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54.領都の騒動

 領都からコーバスに戻って、特に変わらない日々を過ごしていると、ついに領都に行っていた連中が帰ってきやがった。


「ういーす。戻ったぜ」

「ただいまー」

「はあー。やっぱりコーバスは落ち着くぜ」

「だなあ、見慣れた馬鹿共が懐かしい」

「かあー。見てみろ、この田舎者丸出しの面した連中。これがコーバスだな」

「昼間から仕事せずに酒を飲んでいるこの駄目具合。落ち着くぜえ」


「ああ?てめえら喧嘩売ってんのか?」

「領都行ったぐらいで、てめらの田舎臭さは無くならねえよ!」

「逆に領都を田舎臭くしてんじゃねえか?」


 帰って来て早々、喧嘩かよ。お前ら常に誰かに喧嘩売らねえと死ぬ病気なのか?


「お前ら、邪魔だ!喧嘩なら俺が部屋に戻ってからにしろ」


 そう言って、今にも喧嘩を始めそうなヒビットとトーチを組合長が、殴りつけて沈黙させた。相変わらずのパワーだ。今にも喧嘩を始めそうだった連中も怖がって下がる。俺でも素の状態だと一撃で沈むから、みんながビビるのも仕方ねえ。


 そんな事は気にせずのっし、のっしと歩きリリーから報告を聞いている組合長だったが、何を聞いたのか俺を睨みつけた。


 おん?俺何もしてねえよ?逃げたけど依頼受ける前だったし。そう言えば何で組合長はゲレロ達と一緒に帰ってきてるんだ?馬車で帰るって言ってたよな?


「ベイル!お前ちょっとこっち来い!何でお前は、普通に帰ってくる事すら出来ねえんだ」


 あん?組合長、何言ってんだ?別に帰ってくる時は、誰とも喧嘩してねえ・・・・・いや、立ち寄った街で絡んで来た奴を殴り飛ばしたか?


って事でいつものように組合長室に入って、定位置の椅子に腰かける。


「なんかこの椅子に座んのも慣れちまったな」

「慣れんな!・・・ったく、俺が聞きてえのはレルコの件だ。何があった?」


 レルコ?そう言えばあいつ、何か有名らしいな。


「帰り道で会って護衛依頼受けただけですよ。ゴドリックに会いたいから連れてけって」


 カルガーの件は黙っていよう。そこは除外して道中の事を説明した。


「それで、何で北村に住み着いたんだ?」

「ゴドリックと意気投合してたからじゃないですか?北村だと研究に集中出来るって話にメッチャ喰いついてましたよ」


 俺の言葉に腕を組んで何やら考え始める組合長だったが、結局何も答えは出なかったのか頭を掻きむしって、書類の溜まった机に向かう。


「そう言えば組合長、何でみんなと戻って来たんですか?」

「お前が消えた後、領都の騒動に巻き込まれたんだよ。詳しい事は他の奴に聞け。この書類の山見たら分かると思うが、俺は今から仕事に集中するからな。くだらねえ事で俺を呼ぶなよ。連中にも伝えておけ」

「ういーす」


 返事をして立ち上がり、組合長の机にたまった書類の山をチラリと見る。キレイに整えられた二つの書類の山。その一番上には『確認』と『サイン』と書かれた紙がそれぞれ乗っている。『確認』は分かるが、『サイン』だけの奴なんてハンコ作って、誰かに任せればいいのにと一瞬思ったが・・・。


「そう言えばハンコなんて無かったな」


 思わず口に出ちまった。そして、それを組合長はバッチシ聞いていた。


「『ハンコ』って何だ?ベイル」


 うわあ、面倒くせえ。でも聞かれちまったなら仕方ねえ。変に誤魔化すのもおかしいしな。


「木の板とか牛の角なんかに組合長の名前を彫ってもらって、そこに墨塗って書類に押せば、組合長のサインの出来上がり。それなら組合長じゃなくても書類の処理できるでしょ」

「うーん。それだと商人ギルドに回す書類なんか受け取ってもらえねえぞ?」

「だから、その『サイン』の山から、ハンコでも問題ない書類を、更に組合長が仕分けるんですよ。コーバスの組合で完結する書類ならそれで十分でしょ?」

「・・・ベイル、お前意外に賢いな?」

「意外とは失礼な!俺は仕事で楽する事を考えるのは、天才なんですよ」


 ただのサボりとも言う。まあトレオン達の方が、それに関してはもっと頭いいけどな。


「いやあ、悪い。確かにそれなら仕事がかなり楽になるかもしれん。毎回『コーバスの組合長ジーク』ってサインするの面倒なんだよ」


 うえええ。『ジーク』じゃないんだ。その山となった書類全部に、そんな長いサインしてんの?腕が腱鞘炎にならない?


