71.1『ドルーフおじさん』再び①
日が落ちて辺りが暗くなり始めた、この時間なら歩いている住人がそこそこいるはずだが、今日は誰も見えない。さっさと家に帰って休んでいるんだろう。
いつもの見慣れた扉だけど、変身していると当り前だけどいつもより大きく見えるな。
組合の扉の前で少しだけ立ち止まり、そんな事を一瞬思う。けどすぐに俺は、色々考えた一問一答を・・・こう聞かれたらこう返すってのを思い返す。組合長に聞かれる事はある程度想定しているからな、その通り答える事が出来れば大丈夫だろう。
って事で俺は周りを警戒しつつ、それを見せないように扉を開け、組合に入った。
中で飲んでいるのは3組ぐらいか。相変わらず、暗い顔で酒飲んで美味いのかねえ。っていうかほとんどの奴が体に包帯巻いてるんだけど、酒飲んでいていいのかよ。宿で安静にしていろよ。と、突っ込みたいが、今の俺は『ドルーフおじさん』だ。突っ込みを我慢してトコトコ受付に向かう。
「・・・・・・」
「おいおい、酒こぼしてんぞ!大丈夫か?」
「ちょ、こいつ頭もやられたのか?」
そんな声のする方に目を向けると、傾けたジョッキを口につけエールをダラダラ零している奴と目が合った。連れの二人は俺に背を向けているから気付いていないようだ。
「はっ?う、嘘だろ?」
今度は別のテーブルに座っていた奴が俺に気付いたのか、慌てて立ち上がるのが見えた。
「おいおい、何・・・・・だ・・・・」
「ちょ・・・偽物・・・だよな?」
その立ち上がった奴の連れが視線の先を振り返ると、二人とも俺を見て固まった。
けど驚いている奴は気にせず俺は受付の前で足を止める。当り前だけど、こんな状況だから職員全員が忙しそうにして俺に気付いていない。そしてトレオンの姿は見えないが、俺の目の前には一心不乱に、ものすげえ速さで書類を処理しているリリーが座っている。この時間に仕事しているって事はリリーも残業なんだろう。そんな職員達はリリーもだけど仕事に集中し過ぎて、少し待ってみたが誰も俺に気付いてくれない。仕方ないので、自分から声をかける。
えっと、『ドルーフおじさん』ってどんな口調だったかな?・・・・5年・・・いや、6年は前だからどんな話し方だったか覚えてねえや。・・・商売の話だから物腰柔らかい感じでいくか。
そんな口調でいくと決めて、忙しそうなリリーに声をかける。
「ちょっと、宜しいかな?お嬢さん」
お嬢さん(笑)って歳じゃねえのは知っているけど、見た目若いリリーはよくそう言われているから、敢えてそう声をかける。そう言われた後のリリーは隠しているつもりだけど、僅かに嬉しさが漏れているのは付き合いの長いベテラン組には知られている。
ただ、俺等が『お嬢さん』って声かけると揶揄ってんのがバレバレなのか、その後しばらくは、すげえ塩対応されるから言ってはいけない。(三敗)
「・・・・・はい・・・・え?・・・は?」
俺が声をかけると、リリーはようやく書類から顔を上げてくれた。ただ、俺の顔を見た瞬間、明らかに動揺する。こんだけリリーが驚くのは珍しいが、それも仕方のねえことだ。だって俺は噂の『ドルーフおじさん』(本物)になっているからな。
「・・え?・・・・本物?」
リリーの動揺に気付いた隣に座る新人ちゃんも、俺に気付いて椅子を大きく鳴らしたので、周りの職員も俺に気付きザワつき始める。
「おい、あれ!」、「ほ、本物?」、「に、偽物だろ」、「何で街がこんな時に・・・」
リリーも驚いて固まっているし、話が進まねえなあ。
「組合長と話がしたいんだが、会わせてもらえないかい?」
「・・・・ハッ!し、失礼しました。すぐに確認してきます。少々お待ち下さい」
俺が用件を伝えると、ようやくリリーのフリーズが直って動き出してくれた。
そしてリリーの向かった先は組合長室。この部屋に組合員が呼ばれるのは面倒事か説教のほぼ二つしかない。出来れば入りたくない場所だけど、今日は違う。強引にでも入れてもらうつもりだ。
