5.レッサーウルフ捕獲依頼②
って事で森にやってきたんだが、普段はよく見る癖にこういう時に限って全くレッサーウルフを見かけない。物欲センサーはこっちでも有効なんだろうか?しばらくぶらついても見当たらないので、無級や1級がいるような森の浅い所まで戻って適当に歩くとようやく見つけた。
レッサーウルフ。中型犬ぐらいの大きさの見た目はやせ細った野犬だ。犬との違いは額にみえる魔石。石にしか見えないけどあれには魔力が込められていて魔道具を動かすのに使える。まあ、電池みたいなもんだ。ちなみにレッサーウルフは魔石しか金にならない。フリーで報酬は500ジェリー。やっすいので狙って倒すのは討伐依頼を受けた2級組合員ぐらいだ、他は襲ってきたから仕方なく倒すって感じだ。上位個体と言われるワイルドウルフやレッドウルフの手下として群れて行動している事も多い。
こんな森の浅い所にいるのは群れにも入れてもらえないレッサーウルフの中でも更に弱い個体だ。弱いと言っても魔物は魔物。俺を見つけると唸り声をあげて襲い掛かってこようと身を低くする。
「よーし。こっちも準備があるからちょっと待ってろよ。待て!ウェイトだ!」
俺もレッサーウルフを牽制しながらリュックから借りてきた枷を取り出し、腕に木盾を装着して準備完了。レッサーウルフに一歩踏み出すと向こうが痺れを切らして襲い掛かってきた。でもまあ、言うてレッサーウルフ、飛び掛かりの噛みつきをバッシュ気味に盾受けしつつ頭に叩きつければ、軽い脳震盪を起こしてふら付く。そこに背後から馬乗りになって抑えつけ、枷を嵌めればほぼ終わったも同然。
「ここからは力の差を見せつけてから餌あげればいいんだったよな」
これからの手順を口に出して確認している間に向こうも意識がはっきりしたみたいだ。再び襲い掛かってくるレッサーウルフを、今度もバッシュ気味に盾受けする。これを数回繰り返せば、力の差を分かってくれるだろう。
思った通り、4回目ぐらいで悟って逃げ出そうとするが、既に首には枷が嵌められそこから伸びる鎖は俺がしっかり握っているので、逃げられない。鎖をゆっくりと引くと4本足全てで地面を突っ張り全力拒否の構えを見せるレッサーウルフ。その姿は獣医に行くのを全力で拒否している犬と大差ない。更に股下に尻尾を挟み、「クゥーン、クゥーン」と鳴いている。・・・こいつもしかして犬?・・・いや、魔石ちゃんとあるよな。
取り敢えずこんだけ怯えているって事は力の差を分かってくれたはず。それじゃあ肉あげてみるか。
リュックから葉っぱに包まれた唐揚げぐらいの大きさの肉の固まりを取り出し、レッサーウルフの前に転がす。匂いですぐに何か理解したレッサーウルフは俺への警戒や怯えはどこ行った?ってぐらい肉に夢中で食らいつく。
まあ、小さい肉だしすぐに食べ終えたレッサーウルフは俺に一瞬だけ期待に満ちた目を向けた。ただ、それも一瞬。すぐに自分が今どんな状況にいるのか思い出したのだろう。また尻尾を股に挟んで「クゥーン、クゥーン」と鳴き始めた。
こいつこの状況でよく肉に夢中になれたな。本当ならいつ殺されていてもおかしくない状況だったんだぞ。
・・・・・・
で、この後もう1回肉を投げるとまた同じ事の繰り返しだった。こいつは馬鹿なのか、それとも死ぬほど腹が減っていたのか。
で、3回目の肉を食べ終わると、俺を敵と見なさなくなって、尻尾をブンブン振りながら俺に期待の目を向けてくるようになった。もうこいつ完全に犬じゃん!額の魔石なかったら犬にしか見えねえじゃん!お前ウルフ名乗っている癖に、狼のプライドどこいったよ!
そして4回目。肉を取り出した瞬間、尻尾の振りが一段と早くなる。っていうか肉を取り出しても飛び掛かってこないな。待ての姿勢でちゃんと待っているなんて偉いじゃないか。ただ、尻尾の振りと涎が偉い事になっているけどな。そしてこの4回目なんと俺の手の上で肉を食べた!手を噛まれる覚悟だったんだが、ちゃんと俺の手は噛まずに肉だけ器用に咥えて食べた!おいおい、魔物だってのにちょっと可愛く思えてきたじゃねえか。
と、油断していたのが悪かったんだろう。レッサーウルフが尻尾を振りながら嬉しそうに俺の周りを跳ね回り始め、気づいたら鎖が体に巻き付き体の自由が利かなくなっていた。
「しまった!油断した!お前これを狙ってやがったのか!くそ‥‥や、やべ。倒れる」
座った状態で鎖が巻き付けれらていたので、慌てて立ち上がろうとしても立ち上がれるはずもなく、コロンと地面に転がる俺。
そこに寄ってくるレッサーウルフ。
大ピンチ!
やべえ。今までで最大のピンチだ。まさかこの俺がレッサーウルフ如きに!
