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64.メーバシュペーの酒場

 開放的な場所で野グソするのが好きな変態だと、カルガーから勘違いされているなんて露知らず、俺は酒場で知らねえ奴らと腕相撲で盛り上がっていた。


「ハハハ!これで8人抜きだ!もっと強い奴連れてこい!」

「おいおい、コーバスからの田舎者に情けねえぞ!誰かシュペーの意地を見せてやれ!」

「最初に負けたてめえが偉そうに言うな!」

「よし!次は私が行こう!」


 そう言って前に出てきたのは、中々ガタイのいいおっさんだ。見た感じ組合員じゃねえけど、それなりに良い筋肉をしてる。


「おっさん、ルールは分かってんな?」

「負けた方がエール一杯奢る。『身体強化』無し。恨みっこ無し、待った無しだな。兄ちゃん、どっちが利き手かな?」


 ニヤリと笑うおっさんに俺もニヤリと笑う。


「俺は両利きだから、おっさんの利き手でいいぜ」

「ハハハ!さっきの連中と私を同じだと思わない方がいい!」


 出された右手を机の上でしっかり握り、審判の合図で思いっきり力を込める。


「うおおおおおおおお!!」

「ぬううううううううう!!」


 このおっさん強え。さっきまでの見た目だけの雑魚と別次元の強さだ。


「うおおお!互角だ!すげええええ!」

「おっさん!シュペー魂見せてやれ!!」

「おっさん頑張れー!!!」

「カッペの兄ちゃんも頑張れー」


 数人俺を応援してくれるが、大半のギャラリーはおっさんを応援し、その勝利を期待している。アウェーだから仕方ねえけど、こういう場面で敢えて勝つのが俺は大好きだ!


 こうなったら何が何でも勝ちたいけど、拮抗状態から中々動かねえ。マジでこのおっさんパワーもだけど、持久力もあってメッチャ強え。だけど、おっさんも顔真っ赤だから余裕がある訳じゃないだろう。


 そうして一進一退の攻防を繰り返していると、遂に限界を迎えたんだ。



・・・・・・



机が。


 バギィィ!というデカい音を立てて机が真っ二つに割れちまった。それと同時に俺とおっさんは何故か後ろに飛んで距離をとる。


「はぁ、はぁ、やるなあ。おっさん」

「はぁ、君も、はぁ、中々」


 お互い息を荒げ健闘を称える。


「続きは少し息を整えてからでどうだ?」

「いいよ。ここまで息を乱されたのは久しぶりだからね」


 そして再戦の約束をした所で、酒場のオヤジが怒鳴り込んできた。


「ちょっと!お客さん!机壊してもらっちゃ困りますよ!弁償してもらいますからね!」


 うへえ。そう言えば、ここ組合じゃなかった。組合なら壊しても弁償なしで、説教だけなんだけどな。それというのも壊れた机や椅子は大工の見習いの練習台に回され、修理されてまた戻ってくるからだ。

 まあ、たまにやり過ぎて、全員、備品代徴収されたりするぐらいだ。ここが個人経営の酒場って忘れてたぜ。



「一万?オヤジ!ボったくり過ぎだろ!」


 俺達が悪いから、おっさんと二人折半しようとしたけど、思っていた以上に高かった。組合の徴収でも高くて一人5千ジェリーだぜ。机一つ修理に2万ジェリーはボったくり過ぎだろ。


「ああ?この机は素材に拘って作ってるから、これでも安すぎるぐらいだ」

「ふざけんな!こんなん3000ジェリー出せば買えるだろ!なーにが素材に拘っているだ。くっそ量産品じゃねえか!」


 そう言ってオヤジの目の前で、机の脚を思いっきり握ると粉々になった。


・・・・思っていた以上に簡単に握り潰せたぞ?これ俺が思っている以上に安物じゃねえか?


「・・・えっ・・・・・あ・・・おう」


 あれ?オヤジが目をシロクロさせてるな。これってもしかしてオヤジも机買う時に騙されたのか?でも、そうだったとしても俺がその分を支払う義務はねえ。


 そうして戸惑っているオヤジの考えが纏まるまで黙って待っていると、おっさんから馴れ馴れしく肩を組まれた。反対にはオヤジも肩を組まれている。


「まあまあ、二人とも落ち着け。流石に私も2万ジェリーは高いと思う。そこで半分の1万ジェリーでどうだろう?オヤジも買う時に騙されたと思っただろうから、1万は勉強代って事で」

「おっさん、5千でも高えよ!」


 まったく、このおっさんは、なに勝手に話をまとめようとしてんだ。


「まあまあ、兄ちゃんの言いたい事も分かる。けど、机壊した私らも悪いだろう。だから兄ちゃんは3千出す。残りは私が出すって所で手を打たないか?」


 はあ?このおっさん何言ってんだ?おっさんが何で7千も出すんだ?


