65.王都では①
「3日後には戻ってくるっすから、ちゃんと待ってて下さいね!」
ベッドで寝ているベイルにカルガーが念押ししているが、当のベイルは眠そうに目をこすっている。
「分かってる。朝から怒鳴り込んでこなくても分かってる」
ベイルは夢現でそう答えると布団を被り再び寝入り始める。
「はあー。本当に聞いてるっすか?それと、何度も言ってるっすけど、待ってる間、騒ぎを起こさないで下さいね」
「分かってるっての。俺は余所の街じゃ借りてきた猫に定評があるベイル様だっての」
「その妙な自信はどこから来るっすか?・・・はあー。本当に心配だなあ」
3日間ベイルが知らない街で大人しくしているとは到底信じられないが、時間も迫ってきたのでカルガーは諦めてベイルの泊っていた宿を後にして、仲間と合流する。
そして開門を待つ間、暇なメンバーが話しかけてくる。
「ベイルさん、どうだった?」
「寝ぼけながらも返事したんで、それを信じるしかないっす」
「うーん。それだとあんまり信じられないぜ」
「先生なら、待たずに帰るでしょうね」
ベイルの信用がないのは日頃の行いのせいだろう。
「それよりもカルガー、ベイルと一緒に帰る意味ってあるの?別に先に帰っても良くない?」
「エルは気付いてないかもしれないっすけど、タロウが走り回れず結構イライラしていたっす。この街でベイルさんに会った事でかなりマシになったっすけど、王都で滞在中またストレス溜めると思うので、ベイルさんが必要っす」
「ふーん。まあ、私じゃタロウの事は良く分からないし、カルガーがそう言うなら、納得するわ」
別にエルメトラもベイルと一緒に帰るのが嫌な訳ではない。ただ、一人それを苦手とする親友の為に聞いてみただけだ。
「ザリアも安心して、帰りは行きと同じでベイルさんとタロウに先行してもらうから。我慢は最初だけだよ」
不安そうな顔をしているザリアにアーリットが優しく語りかけると、声をかけられたザリアは『大丈夫』と答えるが、その体は震えている。どう見ても大丈夫そうには見えないが、察しの悪いアーリットはその言葉だけを信じて満足げに頷いた。
そんな事を話していると、すぐに出発となった。アーリット達は当然ティガレットの乗る馬車の護衛で、その前をマークティックの乗るクライムズ家の馬車が、後ろにはドルモルの乗る馬車が続く。そしてその馬車とアーリット達を囲むように騎士団が配置されている。更にその一団の先頭はカルガーを背に乗せたタロウが進む。
王都までの道は当然人通りが多く、タロウに気付いた人々は、最初驚きの顔で見てくるが、後ろに騎士団一行が続いているのに気付いて、すぐに目をこすり、何度も視線を往復している。
「相変わらず目立つっすねえ」
「タロウ大きいからねえ」
視線を浴びるタロウに乗ったカルガーがぼやくと、いつの間にか横に立っていたザリアが答える。この旅の道中で慣れたが、それでもいきなり気配も無く横に立たれると心臓に悪い。
「ちょっと、ザリア。いきなり横に来ないでってお願いしたっすよね!」
「ごめん、ごめん。緊急の用件なんだ」
そう言われると、文句を言うのは後にして、仕事の顔になるカルガー。
「ティガレット様がまたタロウに乗りたいって言ってるんだけど、どうする?」
だが、ザリアから緊急でも何でもない用件を聞いて、思わず力が抜ける。
「却下っす!どうせ、マークティック様とお話したいだけっすよ!だいたい、もう少しで王都っすよ。二人は派閥が違うからあんまり仲良い姿を見られるのは良くないっす!ティガレット様もそれは良く分かってるのに、何でそんな事言ってるっすか!」
怒るカルガーだったが、既に道中で二人が仲良くしている姿を大勢に人に見られているので、今更どうした所で既に手遅れなのだ。ただ二人がタロウに乗っている間、その後ろで甘い会話を聞かされ続け、胸焼けを起こしそうだったカルガーは、それっぽい理由と勢いで拒否しただけだった。
「ははは、そんなに怒らないでよ。了解、ティガレット様に伝えておくね」
そう言い残してザリアの姿が消える。そしてそのザリアが立っていた場所を少しだけ眺めていたカルガーだったが、またしばらくするとザリアが、同じ事を聞きに来るんだろうなと思い、大きく息を吐く。そうして次の言い訳を考えていると、タロウが何かに反応した。
すぐにカルガーは後ろの騎士やアーリットに手を挙げて合図を出し、後ろに下がる。そして入れ違いで騎士が10人程前に出てくる。
騎士が守るべきは3人の貴族だが、アーリット達が守らないといけないのは依頼主であるティガレットなので、カルガーとタロウもティガレットの乗る馬車まで下がり、周りを警戒する。
そうしてしばらく警戒していると、街道の先から馬に乗った騎士が5人程こちらに向かってくるのが見えた。更にその先頭の騎士が掲げている旗に気付くと、警戒していた騎士達も目に見えて動揺し始める。
「王都守備隊っすよ。ここにいる騎士団の皆さんと同じみたいなものっす。まあ、主が王様っすけどね。ちなみに全員王国貴族の家出身者ばかりっすから、気を付けるっす」
