4.レッサーウルフ捕獲依頼①
「何か面白い話ねえのか?」
トレオンとジェリーで対戦しているゲレロが同じ机に座る俺たちに聞いてくるが、特段面白い話は思いだせない。
「何もねえな。敢えて言えばゴブリンが少し増えて2級の連中が喜んでいるってぐらいか」
「フン」
折角話題を提供したのにゲレロの奴、鼻で笑って終わりにしやがった。殴りてえ。
「そうだねえ。そう言えば少し前に話題になった、どこかのお貴族様が身分隠して組合員やってるって話どうなったんだろ?」
モレリアがそう言った瞬間、何かが割れる音が組合に響いた。見ればゲレロの所の若いのが皿を落として割ったみたいだ。
「あったなあ。けどそこから何も話を聞かねえから嘘だったんだろ」
「トレオンと同じで俺も話を聞かねえからデマだったんじゃねえか?…お?これで俺の勝ちじゃねえか?」
「うっわ、クソ負けたわ。130ジェリーか。っていうかゲレロ最近ジェリー強くねえか?」
トレオンの言う通りここ最近ゲレロに勝てた記憶がねえな。
「ハハハ、ちょっと最近クワロともやるようになってな。あいつ終わった後に必ず反省会するんだよ。何でそこに置いた?とかこっちの手は考えなかったのか?とかうるせえんだよ。でもまあそういうのに意識しだしたから少しは強くなったんだろうな」
「おいおい、ジェリーの話じゃなくて僕が振った方を話題にしてくれよ」
「ああ、お貴族様の話か。それ嘘だったって話だろ?」
「僕も続報は入っていないけどさ。さっきから黙っているベイルはどうなんだい?」
ちびちび酒を飲みながら3人の話を聞いていた俺にモレリアが聞いてくる。
「俺はそもそも貴族が絡んでいるかもしれない案件は極力避けるようにしてるから、その噂の続きは知らねえぞ」
兵士時代のトラウマから貴族案件、貴族が関わっている可能性が高い案件は全て避けている。
「君の貴族嫌いは相変わらずだなあ。まあ、分からなくもないけどね」
そう言って渇いた笑いを浮かべるゲレロとモレリア。こいつらは4級だから貴族依頼があって色々苦労してるんだろう。
そうしていつものように話題を探してダラダラしていると組合の扉が開き、4人の若者が入ってきた。ついこの間組合員登録をした4人組だ。まだあれから2週間も経っていないが、組合にいる他の連中は入ってきた若者達に一瞬だけ目をやると、すぐに興味を失い各々飲んでいる奴との会話に戻っていく。
「へえー。まだ逃げて無かったのか。それに中々いい面構えになっているじゃねえか」
「あれをいい面構えっていうのはトレオンぐらいじゃねえか」
ゲレロの言う通り入ってきた若者は、最初の希望に満ちた表情はどこに行ったのか、4人ともうつろな目で疲れ切った雰囲気を全身で発している。
「まあ、無級だと仕方ないね。逆にあの時生き生きしながら依頼こなしていたベイルは頭がおかしいんじゃないかと言われていたね」
「おいおい、何でこの流れで俺がダメージ受けなきゃなんねえんだよ」
確かあの時は自分で仕事を選べて命の危険なんてゼロ。更に都度報酬が貰えるなんて組合員はなんちゅう素晴らしい職業だよとか思いながらやってた気がする。
「ふふふ。褒めてるんだよ」
「いや、絶対褒めてねえだろ?馬鹿にしてんだろ?」
「全く、褒めたんだから素直に受け取ってくれたらいいのに‥‥さて明日から依頼を受けるから僕はもう帰らせてもらうよ。ゲレロもトレオンも明日から依頼だろ?今日はもう帰った方がいいんじゃないかい?」
モレリアはそう言い残して帰っていった。
「しょうがねえ。俺も帰るか」
「ああ、嫌だ。働きたくねえなあ」
それを見てゲレロもトレオンも席を立つ。このまま解散の流れだな。俺もこの辺で帰る事にするか。
「お、ベイルも帰るのか?お前明日依頼受けるんだったか?もうちょっと飲んでけよ。勿体ない」
俺が立ち上がったのを見てトレオンが不思議そうに聞いてくる。お前と違って俺は酒で嵌めを外さない男だ。
「明日の依頼を見てからどうするか決めるから今日は帰る」
「かー、ソロはそうやって当日どうするか決めれるってのが羨ましいぜ」
「なら、トレオンもパーティ抜けてソロでやればいいだろ?」
「お前と違って俺は自分の命を賭けたりしねえの。金は賭けるけどな」
