80.その頃王国では①
本日一回目です。
「クライムズ伯よ。これは本当に本物なのか?」
目の前に置かれた三つの黒い液体を前に宰相が私に尋ねてくる。
「はい、報告を聞いた限りだと国宝の『秘薬』と同等の効果があるものと思われます」
既に宰相も陛下も何故か本物だと信じきっている。だから今のこれは茶番だと分かっていても頭を下げたまま、この茶番に付き合い、周囲の・・・特に敵対派閥を黙らせなければならない。
私の答えにこの場にいる貴族達から驚きの声があがる。
「静かに!皆の驚く気持ちも良く分かる。そこで実際にその『秘薬』を入手したコーバスの冒険者組合長ジークをこの場に呼んでいる。ジーク!顔をあげ、入手した経緯から今までの事を嘘偽りなく陛下へ報告せよ」
私の後ろで頭を下げていたジークが宰相の言葉に従い顔をあげる。
「コーバス冒険者組合長ジークです。ご命令に従い報告させて頂きます。・・・事の始まりはアシッドスライムの発生で・・・」
ジークの長い説明を誰も・・・敵対派閥の連中でさえ口を挟むことなく聞き入っていた。私は既に同じ内容の報告を聞いていたから驚いてはいないが、最初聞いた時は今の皆と同じ顔になっていただろう。
「し、信じられん。『黒竜の血』だと・・・お伽話ではなかったのか」
「それ一滴で『秘薬』になるとは本当か?」
「いや、それよりもその『秘薬』を平民の・・・それも組合員如きに使ったとはどういう事だ」
「『黒竜の血』を5億だと・・・『ドルーフおじさん』は何を考えているんだ」
「『令嬢』の口ぶりから黒竜のいる場所を知っているはず・・・早急に探さなくては」
ジークの話が終わると貴族達からどよめきが起こる。好き勝手言ってる者もいるが、もう既に使ってしまった後なのだ、過ぎた事を言ってもどうしようもない。
そして最初に動いたのは、やはりボートレット侯爵だった。
「き、貴様は!何故『秘薬』と同等の効果があるものを平民を助けるために使った!すぐに国に報告するべきであろう!」
ボートレットが顔を真っ赤にしてジークを怒鳴りつける。貴族としてはまあ、当然だろう。だが、既にこの事は陛下に報告して許されているので、騒ぐだけ無駄なんだがな。教えてやらないけど。
「いやあ、ああいう連中でも俺が守るべき組合員ですから、一心不乱で夢中で治療してたんですよ。それでようやく一息吐いた所で、気付いたんですよ。『あれ?この血入りポーションの効果凄くね?』って。そこからは慌てて残った3本を代官様に献上して今に至ると言う次第です」
ジークの奴、嘘、偽りばっかりだ。まあ、『陛下』ではなく『ボートレット』にだから問題はない。それにその時どう思っていたかは調べようもないしな。おお、おお。ボートレットの奴、悔しそうに睨みおって、愉快。愉快。
「陛下!その3本が本当に『秘薬』であるという証言はありますが、証拠はありませんよ!」
今度は偽物説を推してくるか。確かに私もこの目でその効果を見ては無いからな。確かめるために『秘薬』を使う訳にもいかんし。まあ、後は言われた通りジークに任せよう。こいつが何をしたか知らんが、宰相と陛下も本物だと信じたからな。
「かと言って確かめる為に『秘薬』を1本使うのはあまりにも愚かな行為。さてジークよ!どうやって、これが本物と証明する?」
ボートレット候の本領発揮だな。こいつは人の手柄に横槍入れて、価値を下げるのが得意だからな。さて、ジークどうする?
「これが本物だと、そこにいる総組合長チェスターとその隣の奴も認めたんですがね?」
そう言うジークの視線の先には陛下の座る場所から一段下がった場所に佇んでいるチェスターとその隣・・・・まーた得体の知れない仮面の人物。・・・こいつは何故陛下と同じで椅子に座る事を許されておるのだ。そして今の口ぶりからジークはこいつが何者か知っているな。後で聞かせて・・・いや、聞かない方がいいな。よし!
「チェスターはお前と同じ組織ではないか。証言の信頼度は低いぞ!そして隣の得体の知れない仮面の証言は聞く価値も無い」
うーん。確かにボートレットの言う通りだ。ちょっと苦しくないか?
