51.領都とコーバスの組合長
チャタルに案内されて組合長室に入ったジークは、コーバスとの豪華さの違いに思わず感嘆の声を漏らす。そうして周りを見渡しながら部屋に入るジークだったが、不審なボタンをチャタルが押したのを見た。
「やっぱり領都となると部屋も豪華だな・・・って今のボタンは何だ?」
「これか?最近開発された防音の魔道具の試作品だ」
「はあ?そんな凄い魔道具出来たのかよ。凄えな」
「って言ってもまだ試作だ。稼働時間も鐘半分もない、範囲も机挟んで向かい合った程度だ」
「それにしても凄えじゃねえか」
「まあな、って言っても試作で終わりそうだがな」
「どういう意味だ?」
「お前の所に住み付いたゴドリックと同じと言えば分かるか?色んな所から、色んな事言われて嫌になったらしく、今は一応行方知れずって事になっている」
今もコーバス組合がゴドリックからの依頼を受けて、その窓口になっているが、そのほとんどが碌な問い合わせじゃない事を知っているジークは、チャタルの説明に納得する。
「で、色々な奴らが発明者レルコを追っている。色んな街を移り住んでいるみたいだが、まだ決まってねえみたいだ。ゴドリックの時とそっくりだ」
チャタルのその言葉に何が言いたいか分かり、げんなりした顔をするジーク。
「おいおい、コーバスに来るのは勘弁してくれよ。こっちも色々あんだからな」
「まあ、話の前に・・・ウイスキーで良いよな?」
そう言ってチャタルはワインのボトルとグラスを二つ部屋の脇の棚から取り出す。
「領都の組合長ともなると、良い酒飲んでるんだな。貴族の真似事かよ。俺はエールで構わねえんだが?」
ジークの言葉を気にせず、チャタル自らワインを注いでジークに差し出す。
「つれねえ事言うなって。ほら飲め」
「はあ、貰うが、そのレコルって奴だ。もう少し詳しく説明しろ」
差し出されたグラスに口をつけるとジークは話を戻した。
「この国の魔道具開発の天才って言われてるな。まあ、実績としては、この防音の魔道具開発しただけだ。俺も詳しくは知らん」
「それが何でコーバスに来るんだ?」
「来るとは言ってねえだろ。ゴドリックの件があるから、お前の所に居付く可能性が高いって言ってんだ」
その言葉にジークは勘弁して欲しいと考えている。ただでさえコーバスはゴドリックで色々言われているんだ、そこに更に天才が加わるのは勘弁して欲しい。
そう思うジークだったが、あっさりとゴドリックと打ち解けた一人の組合員の顔を思い浮かべ、もしかしたら居付くかもしれねえなと思い始めるジークであった。
「まあ、そんな事よりもこっちの話だ。・・・・・って言ってもまずはナコーンさんに」
そう言ってグラスを掲げるチャタル。それに併せてジークも目を伏せてグラスを掲げる。そしてワインを一口飲んだチャタルがジークに語りかける。
「なあ、ジーク。ナコーンさんはどうにもならなかったのか?」
・・・・
「・・・・・コムコムに左遷されたあの人は、現役の時に俺達に色々教えてくれたあの人とは、もう全くの別人だった。再起の為に金に汚く、裏で色々悪さして俺達の嫌いな人間になっていた。もうどうしようも無かった。俺が動かなくても、いずれ本部が動いてただろう。それぐらいコムコムは終わってた」
暗い顔で語るジークに軽く肩をたたくチャタル。
「悪い。別にお前を責めてる訳じゃねえんだ。お前の言う通り、組合長ともなれば悪さした時点で『処刑人』に殺される事が確定してるからな。あの人もそれを十分分かっていただろ。それで?『処刑人』が動いたって噂流したのか?こっちまで来てねえぞ」
『処刑人』は組合でもトップクラスの機密事項だ。組合長ならその存在を教えられるが、その存在を広める事は本部の許可が無ければ許されていない。コムコムの件は領都まで聞こえているが、『処刑人』が動いた事はまだ噂されていない。コムコム規模の騒ぎなら当然本部から噂を流す許可が貰える。それなのに噂されていない事をチャタルは不思議に思っていたのだ。
「俺が教えたのは『処刑人』の存在だけだ。後は好き勝手噂されてコムコムの件は『処刑人』が動いたって噂も流れるだろう。それで十分だ」