「誰だ?」
リリーが組合長室の扉をコン、コンとノックすると、中から不機嫌そうな声が聞こえてきた。組合長機嫌悪そうだなあ。
「リリーです。組合長、至急の話が・・・・」
「またかよ・・・・今度は何だ?」
組合長のすげえ嫌そうな声が聞こえてきたが、リリーは躊躇う事なくその扉を開ける。
「すみません。・・・それが・・・」
「忙しい所済まないが、少し時間を貰えないかな?」
待ってろって言われたけど、無視してリリーの後をついて来ていた俺は、リリーの脇をするっと抜けて組合長室に入り込む。身長がリリーの腰ぐらいまでしかない今なら、これぐらいは出来る。
「ちょっと!!」
脇を抜けた俺に、リリーが注意してくるが、色々言葉で説明するよりも、組合長に俺自身を見て貰った方が早い。
「・・・・ほう」
俺の姿を見た組合長は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに手に持つハンコを置いて立ち上がり、リリーに声をかける。
「リリー。悪いが茶を入れてくれ」
「ですが、宜しいのですか?」
「ああ、こいつは・・・・・・・多分本物だ」
おお!凄いな、組合長。何で本物だって分かったんだ?何だろう俺が意識しなくても何かそういう只者じゃないオーラでも出ているんだろうか?
「偽物なら組合に乗り込んでくるなんて馬鹿な真似はしない」
「・・・そうですね。私でもそんな馬鹿な事しません」
おう?俺の事馬鹿って言いてえのか?
「リリーの分もだ。お前もここで話を聞いておけ」
コップを二つ準備したリリーに組合長が指示を出すが、当のリリーは困惑した表情で俺を見ている。
「・・・宜しいですか?」
「構わないよ」
組合長が怒ったらデバフまいてね。
「それじゃあ、自己紹介させてもらうぞ。俺はジーク、この街の組合長だ。それで隣に座るのがリリー。組合の受付嬢だ」
よく知ってるっての!リリーは紹介されて少し頭下げて礼儀はしっかりしている。流石受付嬢。組合長は頭下げるどころか、俺を試してんのか軽く威嚇してきやがる。礼儀がなってねえ駄目な組合長だな。
「私の名前はクローディア」
悪いなクロ。今後の俺の作戦の為に、お前の名前を使わせてもらうぜ。バレたら怒るだろけど、バレなきゃ大丈夫だ。
「巷では『ドルーフおじさん』と呼ばれているみたいだから、そう呼んでもらっても構わないよ」
「「・・・・」」
二人とも『クローディア』って偽名だと思っているのか、全然信じてなさそうだな。・・・まあ、その通りなんだけど。
「・・・・まあ、いい。それで?用件は何だ?」
しばらく沈黙が続いたけど、諦めたのか組合長が口を開いてくれた。
「今、この街は大変な状況になっていますね。街もですが、人が特に」
「・・・何が言いたい?」
あれ?組合長怒った?何か不穏な感じするんだけど・・・リリー!デバフまいて。
「すみません、仰りたい事が良く分からないのですが・・・」
リリーが会話に割って入ってきたら、少し組合長が落ち着いた感じがした。よーし、リリーその調子だ。
「需要がある今なら、こちらを買い取って頂けるかと思いましてね」
そう言って俺は懐から取り出した黒い液体入りの容器を机に置く。
「何だこいつは?」
「私も見た事がありません」
二人は顔を近づけてその容器を確認するが、それが何か思い当たらないみたいで首を捻っている。色々知識豊富な二人でも、流石にお伽話にしか出てこねえような伝説級のこいつは知らねえみたいだ。
「これは黒竜の血と呼ばれるものです」
「「・・・・・」」
あれ?ここは凄い驚く所だろ?何で俺を疑うような目で見てくるんだ?信じてないのかよ。・・・・ってよく考えたら俺がそっちの立場なら絶対信じてねえな。詐欺師としか思わねえ。そう言う時俺は、暇ならその詐欺師がどこでボロを出すか、遊んだりするけど、二人は流石にそういう事はしねえみたいだ。忙しいもんね。
