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43.白の令嬢

「何してんだ?」


 コムコムの連中を退治してから数日後、組合に行くと、モレリアとエルメトラ神とシリトラが何かしていた。


「やあ、ベイル。これかい?あの『令嬢』が空飛んだって聞いているだろ。あれをどうやったら出来るのか検証してるんだ」

「へえー。あんなん風魔法で出来るんじゃねえの?モレリアもシリトラもよく風魔法で人をぶっ飛ばしてんじゃねえか」

「あれはただぶっ飛ばしているだけで、それを維持するのが難しいんだ。それにその方法はかなり魔力を使うからね。あんまり効率がいいとは言えないよ」


 悪い、その効率の悪い方法で飛んでんだ。


「やはり、『令嬢』は風魔法を何か変化させていると考えた方がいいでしょう」

「シリトラさんもそう思いますか?私も師匠の開発した水魔法みたいに何か独自の変化をさせているんだと考えています」


 モレリアの開発した水魔法ってのはアレだ。何かヌメヌメする液体を出す水魔法だ。そういやエルメトラ神がこれで『達磨』転がして狩ったんだったな。元々は娼館で遊ぶ為って、物凄く下らねえ理由で開発したってのは聞いたんだろうか。

 


 そしてさっきから言われている『令嬢』ってのは、正式名は『白パンツの令嬢』改め『白の令嬢』の事だ。

 何故変わったか・・・それは何日か前に領主の名で『白パンツの令嬢』の呼び名を変更するように命令があったそうだ。それを受けて今後は『白パンツの令嬢』と呼ぶ事は禁止し、『白の令嬢』と改めると代官から通達があったからだ。

 それを聞いた男達は怒り狂い、変更命令無効を求めて署名活動する奴、代官の屋敷に乗り込もうとする奴が出たり大騒ぎだった。女組合員の白けた感じがまた面白かったけど。


 で、結局困った時のトートー先生って事で聞きに行ったら『角をとれ、意味は変わらん』とまた謎の言葉を言われたそうだ。

 で、その言葉の答えは『白パンツの令嬢』から『ツの』をとった『白パン令嬢』であると判明。それなら何も変わらないからって事でみんな納得して、今では『白パン令嬢』と呼ばれている。一応禁止された『白パンツの令嬢』じゃないからセーフらしい。どうしてもパンツ要素を残したかったその考えがアウトなんだけどな。まあ、女達は略して『令嬢』って呼んでいるな。




「うーん。風魔法をどう変化させればいいんだろうね」

「小っちゃいものから浮かせてみるとかですかね?」

「体に纏わせるイメージかしら?」


 3人とも頭を捻って考えている。時々風魔法使ってんのか突風が起こるんだけど、埃が舞うからやめて欲しい。


「浮かせるんじゃなくて逆に落とさないって考えてみるのもいいんじゃねえか?」

「「「落とさない?」」」


 俺を無視して考え込んでいた3人だったけど、俺の適当な言葉に3人とも同時に反応した。都合のいい耳してんな。


「そう、例えばこの1ジェリー」


 俺は机の上に1ジェリーを置く。


「ここから浮かそうとするんじゃなくて」


 その言葉の後に俺は1ジェリーを持ち上げる。


「ここから落ちないようにするって事だ」


 手に持つ硬貨を軽く上下してイメージを沸かせる。するとようやく俺が何を言いたいか分かった3人は顔を輝かせる。


「おお!その発想は無かったよ」

「ベイルにしてはやるじゃないですか」

「そうか、魔法を変えるだけじゃなくて、発想を変える事も必要なんだ。凄いわ!ベイル」


 シリトラの言い方に少しイラッとしたが、エルメトラ神からお褒め頂いたので許してやろう。


「あっ!ベイルの言った方が手応えがありそうです」

「そうね。最初は浮いた状態を維持するって方がコツを掴めそう」

「ふふふ、僕は硬貨なんて小っちゃいものじゃなくて、最初から自分で練習するよ」


 そう言って2階に上っていくモレリア。

  