教えたのはリリーだけだが、リリーから言い触らす事はしないだろうとジークは確信している。ただ、聞かれたら今までと違い明確に否定はしない、曖昧に答えるはずだ。あのリリーが言葉を濁せば、聞いた奴ら・・・・特にカナなんかは勝手に想像してくれる。時間はかかる事も想定して少し早く教えたが、それで十分だとジークは考えている。
「相変わらずその見た目に似合わず色々考えてんなあ、お前」
「お前こそ見た目に似合わず何も考えてねえな」
現役時代の売り言葉に買い言葉を返すジーク。ここで笑えたら終わりだったのだが、そのジークの返しに苦い顔になるチャタル。
「色々考えてるんだけどな。どうも空回りしちまう。そんで馬鹿共がコーバスに迷惑かけ・・・・って、そう!それよ!あれだけの人数で『さらに先へ』と、その仲間達を全滅させるなんて、お前相変わらず作戦立てるのが上手いな」
何か勘違いしているチャタル。その事に気付いてジークは大きく笑う。
「違えよ。俺は何も作戦立ててねえ。あいつらが考えた事だ。むしろ俺に指示してきやがったからな」
「は?マジで?嘘吐くなよ」
「嘘じゃねえよ。俺はマジで何も考えてねえ。お前も見たから分かると思うが、あれが俺が育てた・・・って言えるか微妙だがコーバスの組合員だ」
その言葉にチャタルは絶句する。現役時代は同じ5級として別クランのリーダーだったが、負けたなんて思った事は無かった。同じ時期に引退して、領都とコーバスの組合長の座が空いた時に、自分が領都の組合長になった時は勝ったとさえ思った。なのに今、初めて負けを認めてしまいそうだった。ジークの言葉が本当なら、領都に来ているコーバスの組合員の意識は、領都より遥かに上だと思ったからだ。
魔道具の映像を見て分かっていたが、コーバスの連中はいつでも殺し合いを始められるように準備していた。のんびり構えていたウチと全然違う。
どこまでがセーフで、どこからかアウトか明確に線引きし、アウトになった時点で油断も容赦もしない、卑怯と言われようが、徹底的に叩き潰すジークのクラン『思慮深く』によく似ていた。
「一応話をしたいかと思って、当事者を連れてたが・・・その顔なら必要なさそうだな」
「ああ、コーバスの連中が組合員としての意識がまるで違うって事は十分分かった。マジで現役の時のお前のクランそっくりだぜ」
「お前のクランも同じだったじゃねえか。何で領都でも同じように出来ねえんだ?」
さも当然のように言うジークに呆れるチャタル。
「あのなあ、クランと組合じゃ全然違うだろ」
チャタルのその言葉に大きく首を振るジーク。
「同じだよ、チャタル。組合を一つのクランと考えればいい。そしてお前はそこのリーダーだ。やる事は現役の時と何も変わらねえよ。力で抑えつけろ」
「そうか・・・クランか。そう考えれば出来そうな気がすんな。ただ、派閥がなあ」
「派閥は潰せ!俺はそうした。クランはいいが、派閥なんて脚の引っ張り合いで組合の害にしかならねえ。俺達が現役の時、いくつかクランがあったが別にいがみ合ってなかっただろう?組合ではクラン関係なく気の合う奴らで飲んでたはずだ。そもそも何で、つま弾き者の組合員達が、派閥なんて貴族の真似事してんだ?必要ねえ。それに今なら『さらに先へ』とその取り巻きが消えてまとめやすいはずだ。これ以上ウチの領で好き勝手させるな。そもそも数年前の緑竜の時も、領都の組合員でも十分撃退できたはずだ。それが派閥なんかあるから、王都に救援なんてダセえ事になるんだ」
ジークの辛辣な意見に顔を顰めるチャタル。
「・・・そ、それは・・・いや、言い訳だな。あの当時領都の戦力なら十分討伐出来ると思っていた。だが、派閥のせいで諦めざるを得なかった」
「だろう?コーバスでさえ色々イレギュラーはあったが、救援無しで地竜を討伐出来たんだ。領都なら余裕だ」
「分かったよ。ちょっと考えを変えてみる。色々最近悩んでいてな。お前と話出来て良かったぜ」
そう言って笑うチャタルとは対照に今度はジークの顔が暗くなる。
「それなら今度はこっちの相談に乗ってくれ。コーバスでの異常事態は知っているだろう?お前の見解を聞かせてくれ」
「ああ、『令嬢』か」
「違う。『ドルーフおじさん』から『令嬢』までの事だ」
ああ、そういう事かと納得するチャタル。
