40.森の異変、その後③
「ええ!ティッチ達引退すんのかよ!」
「嘘だろ。これからコーバスヤバくねえ?」
「こいつらが喜んで受けていた報酬のしょぼい依頼とかどうなるんだ?」
地竜討伐から数日、ティッチ達『柔軟に行こう』が引退するとの情報が流れ、組合が再び大騒ぎになった。しかも本人たちも認めているから余計に騒ぎが大きくなっている。なんなら組合だけじゃなくて、街の住人まで騒ぎが広がっているらしい。
「まあ、引退って言っても私たちは、これからこの街の兵士として働くから街の治安は変わらないと思う」
なんか地竜のせいでビビった兵士が大勢やめたらしく、そこにティッチ達『柔軟に行こう』のほとんどのメンバーが就職したそうだ。ティッチの言う通り、街の治安は変わらねえと思うが、街の外はそうもいかねえ。今までティッチ達にビビッて寄り付かなかった野盗がこっちに拠点を移してくるかもしれねえ。更に『柔軟に行こう』がいなくなった分魔物が増えて街道の治安が悪くなるだろう。
何人かは組合員を続けるみたいだが、心機一転他の街に移籍してやり直すそうだ。それで3級以上の組合員約30人がいきなり穴を開けるので、当然その皺寄せは残った俺らの所に来るわけだ。
「みんなにはすまないと思っている。ただ、地竜との闘いの時、一度は撤退命令を出したが結局私はパーティメンバーより街の住人の命を優先して足止めに動いてしまった。あの時はたまたま足止めが上手くいったが、今後同じ事があった場合も、私は同じ事をして仲間の命を危険に晒すだろう。だから最悪の事態が起きる前に引退しようと考えたんだ。運がいい事に兵士の募集もあったし、兵士になれば街の住人を一番に考えても問題ないからな」
そう言って心から笑うティッチに俺達は何も言えなかった。そもそも引退する、しないなんて俺達が言うもんじゃねえしな。
そうして引退したティッチ達は、街をパトロールしているのをよく見かけるが、現役の時と違い、その表情も柔らかくなり楽しそうだ。
で、代わりって訳じゃないが、逆に険しい顔してんのが残った組合員達だ。
「おい、おい、また野盗が出たのかよ。ティッチ達がいなくなったら、ゴキブリみたいに湧いてくんな」
「うえー。今度は街道に豚の群れだってよ。誰か狩って来いよ」
「何でこんなに依頼書が貼ってあんだ?お前ら真面目に仕事しろよ!」
「してるっての!終わらせる前からどんどん貼られるんだから仕方ねえだろ。『柔軟に行こう』の連中が抜けたのは、やっぱキツイって」
「だなあ、あいつらどんだけ仕事してたんだよって話だ」
終わらせても終わらせても逆に増えていく掲示板の依頼に俺達は疲れ切っていた。別に強制じゃないから受ける必要もないんだが、俺達は意地になって受けまくっていた。
その理由がこれ、
「すげええ!さっきの先輩達二つの依頼を同時に受けてたぜ」
「昨日荷馬車一杯に荷物積んで帰ってきた先輩達見たんだけど、全然喜んでねえの!『これぐらい普通ですが何か?』みたいな顔して帰ってきたんだ。凄くねえ?」
「さっきの2級の人達の装備見たか?あれ普通は3級ベテランレベルの装備だぞ」
「あの人達は『守り抜く』のメンバーだ!こっちは4級並の強さだって話の『上を目指す』の面々だ!すげえ。やっぱりベテランはオーラが違うよ」
そうキラッキラッの目で俺達を見て、褒め称える無級のヒヨッコ達のせいだ。
地竜を地元組合員だけで討伐したって話はすぐに近隣の街に広まったらしく、各地の組合員希望の連中がこの街に殺到し、普段じゃ考えられないぐらい無級組合員の数が増えた。
当然そいつらは地竜を討伐した俺達に憧れている訳で、何かにつけて凄い!凄い!言うもんだから、みんないつも以上に張り切ってるって訳だ。まあ、半年もすれば化けの皮が剥げていつもみたいに戻るだろうと思っている。
そして人一倍疲れてんのが、この街の組合職員達と、とある馬鹿共だ。職員は当り前だけど無級が増えたので、そのお守や依頼処理の業務で忙しくしている。そして職員の中で最も忙しくしてんのが、今も眉間に深い皺を寄せて凄え速さで書類を処理していくリリーだ。
どれぐらい忙しいかと言うと、俺が『いつも以上に眉間に深い皺出来てんぞ』と揶揄ったら書類を投げつけてきたぐらいだ。普段滅多に感情を出さないのにそれだけ余裕が無いって事だな。俺もそれから怖くて近づけねえもん。チラッっとカナに聞いたが、組合長でさえ怖くて話かけられないそうだ。
そしてもう一つ、死にそうな顔で疲れた顔してるのはトレオン含む馬鹿共だ。こいつらの場合は自業自得としか言えねえ。だっていつも以上に依頼こなしながらも見た事ねえ顔が組合入って来たら、いつもと変わらず絡みに行くし、新人連中に裏試験してんだもん。『誰も頼んでねえから忙しい時はやめろよ』って言ったんだが、『これは俺達の生きがいだからな、やめる訳には行かねえ』とやめるつもりは無いようだ。もう、その生きがいで死ねばいいんじゃねえか?
