55.騒動前の日常
「ああ?『沈黙の闇』が全滅?ふーん、そいつら誰だっけ?」
モレリアとジェリー勝負していると、トレオンがやって来てそんな事を教えてくれた。
「『ゴブリンホイホイ』の時、手伝ってもらったじゃねえか。お前もう忘れたのか?」
「ああ!思い出した!『待て』が出来る奴らか!ここの組合員にしては珍しく『待て』が出来る将来有望な連中だったのに、残念だ」
「みんなも君にだけは、言われたくないんじゃないかな?『待て』が出来ないベイル君。お!これでどうかな?」
うわ、俺が優勢だったけど、モレリアの神の一手で形勢が一気に逆転されちまった。こいつら最近ジェリー強くねえ?俺が弱いだけ?
「ちっ!やるなモレリア。だが俺もまだこのままじゃ終わらねえ。これでどうだ!」
この俺の一手で形勢は五分五分まで持ち直した。
「むむむ、やるねえ、ベイル。ちょっと考えさせて」
そう言ってモレリアは考えだした。こいつ考えだすと長えんだよ。対局中に時間計れるタイマーみたいな奴が欲しいぜ。今度レルコに頼んで作ってもらおう。
「あれ?俺の『沈黙の闇』の話もう終わった?もうちょい続きがあるんだけど?」
「何だよ?モレリアが考え出すと長えから聞いてやるよ」
トレオンっていうか、ここの連中は、どうせ聞いていなくても勝手に話出すから、どっちみち聞く事になる。
「全滅って言っても、あいつら街の中で死んでたんだってよ」
「またかよ。昨日も誰か死んでたんだろ?最近物騒だな。殺人鬼でもこの街に来たのか?」
ここ数日街の至る所で死体が見つかり、ティッチ達、街の兵士は大忙しだ。他にも連日色んな奴らが兵士に捕まっていて、どうも街が落ち着かない。
『白パン令嬢』が出た直後なんかも、連日街に死体が転がっていたが、どう見ても裏の人間だったから、『白パン令嬢』の情報求めて、組織同士で抗争でもやってんだろうな、って感じでみんな気にしてなかった。ただ、今回は組合員、商人、街の住人、旅人等、表の人間なんだよなあ。街では殺人鬼だとか、悪魔教団とか貴族の仕業とか色んな噂が流れている。そしてその噂の中にはこんなのも・・・。
「俺が調べた結果、多分最近死んだ連中はスパイの可能性が高い」
俺でも知っている噂をドヤ顔で話すトレオン。俺はその顔を見ると、もう聞く気が無くなった。
「ああ、そう、スパイね。じゃあ、それでいいんじゃね?」
「ベイル!てめえ、真面目に聞けって!俺が折角色んな奴らから話聞いて、かなり正確な情報なんだよ!」
ったく、しつけえな。俺はここから逆転の一手を考えないといけねえんだよ。っていうかモレリアの奴、マジで長えな。数手先まで考えられる頭してねえんだから、さっさと打てよ。
「おい!ゲレロ!トレオンの相手してやれ。どうせ暇だろ」
こいつはさっきから俺とモレリアの対局の横で、「あっちゃー」とか「そっちじゃねえ」とか「あそこだって」とか、うるせえんだよ。
「ええ。別にいいよ。興味ねえし。聞くって言ったのはベイルだろ」
「俺ももう聞く気無くなったから、どうでもいいんだよ」
「・・・・・お前ら殴っていいか?」
面倒くせえな。誰か生贄になりそうな奴いないか?