「俺の見解だが『ドルーフおじさん』と『令嬢』は繋がっているな。で、恐らく『令嬢』はコーバスのどこかに潜んでいて、組合の情報を知る事が出来るって所かな」
「やっぱりそう考えるか?」
「当り前だ。地竜2匹が出現した時点で姿を現したんだ。地竜討伐をどこかで見ていたはずだ。で、危なくなったから手を貸した。まあ、その時点で悪意があるような人物には思えねえけどな」
「お前が『令嬢』ならどこに潜む?」
「職員!と言いてえが、あからさますぎる。俺なら組合員か職員の協力者から、情報貰うな。それに去り際の謎の言葉も協力者への暗号って考えると楽になる」
まあ、おおむね予想通りの答えで、自分の考えが間違っていない事を確信するジーク。ただ、街中も調べさせてはいるが、手がかりが全くないのが現状だ。
「バーカ、手がかりがねえってお前らが探せる範囲だけだろ?コーバスの貴族連中は調べたのか?」
「ああ、領主様に調べてもらったから大丈夫なはずだ」
クライムズ領の地方貴族は、既に領主が調べて該当人物はいなかったと報告は貰っている。
「ほら、それだ!お前自分の部下に調べさせてねえだろ。領主は嘘は言ってねえだろうが、貴族の誰かが嘘の報告して『令嬢』を囲っているかもしれねえぞ」
指摘されるまでその可能性について、全く考えていなかった事にジークは苦い顔をする。
何で俺は、領主様の報告を素直に信じたんだろうな。チャタルの言う通り、貴族の誰かが嘘言って『令嬢』を囲っているってのは十分あり得る。ただ調べるにしても貴族はリスクが高い。どうするか・・・
貴族についてどう調べるか考えこむジークに対し、チャタルは更に驚きの言葉を口にする。
「これは今日聞いた事だが、コーバスに令嬢が来るそうだ」
「・・・は?」
真面目に考えこんでいたジークだったが、チャタルのいきなりの言葉に言っている事が理解できなかった。
「サファガリア伯のご令嬢だそうだ」
「・・・は?」
「一番『令嬢』と見た目が似てるんだそうで、視察に来るらしい。当然組合にも顔を出すそうだ」
その言葉の意味を理解した瞬間、『来ないでくれ!』と切実に願うジークだったが、既に各方面に手配済らしい。
「来たとしても代官の屋敷までだろう、何で組合まで来るんだよ。用事があれば俺達平民を呼びつけろよ」
「俺もその意図は分からん。ただ、そうなった場合、何らか動きがあると思わねえか?恐らくそれが目的だろうな」
それで何か動くのだろうか?囲っている貴族は、そのご令嬢が街を離れるまで、黙ってやり過ごせばいいだけではないのだろうか?と考えるジーク。
「まあ、今ここで色々想像していても良く分からん。帰ったら代官から呼び出しがあるだろうし、その時に考えるぜ」
色々考えるのは代官から正式に話があってからにしようと、今は考えるのを放棄したジーク。
「まあ、もしかしたら、とんでもない見落としがあって、実は以外に近くにいましたってなるかもしれないけどな」
『処刑人』にも調査を手伝って貰っているから、そんな見落としある訳ねえと心の中で返すジーク。
「他に話はねえか?なければ防音の魔道具終わらせるぞ」
ジークが頷くとチャタルがボタンを押す。すぐに周りの環境音が戻ってきたが、部屋の外から怒声や罵声、悲鳴が聞こえてきて、ジークは思わず頭を抱える。
「うん?喧嘩か?珍しいな」
チャタルの何気ない呟きだったが、毎日必ずどこかで喧嘩が起こるコーバスの組合長ジークからすると、心底羨ましい言葉だった。ただ羨ましがってもいられない。
「悪い、チャタル、多分ウチの連中だ。まだ体は鈍ってねえな?」
「一応、たまに体を動かしているが、現役の頃程の動きは出来ねえぞ?って何するんだ?」
「ウチの馬鹿共を止めるんだよ」
不思議そうに聞き返すチャタルに、ジークは疲れ切った顔でそう答えたが、組合長が『やめろ』と言えばいいだけだと思っているチャタルは、その意味を理解出来なかった。
ただ、それはすぐに理解できる事になる。
部屋から出ると、組合内は酷いものだった。何人もの組合員が床に倒れている中、未だに元気に殴り合っている連中が複数見える。
「ふう、モレリアは大人しくしてるか、ならまだマシだな」
