「これ一個一万ジェリーですね。良ければ売りますよ?」
た、高え。思っていた以上だ。ただ、見た感じ鼻を押さえつけているだけの道具だけど、よく見れば押えている部分が痛くならないように布が当てられている。それに両手がフリーになるってのもいいな。普通臭い対策は布でするんだが、あんまり効果は実感できねえし、結び目が緩んでないか気にしなきゃならねえけど、こいつにはその必要が無い。
高いけど一個ぐらい持っておきたい。
「よし!買う。売ってくれ」
「おお!僕ら調香師以外の人が買うの初めて見ました」
「そうなの?組合員なら結構使い所ありそうだけどな」
「そもそもこの鼻栓つけるのは仕上げしながら、腐れ花も処理しないといけないっていう特殊な状況でしか僕らも使いませんし、多分知っている人自体いないんじゃないですかね」
ああ、そういう理由なら組合員が知らねえのも納得だ。そんな話をしながら依頼人の後をついていくと、街から離れた所に大きめの家がポツンと一軒建っていた。
「聞いてはいたが、本当にポツンと一軒だけで、周りに何もねえんだな」
「まあ、腐れ花はどうしても臭いが出ますから。でもそのおかげで、魔物も近寄ってこないからこんな所でも安全なんですけどね」
「それでは鼻栓持ってきますから、腐れ花はその辺に置いておいて下さい」
そう言って依頼人は家の中に入っていった。調香師ってのは香水作るのに混ぜる素材やその比率は極秘だって聞いているから、家に入れて貰えるなんて思ってない。取り敢えず言われた所に腐れ花置いておくか。そうして取り出した腐れ花だったけど、採取の時と違って今は全然臭いがしねえ。だいぶ鼻がマヒしているみたいだ。
そこから暫く待つと依頼人が戻って来た。
「それではこれが鼻栓です。依頼書には完了のサインは書いておきました。あと、これはささやかですが、貰って下さい」
そういって手渡されたのは、高そうな瓶に入った透明な液体。流石にこれで中身が水って事は無いだろう。一応臭いを嗅いでみると、予想通り凄い良い匂いのする香水だった。
「おい、これって香水だろ。いいのか?これ絶対この依頼の報酬より高いぞ」
「ええ、顧客の期待に応えられなかった失敗作で、捨てるだけの物だったので気にしないで下さい」
「いや、でも香水って使っているのがステータスみたいなもんだろ。俺みたいな平民丸出しの組合員が使ってたら香水の価値が下がるんじゃねえか?」
俺の答えを予想もしてなかったのか驚いた顔をする依頼人。
「おお!香水の事をよくご存じで。確かにその通りですが、組合員は香水なんて使わないでしょう」
依頼人の言う通り、組合員が香水つけて狩りに行ったら獲物が逃げるし、余計な魔物を引き寄せる原因になるから使わないだろう。オフの日でも臭いが残る可能性があるから使わないと思う。って事はこの依頼人は俺に渡して何をやらせてえんだ?売って金にしろって事じゃねえよな。そもそも香水って良く分かんねえけど買取拒否されるって聞いたな。そうなると、誰かに使って欲しいって事だな。俺達組合員じゃねえとすると・・・。
・・・・・ああ!受付嬢か!受付嬢は美人だし、身だしなみもしっかりしているから、使っても香水の価値が下がらねえか。そんな受付嬢達が街を歩けば、欲しがる奴も出てくるって事だな。俺は受付嬢に渡すだけで好感度アップするから文句は無い。
「いや、そもそもお前が受付嬢にプレゼントすればいい話じゃね?」
「僕は色々契約で縛られているので、あからさまに動く事は出来ません。たまたま、家まで来た人に失敗作を一本渡すぐらいなら文句は言われませんが、そもそもこんな臭い家に誰も来ませんよ」
ハハハって本人は笑っているけど、自虐すぎて俺は笑えねえ。
「まあ、そういう訳ですから、お願いしますね」
そう言う事なら喜んでやらせてもらうぜ。どっちにしろ組合長に復讐する時に受付嬢達の好感度下がるの分かってて、ご機嫌とりにお菓子買わなきゃなあって思っていたぐらいだ。
取り敢えず依頼人には礼を言っておいて街に戻る。
今回の依頼人結構いい奴だったな。たまに本当に碌でもねえのがいるが、今回のは当たりだったぜ。しかし、香水かー。
そんな事を思いながら貰った香水をマジマジと眺める。もう瓶からして高級だってのが分かるぐらい細かい細工がしてある。これだけでも職人の特注だろう。値段は予想がつかねえ。そんで中身。蓋を開けてもう一度臭いを嗅いでみる。良い匂いだけど、直で嗅ぐと結構きついな。こういうのって確か手首とか首につけるもんなんだよな。
・・・・試しに一回つけてみるか?いや、でも匂いが残ると獲物が逃げたり、呼んでもねえ魔物が襲ってくる可能性が・・・・・あれ?よく考えたらこの依頼受けた時点で臭いのせいで3日は狩りに行けなくなるから同じ事じゃね?それに今、狩りに行っても獲物いねえから、丁度いいや。
そう結論付けて軽く香水を手首につけ、首に広げてみる。
・・・・・おお!凄え良い匂いだ!これが貴族や金持ちの匂いかー。何か俺も金持ちになった気分だ。ハハハ。・・・・・あれ?しかもこの香水腐れ花の臭い消してねえか?いや、気のせいか?こうなりゃ街で確かめてみるか。
この時はこの程度の気分の良さだったんだ。ただ、こいつの凄さは街に帰ってからが本領発揮だった。もうね、街に入る列に並んでいる時点で凄かったもん!