 おーい、馬鹿が無茶やるぞ。


「モレリア!まさかそこから飛ぶつもりですか?」

「師匠!危ないですよ!」

「大丈夫!大丈夫!これぐらいでケガはしないよ」


 周りの連中も何事かと見守る中、モレリアは躊躇う事無く飛び降りやがった。そして次の瞬間、組合内に暴風が吹き荒れる。さっきの突風なんて優しいもんじゃねえ。文字通り風が暴れ回る。モレリアの奴全力で風魔法使ったな。当然職員連中にも被害が及び組合内は阿鼻叫喚の騒ぎだ。


 風が収まれば、そこには何やら嬉しそうな顔をしているモレリアと、何か言いたそうな組合員、そんで書類が散らばりブチ切れている組合職員の方々。


「な、何だ!何があった!」


 そして今の騒ぎを聞きつけて、慌てた様子で部屋から出てきた組合長。





・・・・・・・




「モレリア!!!ちょっとこっち来い!!!」


 見ただけで一瞬で状況と原因判断できる組合長ってやっぱり凄えな。


 さっきと一転泣きそうな顔で組合長室に向かうモレリアだった。




「師匠、大丈夫でしょうか?」

「まあ、あの子は怒られ慣れてるから大丈夫でしょう」


 心配するエルメトラ神だったが、付き合いの長いシリトラは心配した様子はない。まあ、モレリアは呼ばれた時は泣きそうな顔してるが、終わればケロッとしているから大丈夫だ。


「それよりもモレリア嬉しそうな顔してたな。何か手応えでも掴んだんじゃねえか?」

「ですね!あれは何か分かった時の顔だったです」

「師匠早く戻ってこないかなあ」




「いや、何も手応え無かったよ」

「は?」

「え?」


 組合長の長い説教を終えて戻ってきたモレリアの言葉がこれだ。お前あのどや顔は何だったんだ?


「うまく着地が決まったからね。足くじかなくて良かったって思ったんだよ」


 くそ、紛らわしいんだよ。俺もあの効率悪い飛び方改善出来るかもって期待したじゃねえか!



 それから4人で色々考えていると、3級のリエンが組合に飛び込んできた。


「お前ら一大事だ!コムコムのキングが死んだ!っていうかこの間乗り込んできた連中全員死んだぞ!!」



・・・・・


「は?」、「はあ?、何言ってんだ?」、「ど、どういう事だ!」


 いや、マジで何言ってんのか分かんねえ。俺も組合員もリエンの言葉が理解出来てない。


「だから!この間来た連中、魔物に襲われて全滅だ!」

「マジかよ!」

「森も落ち着いて来たのに街道に魔物が出たのか!」

「どういう事だ!詳しく教えろ!」


「俺らが全裸にして捨てたキング達全員の死体が森の中で見つかったんだ!」

「ええ?」

「あいつらあの状況で森に入ったのか?」

「森も落ち着いたし、街道進めば魔物なんてほとんど出ねえのに、あいつら馬鹿じゃねえのか?」

「何考えてんだ?」


 リエンの言葉に誰も彼も呆れかえる。あの状況で森に入ればどうなるか、あいつらでも分かるのに何で入っていった?それとも街道で襲われて森に逃げ込んだのか?それにしては全員森の中に逃げ込むのは変だぞ。普通は街道にも逃げる奴がいるはずだ。やっぱり何か目的があって森に入ったとしか考えられねえな。


「すまねえが、俺もこれ以上は分からねえ。たまたまコムコムの兵士達が死体処理してる所見かけて、聞いただけだからな」


「兵士!?兵士が動いてんのか?」

「いや、150人だったか?そんだけ死体があれば、さすがに伝染病の恐れもあるから兵士も動くだろ」

「言われてみりゃあ、そうか」

「コムコムの方はこれでごっそり組合員減ったから、これから大変になるんじゃねえか?」

「他の街からみりゃあ、コムコムは稼げるって考えて移籍が増えるだろうな」

「お前らも行って来いよ!」

「嫌だよ!この間まで真面目に働いて、ようやく落ち着いてきたってのに、何で更に働かねえといけねえんだ」


 キング達が死んだってのにこいつらは少し驚いたら、もう別の話題だ。これが街道で襲われて死んでたなら少しやり過ぎたかな?って思うが、自分達で森の中に入ったんなら自業自得だ。とでも思ってんだろう。まあ、俺含めて組合員ってのはこんな連中だ。



