57.逃走阻止
「待っていました。ベイル先生」
「思ったより早かったねえ。カルガーに無事お願いしたみたいだね。じゃあ、戻ろうか」
呑気に馬鹿な事を考えながら、ゴドリックの家から出た所で、両腕をエフィルとモレリアに捕まれた。何で二人がここに?
二人ともでけえから、この状況は見る人が見たら腕が幸せなので、どこぞのハーレムパーティみたいだ。だけど俺にはこの流れからは悪い予感しかしない。今すぐ腕を振り払って逃げ出そうとするが、二人とも腕をがっちりホールドしてビクともしねえ。それなら気を逸らすしかねえ。
「カルガーにはお願いしたぜ。だから俺の仕事は終わりだ。それよりも何で腕を掴むんだ。二人とも乳が当たってるぞ?」
二人ともでけえからこう言われたらキレて離れるだろ。特にモレリアは乳を触られるとブチギレるからな。そう思って軽口叩いた瞬間、みぞおちに凄まじい衝撃が来た。見たらモレリアの膝が俺の腹にめり込んでいた。
「が、ガハッ!・・・・」
「試練に対して、こういう力技しか思いつかなかった不出来な生徒で申し訳ありません。」
前から思っていたけど、エフィルの奴、終始何か勘違いしていねえか?俺は何も試練なんざ与えてねえぞ。
「僕は嫌なんだけど、エルに泣きつかれたから仕方ないかな。僕って意外に弟子に甘いんだなあ。新たな発見だよ。それにベイルが困った顔が見れるからね」
エルメトラ神がどうとか言っているが、モレリアは絶対嫌がらせだ。長い付き合いだから分かる。この間領都から逃げた事を怒ってるのか?今度エール一杯奢るから許してくれねえ?
気を失う事は何とか耐えたが、意識朦朧の中、二人に引きずられて村の外に出ると、見知った顔が待っていた。
「よお、ベイル。両手に花だな」、「おいおい、流石にこのレベルが二人もいる娼館はねえぞ。良かったなベイル」、「この光景羨ましい限りだぜ。ただ、何で死にそうな顔してんだ?」、「この状況全く楽しんでねえベイルってやっぱりおかしいぞ」
囚われの宇宙人みたいな恰好の俺を気にする事なく、トレオンとゲレロ、ヒビットとペコーが呑気な事を言いながら、大八車に俺を括り付ける。この大八車って俺のだろ。誰だよ、勝手に持ってきた奴。
もうね、この時点で逃げ出せる可能性がゼロだと悟った俺は、連中の好き勝手されるまま、大八車に積まれコーバスまで戻る事になった。
そうして組合に戻ると、既に貴族連中はいないみたいだ。エフィルが、残っていたエルメトラ神に状況を尋ねる。
「ただいま戻りました。エル、どうなりましたか?」
「コーバスに滞在中、『コーバスの快適な夜』にティガレット様達が泊る事になったわ。その間の護衛は私達組合員が任された」
その答えに当然俺達は疑問が生まれる。
「何で宿?代官の屋敷じゃないの?」
「それに俺らが護衛?代官持ちの騎士とか街の兵士がやらないのか?」
その疑問に周りの連中が顔を顰める。
聞けば襲われた事が原因で、小デブ貴族がクライムズ伯は信用ならんと言い出したらしい。それを聞いたオッサン貴族が鼻水や涙、よだれをまき散らしながら、懸命に誤解を解こうとしたが聞く耳を持たず、その光景は地獄絵図だったそうだ。そんな中上手く話をまとめたのが我らが組合長様だ。
街一番の宿を貸し切り、組合員が護衛するって事で話がついたそうだ。しかも組合員は強制参加だとよ。凄え嫌なんだけど、俺を迎えに来た面子から、ここから、もうどうやっても逃げられそうにないから、諦めて参加するしかねえ。そして俺は、何故か嬢ちゃん貴族からご指名があって、宿のメインホールで全体の警戒担当になってるんだけど、大丈夫か?
俺自慢じゃねえけど、気配察知、滅茶苦茶苦手だぞ。トレオンとかの方が良くね?
しかも俺、大八車に積まれたまんま片手が鎖で柱に結ばれてんだけど?一応かなり長い鎖だから、メインホールは自由に行き来出来るけど、敵が来たらこれで戦えと?・・・・これ俺に死ねって言ってんのか?
そしてもう一つ気になる事がある。全ての元凶の野盗はどうするのかって話だ。組合員全員で護衛って事は、野盗は放置って事なのか?