隣のジークが何か言っているが、先にこの騒ぎを止める方が先だろう。そう考え組合内に声を響かせる。
「この騒ぎは何だ!今すぐ喧嘩をやめろ!」
いつもならこれで喧嘩は止まる。まあ、そこから魔法や武器を使ったと言い張る連中の為に、魔道具の確認作業だな。と考えるチャタルだったが、その考えは吹き飛ばされる。
チャタルの言葉に動きを止めたのは領都の組合員だけ、コーバスの連中はチャタルの声を聞いても止まる事はしなかったからだ。
「ハハハハハ、馬鹿が!何止まってやがる!」
「領都のカス共はよく躾けられてんな!」
「ガハハハッ、よそ見してんなよ!」
「よっしゃあ!隙あり!」
それどころか動きの止まった領都の組合員を容赦なく攻撃している。よく見れば倒れているのは全員領都の組合員だけ、コーバスの連中はまだまだ全員元気に動き回っている。
「みんな、元気だねえ」
「師匠、止めなくても大丈夫でしょうか?」
「混ざりたかったら僕は止めないよ」
更にコーバスから来た数人はエールを飲みながら壁で喧嘩を眺めているが、止める気配はない。
その連中にも色々言いたいが、言いたい事が多すぎて、ジークに向かって口をパクパクするが、言葉で出てこない。そんなチャタルを無視し、ジークは現役時代を思い出させるような顔で楽しそうに笑う。
「ったく、ベイルの馬鹿が!あいつが一番ノリノリじゃねえか!借りてきた猫はどこ行った!・・・チャタル!行くぞ!デカいのと一番元気がいいのは俺がやる!お前は残り4人頼む。あの中に一人すばしっこいのがいるからそいつだけ気をつけろ」
そう言い残し、あの乱戦の中に突っ込んで行ってしまった。
「マジかよ。組合長直々に体で止めんのか?コーバスってどうなってんだよ・・・喧嘩なんて何年振りだ?」
まさか組合長になってまで喧嘩するとは思っていなかったチャタルは、戸惑いながらもジークの後を追って騒動に突っ込んでいくのであった。
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「ハァ、ハァ。くそ、やっぱり鈍ってんな。この程度で息が上がるなんて情けねえ」
妙に素早い最後の一人を殴って沈黙させると、チャタルはだらしなく地面に座り込む。そこにジークがニヤニヤしながら近づいてきた。
「よお、大分鈍ってるじゃねえか」
「うるせえ!って言いたいが、実際その通りだな。まだまだだと思っていたが、思っていた以上に体が鈍ってやがる」
そう言って差し出されたジークの手を握って立ち上がらせてもらうと、喧嘩に加わらなかった組合員が寄ってきた。
「すげえ!組合長めっちゃ強え!」
「誰も止められなかったのに、4人も倒した組合長凄え!」
「流石、元5級!実力半端ねえ!」
「組合長こんなに強かったんですね」
「お、おう?」
今までこんな風に組合員に囲まれた事が無かったので、戸惑って良く分からない返事になってしまうチャタル。その姿を見たジークが笑いながら話してくる。
「な?クランと変わらねえだろ?」
言われてみれば、クランでは実力を見せれば、誰も文句は言わずに従ってくれたし、後輩なんかは懐いてくれた事を思い出したチャタル。それを思い出すと、今まで悩んでいた事が全てどこかに行ってしまった。
「こんな簡単な事だったんだな。色々悩んでたのが馬鹿らしいぜ」
「まあ、これが出来るのが、長くて後10年って所だろう。それ以降は体が動かなくなるからな。そこをどうするかってのが今後の課題だ」
俺は目の前の事で手一杯なのに、こいつはそんな先の事まで考えてんのか。・・・組合長としてはこいつの方が上だな。けど、まだこれから巻き返しは可能なはずだ。まだまだジークには負けられねえ。そう決意するチャタルであった。
後年、クライムズ領都の組合員は、他の街よりレベルが違うと言われる程、組合員の質が大きく向上する。更に街道に出た魔物の討伐や、野盗討伐を積極的に行う事から、領都周辺の治安が大幅に改善され、領都は更に栄える事となった。そんなクライムズ領都組合は、みんな仲が良く、まるで組合長チャタルをリーダーとするクランに見えた事から、いつの頃から、「クラン『クライムズ』」と呼ばれ、チャタルは組合長の鑑としてその名を語り継がれていく事になる。