「悪かったな。本部所属のお前らに仕事頼んで」


 組合長室でジーク自らお茶を入れ、椅子に座る四人に差し出す。


「本当だよー。こういうのはここの担当にやらせてよー。僕たちだって暇じゃないんだよ」

「だから悪かったって。それにここの担当って言っても、クライムズ領をたった3人で見てんだ。手が回んねえのは分かるだろ?」

「そうだけど、僕たちだって本部から『ドルーフおじさん』の調査命じられてるんだよ。しかも今度は『令嬢』調査まで追加されたしー」

「って言っても手がかりはどっちも何もねえけどな」

「うむ、だが、キング達が逃げ込んだあの奇妙な砦。あれはもしかしたら手がかりかもしれん」

「儂も調べたが、あれは恐ろしく魔力を使って出来たもんじゃ。相当な土魔法の使い手。思い当たるのは数人おるが、そいつらがこんな所に来たって情報もないから、恐らくは『令嬢』じゃないかと考えておる」


 4人の報告にジークは顔を顰める。 特に最後のユルビルの報告は、新たな問題が起こったと同じ意味なので頭が痛くなったからだ。


「そっちも結局ユルビルの言った事以外分からなかったけどな。俺らの調査はこれで終わり。後は兵士の人達や専門家にしっかり見てもらってくれ」


 いつものように適当に答えるトレオンだったが、少し嬉しそうな感情が籠っている事にジークは気付いた。


「トレオン少し嬉しそうじゃないか?」

「面倒くせえ案件が一つ片付いたからな。大体本部所属の俺達にこういうのさせるのいいのかよ?」

「本部からは了承を貰っている。遊ばせておくぐらいなら仕事の合間に使って構わんってな」

「遊びとは酷いな。これでも我等は真面目に情報収集しているのだが?」

「嘘吐け!マーティン、お前最近絵の方にガチになってるだろ」

「もー、どうでもいいから、いい加減報告だけさせてよ」

「悪かった。それじゃあロッシュ、報告を聞こう」


 そう言って椅子に座りなおすジーク。


「じゃあ、報告。コムコムの組合長ナコーンの暗殺に成功。そんで帰りの道中で何故か全裸で腕を縛られたキング一行を発見。レッサーウルフやゴブリン等近くの魔物を呼び寄せて襲わせて全員死亡を確認。その際、土だけで出来た奇妙な砦を発見。調査したけどそれ以上の事は不明。こんな所かな?」