「こいつは余の命の恩人だ。訳あって顔は隠しているが、宰相や親衛隊長と同じぐらい信用している。そして、こいつもこれが本物だと言う。信じてもよいのではないか?」
何と!だからあの仮面はあの態度でも許されているのか。正体を知りたいが、この場で顔を隠す事を許されている時点で多分探ってはいけない人物だろう。
「陛下!恐れながら申し上げます。信用があってもこの『秘薬』は万が一の時に使うものです!もしその時にこれが偽物だと判明しては遅いのです!何卒、賢明な判断をお願い致します」
ふーん。ボートレットの落としどころはこの『秘薬』が本物か偽物か曖昧にしてこちらの手柄を少しでも下げるのが狙いだろう。もし使うとなれば、ゴリ押しで使う相手をねじ込んでくるだろう。そして使われた相手はボートレットに感謝するはずだ。
こいつは何もしていないのに、口を挟むだけでこちらを下げるか、恩を売るか出来る。相変わらずこういう事への頭の回転は早い。
「恐れながら侯爵様。証拠もあります」
「何だと?」
「私のこの目です。こちらは私が組合員を引退する原因となったケガ。それがあの『秘薬』を飲み元通りです」
そう言って左目の眼帯を外して見せるジーク。当時国内最強のクラン団長の引退の原因は当然ボートレットも知っている。
「それは本当に見えているのか?」
「アルフレッド。確かめろ」
ボートレットの疑問に陛下が後ろに立つ親衛隊長に命令する。命令を受けた親衛隊長はジークに近付くと鎧や武器などの装備を外していく。
「見えているなら何故眼帯をしている?」
「治ったばかりで距離間が上手く掴めねえんだよ。だからアル、拳だけな。こっちは右目を隠すんだ。いいハンデだろ?」
「ぬかせ!」
・・・・・・
噂には聞いてはいたがジークと親衛隊長は本当に仲が良いんだな。普段陛下の後ろで微動だにせず立っている、あの親衛隊長が口を開くとは・・・。
■
「陛下、ジークの奴完全に目が見えています」
しばらくの殴り合いの後、親衛隊長が陛下にそう報告した事で、二人の殴り合いは終了した。端で見ていた私には二人の動きが全く見えなかったが、他の者も同じ顔をしているので、見えていなかったのだろう。
「てめえは相変わらずガードが固えな!俺の知っている頃と動きが全く変わらねえ。化け物かよ!」
「お前は相変わらずの馬鹿力、そしてタフさ。鈍ったのは速さと持久力か」
「うるせえ!こっちはもう事務方なんだ。お前みたいに毎日訓練出来ねえんだよ!」
「ふん、負け惜しみか」
「ああ?てめえ!両目に慣れたら覚えておけよ!絶対ボコボコにしてやるからな!」
「ふん。いつでも受けてやる」
・・・ジークと親衛隊長の仲が良いとは聞いていたが、まさかここまでとは、あの親衛隊長が子供みたいに張り合っている。驚いているのは私だけでは無い、他の貴族もだ。何故か陛下だけは和やかに笑っているのは何故なのだろう?
「二人とも、陛下の前だ!控えよ!」
宰相の言葉に我に返った二人はその場に膝をついて、頭を下げる。
「余もジークが失明した事は聞いておるが、これでボートレット候の言う証拠にならんか?」
そして場が静まると、陛下がボートレットに投げかける。
「けれど、陛下、そのジークは聞けば失明しただけ!我等、由緒ある貴族に伝わる『高ポーション』なら治療も可能かもしれません」
「報告はしてありますが、手首も溶かされたんですがね?『高ポーション』では二つの再生は無理ですが?」
「貴様が目を失った事は知られているが、手首の事は誰も知らんから証拠にはならん!」
おお、どうする?ジーク。敵は諦めが悪いぞ。そろそろリエール侯爵の助けがいるか?一応事前にお願いして私の合図があるまで口を出さないようにしているが、そろそろ分が悪いだろう。そう思ってジークを横目で見る。
・・・ふふ、あいつめこちらを一瞬だけ見て笑いおった。ここまで計算付くか。
ハラハラしているリエール侯爵達に顔を向けて軽く笑いかけると、侯爵は分かってくれたのか他の連中に後ろ手で合図をして下がらせてくれる。
「そう言われると、後は実際にその効果を確かめるしかないですね」
ジークが当たり前の事を言うと、ボートレットもそれに乗る。
「ハハハ、それがもし本物だったらどうする?本物だったら国宝だぞ!それを確かめる為に飲むとは、陛下も許さんだろう」
話はそこに戻るよな。結局手詰まりだな。ジーク、ここで終わりか?
