53.研究者の聖地
「へえー。レルコって魔道具職人なのか。どんな物作ったんだ?」
コーバスまでの道すがら依頼人レルコの話を聞いていると、魔道具職人という中々興味深い単語が出てきた。
一応、俺も魔道具作ったりするから、どの程度の腕前かちょっと興味が出た。
「これが儂が今まで作った中での最高傑作の防音の魔道具じゃ」
そう言って取り出したのは、長さ30㎝ぐらいの正方形の箱の上に丸いボタンが付いたもの。見た目だけだと、魔道具には見えねえ。で、色々と教えてもらった結果、
「範囲狭くねえ?」
出てきた感想がこれだった。いや、範囲内なら音が外に聞こえないから凄いとは思ってるよ。でも範囲が机挟んで向かい合って座った距離は、流石に狭いだろ。
「お主もそう思うか。儂もそう思うし、これを買った人からも、もう少し範囲を広く、せめて部屋全体に出来ないかと問い合わせが多かったから、色々改良してたんじゃ。だけど何も考えてない馬鹿共が、次々無茶苦茶な要求してくるから嫌になってな。そんな儂と同じ境遇にあったというゴドリック先生に少し話を聞きたいと思って、コーバスに向かっているんじゃ」
「へえー。大変だな」
あっさり言ったけど、俺も故郷で無茶苦茶言われた経験あるから、その気持ち分かるよ。あいつら魔道具で何でもできると思ってやがるからな。
「これって単純にデカくしたら範囲広がるんじゃねえ?」
詳しい構造は良く分かんねえが、素人目線で思いついた事を聞いてみる。
「その通りじゃが、この魔道具これ以上大きくすると、邪魔じゃろ?それに魔石の消費が早くなる」
ああ、魔石効率かー。俺も結界の魔道具作った時に色々悩んだ奴だ。懐かしい。
「そうすると部屋の4隅に補助具みたいなの作っておくとかか?」
俺はこの方法で、『首都全体を覆う結界の魔道具作れ』って無茶ぶりを乗り切った。
「な、何じゃとおおお!い、今お主何と言った!」
おお、何だよ、いきなりでかい声出すな!ビビったじゃねえか!
「いや、これ以上デカくするのが無理なら、補助具使えばいいんじゃね?って素人ながら思っただけだ。後は灯りみたいに上から吊るしてみるとか?」
「な、何じゃとおおお!」
だから、うるせえっての!
「お、お主、て、天才か?」
いや、俺が天才じゃねえんだよ。魔道具作る時に手伝ってくれた連中が、思いついたんだ。普段なら俺の功績にしてる所だけど、流石に派閥争いに巻き込まれて、無実の罪で悲惨な最後を遂げた奴らの功績を奪うってのは、俺には出来ねえ。
「俺は天才じゃねえが、レルコみたいな天才でも一つの事に集中すると、こんな素人でも思いつく事に気付けねえんだな」
俺のその言葉に何か衝撃を受けたのか地面に膝をつくレルコ。
「まさに、そうじゃ。『行き詰ったら目線を変える』兄弟子や親方に毎日のように言われていた事じゃ。そんな事も儂は忘れておったのか!!馬鹿じゃ!儂は馬鹿じゃ!天才と言われ、いつの間にか増長しておった!あの馬鹿な依頼主とこれでは何も変わらんではないか!」
おーい。落ち込むのはいいけど、道端ではやめろよ。幸い、周りに人はいねえが、ドワーフのオッサンが地面に膝ついて何か喚いている姿は怖えよ。
「ふう、すまん。少し取り乱した。じゃが、お主のおかげですっきりした。目の前の霧が晴れた気分じゃ」
「そうか、そいつは何よりだ。・・・うん?・・・レルコ。ちょっと俺の背後に回れ。森に何かいる」
チラッと森の奥に何かの影が複数走ったのが見えた。あの速さで複数って事はレッサーウルフか?
俺の指示に慌てて従うレルコ。その手にはいつの間にか盾と斧が握られていた。
「レルコ、お前どのくらい戦える?」
「は?そ、そんなの自衛程度じゃ。レッサーウルフやゴブリンなら何とかって所じゃ。ベイル、頼むから儂を守ってくれよ」
武器を持った手がガタガタ震えているから、戦力として期待できねえな。
「レルコ、斧よりも生肉があったら、そいつを持て。で襲ってきたら投げろ。多分ウルフ系の魔物だ。ゴドリックの事知ってるなら、レッサーウルフと生肉の研究は聞いた事ねえか?」
「あ、ある。生肉!有効!持ってる!あ、あれ?どこにいったんじゃ」
こりゃあ、駄目だ。
「取り敢えず邪魔だけはするな。そこで大人しくしておけ」
それだけ指示を出すと、俺は森に視線を巡らし、こん棒を構える。
どこから来やがる?
