44.ジャイアンレッドウルフ
それはとある日の昼めし時、俺はモレリアとトレオンのジェリー勝負をエール片手に眺めていた。
典型的な駄目組合員になっていた日、シーワンが組合に飛び込んで来た。
シーワンは、しばらく辺りを見回していたが俺の姿を見つけると、大慌てで駆け寄ってきた。
「べ、ベイルさん!すみませんが、急ぎ一緒に来てくれないですか?」
「おお、な、何だそんなに慌てて、俺は今日オフで仕事しねえって決めてんだ。明日じゃダメか?」
「今日!今からでお願いします!タロウ達が大変な事になったんです!」
それを聞いたらちょっと気になるじゃねえか。
「何があった?」
問いかける俺にシーワンは答えず周囲の様子を伺う。
「すみません。ここではちょっと・・・」
何だ?組合では話せない事なのか?
「まあ、仕方ねえ。気になるし、ついて行ってやるよ」
シーワンの態度がかなり気になったので一緒に北村まで向かったんだが、シーワンの言う通り、本当にタロウ達が大変な事になっていた。
「あっ!ベイルさん!お疲れっす!見て下さい!大分変わったっすけど、タロウっすよ!」
「凄いです!凄いですよ!カルガーさん!」
そこにはクソデカい赤い犬が走り回り、その背に跨っているカルガーの姿と何かを一心不乱に書き殴っているゴドリックの姿が・・・。ついでにクソデカい3匹の犬が後をついて走り回っている。更にその内の一匹の背には・・・あれってゴブリンキングじゃねえか!!!
「おおーい、これどうなってんだ!ゴドリックの家だけで緊急依頼が出せるぞ」
「は、はい、ちょっとそれで私達もどうしたものかと・・・」
い、いやこれ俺に言われてもどうしようもねえぞ。
「と、取り合えず何があった?」
「そ、それがですねえ。あれからカルガーさんが、頻繁に遊びに来るようになりまして、その時にタロウ達にたくさん肉をあげるから、みんなどんどん大きくなったんですよ。ああなる前はタロウ達、フル装備カルガーさん乗せて走り回れるぐらいでした」
マジか?俺が知っているのは、装備全部脱いだカルガーを一番でかいタロウが乗せて、ようやく走れるぐらいだったぞ。カルガーどんだけ肉あげたんだ?
「それで昨日、カルガーさんが『珍しい肉っす!』とか言って、何かタロウ達に食べさせたのは見たんですが、あまり気にせず今日起きたら、ああなっていたと・・・・カルガーさんは大喜びでタロウ達と遊んでいて話に答えて貰えないので、ベイルさんにお越し頂いた次第であります」
次第であります・・・って言われても、俺じゃ何も分かんねえよ。
・・・・・・・
・・・・・・・
いや、待て・・・珍しい肉?
「ああ!分かった!カルガー、あいつ地竜の肉タロウ達と食べるって言って食ってなかったはずだ!多分その肉を昨日あげたんだ!」
「ち、地竜の肉ですか!!!それはまた高級なものを・・・・ってそうか、それでああなったのか」
「ああなったって事はその前と比べてどうだったんだ?」
「まずタロウですけど、体が倍ぐらいに大きくなって毛が赤く変色しました、ジロウ達はタロウより少し小さかったですけど同じぐらいになりましたね。ゴブ一はホブゴブリンからゴブリンキングに変わってます」
地竜の肉相当効果あるじゃねえか!しかも切り分けられた奴だからそこまで大きくなかった。それでこの効果・・・凄えな。
シーワンの答えに驚きながら庭に入ると、タロウ達が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ああ!もう!これだけ世話してもまだ主はベイルさんみたいっす。悔しいっす!」
寄ってきたタロウから降りながらカルガーがぶつくさ文句を言っている。
当り前だ!俺とタロウは熱い絆で結ばれてんだよ!
とか思いながらも、こうやって久しぶりにタロウ達を見るとちょっとビビるな。マジでどんだけデカくなってんだ?これ色が白かったら『黙れ!小僧!』とか言って来そうだぞ。
まあ、実際は舌を出してハァハァ言いながら、尻尾をブンブン振ってるんだけどな。
「で?カルガー。何でこうなったか予想はついたが答え合わせといこうぜ」
「地竜の肉食わせたら、こうなったっす!みんなお利口さんっす!」
何がお利口さんなんだ?カルガーの奴、テンション上がりすぎて、精神年齢下がってねえか?