「それならそいつを薄めて確認しましょう」
・・・・・・・
何てこと無いように言うジークに陛下でさえも固まった。
やはりジークもコーバスの人間だ!考え方が根本から違う!国宝レベルの物を確かめる為に、薄めるなど考えがおかしい!こうなったらリエール侯爵の助けを・・・。
「ならん!ならん!そんな馬鹿な事出来るか!これがもし本物だったらどうする!却下だ!却下!」
その前にボートレットが慌てるように動いた。
「え?本物だったら昔みたいに残りの9本は褒章として与えればいいのでは?1つ使っても残り9本ですし、『秘薬』は2本も残るし・・・話に聞く数代前の王みたいな事が二度も起こるとは思えませんし。それに二つも使うような事態はそうそう起きないでしょう?」
じ、ジークの奴、こいつ分かっていて言っている。とんだ狸だ!こう言われて陛下が否定したら、陛下が自身で体や統治に不安があると言っているようなものだ!
「貴様!ふざけるな!国宝の『秘薬』を薄めるだと!そんな事出来る訳ないだろう!」
「何故ですか?本物か確かめるのは私はそれが一番良いと思いますが?それにこちらも良かれと思い国に献上しようとしているのに本物かと疑われると流石にねえ。だったら献上するのはやめて組合で使いますよ」
「貴様は馬鹿か!『秘薬』は国宝だ!組合で管理されてたまるか!国で管理するのが当然だ!」
「それなら侯爵様はあれが本物だと認めると言う事ですね?」
「そうは言っておらん!さっきから本物か確かめるべきだと言っている!」
「なら使ってみるしかないですね」
「馬鹿者!もしそれで本物だったらどうするつもりだ!」
さっきから堂々巡りだ。ここは陛下の判断を待つしかないな。
「二人とも静かに!」
宰相の言葉に言い合っていた二人は口を閉じる。そしてずっと目を閉じて考え事をしている陛下がゆっくりと口を開いた。
「これを薄めた物で本物か確認する。シュアル将軍を呼べ」
「・・・・・・・はい!」
陛下の言葉に全員が沈黙する中、宰相が最初に我に返り、返事をすると、すぐに準備するように指示を出し始める。流石のボートレットも陛下の決めた事に異論を言う事は出来ないが、すぐに作戦を変えたようだ。
「恐れながら陛下、シュアル将軍ではなく、コズー隊長は如何でしょう?彼は任務で片腕を失いましたが、今でも国の為に頑張っております。彼は使うに十分に値すると考えます」
そいつはお前の派閥にどっぷり浸かっている奴ではないか。しかもそちらの不祥事を何度もそいつがもみ消しているのも知っているぞ。それならまだ中立のシュアル将軍の方がマシだ。
陛下が使うと決めたら、即座に食いついていく。流石のボートレットだ。まあ、さっきまでのやり取りは何だったんだと言いたいがな。
「その方では駄目ですね」
こちらも誰か推薦しようとリエール侯爵と目で合図をしていたら、ジークが口を挟んできた。
「貴様に何が分かる!」
「そのお方は片腕がないんですよね?『秘薬』を薄めたポーション『高ポーション』だと指までしか再生しないと聞いています。それなのにその人で効果が分かりますか?私はアレが本物だと確信していますが、確認には適切な人を選んでください」
「き、貴様!・・・・・」
ジークの正論にボートレットと言えど反論出来ないみたいだな。顔を真っ赤にしてジークを睨みつけている。あいつのあんな悔しそうな顔が見れるとは気分がいい。
「ボートレット候。余はシュアル将軍に使うと言ったのだ」
「は!失礼致しました」
陛下にそう言われれば、ボートレットも下がるしかない。そうしてしばらく待つと、大分白いものが混じるようなった髪を後ろに撫でつけ、顔は精悍で体も筋肉で覆われた体格のいい男・・・シュアル将軍がやってきた。
「お呼びですか、陛下」
「シュアル将軍、その格好は・・・」
やってきたシュアル将軍を見て宰相が驚くのは仕方ない。何故なら将軍は下は訓練用のズボンを履いているが上半身は裸だったからだ。この格好で陛下に会おう等と普通の貴族は思わん。