「もしそれが上手くいけばこの書類の山が半分にはなるな。そうすると、そのハンコってのは誰に作らせるかだが、商人ギルドに依頼すればいいと思うか?」

「ユルビルにやらせばいいんじゃないですか?あのドワーフ、人形掘れるぐらいだから簡単に出来るでしょ」


 俺の提案に組合長は「おお」と手を叩く。


「そうだな、どうせ暇だから、あいつに試作させるか。それにしてもどうした?ベイル。今日は頭が冴え渡っているじゃねえか?」

「何言ってるんですか。俺の頭はいつも冴え渡っていますよ。みんな気付いてないだけでね」


 そう言って格好良く身を翻し、組合長の部屋から退室する。スタイリッシュ退室って奴だ。


「・・・・・普段のアレを冴え渡っているっていうのか?」


 何か聞こえてきた気がしたけど、気のせいだな。


 組合長室を出ると、色んな所で人が集まっていた。どうやら領都での話を各々から聞いているようだ。俺は関わってねえし、貴族絡み案件なんて興味もねえから、一人、組合の隅っこでエールをあおる。そうしていると頼んでもいねえのに話を聞いた連中がニヤニヤしながら俺の方に寄ってくる。


「よお、ベイル。100万ジェリー残念だったな」


 さっき組合長にぶん殴られたトーチやその他数人が、俺の所に寄ってきた。


「あん?100万って何の事だ?」

「領都での騒ぎの報酬だよ。アーリット達は、領主から報酬として100万ジェリーを直々に貰ったらしいぜ。お前は貰えなかったらしいな。アハハ!」


 何が楽しいのか笑い出すトーチ達。お前らも領都行ってねえから貰ってねえだろ。それよりももっと驚く事がある


「領主からってマジか。やっぱり逃げて正解だったぜ」


 やっぱり貴族イベント。チラリと言ってはいたけど、マジで領主が出てくるとは・・・。流石ダイソンアーリットだ。今度から余所に行く時はあいつ連れていこう。


「お、お前、100万貰うよりそっちの方が良かったのか」


 俺の言葉にさっきまでニヤついていた連中が、ドン引きしている。


「当り前だ!100万貰っても貴族には会いたくねえよ。ってそう言えば全員無事だったのか?」

「あ、ああ、敵は弱かったけど、数が多くて面倒だったとか言ってたけど、全員無事だぜ」

「違えよ。そっちじゃなくて、誰も貴族に斬られなかったのか?」

「な、何でえ?何で助けたのに貴族に斬られるんだよ」


 あれ?みんな驚いている?こういう時は


『お前ら強いな。どれぐらい強いか試させてみろ』


 ってなって、誰か斬られるまで終わらねえはずだけどな。


「ええー。お前の中の貴族ヤバくねえ?理不尽すぎんだろ」


 その理不尽なのしかいねえのが、俺の故郷だ。






「よお、ベイル。お前どんだけ貴族嫌いなんだよ」


 そうやって、話していると、今日の主役の一人、ゲレロがこっちにやってきて声をかけてきた。


「よお、ゲレロ。楽して100万稼いだみたいじゃねえか。何か奢れよ」

「稼いだが、ちょっと領都で使い過ぎてよ。これでもマイナスなんだ。悪いが勘弁してくれ」


 100万以上使ったのか!こいつ、どんだけ領都の夜を楽しんできやがったんだ?


「酒は奢れねえが酒の肴は提供してやるぜ。領都の騒動、ベイルも気になるだろ?」

「いや、全く興味ねえ」

「遠慮すんなって」


 興味ねえって言ってんのに勝手に話始めやがった。相変わらず人の話を聞かねえ奴だ。


 仕方ねえから話を聞くと、アーリット達が助けた女の子は、領主の姪っ子だったそうだ。で、領主に連絡取れる手段なんて、片田舎のコーバスの組合員にあるはずもなく、組合長を頼った。そこから組合長は昔の伝手を頼って何とか領主と連絡が取れた。その間、領主の姪っ子を狙って次々襲撃者が現れたけど、みんなで撃退して守ったから、領主から褒美の100万ジェリーを貰ったって所だ。