そしてもう一つ俺達を忙しくさせているのが、余所の街からきた移籍組だ。こいつらは地竜討伐なんて騒ぎがあると、自分たちもお零れに預かれるかもって浅い考えで移籍してくる。そんで無駄にプライドだけは高く、元々コーバスにいた俺らに喧嘩売ってくるから性質が悪い。そして更に、
「ただいま、カナ」
「あっ!お帰りなさい・・・ってまたですか?」
戻ってきたショータンが受付に数枚の組合員証を置くと、カナが顔を顰める。
「これはこの間移籍してきた2級の人達ですね。ショータンさん達が見つけたって事は3級の狩場ですか?」
カナの質問に黙って頷くショータン達。それを見てカナは大きなため息を吐いた。
「うちは結構狩場がしっかりしている方だけど、地竜の影響がまだ残っているからあんまり森の奥にいかず、2級の浅い狩場でしばらく慣らすように注意したんだけどなあ」
「その注意を聞かなかったんだからカナが気にする必要はないさ。連中の装備は売るけど問題ないよね?」
「はい、パーティは全滅ですし、こちらで死亡処理しておきますので、大丈夫です」
今のやり取りから分かるように移籍組は無駄に自信があるから、職員の忠告聞かずに自分の級より上の狩場に行ってやられる。そんでそれを俺らが見つけて装備と員証の回収と、無駄に手間がかかるって話だ。ショータン達みたいに全滅してればまだマシだが、これが生き残ってたら、見捨てる訳にもいかないので、街に連れ帰るって作業が増えるって訳だ。まあ、助けようとして、ムカつく対応されたから見捨てたって奴らもいるが、別にそれはそれで罪に問われないし、ルール違反でもねえからな。
そして面倒くさいのがもう一つ。
「またコムコムの連中が邪魔してきたんだけど?」
「獲物横取りされたぞ!クソ!あいつら何で最近嫌がらせしてきてんだ!」
「ティッチ達が引退したからだろ!コーバス最強パーティが引退したから、俺達完全に舐められてるぜ」
「マジでこのくそ忙しい時じゃなければ返り討ちにしてやるのによ」
最近コムコムの連中が、こっちにちょっかいをかけてくるようになった事も忙しくなった一つだな。
まあ街の最強パーティが引退したら、周辺の街が縄張り広げようと、ちょっかい出してくるのは普通なんだけど、やられた方はたまったもんじゃねえ。
今までは真面目なティッチが隣町の組合員達と明確な縄張りやルールを決めていたからこういうトラブルはほとんど無かった。
だけどティッチ達が引退した途端これだ。コムコム以外の近隣の街はまだ様子見している所だけど、コムコムはこれ幸いと明確にこっちに攻めてきやがる。まあ、今はまだみんな忙しいから相手してねえが、いずれ組合員同士ででかいトラブルが起こるだろう。
「はあ、毎日毎日忙すぎて目が回りそうです。ベイルさん、これいつ治まるんですか?」
一緒の机に座っているショータンが、エールを飲みながら心底疲れた顔で俺に聞いてくる。
「俺に聞くな。まあ、半年ぐらい頑張れば少しは落ち着くんじゃねえか?」
「僕も明確な答えは言えないけど、多分コムコムの方はすぐに落ち着くと思うよ」
「モレリアさん、どういう意味ですか?それ?」
なんか確信した顔で隣に座るモレリアの言葉に俺とショータンは頭に?が浮かぶ。どういう意味だ?こいつ何か情報掴んでんのか?