「兄ちゃんもオヤジもそう疑わなくてもいい。私は今日ちょっーと仕事サボって飲みに来てるから、楽しく飲みたいんだ。それが、こんなトラブルでグダグダするのは嫌なんだ。さっきみたいに腕相撲でみんな盛り上がって楽しく飲みたいだけ、だから少しぐらいに身銭切るのは全然構わない。って事で二人とも私の顔を立ててこの場を収めてくれないか?」


 うーん。何かこのおっさん、うさんくせえが、楽しく飲みたいってのは俺も同じ意見だ。そんで、迷惑料込みで3千なら・・・まあ、納得できるな。


「ちっ!しゃあねえ。楽しく酒を飲みたいってのは俺も同じだ。おっさんの提案に乗ってやるぜ」


 そう言って3千ジェリーをオヤジに渡す。オヤジもおっさんの提案に納得したのか素直に俺とおっさんから金を受け取る。


「もう、机壊さねえでくれよ」


 去り際の一言で、おっさんと再戦する気が起きなくなっちまった。この酒場、同じような机が並んでいるから、腕相撲したら、まーた机がぶっ壊れるかもしれねえ。


「おっさん、再戦は無理そうだな」

「まあ、仕方ない。これでまた机壊したら今度こそ1万払わないといけないからな」


 何となくそのままの流れで、おっさんと同じ机に座りエールを飲み始めた所で、名前を名乗っていない事に気付いた。


「そう言えば、名乗って無かったな。俺はベイルだ。コーバスって田舎で組合員やってる」

「私の名前はバトラーだ。大都会王都で組合員やってる」


 このおっさん、面白い言い方すんな。


「ハハハ!大都会か。この街もデカいけど、王都はそれ以上なんだろうな」

「何だ?田舎者だからって尻ごみしているのか?別に人が多いだけで、こことそんなに変わらないぞ。ここからなら王都まで一日もかからないから行ってみればいいじゃないか?」


 おっさんは気楽に言うけど、流石に王都は行きたくねえ。


「ちょっと、王都はな・・・ハハハ」


 俺が言い淀んだのを見て、おっさんは空気を読んで、それ以上何も聞いてこなくなった。


 ・・・・いや、そんな重い話じゃねえんだ。ただ、俺が貴族嫌いだから王都行きたくねえってだけの我が儘なんだよ。


「そ、それよりもおっさん、組合員だったんだな?雰囲気全然無いな?武器も持ってねえし」


 見た感じ肉体労働者って感じだよな。


「ああ、さっきも言っただろう。仕事サボってきたって。私の武器は大きい斧だから目立つんだ。それに今はバレないように変装しているからな」

「変装って、何もしているように見えねえぞ?」


 ・・・・普通のおっさんにしか見えねえ。


 「そうだよ、何もしていない。逆に普段は髪整えたり、こんなに無精髭も生やさずに、しっかちカッチリした格好だからな。こんな服装だけでも十分変装になるのさ」


 やっぱり王都ってオシャレなんだなあ。コーバスの男組合員なんて、身なりかなり適当だぞ。・・・・いや、それはベテランだけか。アーリットやショータンは無精ひげ生やしてねえし、髪もボサボサじゃねえな。まあ、ベテランになればなる程、身だしなみは適当になってくるってもんよ。それで魔物に負ける訳じゃねえからな。


 それに比べて王都はおっさんみたいな組合員でも身なり整えないといけないのか・・・面倒くせえな。


「それにしても兄ちゃん、馬鹿力だな。これでも結構自信あったんだけどな」

「おっさんもな!俺と互角ならコーバスで3位か4位確定だからな。自慢していいぜ」


 ちなみにコーバス一位は当然組合長だ。次がゲレロ。3位が俺。4位がイーパと続く。


「ええ?コーバスって兄ちゃんより強いのが二人もいるのか?」


 かあー。都会特有の田舎下目線だ。都会でそこそこ実力があると、田舎行った時に誰も敵う奴はいねえって謎の自信持つってやつだ。それで領都最強とか別の街からコーバスに移籍した勘違い連中が恥かくんだよ。このおっさんも引き分けた俺がコーバスで一番強いとでも思っていたんだろ。