周りを固めてる騎士団が何故動揺しているのか分かっていないアーリット達に、カルガーが説明する。特に最後の注意はアーリット達にとって、とても有難かった。道中、騎士と打ち解け合い、気さくに話をしていたので、相手は貴族と言う事をどこか忘れがちになっていたからだ。
そうして近づいて来た王都守備隊は先頭の騎士達と言葉を交わすと、クライムズ家の馬車に近付いていき声を掛ける。すぐにマークティックが馬車から降りてきて、少し話をすると、次に王都守備隊はこちらに来て、馬車に声をかける。
「サファガリア嬢、少し宜しいでしょうか?」
その声に答えて馬車の中で護衛していた女騎士が扉を開ける。
「失礼。我々は王都守備隊の者です。規則ですので、身分を証明する物を確認させて頂きたい」
「これで宜しいかしら?」
そう言ってティガレットは指に嵌めた家紋が彫られた指輪を見せる。
「ご協力感謝します。・・・あと、外の魔物にサファガリア家の紋が見えるのですが・・・一応先触れから聞いてはいますが・・・」
敬礼してお礼を述べた騎士は戸惑った様子で尋ねる。流石に護衛で魔物を連れた一行は経験がないからだ。これでもし王都に入れて、暴れでもしたら責任問題になる。
「ああ、タロウの事ですの?それなら安心して下さい。我がサファガリア家とクライムズ家が安全を保障しますわ」
出来れば王都の外で待たせるという返事が欲しかったが、自信満々の笑顔で伯爵家の名前を持ち出されたら引き下がるしかなかった。
ドルモルの乗る馬車は、中を確認した騎士が何も言わずに静かに扉を閉めていたが、両伯爵家から身分の確認はとれているので問題ないのだろう。
そうして貴族専用の門をくぐり、街を進むとタロウの姿に街の人々が驚いている。
「流石に竜種とか見慣れている王都の人でもタロウに驚くんだね」
「そりゃあ、魔物が街を堂々と歩いていたら誰でも驚くぜ」
「しかも周りを騎士に囲まれて貴族紋を身に着けてますからね」
立ち寄る街で何度も同じ光景を目にしたアーリット達は呑気な会話をしている。そうしていよいよ平民の暮らす下町を抜けて貴族街に入った所で、ティガレットがカルガーを呼び出す。
「何か御用でしょうか?」
「フフフ、今は組合員のカルガーでいいですわよ」
家を出るまでは貴族としての作法を身につけていたので、フル装備ながら上位貴族に対する態度で臨んだカルガーだったが、今は組合員で良いと言われ戸惑う。
「・・・ティガレット様がそれでいいならいいっすけど」
「そっちの方が私は好きですわ。これからも非公式の場面ではそれでお願いしますね」
「は、はあ・・・」
何故そんな事を言うのかさっぱり分からず戸惑うカルガー。『これからも』って言われても、コーバスに戻る自分達とは多分接点は無くなるのにと思う。
一応アーリット達がサファガリア家と契約結んだ事はパーティ加入前に聞いているけど、領が違うからそれに意味があるとは思えない。
「カルガーはこれから家に帰るのですか?」
「いえ、自分は家を出た身分っすから・・・それに今は護衛依頼中っす」
「あら?依頼は『私を王都まで護衛』でしたわよね?既に王都に着いているから依頼は達成ですわ」
普通は家まで送り届けて依頼が完了するのだが、依頼主からそう言われたら何も言い返せない。
「それにアーリット達は私を助けてくれたからお父様から褒美が与えられますけど、カルガーには流石に無理ですわ」
「いや、流石にそこで貰えるなんて考えてないっすよ」
ティガレットを助けた後にアーリット達のパーティに加入したから、褒美が貰えるなんて普通は思わない。そこで図々しく貰おうとするのはコーバスのベテラン組合員ぐらいだ。
そうすると、一度実家に顔を出すのもいいかもしれない。たまに実家に手紙を送ってはいたが、家を出てから一度も帰っていないし、ドルモルとの因縁に決着が着いた事も報告しなければならない。
「それなら一度家に戻るッス」
その返事を聞いてティガレットはにっこりと笑う。その笑顔を見てカルガーは自分の失敗を悟った。
あ、この笑顔貴族の女の人が、企みが上手くいった時にする顔だ。
「そう!それなら良かったですわ。明日当家とクライムズ家であなたの家にお昼前に尋ねますので、ご当主に伝えておいて下さいませ」
「何でそうなるッスか?」
普通、よほどの事が無い限り、下位貴族の家に上位貴族が尋ねる事は無い。何故なら用があれば呼び出せばいいからだ。
「ウチは男爵家ッスから、用があるなら呼び出せばいいじゃないッスか」
「それだと困りますの。両家から呼び出すと、どっちを先に尋ねたかで後々面倒になる事はカルガーなら分かりますでしょう?」
そう言われて一瞬で理解したカルガーは顔を顰める。
同じ伯爵家から同じ日に呼ばれたら、どっちを先に尋ねるかで色々考えなければならない事はカルガーでも分かる。その場合は同じ派閥優先となるが、カルガーの家は派閥に属していない男爵家だ。そこに対立する派閥の両伯爵家から呼び出されたら、どうなるか。どっちを先に尋ねるかで、かなり面倒な状況になる。下手をすれば両派閥から潰される可能性もある。
「分かるっすけど、用事は何っすか?」
「それは明日話しますわ。カルガーは明日私達が訪問する事だけ伝えておいて下さい」
「・・・・えー」
結局それ以上の事は教えてもらえなかった。