そう思って組合内を見渡すと丁度、ユルビルとマーティンが中に入って来た所だったので、手を振って呼ぶ。
「何じゃ?ベイル、ようやく儂等と王都に行く気になったか?」
「王都はいいぞ」
呼んでおいてアレだけど、やっぱり呼ばなきゃ良かった。こいつら最近何故か俺を王都に誘うんだよ。行かねえって断っているんだけど、会う度に毎回同じ事聞いてきて、しつこいんだ。
マーティンは、『王都はいいぞおじさん』と化して、最近その言葉しか聞いてねえ気がする。
こいつらのパーティメンバーのトレオンやロッシュに理由を聞いても目を逸らして、誤魔化すから、多分何かの嫌がらせだな。
「行かねえって言ってんだろ。それよりトレオンの話聞いてやってくれ。スパイがどうとかって話だ。ほら、興味出てきただろ?」
「それは最近死んでいる連中がスパイだって話か?それなら知っておる。というよりそれをトレオンに教えたのは儂じゃからな」
・・・・・。
「おいおい、トレオンさんよお、色々な奴ってお前の中じゃユルビル一人の事指すのか?お前何も調べてねえじゃん。人から聞いた話を、何でそう得意気な顔して話出来るんだ?」
「うるせえ。ユルビルは俺のパーティメンバーだ。そりゃあ俺が調べたって事と同じだ」
「おお、すごい暴論だね。僕は流石にそんな風には思えないよ。って事で、はい、ベイル。これでどうかな」
うお、ヤバい。マジで本格的に不利になっちまった。
「ちょっと、考えさせろ。モレリア、トレオンの話聞いといてくれ」
「えー。まあ、いいか。次で僕の勝ちが確定するし」
おい、言葉で揺さぶりかけてくんなよ。集中できねえだろ。モレリアの奴、最近こういう小技を覚えやがって、絶妙な所で使ってきやがるからウゼえ。
「それでスパイって話だけど?証拠はあるのかい?」
「証拠はねえ」
「ないの?じゃあ、どこからスパイって話が出てきたのさ」
「連中に共通してたのは全員『白パン令嬢』について調べてたって事だ」
「ええー?それだけ?それなら僕だって、なんならトレオンもゲレロも、ここにいる組合員みんな調べてたからスパイになるんじゃない?調べてなかったのはベイルぐらいでしょ」
俺から言ったけど、二人の話が気になって集中できねえ。
「いや、良く分かんねえけど、コソコソ調べてたみたいだ」
「ええー。堂々と聞いて回ると大丈夫で、コソコソ聞いて回ると駄目ってのが分かんない。おかしくない?」
「・・・・・・・・ああ、うん。そうだな。モレリアの言う通り、ちょっとおかしいな」
トレオンの奴、駄目じゃねえか!何でドヤ顔で、こんな穴だらけの話持って来てんだよ。
「結局、『令嬢』は関係ないんじゃない?」
「そ、そうかもな。・・・・・・あれー?おかしいな?俺がユルビルから聞いた時は納得したんだけどな」
結局トレオンが馬鹿だったか、ユルビルの話し方が上手かったかってだけじゃねえか!
「結局、理由は良く分かんねえって事だろ。何か繋がりがあるのかもしれねえから、身に覚えのある奴は、自分の身は自分で守れ、関係ねえ奴も警戒していろって事だろ。俺等にゃ関係ねえ事だ」
ジェリーを観戦していたゲレロが、ようやく会話に混ざってきた。こいつがジェリーから興味失くすって事は勝負ありって思ったんだろう。
・・・ちょっと待て!それって俺が負けるって事じゃねえか!
けどなあ、このジェリーの原型は俺が作ったんだ!今こそ俺の本領発揮と行くぜ!
・・・・
「はい、これで僕の勝ち。400ジェリーの勝ちだね」
・・・・・・・・
あああああああああああああああ!負けた!!俺の400ジェリーが・・・・。
「4級と3級の勝負じゃから、もうちょっと賭け額上がらんのか?10ジェリーは流石にレートが低すぎるじゃろ。見ててこっちが惨めな気分になってくる」
「うるせえ。てめえが火酒を賭けたら100でも1000でもレートをあげてやるよ」
レルコみたいに気前よく火酒を寄越せ。ドワーフで独占すんな。
「火酒はドワーフの魂じゃから賭ける事はせん。そもそも儂はギャンブルはしないからな。それにどこかの誰かが、組合長に変な事吹き込んだから、忙しいんじゃ」
ああ、組合長本当にハンコを、ユルビルに依頼したんだ。
「忙しいなら組合に来てんじゃねえよ。仕事しとけ」
「もう終わったんじゃ。と言っても木の方だけじゃがな」
そう言ってユルビルが見せてくれたハンコは、木の板に文字が彫ってあるだけのものだった。これだと押しにくいだろ。って事で駄目だしだ。
「おいおい、これじゃ駄目だ」
「な、何故じゃ?組合長の指示通り『 コーバスの組合長ジーク』と彫ってるじゃろ。ちゃんと読めるではないか!」
これって組合長の依頼の仕方が悪かったのかな?