それよりもやっぱり地竜の肉食わせたのが原因か。ちょっとこれどうしたらいいんだろうな。タロウなんて4級が相手するレッドウルフに進化しているけど、その大きさは聞いた事ねえぐらいデカい。これ、人を5人ぐらい乗せて走れるんじゃねえ?ってぐらいだから、外で見られたら絶対『ユニーク』になるぞ。
そんでジロウ達だよ!こいつらデカさ無視すればワイルドウルフなんだけど、このデカさだ。1匹なら『ユニーク』でイケると思うんだけど、3匹ともデカいからな。見つかれば新種の魔物認定されるな。
「それなら『ジャイアントウルフ』がいいっす!ジロウ達にピッタリっす!」
俺の独り言にカルガーが反応する。こいつ絶対考えてただろ。
「ジロウ達良かったな。全ての元凶が勝手に名付けてくれたぞ。お前らは今日から『ジャイアントウルフ』だ。そんでタロウ、お前は今日から『ジャイアントレッドウルフ』だ。見つかれば、モレリアやゲレロ達4級の連中が出張って討伐しにくるから気をつけろよ」
俺の言葉にようやく事態が分かったのか、顔を青ざめるカルガー。
「うおおおおおお!地竜の肉!地竜の肉が欲しい!!!ベイルさん!どうにかして手に入りませんか!!」
少し落ち着いたのかゴドリックが詰め寄ってお願いしてきた。だけど、そりゃあ無理だ。あの地竜は全部領主が買い上げたって聞いたからな。恐らく貴族達にしか回らないだろう。
「そうですか。では気長に待ちます」
思ったよりゴドリックはあっさり諦めた。
「今は魔物の進化の論文発表したから、問い合わせが忙しいし、『ゴブ一』の研究結果まとめないといけないですしね」
「『ゴブ一』の研究って何したんだ?」
その話は聞いてねえな。
「ゴブリンがどれだけ賢いのかのテストしただけです」
どういう事だ?
「うーん、まだ仮説段階で、今度組合に検証依頼出すからそれを受けて下さい。それで分かると思います」
じゃあ、いいか。そん時教えてもらおう。
「それよりもタロウ達の事っス!」
深刻そうな顔でカルガーが割り込んできた。まあ、確かに今はそっちが大事だな。ただなあ・・・・
「カルガーの言いたい事も分かるが、結局俺じゃどうしようもねえぞ。組合長に相談した方がよくね?」
「ベイルさんの言う通りなんっすけど、安全かどうか絶対確認されるっす!そこでもし間違いがあればタロウ達が・・・・タロウ達が・・・・うう」
おおーい。泣くな!よーし、分かった!カルガーの思いは痛いほどよく分かった。
って事で協力してくれるトレオン君で~す。
「おおーい!マジでふざけんなよ!ベイル!何だよ!あのデカいウルフ達は!!」
武器なし防具なしの素手でタロウ達の前に連れてこられたのは、4級の実力持っているって話のトレオン君。『新しい賭け考えたからしようぜ』って言ったらホイホイついてきた。ただしこうする事は言わなかったけどな。まあ、嘘は言ってないからセーフだ。彼ならどういう状況からでも無事生還してくれるだろう。
「ベイル!お前ふざけんなよ!両手両足拘束されてどうやって逃げればいいんだよ!」
「大丈夫だ、トレオン。お前なら出来る。っていうかタロウ達がお前を襲わなかったらお前の勝ち、襲われたらお前の負け。逃げる必要ねえんだよ。シンプルなルールだろ?」
「シンプル過ぎんだろ!負けたら俺死ぬぞ!」
「すみません。トレオンさん。タロウ達には人を許可なく襲わないように躾けてあるっす。だから襲われたらすぐにタロウ達を止めるっす」
「いや、それ躾けられてなくねえ?襲われる前に止めろよ!」
もう!話が進まねえ!ガタガタうるせえからもう何も言わずにトレオンを庭に放りこんでやった。
当たり前だけど、見た事無い奴が入って来たから、タロウ達は寛いでいた状態から立ち上がって警戒し始める。
「おーい。ちょっとこれヤベえって!めっちゃ警戒してんじゃねえか!」
トレオンを警戒するように、周りをゆっくり歩き始めるタロウ達。まだ襲ってないから大丈夫だな。
「大丈夫っす!タロウ達を信じるっす!」
「いや、今日出会ったばかりの初めての魔物なんて信じられねえよ!」
「なら、こいつらを信じる俺を信じろ!俺はこいつらが襲わねえって信じてるからな」
「お前が一番信じられねえんだよ!ベイル!」
あれ?この状況でそういう事言う?
「やっぱり襲わせるか・・・」
「駄目っすよ!ベイルさん!そんな事したら、タロウ達が危険な魔物だって認定されるっす!冗談でもそんな事言わないで下さい!!!」
おお!カルガーがめっちゃキレてる。こりゃあ冗談が冗談で済まなくなるな。もうやめておこう。
そんな事やっているうちに、トレオンに興味を失くしたのか、また元の位置に戻って寛ぎ始めるタロウ達。たださっきと違って、トレオンの動きを警戒しているのが分かる。
これでホッとしたのも束の間、今度はゴブ一が邪悪な笑みでトレオンに近づくが、ジロウの一鳴きでタロウ達の近くに戻っていった。その行動に俺はある事に気付いた。
「なあ、これって、ゴブリンキングのゴブ一よりジロウ達の方が強いって事だよな?」
「そうっすね。普通のゴブリンキングと違って群れ率いてないっすからね。単独なら3級ぐらいだと思ってるっす」
ゴブリンキング率いる群れなら4級含む複数パーティでの討伐になるから、もうちょっと強いと思っていたけど、単独ならそんなもんか。いや、それよりも・・・
「・・・おいおい!それならジロウ達は3級以上の強さって事か?」
「・・・そうなるかもしれないっすけど、ジロウ達は見た事無い魔物になったっすからねえ」
『・・・なったっすからねえ』じゃねえんだよ!お前が全ての元凶だろ!