「結局、何で領主の姪っ子が狙われたんだ?」

「知らねえ。その辺は領主が調べるんじゃね?俺等が下手に首突っ込んでいい話じゃねえしな」


 だよなあ。普通平民が貴族のもめごとに巻き込まれても詳しい事は教えてもらえないよな。興味もねえから、どうでもいいか。




一方領都では、


「メイデリーを襲った連中からは、元は辿れなかったか」

「申し訳ございません。ユーアリック様」

「まあよい、幸いメイデリーは無事だったんだ。これで姉上も少しはメイデリーが好き勝手するのを咎めてくれるだろう。・・・・ただ証拠は無くても犯人の目星はつけているな?」


 正面に立つ執事と補佐官に、厳しい目を向けるユーアリック。


「はい、恐らくボートレット侯爵によるものと推測します」

「私の方でも侯爵領の誰かから、指示が来た所までは確認出来ました」


 ユーアリックは二人の返事を聞いて、自分の考えが間違っていない事を確信した。


 『ドルーフおじさん』の時は警告で済ませていたが、今回は姪にまで手を出したんだ。こちらも反撃させてもらうぞ。


 そしてすぐに二人の指示を出す。


「敵派閥領から、我が領への立ち入り制限を一段階引き上げろ!ボートレット領からは全面禁止だ!問い合わせがあれば、我が姪が襲撃されたとでも言っておけ!それと敵派閥からの今まで泳がせていたスパイは、全て殺せ!」


 今まで見た事が無い程怒っているユーアリックを見て、執事と補佐官は顔を青くしながらも、すぐに動くべく部屋を出ていった。


 そして一人残った部屋でユーアリックが、更に怒りを露わにするのであった。


「今までは敵対派閥だと言っても、隣領だから大目に見てきたが、お前は一線を越えたぞ!ボートレット!」


その頃ボートレット領都


「な!何故!姪を襲った!指示は『令嬢』の調査と、見つかればその確保だったはずだ!何故クライムズの姪を襲った!」

「こちらからの指示とバレないように、いくつか仲介が入っているので、詳しくは不明です。ですが、現地の者が暴走したと考えてよいでしょう」


 その報告があまりにも他人事のように聞こえた侯爵は、手にしたワイングラスを部下に投げつける。


「『よいでしょう』ではない!そこの手綱を取るのが貴様の役目だろう!何故暴走を許した!」

「申し訳ございません。只今調査中です」


 その返事に更に血が昇ったボートレット侯爵は、報告している部下を蹴り飛ばす。


「この無能が!調査中という報告はいらんわ!貴様がこの計画の責任者だろう、貴様が知らんでどうする!」

「はっ!申し訳・・・・ゴフッ・・・」


 蹴り飛ばされても尚、再び膝をついて報告しようとする部下を、侯爵は躊躇う事無く剣でその背を突き刺して殺した。


「さて、困った。あの馬鹿は姉に頭が上がらんからな。その娘を襲った事で怒り心頭だろう。こちらに証拠は無くても、何か嫌がらせの一つでもしてくるかもしれんな」


 今、自分が殺した部下の事が見えていないかのように、少し困った顔をする侯爵。


「『ドルーフおじさん』の時も、今も、こちらのスパイを見逃してくれる甘ちゃん伯爵なら少し領内への取り締まりを厳しくするぐらいでしょうか?」


 横に立つ補佐官がうすら笑いを浮かべながら答える。


「まあ、やったとしてもそのぐらいか。念の為、それでどの程度の影響が出るか調べておけ!」


 気楽に考えていた侯爵だったが、その考えが甘い事に気付いた時には遅かった。



「侯爵!大変です!多くの商人や旅人が、我が領や派閥領を避けるようにクライムズ領と王都を行き来しています。その為、我が領の経済が停滞し、かなりの損失が出始めています」

「な、何故だ!何故そのような事になる!クライムズ領は我が派閥と明確に敵対し、我が領から人の行き来を禁止にした。そこまで厳しい領には誰も寄り付かないはずだ」

「そ、それが、クライムズ領のコーバスの北村に、何故か国中から天才と呼ばれる人々が続々と集まって、画期的な発明を学会に発表しているらしく、今商人の中では一番熱い村と注目が集まっているのが原因かと」

「コーバス!またコーバスだ!あの街は一体どうなっている!何故こうも国中から注目されるような出来事ばかり起こるのだ!」


 この時に侯爵がユーアリック・クライムズ伯爵に歩み寄っていれば、また変わった未来はあったが、この後もクライムズ領にちょっかいをだした結果、侯爵家は、爵位を失う事になるのであった。


 その後、メーバ国の貴族の間では『クライムズ領には手を出すな、何もしなければ何もされない』と伝わる。更にそのクライムズ領内では『コーバスには手を出すな。何もしなければ何もされない』と同じように伝わっている。

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