そうして、身構えて警戒していると、森の奥から声が聞こえてきた。
「ちょ!駄目っすよ!タロウ、どうしたっすか?言う事聞くっす!ジロウ達もそっちは街道だから駄目っす!」
なんか聞き覚えのある声だなあ・・・・。でもこの辺コーバスの縄張りじゃねえんだよな。コーバスから二つ先のバトスルって街の縄張りのはずだ。多分俺の気のせいだな。
って事で、
「タロウ!ジロウ!サブロウ!シロウ!」
何となくだ。何となく森に向かって叫びたかっただけだ。そして森に向かって叫ぶと、聞き覚えのある声が再び聞こえてきた。
「ちょっと!本当に駄目っす!怒られるっす!」
そして慌てる声と共に、真っ赤なデカい狼と茶色のデカい狼3匹が姿を見せて、俺に甘えてくる。
「よーし。良い子だ。お前らは相変わらずいい子だ。ただ、お前の監督者は悪い子だけどな」
「・・・・・・・・」
タロウの赤い毛に埋もれて姿を隠しているつもりか?
「ベイルさん、自分タロウっす。進化して喋れるようになったっす」
何だよ、この小芝居?声色変えて姿見せなければ、誤魔化せると思ってんのか?
「カルガー、顔をあげろ」
俺がそう言うと、観念したのか、顔をあげるカルガー。
その顔は真っ赤だった。
恥ずかしいなら変な小芝居するんじゃねえよ!
「べ、ベイルさん。き、奇遇っすね。領都行ってるって聞いたっすけど、もう帰ってきたっすか?」
カルガーの奴、まだ誤魔化そうとするか。
「お前何でこんな所にいるんだ?ここ、バトスルの縄張りだぞ?」
「そ、そ、そうなんすか?じ、自分ずっと、も、森の中だったから分からなかったっす」
「お前、そんな言い訳が通用すると思ってんのか?森の雰囲気コーバスと全然違うじゃねえか!3級組合員がそれに気付かねえワケねえよな?」
言ってみれば森は俺達の職場だ。微妙な変化でさえ気づく奴は気付く。まして植生がコーバスとこの変じゃ全然違うから、組合員なら誰でも気付くはずだ。
「うう、ごめんなさいっす」
ようやく観念したか。しかしカルガーって約束破るような奴だったか?
「タロウ達と遊ぶの楽しすぎて、縄張り気にしてなかったっす。気付いたら全然知らない場所にいて焦ったっす。それで帰っている途中でタロウ達がベイルさんに気付いたッス」
まあ、カルガーはタロウ達の事となると、夢中になるからな。
「それでベイルさん。そっちの人大丈夫っすか?」
カルガーに言われて、俺の後ろにいるレルコの事を思い出した。振り返ってみれば、白目剥いて倒れているレルコがいた。慣れちまったけど、タロウ達って普通の人が見たら死を覚悟するレベルの魔物だって忘れてた。
■
「こ、ここは?」
「お!目が覚めたな」
あれから気絶したレルコをジロウに縛り付けて、俺はサブロウに乗せてもらい、ゴドリックの所に戻った。
で、乗ってみた感想だが、タロウ達マジで早え。歩きで2~3日かかる距離をたった半日で辿り着きやがった。日が暮れて真っ暗な森の中を、器用に木を避けて走るし、強えから他の魔物が襲ってこない、逆に逃げていくから早く着くのも当然と言えば当然だな。
そうしてゴドリックの家に着いてレルコを床に寝かせ、貰った火酒を飲んでいたらレルコが目を覚ましたって所だ。
「べ、ベイル。ここはどこじゃ?」
「ここはゴドリックの家だ。お前の話したら、ゴドリックも興味持ってくれたぞ」
体を起こし、キョロキョロして周りを確認しているレルコを置いて、俺はゴドリックを呼びに行く。で、二人を引き合わせたら意気投合して、話がめっちゃ盛り上がっているんだが。
「この村は基本余所者は立ち入らないですからね。村の人や門の兵士に言っておけば、来客は全部追い払ってくれます。用事があればコーバスの組合が窓口になっていますから、そちらから連絡がきます。まあ、そっちもある程度仕分けしてくれるので、連絡が来る事は少ないです」
「なんと!それではこの村は研究するのに最高の環境ではないか!」
「最高かどうかは分かりませんが、私が調べた結果、この村が一番良かったですね」
「よーし。儂もこの村に住む!」
おいおい、そんなの勝手に決めていいのか?村長とかに聞かなきゃいけないんじゃないのか?