「ああ、トップはバケモンだ。二位のハゲは俺といい勝負だが、毎回僅差で負けちまうな」

「・・・・・・やっぱり凄いな。・・・・・・・流石・・・」


 あん?なんか言ったか?・・・・・・・・・うん?外が騒がしいな


 おっさんが何か言った気がしたが、それよりも外が騒がしくなったのが気になる。聞こえてくるのは悲鳴と怒声、楽しいイベントじゃなさそうだ。無視してこのまま飲んでるのが吉だな。



・・・・・って思ったんだけど



「ちょっと!タロウ!落ち着くっす!申し訳ないっす!みんな逃げて、道を開けるっす!」


 聞こえてきた叫びに、飲もうと傾けたエールが上手く飲めずにダラダラと脇から零れていく。


「おい!兄ちゃん!零れてるぞ!どうした?」


 俺の口からダラダラと零れるエールを見て、おっさんが慌てて声をかけてくる。そんなおっさんの疑問に答えず立ち上がった俺は、おっさんに断りを入れる。


「悪い、おっさん。仕事みたいだ」


 飲み干した?ジョッキを机に置いて俺は外に向かう。・・・金?注文の都度、その場支払いに決まってんだろ。面倒だけど食い逃げ防止対策はこれが一番簡単だしな。


 そう言って外に出ると、まあ、いるわな。真っ赤ででっかい狼が。その周りを見物人や兵士、組合員みたいな奴らが囲んでいるが、誰一人手を出せないでいる。

 その理由は恐怖もあるかもしれねえけど、タロウが首から巻いたでかい布にデカデカと書かれた貴族紋も理由だろう。しかも二つ。


 一つの貴族紋は見た事ねえが、もう一つは分かる。クライムズ家の紋章だ。コーバスの入口や中心広場等至る所で見るから、覚えちまった。ただ、何でその二つの貴族紋をタロウが身に着けているのかってのが分からねえ。

 こういうのって勝手に使えば処刑されるはずだし、そもそもタロウには悪いが魔物に触れるってかなりの不敬になるはずだ。だからここにいるほとんどの連中は偽物だと思っているはずだ。

 ただ、万が一この紋章が本物だった場合、タロウに何かすれば、この両貴族家への攻撃と、とられかねない。だから誰も手を出せないんだろう。


「おいおい、何だこの魔物は!レッドウルフ?違う!こんなデカい奴は見た事無ない!ユニークか?」


 いつの間にか俺の横に立っていたおっさんが、見た事無い大きさのタロウに驚いている。


「ああ、おっさん、そう警戒しなくても大丈夫だ。あの魔物は・・・魔物だけど、俺達に懐いてんだ」

「・・・・・は?」


 俺の言葉に呆けているおっさんに手をヒラヒラして、タロウの所に向かうと、尻尾ブンブン振って鼻息が荒くなる。もう、これデカくて赤いだけの犬だよなあと思いつつ、タロウに命令する。


「タロウ!伏せ!そんでゴロゴロだ!」

「きゃああああ!」


 俺の命令に忠実に従うタロウ。相変わらず可愛い奴だ。背中に乗っていたカルガーが下敷きになって悲鳴あげたけど、フル装備だし大丈夫だろう。


「ちょっと!ベイルさん!酷いっすよ!自分乗ってたの分かってたっすよね!」


 仰向けになってゴロゴロしているタロウの首を掻いていると、抜け出してきたカルガーがプリプリ怒りながら詰め寄ってきた。いつもならこの後、盾でどつかれるんだけど、タロウ達がいる時だけはちょっと違う。