「ね、ねえ、あの人凄く良い匂いしない」
「も、もしかして香水使ってる?」
「組合員が香水使ってるの?もしかして凄い稼いでいる人なのかしら?」
俺の前後の若い子がヒソヒソ話をしているのが、聞こえてくる。やべえ!めっちゃ気分がいい。香水の力すげええ!しかも腐れ花の臭い、これ絶対消えてるよ。香水ってマジでやべえ。依頼の後に香水使えるなら、デメリットがほぼ消えるから受ける奴も増えそうだ。
そんな周りから注目を浴びつつ列に並んでいるとようやく順番が回ってきた。
「よし、次!・・・ってベイルか。何でこっちに並んでいる?組合員なら処理場から入ればいいだろう」
今日の門番にティッチがいるってのは、朝見たから知っていたぜ。だから敢えて時間のかかる門の方に並んだんだ。
「別にいいだろ。違反している訳でもねえしよ。それよりもさっさと街に入れてくれよ」
「また、碌でも無い事企んでいるんだろう。お前は私が直々に手荷物検査してやる。こっちに来い!」
まあ、確かにその通りなんだが、既に組合員引退したティッチにも、そう思われているのはどうなんだ?
「まずは手荷物の確認・・・・おい!」
列から離れた壁際までティッチに連れてこられ、手荷物渡そうとしたら、いきなり胸倉を掴まれて壁に叩きつけられた。
「痛えー。ティッチ!てめえ!いきなり何しやがる!」
「こ、これは・・・ど、どういう事だ・・・な、何故・・・お前が・・・」
ティッチの奴、なんか覚醒した主人公に驚いている悪役みたいだな。と思った次の瞬間、俺の体に顔を近づけて腹から胸、首にかけて匂いを嗅いできやがった。
・・・おお、頭固くても見た目は美人なティッチにこうまで顔近づけられると流石の俺でもドキドキしちまう。特に最後首元の臭いを嗅がれた時はヤバかった。変な性癖に目覚めそうだったぜ。
「これか?詳しくは言えねえけど、貰った」
「貰ったああああ!!!嘘を吐くな!ベイル!こんな高級品をくれる奴は聞いた事無いぞ!」
ええー。ティッチ、凄え怒ってんだけど・・・・何で?
「嘘じゃねえって、そもそも香水って高いって聞いていたけど、高級品ってレベルなのか?」
「・・・・・・・最低50万だ」
・・・・・
ええ!?うっそだろ。そんな高いの?1~2万ぐらいだと思ってた。
「完全オーダーメイド。各個人に合わせてそれぞれ作られるから、最低でもそれぐらいだ。爵位の高い王国貴族の香水は数百万すると聞いた」
マジか、興味全然無いから知らなかった。これ別にただ良い匂いするだけの水だぞ?そんな価値あんのか?
「だからそんな高級品をお前が持っているのはおかしい。どこで手に入れた!」
こいつメッチャ圧が強いんだけど・・・高級品って分かったけど、そこまでのもんか?ああ!そうだ!ティッチにも使わせてみよう。こいつも美人だし、依頼人の意向に沿っているだろ。
「だから試しに使ってくれって貰ったんだよ。良ければティッチも使って「使う!!!!」みるか?」
おい、おい、こいつ最後まで俺が言い終わる前に被せてきやがった。どんだけ使いたいんだよ。って事でティッチの手首に一滴づつ垂らしてやると、ティッチは今まで見た事がない笑顔で舞い上がっている。しかも俺に抱き着いてお礼まで言ってくる始末。こいつどんだけ嬉しいんだよ。ただ、出来れば胸当ては外して抱き着いて欲しかったぜ。
「ティッチ、喜んでいる所悪いが、街に入りたいんだけど?」
「ああ、いいぞ。お前は問題なし、通っていいぞ」
こいつ浮かれすぎて検査適当になっているけど大丈夫か?
後日門番に教えてもらったけど、この日ティッチは終始ニッコニコでご機嫌で仕事していたらしい。普段眉間に皺寄せて仕事しているティッチのあんな笑顔見た事ない。貴重な体験有難うとお礼まで言われた。
まあ、そんな訳で無事街に入れたんだけど、香水の凄さを改めて感じる。
だって、あのティッチが仕事適当になるぐらいだぜ。これ、組合行ったらとんでもねえ事になるんじゃねえか?
・・・ただなあ、今の組合員の見た目じゃ香水の良さを全然引き出せてねえ。ちょっと金がかかるが、相応しい恰好になるか。これで受付嬢にも更にチヤホヤされるはずだぜ。
ハハハ、最初はクソ依頼だと思ったけど、今は組合長には感謝しかねえぜ。・・・復讐?俺はそんなチンケな男じゃねえよ!