「空き家がいくつかあって、誰か改装して住んでくれないかなあって村長も言ってたから多分大丈夫ですね。レルコさん、改装費用はありますか?」
「ああ、それぐらいなら蓄えがある。明日早速村長の所に行ってくる」
それならそれでいいや。取り敢えず依頼は達成って事でいいんだろう。カルガーが未だに庭でタロウ達と遊んでいたが、俺は面倒くさいので、声をかけずにコーバスに戻った。
気になったので次の日レルコの様子を見に行ったら、無事北村に住む事を許可してもらい、早速、空き家の改装を始めていた。
こうしてゴドリックとレルコという天才二人がコーバスって田舎の、更にその北にある村に住み着いたんだ。その事が広まると国中から研究者が集まってきて、北村に住み着きだした。しかも住み着いた連中が、色んな物凄い発明や発表をするから、いつからかコーバス北村は『研究者の聖地』と呼ばれるようになった。
■
しばらく後。
「ユーアリック様、ダンオムより至急の手紙が届いております」
執事からのその言葉を聞いて露骨に顔を顰めるユーアリック。
「ダンオムという事はまた、コーバスですか。ユーアリック様、すぐに確認しましょう」
顰めっ面のユーアリックとは真逆で、何故かウキウキ顔になる補佐官。
「・・・・嫌だ。・・・・・コーバスからの至急の用件は読みたくない」
「何、わがまま言ってるんですかー。ほら、さっさと読みましょう」
「お前は何でそんなにノリノリなんだ?」
普段は冷静な補佐官が、ここまで嬉しそうにするのは珍しい。
「それは、コーバスからの至急の用件ですからね。あそこの至急の用件はクライムズ領に、莫大な利益をもたらします。嬉しくもなりますよ」
それはお前ならそうだろう。ただなあ、コーバスの至急案件は陛下が動くやつばっかりだ!それを色々調整するこっちの身にもなってみろ。我が領が栄えるのは喜ばしいが、それ以上に私の精神がゴリゴリ削られてるんだぞ!
と、補佐官に言った所で、どうしようもないので、大きなため息が出るだけだった。
「はあー。読みたくないなあー」
嫌だ嫌だと思いつつも読まない訳にはいかないので、手紙を読み始める。と言っても内容は簡単。
『コーバス北村に研究者が続々集まり住み着いております。如何致しましょう?』
というものだった。ただ、それを読んだユーアリックは混乱した。
「北村?何でえ?コーバスじゃないの?」
ユーアリックはコーバス北村に行った事はないが、各街には周辺に村があるのは当然知っている。領都クライムズにも東西南北にそこそこの規模の村があり、そちらは視察に行った事がある。ただ、そういった村は、拠点となる領都やコーバスも近いので、住人以外立ち寄らないと聞いている。それが何故コーバスの北村に限定されているのか。
「ふむ、良く分かりませんが、今コーバスの北村に研究者が集まってきているのですね?これは凄い、ユーアリック様、クライムズ領は更に発展しますぞ」
手紙を受け取り読んだ補佐官はご機嫌だ。だが、その主ユーアリックの顔は暗い。
「お前、この手紙ちゃんと読んだか?魔物研究のゴドリックに魔道具のレルコを筆頭に、武具のノート、魔法のシーシーカー、拘束具のトティ、乗り物のバードラー。国中の天才達ばかりだぞ」
「喜ばしい事じゃないですか」
「バカー!これだけ集まれば色んな所から苦情がくるではないか!更にこれだけ集まれば絶対陛下の耳に入る」
「それこそ光栄な事じゃないですか」
補佐官の言葉に呆れてしまう。
「そうなれば、何故こんなに集まったか聞かれる。お前だったらどう答える?」
「勝手に集まってました?」
「天才と言われる連中が簡単に集まるか!しかもそんな事言ったら、敵派閥に良いように言われるわ!取り敢えず名前のある連中が、どうして北村に住み着いたのか確認しろ」
そう指示を出し、ユーアリックは椅子に深く腰かけ、今後の事を考えこむのであった。