「そんな訳ねえだろ。組合長が代官に頼んで特別に助っ人を頼んだんだよ」
「野盗の方は、あいつらだけで十分だ。むしろ野盗が可哀そうになってくるぜ」
ゲレロもトレオンも知っている奴みたいだ。そんな二人の言葉を聞いて、俺もピンと来たぜ。そして丁度タイミングよく、その人物が宿に入ってきた。
「すまない。組合長の姿がどこにも見えないので、『もう出る』と伝言だけ頼む」
いつもの兵士の格好じゃねえが、俺達からすれば見慣れた装備を身に着けた人物。美人だけど融通が利かねえ、野盗絶対殺すマンのティッチ先生だ。
「よお、ティッチ。そっちの装備の方が似合ってるぞ。また組合員に復帰しろよ」
「ベイルか。・・・・何で大八車に積まれて・・・いや、お前はそれが当り前の奴だったな。取り敢えず今回は、代官様からの特別要請って事なのでな。やってみて分かったが、私達は兵士の方が性に合っている。今更組合員に戻ろうとは思わんさ」
大八車に積まれてるのが当り前の奴ってどんな奴だよ!少なくとも俺はそんな頻繁に積まれてた事はねえ!・・・何回かはあったけど・・・。
「それでいいんだったらいいさ。俺等がどうこう言う問題じゃねえ。それよりも腕は鈍ってねえだろうな?返り討ちとか情けねえ事になるなよ」
「心配するな、ゲレロ。すぐにでも狩ってくるさ。逆に『最低1匹は捕獲』って方が難しいな。みんな久しぶりの野盗狩りで、気持ちが昂って止まらなさそうだ。」
その筆頭がお前だよ。笑った顔が凶悪だぞ。
「その時は怒られるのはティッチ達だから、好きにしたら?僕らには関係ないからね」
「そうならないように気を付けるさ。それじゃあ、明後日には戻れるはずと組合長に
伝えておいてくれ」
そう言ってティッチは昔の仲間と野盗討伐に向かっていった。
「・・・あいつ明後日には戻るって・・・もう討伐した後の事まで計画に入ってんだな」
「野盗の連中がちょっと可哀そうに思えてくるぜ」
「僕は最後に捕獲される1匹が心配だよ。ティッチ達の拷問に耐えられるかな?心が壊れてそう」
「「「あーうん。」」」
モレリアの心配に俺達3人は思い当たる事が多すぎて、野盗に合掌するのであった。
■
「凄えな。何でこの状況で寝てられるんだ?」
「一応、今って仕事中でしょ?」
「これがベイルさんだ」
「ショータンって『ベイルさん』ってだけで全て納得するよな」
なんか周りが騒がしくなったので、目を開けたらショータン達『慎重に着実に』の連中が、俺をのぞき込んでやがった。
「あれ?何でお前らここにいるの?・・・ってここどこだ?」
気付いたら見知らぬ場所にいて、昨日会った記憶が無いショータン達がいる。・・・こ、これはもしかして!!
「いや、そんなに慌てて服を確認しないで下さいよ」
「絶対おかしな事考えているよ」
「気持ち悪い」
「俺等交代でたった今、来た所ですから」
よーし、服に乱れはないから、いたずらされては無いようだ。そう言えば昨日あのまま、ここに放置されたんだった。
・・・・・
あいつら俺の扱い雑じゃねえ?
そんで宿の外も、貴族の部屋の前も中も警備してるし、あまりにもやる事もなくて暇だったから、寝ちまったんだ。でもショータン達が交代に来たって事は俺の仕事は終わりだな。
「あ、違いますよ。俺ら部屋の前の奴らと交代って言われました」
「ああ?って事は俺の交代はまだ来てねえのか?俺を待たせるとは良い身分じゃねえか。来たらこの鎖で縛って一日放置してやる」
ケケケっと笑う俺を見て、ショータン達が何か言いたそうな顔をしている。
「あ、あのベイルさん。凄く言い難いんですが、ベイルさんに交代は来ません。ずっと、ここの警備になってます」
・・・・は?
「警備担当について組合に張り出されてましたけど、メインホールはベイルさんの名前しか書いてませんでしたよ」
「は?おいおい、ショータン。冗談きついぜ。俺は昨日からずっと気を張って、周囲の警戒してたんだぜ?」
「・・・・僕ら来た時、思いっきり寝てましたよね?」
「分かってねえなあ。俺は少しでも物音がしたら、跳ね起きるように訓練されてんだよ」
お?何だ?お前らその顔?信じてねえな?
「まあ、いいや、ベイルさんが言うならそうなんでしょう」
お!ショータン、話が分かるねえ。聞き分けの良い奴は嫌いじゃねえぞ。
「じゃあ、俺ら交代の時間なんで、失礼します」
「おう、頑張れ」
そして、ショータン達は階段を上って姿が見えなくなってから、俺は思い出した。
おい、俺の交代どうなってんだ?あと腹減ったぞ!飯もどうすりゃいいんだ?