「いや、最後の砦の所、もうちょっと何とかならねえか?絶対本部から突っ込まれるぞ」

「だって、本当に何も分からなかったんだから仕方ないじゃないかー」


 ロッシュの言葉に頭を抱えるジーク。


「それよりも全裸のキング一行の方が突っ込まれると思うけど?」

「そっちは流れを知っているから大丈夫だ」

「それなら儂らにも教えて欲しいもんじゃ。第2目標のキングとそのパーティメンバー見つけた時は何の幻かと驚いたもんじゃ」


 そう言われたら別に隠す事でもないので、話をするジーク。ただ話を聞いた4人は驚き目を開くのだった。


「まーた、ベイルか。あいつ何でこんなに問題ばっかり起こすんだ」

「問題だが、我等の仕事にはかなりの助けになっている」

「そうじゃのう。あいつがコムコムに来てから一気に事が進んだ。あれは組合長の指示じゃろう?」

「そうだ。ベイルが行けば何かやってくれるんじゃねえかって思ってな。実際、あいつキングと喧嘩して不正の証拠掴ませてくれたからな」

「で、今度は簡単にキングを殺せる場まで作ってくれたって訳だ。ジーク一つ聞くけど、ベイルに僕らの情報渡してないよね?」


 ロッシュの目が怪しく光る。感情の籠っていない暗殺者の目だ。ロッシュがジークにこの視線を向けるのは久しぶりだ。


 自分が現役の時は互角の勝負で決着がつかなかったが、今のこの鈍った体じゃ勝負にならねえだろうな。


 一瞬そんな考えが浮かび笑みが零れる。


「な訳ねえだろ。偶然だよ。偶然。お前らも普段のベイル知ってるだろ。色々考えて行動する奴じゃねえって」

「だなあ。リーダー。そりゃあ考え過ぎだぜ」

「うむ。あれは何も考えておらん」

「あれで頭が良ければ手が付けられんぞ」


 仲間からの言葉を聞いて、普段の目に戻るロッシュ。


「だよねー。ベイルだもんね。蜘蛛とゴブリンで訳分かんない事しでかす奴にそんな考えある訳ないよね」

「何だ、まだあの時の事、根に持ってんのか?」

「持ってるに決まってるでしょ!怪しい行動したから、こっちは一晩見張ってたのに、その理由が凄い下らない事だったんだよ!持たない訳ないでしょ!」


「おお、珍しくリーダーが怒っているぞ」

「リーダーを怒らせるとは、ベイルはやっぱり何か持っておるのかもしれんな」


 和やかな空気の中、トレオンがボソリと呟いた。


「なら、ベイルを王都に連れていってみねえか。何か動きが出るかもしれねえ」


・・・・・・


 その呟きに全員が押し黙った。だが、その沈黙をすぐにロッシュが破る。


「ちょっと、ちょっと、まだ諦めてないのー。この間のエフィルの時みたいに相手は地方貴族じゃないんだよ。王国貴族!全然違うよ。いい加減諦めなよ」

「リーダー。この件には口を挟まないって約束だったはずだ」

「儂等が『処刑人』になる時の条件の一つじゃったな」

「どっちも孤児を利用する屑だ。身分の差等関係ない」


「まあまあ、ロッシュ。別にいいじゃねえか。ただ、ベイルが王都に行くだけだ。何か問題起こす訳でも・・・問題・・・起こしそうだな。・・・・いや絶対起こすぞ」

「ほらー。王都の組合本部もクラン同士バチバチやり合っているのに、そこに爆弾放り込んだらどうなるか分かるでしょー。僕も色々経験あるけど、流石にベイル程の馬鹿は見た事ないからどうなるか分からないよ」

「それがいいんじゃねえか、リーダー。今は向こうに警戒されて全く動きがねえんだ。それで何か動きがあればそれでも十分なんだよ」

「ただなあ、あのベイルって事だけは覚悟しろ。あいつはマジでどう動くかさっぱり分からん。マイナスになる可能性も十分考えておけ」


 ジークの注意にトレオン達も十分心当たりがあるのか苦い顔をする。


「ただ、問題はどうやってベイルを王都まで連れだすかって所じゃろう」

「我等が誘った所で素直について来てくれるとは思えん」

「だよねー。領都でさえ行こうとしないもんねー。あの貴族嫌いは相当だと思うよ」

「だなあ、それが一番問題か。何かいい方法でもねえかな」

 

 そう呟くトレオンの言葉に誰もいい考えが浮かぶ事は無かった。



「そういや、スパイの方はどうだ?」


 気を取り直して、ジークが話を振ると4人とも疲れた顔で返事する。


「やっぱり相当数入ってきているよ。『ドルーフおじさん』の時と同じ。他領からも隣国からも来てるね」

「今はまだ儂等の流した偽の情報に騙されて裏組織とスパイ達がやり合っているから、儂等以上の情報を持っている物はおらんじゃろう」

「って言っても俺らの知っている情報も誰でも知っている事なんだけどな」

「やはり、この流れも『ドルーフおじさん』の時と同じか」

「おいおい、マーティンそれじゃあ、何も情報が出てこねえって事になるぜ。勘弁してくれよ」


 そうボヤくトレオンだったが、その言葉通り、その後新たな情報が出てくる事は無く、『令嬢』の仕業と思われた土の砦も、スパイ同士の争いに巻き込まれ破壊されてしまったのであった。

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