「そう、怒るなって。ほら、見てみろよ」


 そう言って俺が指差す先はタロウのお腹。兜の隙間から見えていた釣りあがった目が途端に下がってくる。


そして・・・


「タロウ!!!!うわあああ!ほらああ!ワシャワシャワシャ!」


 我慢できなくなったカルガーが、タロウのお腹にダイブしてなんかキモイ動きしている。


 カルガーはタロウ達がいるとチョロいなあ。


「えぇ・・」、「な、何だあれ?」、「お、襲わないのか?」、「あの女、貴族紋付きの魔物に飛びつきやがった。頭おかしい」


 取り敢えず、このままだと目立って仕方ねえな。


「カルガー。タロウが目立って仕方ねえ。どっか落ち着ける場所無いか?」

「私達は代官の屋敷で泊まるっす。タロウもこれまでと同じならそうなるっすから行ってみるっすか?」


 誘われても貴族の家には行きたくねえよ。


「それなら俺は中央広場で飲んでいるから、タロウ預けたら来てくれ」

「ベイルさんの貴族嫌いは相変わらずっすねえ」


 呆れるカルガーとタロウと共に俺は街の中央広場に向かった。



 タロウとベイル、カルガーが街の中心に向かっていくのを呆然と見ているおっさんだったが、その背後から声がかかる。


「こんな所にいましたか。バトラー団長」


 気付けば黒い制服をキッチリ着こなした女が立っていた。


「・・・ランバーか。お前今の見たか?凄いぞ?団長の所どうなってんだ?」


 バトラーは軽く興奮した様子で後ろに立つランバーを振り返る。

 

「バトラー団長。今はあなたが団長です。いい加減先代気分でいるのはやめて下さい」

「はい、はい。悪かった」

「その前に仕事サボった事の謝罪が先です」

「はいはい、そっちも悪かったよ。でも面白い奴を見つけたよ」


 そう言ってニヤリと笑うバトラー。心の底から楽しんでそうなその顔は、新生『思慮深く』のリーダーになってから、あまり見た事はない。


「面白い奴?」

「そう、今、さっきレッドウルフと歩いて行った奴。コーバスのベイルって言ってたけど知ってるか?」

「恐らくこの国唯一の『3落ち』ですね。『足止め』のベイルと呼ばれています。それ以外の情報は・・・まあ、知らなくてもいいでしょう」

「おいおい、『3落ち』ってだけでも面白いけど、そっちも教えてくれよ」


 楽しそうなバトラーに呆れるランバー。ただ、団長が他人にここまで興味を持つのは珍しい。


「団長がここまでクラン以外の人間を気にするなんて珍しいですね」

「ああ、彼、素の私と力が互角だったんだ。気にもなるだろう」


 その言葉を聞いて思わず目を丸くするランバー。それと言うのもバトラーの素の力は王都一だと言われている。実際は他クランの連中と力比べをした事が無いので、絶対とは言い切れないのだが、それでもバトラーが力で負けたのは、先代団長が相手だった時だけ。そのバトラーと互角と言う事は、さっきの男は王都でもトップクラスの力の持ち主と言う事だ。


「ククク。ランバーも珍しく驚いてるな。更に驚く事に、彼、コーバスで3番目なんだって。一番は団・・・ジークさんは当然としても、その間にもう一人いるってのは驚きだろ」

「そ、それは凄いですね。あの街でそこまで名の知れた組合員は、一人だけのはずですが・・・まあ、彼女のは悪名で王都だけで有名ですけど。ただ、彼女はそこまで力は無かったはずですが?」

「さっきの彼、ベイルも『ハゲ』って言ってたから彼女ではないよ。・・・それでさっきの話の続きを教えてくれないか?」


 そう言われたら拒む理由も無いのでランバーは口を開く。ただ、この情報はあまり意味がないと思ったから言わなかっただけだ。


「『足止め』のベイル。コーバスでは突如、突拍子もない行動したり、問題行動の数々を起こすコーバス一の問題児で、『4馬鹿』筆頭と言われています。あと、これは噂ですが、彼の数々の問題行動に、ジークさんが弱音を吐いたとも言われています」

「あはははは!それは凄い。現役時代に弱音なんて吐いた事も無かった団長が・・・本当か?」


 声をあげて笑うバトラーを久しぶりに見て、ランバーも少し目つきが柔らかくなる。


「それにしても、さっきのユニークのレッドウルフは何なんだろうな?ベイルは平然としていたから、コーバスじゃあれがいるのが普通っぽいな。気になるから私も一度コーバスに行ってみるか」

「それは溜まった仕事を終わらせてからにして下さい。まあ、サボっていたらいつまで経っても終わりませんけどね」


 厳しい突っ込みを入れられ、顔を顰めるバトラー。そもそも王都最強と言われているクラン『黒の鳥』の団長には次々仕事が入って来るので、終わる事は無いのだ。それに今は他の実力をつけてきたクランと厳しく競り合っている最中だから、コーバス云々もただの軽口で、行く余裕が無いのは分かっている。

 そんな大事な時期に軽口でもそんな事を言うのは駄目だというのは十分理解している。それでも口に出てしまったのは、久しぶりに団長の話を聞けて嬉しかったからだろう。

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