まさかという考えもあり慌て過ぎて身体強化魔法に集中できない。レッサーウルフと言ってもさすがに強化もなしに首を噛まれたら、俺でも命の危険がある。
そんな事知らん!とばかりに寄ってきたレッサーウルフが口を開ける。次の瞬間には首に激痛が走るだろう。そうなると更に魔法に集中できないと判断した俺は目をギュっと瞑り、歯を食いしばり、痛みに耐える方を選択した。
・・・・・・
・・・・・・痛みが来ない。
代わりに顔にヌルっとした何かの感触と生臭い匂いが鼻に来た。
ペロペロペロペロ。
目を開けるとレッサーウルフの顔が目の前にあった。
‥‥‥‥
めっちゃ顔舐められてる。
「っていうか生臭えええ!おい!こら!目を舐めるな!くっせえええ!しかもお前、口だけじゃなくて体も獣くせええええ!」
さっきとは別の意味で大ピンチだ。俺の顔というか体全体が臭くなる。
前世の記憶がある俺はこっちの世界じゃ潔癖症じゃないかと言われるぐらい清潔を保っている。まあ、病気予防も含めてそうしているんだが、そんな俺が生臭さと獣臭くなる事に耐えられる訳もない。大声でやめるようにレッサーウルフにお願いする。
「やめろおおおお!やめてくれええええ!」
俺が叫ぶと顔を舐めるのはやめてくれたけど、今度は俺に覆いかぶさって体を擦り付けてマーキングしだした。レッサーウルフに更にやめるようにお願いするけど、当然言葉なんて分かってくれるはずもない。逆に俺が喜んでいるとでも思っているのかますます擦り付けてくるスピードは速くなる。
・・・・・・
そこに現れたのは6級目指している若者4人組。
「だ、大丈夫か!!」
「すぐに助けるわ!!」
「エルは手当ての用意だぜ!!」
「わ、わかった!」
・・・・
・・・・・・
・・・4人の目の前にはレッサーウルフに覆い被られて叫んでいる俺。鎖に縛られているっていう一部特殊な状況は置いておいて、この状況は一般的に見て『レッサーウルフに襲われて助けを求めている人』に見えるのではないだろうか?
「僕とクイトで引き剥がす!ザリアはレッサーウルフが離れたら弓で射ってくれ!」
「了解!」
「分かった!」
あらー。若いのに連携しっかりとれている良いパーティじゃない。感心。感心。‥‥って違う!!!
「待てええええええ!駄目だ!殺すな!!!手を出すな!!」
武器を構えてこちらに駆け寄ってくる若者達に大声で止めるように叫ぶ。
馬鹿野郎!ここでこのレッサーウルフ殺されたら、また、やり直しじゃねえか!ケガさせられたりしたら報酬が下がるじゃねえか!
若者に大声でやめるように叫び続けると、戸惑いながらも止まってくれた。よーし。お前ら待てだ!ウェイトだ!
「え、えっと、だ、大丈夫ですか?」
恐る恐る爽やかイケメンが聞いてくる。
「おう!大丈夫だ!ちょっと誤解させたみたいだな。悪い悪い。別にやられている訳じゃねえから安心してくれ」
「あ、あなた、そ、それ、やられている訳じゃないって、ヤラれているじゃない!」
近づいてきた赤髪のエルって言われていた女が引きつった顔でレッサーウルフを指差し訳分からない事を言う。
こいつは何を言ってんだ?
指差されたレッサーウルフ君を見ると、まあ、さっきまでの嬉しそうな顔と違って何か真剣な顔してますね。そして俺にマーキングしていると思っていたら、やたら腰をカクカクしています。そしてレッサーウルフ君のレッサーウルフ、さっきまでと違いレッサーの皮を脱いでレッドウルフに進化しているじゃないですか!
・・・・・・・・・
おいいい!この馬鹿犬!俺相手に盛ってやがるよ!あの女の言う通り、俺ヤラれてるよおおお!
やられていると思って助けにきたらヤラれていた。
・・・・・・言葉は同じだけど意味は全然違えええ。鎖で縛られているし、こいつらに絶対変な勘違いされる!すぐに誤解は解かなきゃ変な噂がコーバスに流れちまう!
「ちょ、待て、ちが・・・・・」
俺が誤解を解こうと話しかけた瞬間!
「へ、変態だあああああああ!」
俺が全てを言い終える前に獣耳のザリアとかいう女が大声を出して逃げていきやがった。しかもあの女、足早ええええ。一瞬で見えなくなったザリアを爽やかイケメンが慌てて追いかけていった。
取り敢えずあいつらは後で捕まえてしっかり誤解を解いておく事にして、残った二人だ。赤髪の女は顔を真っ赤にして俯いていて、クイトとか呼ばれていたヤンチャっぽいイケメンは戸惑っている。
「ちょっと、これはお前らの勘違いなんだって。落ち着いて俺の話を聞いてくれ」
俺はできるだけ優しい声で話しかける。
が、
「勘違いな訳ないでしょ!!自分の今の姿見てみなさいよ!外で何て事してんのよ!エッチ!馬鹿!変態!信じらんない!」
女は聞いちゃくれねえ。しかも、ちょっとボロクソ言い過ぎじゃねえ?いや、まあ俺も今の自分の姿見たら勘違いする自信はあるけどさあ。ってあの女も走ってどっか行っちゃったよ。残ったのはクイトのみ。そのクイトも俺と女の去った方を見比べた後、ペコリと頭を下げた。
あっ、どうも。
俺もつられて頭を動かす。それを見たクイトは女の後を追いかけていってしまった。
頭下げられたら釣られて頭下げるのは日本人だった時の癖だな・・・・・・って違う!
「おーーーい!待てえええ!待ってくれえ!誤解なんだって!頼む!聞いてくれええ!」
俺は大声で叫び4人を呼ぶが、その声があの4人に届く訳もなく虚しく森に響き渡るだけだった。