「『処刑人』って聞いた事無いかい?」
「ああ、そりゃあ、あれだ。組合員や職員の不正を調べてるって奴らだろ?で、証拠を掴めば不正した連中を処理する。その腕前は5級相当って都市伝説の話だろ」
俺も組合員が長いからな噂だけは聞いた事あるぜ。ただ、誰もその姿を見た事が無いってありふれた都市伝説レベルの連中だ。色んな都市伝説に突っ込みたいが、そもそも誰も見た事ねえのに何でそんな噂が広まるんだって話だ。
「僕はコーバスに移籍してくる前は王都にいたんだよ。当り前だけど王都は組合員の数が多くてね。ここ以上に組合員同士のトラブルも多くて、派閥みたいなものもあって別派閥との組合員同士は凄く仲が悪かったんだよ」
「ああ、聞いた事あります。パーティの上位組織のクランってのがあって、そこ独自の決め事みたいなものもあって、別クランとはかなり仲悪いって」
「そう、ショータンの言う通りそのクラン同士で結構トラブルがあって大変なんだよ。で、そのトラブルがちょっと見過ごせないなって大きさになると、出るんだよ」
そこでモレリアは勿体つけて、一呼吸おいた。
「『処刑人』が」
「ブハハハ!何だよそりゃあ!怖い話でもしてる気にでもなってんのか?」
「むー。ひどいなあ、ベイル。本当なんだよ!トラブル起こした主要人物がいつの間にか暗殺されてるって!しかもそれが何度もあるんだ。おかしいだろ?」
「いや、そりゃあ敵対勢力が暗殺しただけだろ?はい、この話終わりー。全くこんな簡単な話なのに何で『処刑人』なんて都市伝説が出回るんだよ。組合員ってのは馬鹿ばっかりだな。まあ、そうやって変な噂気にする奴は小物な証拠だぜ。モレリア!」
・・・・・・・
「いて、痛え、痛えって。モレリアやめろって!悔しいからって嫌がらせすんな!」
怒ったモレリアが、指先から土魔法で石を生成して、俺の頭にぶつける地味な嫌がらせをしてくる。
「あのー。イチャつくのやめてもらっていいですか?」
「馬鹿野郎!ショータン!これがイチャついてように見えるか?俺は今、現在進行形で魔法攻撃受けてんだぞ!お前代わりに受けてみろ!地味に痛くてすげえ気が散るんだぞ!」
「遠慮しておきます。それにしても普段怒らないモレリアさんを怒らせる、ベイルさんのその才能はある意味すごいと思いますよ。尊敬できませんけど」
「そうか?モレリアって結構怒ってるけどな?この間もオールズぶっ飛ばしてなかったか?」
「そんな事はしてないさ。それよりショータン。君は中々見どころがあるね。お姉さんが一杯奢ってあげよう」
「マジっすか!ごちっす!」
・・・・いや、スカートの短さが乳の下品さにどうのこうの言われて、風魔法でぶっ飛ばしてたよな?
■
忙しい日々の合間にそんな出来事があって少し経った頃、
俺は絡まれていた。
「おい!お前コーバスの奴だな!その獲物は俺達が狙ってたんだ!さっさと置いてどっかに行け!」
足元には俺が倒した強翼鳥。
「そいつは悪かったな。ただ、トドメ刺したのは俺だ、だからこいつは俺のもんだ!お前らにどうこういう権利はねえだよ!」
こいつら多分コムコムの組合員だ。獲物の横取りは組合でも明確なルール違反だが、ソロの俺を8人で囲んで脅しをかけてくるなんて、こいつら確信犯だな。そう言えばトラスが同じ目にあって泣く泣く獲物を諦めたとか言ってた気がすんな。
けどなあ、トラスと俺を同じと考えて貰っちゃあ困るぜ。
「てめえ!痛い目に合わねえと分からねえみたいだな!」
「今ならまだ泣いて謝れば許してやるぜ」
「ほら!さっさとどっか行け!」
そう言った奴が俺の背中を蹴ってきやがった。これで俺が手を出しても文句は言われねえ。って事で軽く小突いてやる事にした。
・・・・・
「ゴハッ!」
「うええええええええ!」
すぐに俺の周りには8人全員が転がった。こいつらの員証見たけど全員俺と同じ3級だったが、俺の相棒のこん棒を使うまでも無かった。攻撃も受けなかったし素手で余裕だったぜ。マジでコムコムの連中レベル低くねえか?ショータン達ならもう少しいい勝負になるし、俺にいいのを一発ぐらいは入れると思うぞ?
まあ、いいや。意識があるのが二人か・・・・一人は俺のボディブローで吐いているから話をするのはもう一人の方だな。
吐いてる奴の顔を蹴っ飛ばし意識を刈り取ってから、もう一人呻いている奴に近付いていく。
「て、てめえ、俺達に手を出してどうなるか分かってんだろうな!」
「お前らこそ次俺に絡んできたら、その時は殺すぞ!」
そう言って俺を睨みつけてる奴の頬を叩くが、変わらず俺を睨みつけてくる。良い根性だ。
「この事はハルドラグさんに言っておくから!あの人が出てきたらお前終わりだぞ!」
・・・ハルドラグ?・・・誰だっけ?何か聞き覚えが・・・。
「ハルドラグって誰だ?聞いた事ある気がすんだけど、思い出せねえ」
「てめえ!ハルドラグさん知らねえのか!コムコムで一番の組合員だよ!」
・・・・・・
「ああ!キングか!そうだった、そうだった!あいつそんな名前だったな!」
「・・・・え?もしかしてお前ハルドラグさんの知り合いか?」
「まあ、知り合いって言えば知り合いか。この間殴り合ったから仲は良くねえけどな」
「!!お前!もしかして『3落ち』か?・・・・くくく、そうか。てめえが!ハルドラグさん喜ぶぜえ。これで俺達がコーバス攻める口実が出来た。しかもその原因が因縁のあるてめえだからな」
ああ?こいつ何言ってんだ?先に手を出してきたのそっちだろ?攻め込むって何だよ?こっちには一つ目オーガがいるんだぞ、勝てるとでも思ってんのか?
色々聞きたい事があるけど、こいつずっと一人で好き勝手言って、こっちの質問に全然答えてくれねえからもういいや。取り敢えず顎殴って気を失わせた後は、財布と金になりそうな装備を頂いてからコーバスに戻った。