「ああ?訓練中に急ぎ来いって言われたんだ。仕方ねえだろ。軍のトップの俺を陛下が急ぎ呼ぶなんて緊急事態って事だ、悠長に着替えなんてしてる場合じゃねえだろ!」
「・・・・くっ」
失礼な格好で入ってきたシュアル将軍に宰相が注意したが、将軍の反論に何も言い返せなく口を噛む宰相。そんな宰相を見て意地悪く笑う将軍だったが、ジークに気付いた途端、顔を輝かせる。
「おいおい、ジークがいるじゃねえか。どうした?また竜退治か?それなら俺も連れていけよ。軍からも何人か連れていきてえ奴らがいるんだよ」
「将軍、俺はもう引退しましたよ」
そんな将軍にジークは呆れたように笑いながら答える。
「ああ!そう言えばそうだった。お前なら片目失くした程度じゃどうにでもなるってのに諦めが早え奴だ・・・って事は何でジークがここにいるんだ?」
「将軍、まずは陛下の用件が先だ!」
不思議そうに首を傾げる将軍に、宰相が眉間を押えて注意をする。
「おっと、そうだった。陛下、緊急の用件とは?」
「将軍にはこれを飲んでもらいたい」
既に宰相が手ずから薄めて作った『高ポーション』を指差す。その色は我が家の『高ポーション』と同じく真っ黒だった。
「何ですかこれ?」
「恐らく『高ポーション』だ」
「・・・・・へえ」
陛下の答えに、一瞬に言葉に詰まったようだが、楽しそうに笑う将軍。
「いいんですか?こいつは先王よりこの先、減る事はあっても増える可能性はゼロだと言われましたよ。だから俺もこの若気の至りで失った指を戻せてないんですが?」
将軍が笑いながら指が二本失われた左手を上に掲げる。詳しくはしらんが、将軍は若い時に戦争で指を失ったとは聞いている。その為に『高ポーション』を探しているらしいが、派閥に属していない将軍に売りの情報が入るのは全て終わった後だ。
過去に『高ポーション』を餌に派閥に入るようボートレットが働きかけたが、権力争いには興味が無いと断られたと聞いた。
ただ、今でも『高ポーション』は探しているのは確かだ。ただ派閥に所属してまでは欲しくは無いという程度なんだろう。
「これが本物なら9本補充される事になる。そして『秘薬』が2本」
「・・・『秘薬』・・・嘘だろ・・・どうせ偽物だろ」
流石にいくつもの戦場を駆け回り武功をあげてきた歴戦の将軍でも、この話は驚くみたいだ。
「だから本物かどうか確かめるために将軍を呼んだ」
「そう言う事か。ジークがここに居るって事は手に入れたのはお前だな」
「味は物凄く苦く毒かと勘違いしますが、我慢して吐き出さないで下さい」
将軍の問いには答えず、注意点を述べるジークを見て将軍が愉快そうに笑う。
「ハハハ、了解だ。後で詳しく話を聞かせろ!それじゃあ陛下、飲ませて頂きますぜ」
そう言うと将軍は躊躇いなく真っ黒な液体を飲み干す。凄いな、あんな真っ黒な液体、私なら飲むのに躊躇ってしまうぞ。
そして全員黙って見守る中、将軍が突如喉を押えて苦しみだした。
「ぐ!・・・が・・・がは!・・・こ、これは・・・・ど、毒じゃねえのか?」
「毒ではありません。将軍、頑張って吐かないで下さい」
みんなハラハラして成り行きを見守る中、ジークだけは落ち着いて将軍を見守っている。
そしてその異変に最初に気付いたのは当然ジークだった。
「皆様!将軍の指を見て下さい!将軍!手を上に!」
「で、出来る訳・・・ねえだろ。こっちは・・・吐かねえように・・・我慢するので・・・余裕がねえんだよ」
本当に将軍には余裕がないみたいで、ジークの言葉に息を切らしながら何とか反論している。そんな将軍にジークが近付くとその手を無理やり上に掲げ、誰からも見やすいようにしたので、私にも将軍の失われた指の根本から肉がモリモリ盛り上がって指の形を形成していくのが見えた。
・・・・・・
「ハァ・・・ハァ・・・」
誰もが話では聞いた事はあるだろうが、実際に見た者は誰もいない。そんな『高ポーション』の効果に誰一人言葉を発せず、ただ、ただ、驚いている。そんな中辺りには将軍の荒い息遣いだけが響いていた。
感想、誤字脱字報告本当にありがとうございます。
更新優先で返事は出来ませんが、励みにさせて頂いております。