「組合長が何て言ったか知らねえが、これは何回も使うもんだぞ。試しに墨と紙が、そこにあるものとして、5回ぐらいやってみろよ」
俺の言葉を信じてねえ顔していたが、2回ぐらい試した所で、ユルビルは俺が言いたい事を分かってくれたみたいだ。
「こ、これは、物凄く使いにくいぞ。これなら普通にサインした方が早い」
「だろ?だからこいつに取っ手をつけるか、木の板じゃなくて角材なんかに彫るんだ。これはどの素材使っても同じだ。それで取っ手でも角材でも持ち手の所を一部削っておくのがいいぞ」
「何故じゃ?」
「それがあればハンコの上下確認しなくてもいいだろ?」
あん?何でみんな驚いた顔してんだ?
「お、お前誰だ?」
「お、お前本当にベイルか?」
「君何かヘンな物でも食べたのかい?」
「王都はいいぞ」
こいつら、俺の事馬鹿だと思ってねえか?そして王都はいいぞ蜥蜴は無視だ。
「お前ら、俺はコーバスで一番・・・じゃなくて2番目か3番目に賢い男だって分かってなかったのか?」
一番はいいや。
「し、下からなら・・・」
「なあ?」
「そ、そうだな」
お?こいつら喧嘩売ってる?
そんな事を思っていると、隣のユルビルがいきなり大声出しやがった。
「ぬぬぬ・・・ああああ!ベイルに指摘されて色々考えてみたが、お主の言う通り、何一つ反論出来ん。面倒じゃが、もう一度作り直しじゃ!」
そう言って組合の外に向かっていくので、慌てて呼び止める。
「おい!ユルビル!この彫った木の板忘れてるぞ!」
「そんな失敗作はいらん。ベイルにやる!」
・・・・い、いや、『コーバスの組合長ジーク』と彫られた板寄越されても、困るんだけど・・・落とし物としてリリーに渡しておけばいいか。
そうしてユルビルが出口に向かっていくが、その前に扉が乱暴に開かれ、アーリット達が飛び込んできて大声で叫ぶ。
「全員!警戒!襲撃に備えて!」
・・・・・・・・・は?
俺だけじゃなくてみんなポカーンだ。
「みんな、ボケーっと立ってるんじゃなくて、もっと警戒するんだぜ!襲撃されるかもしれないんだぜ」
アーリットと一緒に飛び込んできたクイトが、更に急かせる。
「い、いや、お前ら何言ってんだ?組合に襲撃って命知らずにも程があるだろ」
ようやく正気に戻ったトレオンが、珍しくまともな事を言う。
だよなあ。組合には、触れなくても自分から斬りに行くような、ヤバい妖刀みたいな連中がウヨウヨしてんだぜ。しかもそこのボスは未だ討伐されていない一つ目オーガだ。頭のネジが外れた連中でさえ、ビビって手を出してこねえのが組合だ。
「王国貴族を襲うような連中です!組合襲う事に躊躇う連中じゃありません」
お、王国貴族?アーリットの奴王国貴族って言ったか?ここは領都じゃねえんだぞ。
「貴族とは聞き捨てならねえな。しかも王国貴族って本当か?地方貴族の間違いじゃねえか?」
トレオンの横に、いつの間にか並んでいたアウグが尋ねる。
「サファガリア伯のご令嬢ティガレット様なので、王国貴族に間違いありません」
「ってアーリットが言っているが、サファガリア領って知ってる奴いるか?」
「ああ、僕は聞いた事あるね。王都の向こう側の領だったはずだよ」
「悪い、アウグ。俺も聞いた事あるわ。確かウチの領主様と仲が悪いはずだ」
モレリアとトレオンは知っているみたいだ。俺は聞いた事ねえ。どこのカッペ領だよ。それにしてもトレオンが、貴族の事に詳しいなんて意外だ。まあ、どうせどこかの賭場で聞いた、嘘か本当か分からねえ噂だろうな。
「すみません。モレリアさん、何人か女性組合員を連れてエル達を迎えに行ってくれませんか?ティガレット様は襲撃を受けて酷く怯えて、女性以外を近づけさせないので男性は連れていかないで下さい。僕たちは組合長に報告します」
そう言ってアーリット達は足速に組合長の所に向かっていった。そして取り残される俺達・・・・・。
「モレリア!今の話が本当だと思って行動します!女の組合員は全員私についてきなさい!1級2級は街の入口から組合までの道の警戒と、無級は街の兵士達に報告!できればティッチにもこの事を伝えたいです!男達は自分で考えなさい!みんな続きなさい!」