「この血はポーションと混ぜると、死んでさえいなければケガや病気、部位の欠損何でも元通りになります」
「「・・・・」」
二人とも全然信じている感じがしない。逆に更に胡散臭いものでも見るような目つきになっている。
この血の効果は俺も右腕失くした時に経験しているから、実際に体感してもらった方が手っ取り早いだろう。心配なのは、ずっと放置していたからこの血が腐ってねえかって所なんだけど、クロの『腐らない』って言葉を信じるしかねえ。
「フフフ、信じられないのも無理はない。ですが、実際に体験してもらえば信じて貰えるでしょう。ポーションはお持ちですかな?」
そう聞くと、組合長が机からポーションを持って来てくれた。もう街にポーションは無いって話だけど、俺の予想通り組合長は何本か隠し持っていたみたいだ。これは組合長が自分で使う用じゃねえ、多分誰かに何かあった時に使う奴だろう。上級ポーションも1本はあるが、こいつは使わねえ。
「では、使い方の説明を・・と言ってもとても簡単です。ポーションにこの血を一滴だけ入れて、このように軽く混ぜるだけ。後は飲み干すだけです。上級ポーションでも結果は同じですから、わざわざ上級を使う意味はないですよ」
そう言って見本で作ったポーションを組合長に差し出す。凄い嫌そうな顔してんのは、血を一滴入れる時に使ったスプーンが、俺が使っていたのだからか?
「こ、これを飲むのか?死なないよな?」
「す、凄い色してますね。ど、毒とかじゃないですよね?」
ハハハ、失礼な連中だな。くっそマズいけど効果は本物だ。まあ、透き通った緑色したポーションが一滴で真っ黒に濁ればそう思っても仕方ないけど。
「飲む時は一度に飲み干した方がいいですよ。信じられないぐらい美味しくないですから」
俺の忠告にピタリと動きを止める組合長。
「あんたが、実際飲んで効果を見せてくれよ」
お?組合長マズいの苦手か?新たな弱点を発見した!今度モレリアの手料理ご馳走してやろう。
「私はどこも悪くないので、飲んでも意味がないですね。そちらのお嬢さんも見た所、どこも悪くなさそうなので意味はないかと・・・」
「フフフ」
マズいの飲まなくて良くて嬉しいのかリリーが微笑む・・・いや、これは俺に『お嬢さん』って言われて喜んでいるだけだな。
・・・・・・
「はぁー。リリー、俺に何かあれば大声で助けを呼べ」
ようやく覚悟を決めた組合長はそう言ってポーションを一息に飲み干す。
「・・・・・・・・・・・・ガッ!グ!アア!」
飲み干して少し後に苦味が来たのか、組合長は喉を抑えて苦しみだす。うん、うん、吐きたくなるぐらいマズいよね。でも耐えて効果を実感してもらわないと話進まないからな。
「頑張って耐えて下さい。吐いたらもったいないですよ」
「・・・が・・・く、くそが・・・ど、毒じゃ・・・ねえのか」
苦しむ組合長と落ち着き払っている俺を見てリリーはどうしようか迷っている。そんなリリーに俺は、組合長の失われた右の手首を指差してやると、気付いたリリーは大きく目を見開いた。
何故なら俺の指差した組合長の右の手首から肉がモリモリ生み出され、失った部位を形成していっているからだ。
・・・・・再生の仕方は相変わらずキモいな。自分の体がこんなキモイ感じになってるの見たら発狂しそうだけど、苦味でそれどころじゃねえはずだ。俺?俺は好奇心が勝ったから苦味に耐えて観察してたぜ。クロからは呆れられたけどな。
「・・・はぁ、はぁ。・・・はぁ」
ようやく苦みも治まったのか、組合長は大きく深呼吸しだすが、まだそれでも顔は辛そうだ。
「す、すごい。これはとてつもないものですよ!組合長!」
「お嬢さん、落ち着きなさい。組合長がもう少し落ち着くまで待ちましょう」
珍しく・・・っていうか初めて俺からリリーに注意した。そんな俺の注意に顔を赤らめて口を閉じるリリー。くそ、このお嬢さん(笑)可愛いぞ。