■
「うわあ。この状況で良く寝れるね」
あの後、ショータン達と交代した奴らに、どうなっているのか組合に確認に行かせたんだが、結局待っている間に暇すぎて二度寝しちまったみたいだ。
そんで、騒がしいと思って目が覚めたら、今度はモレリアがのぞき込んでやがった。
「ふあ?モレリア?な、何でお前ここにいるんだ?」
慌てて状況を確認する。
「何でお尻を懸命に確認してるのかな?僕に生えてるとでも言いたい訳?」
「お前の場合は生えてるんじゃなくて、おもちゃ使ってそうだからだよ」
「ええー。僕おもちゃ使うの嫌いってベイル知ってるでしょ?」
いや、知らねえよ。お前の性的趣味なんて興味ねえし。
「まあ、それはどうでもいいや。はい」
そう言って手渡されたのは、形が歪なサンドイッチだった。
「おう?何だこれ?貰っていいのか?」
「僕の手作りだから味わって食べなよ」
・・・
・・・
は?モレリアの手作り?
「ああ、変な勘違いはしないでね。組合長からの指示だから」
・・・あ、焦ったあ。一瞬モレリアとのフラグ立ったかと思ったじゃねえか。それにしても・・・。
「モレリアって料理出来たんだな」
「ふふん。これでも最近料理にハマっていてね。どうだい?美味しいだろ?」
ドヤ顔で鬱陶しいモレリアに促されて一口食べてみる。外側から具材を包み込むパン、瑞々しさのあるレタスっぽい何かや、キュウリに似た野菜。
・・・
うーん。控えめに言って・・・・・
「マズ」
言った瞬間、顔に蹴りが飛んで来た。慌てて腕でガードする。
あっぶねえー。
「てめえ!いきなり何しやがる!」
「僕の手料理には『美味しい』って感想しか必要ないのさ。それ以外の感想は全部蹴り飛ばす事にしているんだ」
・・・ええー。こいつ我儘すぎねえ?王様か何か?
「でもこのサンドイッチは味がしねえぞ?お前これ食ったのか?」
そう聞くとモレリアは目を逸らす。
・・・おい!
「もちろん食べたさ。ミーカも美味しいって食べてくれたしね」
絶対嘘だ。どうせ一口だけ食べて、残りをミーカに押し付けたんだろう。こいつの所には食べ残しに煩いシリトラママがいるからな。もしかして俺が貰ったこのサンドイッチもその残りか?
「本当か?素材の味しかしねえんだけど?」
「切った野菜をパンで挟んだだけだから、当り前じゃないか」
「味付け無しかよ!せめて塩振るとかしろよ!」
これで『マズい』って言ったら蹴りが飛んでくるっておかしいだろ!
「僕達エルフは、素材の味を大事にしているのさ」
ドヤ顔で言ってるけど、絶対嘘だ。だってこいつ酒飲んでる時、脂っこいの喜んで頼んでるからな。それにモレリアって見た目エルフだけど、かなりエルフの血は薄いって言ってたぞ。
「まあまあ、そんな事より食べ終わったら組合に行くよ」
「ああ?何でだ?」
俺ここで見張りじゃねえのか?
「君がグースカ寝てる間に、みんな組合に移動したよ。ここよりも組合の方が守りやすいんだって」
え?もしかして今この宿に残ってんの俺だけ?ショータン達起こしてくれなかったの?
「何を驚いているか知らないけど、ベイルが全然起きないって言われて、僕が来たんだからね。本当は蹴り起こそうとしたんだけど、その前に目が覚めたから、出来なくて残念だよ」
・・・あっぶねえー。目が覚めて良かったー。こいつなら躊躇う事無くやっただろう。
「じゃあ、行こうか。鎖はエフィルが使うから、ちゃんと持って帰って来てだって」
それ聞いたら置いていきたいけど、モレリアの奴、柱の鍵は外したが、俺にくっついた方は鍵外してくれねえ。嫌がらせだ。
「ほら、鎖邪魔だから腕に巻いておくよ」
そう言ってモレリアは、鎖を包帯みたいに俺の腕に巻いていく。腕がめっちゃ重いんだけど?そんで巻き終わると、当り前だけど片腕だけ鎖で巻かれている。パッと見、厨二病みたいだ。でも、まあ、これは、何と言うか。ちょっといいかもしれん。
「なあ、モレリア、これちょっと格好良くねえか?」
そう言って鎖が巻かれた腕が目立つようにカッコいいポーズを決めて見せる。これでモレリアが俺に惚れたらどうしよう・・・。
「・・・・・・いや、全然」
「・・・・・・・あ、はい」
特にその後は会話も無かった。