「まあ、それよりもタロウ達の所に行くっす!トレオンさんも助けないといけないっす!」
■
「お、お前ら!絶対許さねえからな!」
さっきのカルガーの言葉に乗って庭に行った俺達だったが、タロウ達が大喜びするの忘れていたぜ。俺たちが庭に着くと大喜びで駆け寄ってくるタロウ達。それを受け止めるべく構える俺とカルガー。その間に手足縛られたトレオン君。
・・・・
結果、トレオン君は4匹に跳ね飛ばされた。
・・・・
うん、大きなケガがなくて良かったね。
トレオンの機嫌が直るのを待ってから3人で相談を始める。
「取り合えず、組合長に言うしかねえだろ?」
「だよなあ。これじゃあ、街の中も外もタロウ達、出歩かせられねえぞ」
「やっぱり、そうっすよねえ。ゴドリックさんとも相談してみるっす!」
ゴドリックとシーワンも交えて相談した結果、やっぱり組合長に相談する、ってなった。
■
そういう訳で一度コーバスに戻って組合長に報告に行った。
「用事ってのは何だ?・・・本当はベイルとトレオンだけなら聞かねえけど、カルガーがいるんだ、訳ありなんだろう」
おお、何だ俺達じゃ訳ありなんて事は無えってか?よーし、今度でっかい訳あり案件持ってきてやんよ!
「組合長。ゴドリックさんが魔物飼っているって話は知ってるっすか?」
何してやろうか考えていると、カルガーが先手を打って話し出した。
「ああ、レッサー・・・いや、今はワイルドウルフだったか?それが4匹とゴブリン1匹だろ?」
「・・・・・・・更に進化したっす」
進化したんじゃなくて、させたの間違いだろ。
「・・・・・・・は?」
まあ、当たり前だけど、驚くよね。俺も最初見た時は、マジでビビったもん。組合長はまだ言葉で聞いただけマシだ。俺なんていきなり見せられたからな。
「タロウが『ジャイアントレッドウルフ』になったっす」
「・・・・は?」
「そんでジロウ達が『ジャイアントウルフ』になったな」
「・・・・ちょ」
「ついでに言えばゴブリンキングもいるぞ」
「・・・ま、待て」
「待てないっす!タロウ達が安全な魔物だって組合から保証が欲しいっす!」
カルガー強引だなあ。それじゃあ、OK出ないぞ。あっ!組合長が頭抱えた。
■
「全く、この街は何でこう次から次へと聞いた事がねえ問題が起こるんだ」
説明を聞いた組合長が椅子に深く座りなおしながらぼやく。そう言いながら俺を睨むのやめてくんねえ?今回の件はカルガーのせいだからな。
「まあ、話は分かった。組合と商業ギルド、後この街の代官にも連絡しておく。取り合えず、他の魔物と区別つくように分かりやすい所に何か目印でもつけておけ。それから!一度でも人を襲ったら討伐依頼だすからな!そこは覚えておけよ!」
「分かったっす!タロウ達には人を絶対襲わないように十分言い聞かせるっす!組合長ありがとうございます!」
「でもよお。もしタロウ達が襲われたらどうすんだ?」
「どういう意味っすか?トレオンさん」
「見た事ねえ魔物が、大人しくカルガーの言う事聞いてんだぜ。しかも人を乗せて走れる。そりゃあ、欲しがる奴も出てくるだろう。散歩中や家で襲われて奪われるかもしれねえって話だ」
言われてみればそうだな。絶対欲しがる奴が出てくる。特に貴族連中だな。あいつら平民の物は自分の物っていうジャイアン思考持っているから、絶対奪いに来るはずだ。
「組合じゃ、そういう依頼自体受けない事にするし、組合員も組合通さず依頼受ける馬鹿な奴はいないはずだ。・・・多分・・・大丈夫・・・信じてる」
おーい、自分の所の組合員を信じろよ。
「まあ、組合員じゃないチンピラ程度なら襲ってきてもどうとでもなるだろう。取り敢えず襲われた場合に限り反撃を許可する。その時はきちんと報告しろ。あと、分かっていると思うが、余所の街の縄張りに連れていくなよ。絶対トラブルの原因になるからな」
「分かったっす!」
組合長の許可をもらったカルガーは元気に返事をしてお礼を言うと、タロウ達の所に走っていった。
後日コーバス周辺で見た事無い大きさの、ワイルドウルフとレッドウルフが少女と楽しそうに走り回る姿が度々目撃されるようになり、話題となった。そして、それ以降コーバスの組合では度々『北村からコーバス兵士詰め所まで襲撃者運搬』という依頼が掲示板に貼られるようになり、その依頼は無級にとってはかなりおいしく大変人気な依頼となるのであった。