シリトラがテキパキと指示を出して、組合から出ていくと男だけが残った。
「ど、どうする?」
「まあ、あっちはシリトラ達に任せておけばいいだろう。取り敢えず職員連中は守らねえとな」
「クワロ!職員に一人ずつ盾使いの護衛を付けろ!トレオン!適当に選んで組合の周囲の索敵を頼む。腕に自信の無いのは職員の所まで下がってろ」
ゲレロが周りに指示を出すと、誰も文句を言わずに言われた通りに動く。こういう所は流石だ。まあ、ゴチャゴチャ言っている間に準備不足で殺されたら馬鹿だもんな。そうしているとすぐに組合長が姿を現した。そして、その手には珍しくガントレットが装備されていた。
あれは組合長が現役時代に使っていた武器で、アレを装備するのを見るのは、飛竜騒動の時以来だ。
・・・・・
いや、この間領都行く時装備してたな。あん時は逆に魔物が可哀そうに思えたんだった。
「よし!分かった。俺が正面を守るから、中に入ってきた賊はお前らが相手しろ」
ゲレロとクワロから状況を聞いた組合長は、元気に外に飛び出していった。やっぱり組合長ともなると、色々ストレス溜まってんだろうな。
取り敢えず外はトレオン達が見張ってんだ。あんまり気を張り過ぎても仕方ねえって事で、みんないつもみたいに好き勝手寛ぎだす。俺とゲレロもエールを飲みながらジェリーで遊んでいるが、警戒はしっかりしている。他の連中も似たようなもんだ、職員も盾持った組合員が隣にいるが普通に仕事してる。
そうしてしばらく待っていると、外が騒がしくなったと思ったら、扉が大きな音と共に開かれた。そうして最初に入って来たのは組合長だ。その後ろには身なりは良いが少しぽっちゃりした男が続く。見た瞬間分かった。あの小デブ、貴族だ。
「こちらになります」
「な、何だ!この物置は!こんな所に、伯爵令嬢のティガレット様をお連れしたのか!」
組合長が見た事ないぐらい丁寧な態度で案内したが、入ってきた瞬間、小デブ貴族が凄い失礼な事を言う。
うるせえ小デブだな。雨降ったらデカい葉っぱで、トトロの真似しなきゃならねえスラムに比べたら、ここは御殿だぞ!
・・・まあ、間違っても貴族の前でそんな事言わねえけど。目につきたくねえから体のデカいクワロとゲレロの陰に隠れてよう。貴族が来るって分かってたなら、逃げればよかったぜ。
「ドルモル、守ってもらうのです。文句を言ってはなりません!」
「はっ!失礼しました!」
小デブ貴族の後に入って来たのはモレリア達だったが、聞いた事ない声が小デブを叱責すると、小デブが素直に頭を下げた。
「ティガレット様、ここがコーバスの組合になります。連中の見た目はかなり悪いですが腕は確かで、こちらの貴族を信用出来ない状況だと、ここが一番安全な場所です。貴族のお方が休まれるには、かなり適さない場所とは思いますが、どうかご容赦下さい」
おいおい。シリトラさんよお。随分な言い方じゃねえか!って普段なら絡む奴がいるけど、流石にみんな借りてきた猫みたいに黙って事の経緯を見つめている。っていうかシリトラは女共の輪の中にいるらしくその姿が見えない。
「いえ、こちらが我儘を言っているので、構わないですわ。それよりも周りの状況を確認したいです」
女組合員が輪になって囲んでいる中から、シリトラと恐らく貴族令嬢と思われる声だけが聞こえる。
「聞こえましたね!全員包囲を解きなさい!但し警戒は緩めないように!」
そうしてシリトラの指示と共に女組合員がその場を離れていくと、その中心には俺等が普段座っている椅子に腰掛けた女がいた。その姿が見えた瞬間、組合内が沈黙に包まれる。
見ただけで貴族、それも高位と分かる豪華な衣装。俺等が普段座っている椅子に座っているだけでも、その佇まいから高貴な人物だと分かる。更にその整った顔と、今にも地面に届きそうな長い艶のあるドリルみたいに巻かれた金髪を見れば誰でも貴族だと分かるからだろう。
・・・ってあれ?この女どっかで見た事あんな?気のせいか?
何か見覚えがあるなあ、どこで見たかなあって考えていると、誰かがポツリと呟いたのが聞こえた。
「・・・『白パンツの令嬢』だ」
・・・
・・・
・・・・・・・は?