格好いいのか悪いのか良く分からない事をどや顔で言ってトレオンは去っていった。
ゲレロ?あいつはさっさと帰ったよ。
■
翌日俺はまだギリギリ朝だと言えるような時間に組合にやってきて掲示板を眺めるが、既にめぼしい依頼は無くなっていた。
こりゃあ、また適当に狩りでもするかと決め、受付に声をかけにいくと珍しく呼び止められた。
「ベイルさん。ちょっと待って下さい。フリーの討伐に向かうならこちらの依頼を受けてみませんか?」
馴染の受付嬢のリリーが珍しく依頼を進めてきた。俺が指名や強制依頼を嫌っているのを知っているのに珍しい。
「悪いな、リリー。俺は強制的に何かさせられるの嫌いだって知っているだろ?だからそれがない3級にいるんだ。他を当たってくれ」
そう言って立ち去ろうとする俺を慌てて引き止める。
「違います!強制依頼とかではありません!ちょっと組合でもどう判断していいか分からない依頼でして、こちらも困っているんですよ」
ほう、組合側が困る依頼なんて聞いた事ない。それが3級の俺を当てにするとか、かなり珍しいんじゃないか?強制じゃなさそうだし少し興味が湧いた。
「まあ、リリーの頼みだ、話ぐらいは聞くか」
「ありがとうございます。まずはこちらをお読みになって下さい」
そう言って渡されたのはよく掲示板に張ってある見慣れた依頼票。
依頼票には『レッサーウルフの捕獲』と書かれている。討伐じゃなくて捕獲なんて依頼初めて見た。報酬は‥‥『5万~10万ジェリー』って何だこれ?
思わずリリーを見ると苦笑いしている。こりゃあ組合が困るってのも理解できる。レッサーウルフってのはゴブリンと同程度、いわゆる2級上がり立てが狙うような弱い魔物だ。ただこれが討伐じゃなくて捕獲となると難易度が上がるのは分かる。ただどれぐらい上がるのかって言われたら微妙な所だな。
あとは報酬に幅があるって事は出来高によって報酬が変わってくるんだろう。3級パーティだと報酬が10万ジェリーでも微妙な額だ。2級で報酬10万ジェリーは良い方だが5万ジェリーとなると、ちょっとなあってなる額だ。それに報酬額が何によって変わるか分かんねえ。結論!すっげえ困る依頼だ。
「正直すっげえ扱いに困る依頼だな」
「そうなんですよ!流石に3級パーティだと10万ジェリーは少ないでしょう。でもソロのベイルさんなら1日で終わらせれば報酬が5万でも十分受けて貰えると思ったんですよ」
リリーの言う通り、俺は大体一日5万ジェリーぐらいの稼ぎを目標ラインにしているからな。流石リリー俺の事を良く分かっている。見た目若い癖に俺より年上なだけはある。
「取り敢えずコーバスの北村に住む依頼人に会って話だけでも聞いてもらえませんか?それでベイルさんが無理だと判断したらもちろん断って頂いても構いません。その際はどういった理由で断ったか教えて頂けると僅かですが情報量を払わせて頂きます」
うーん。情報量は多分大した額じゃねえが、話聞いて帰ってくるだけで金が貰えるのは中々魅力だ。しかも北村って歩いて30分ぐらいだから、依頼を断って帰って来ても鐘二つ――大体1時間に鐘が一回鳴る―そこから急いで狩場に向かってもまだ日が暮れる前に着ける余裕はある。
「まあ、いいぜ。話だけでも聞いてくるわ」
お礼を言うリリーから依頼票を受け取り、俺は組合を後にした。
「そう言えば北村っていっつも横を素通りだから村の中に入るのは初めてか」
道中特に問題なく北村まで辿り着き、村の中に入った所で初めてだった事に気付いた。この村コーバスに近いだけあって、村全体が木の壁で覆われて外敵の侵入対策がしっかりされている。まあ、代わりに宿や店なんか全く無いのは仕方ない。コーバス行けば事足りるからな。
取り敢えず村の人に依頼人ゴドリックがどこにいるか尋ねるとすぐに居場所が分かった。町ぐらいは人が多いこの村で依頼人は有名人らしく、教えられた家に着くとその理由がわかった。
「家、でか!!ちょっとした商会の本店ぐらいはあるだろ、これ。流石に貴族って事は無いよな。ゴドリックって豪農って奴なのかな」
家のデカさに圧倒されつつ扉を叩くと、中から若い男が顔を出した。最初はいきなり知らない人が訪ねてきて怪しんでいたが、依頼票を見せると中に案内してくれた。
「少しお待ち下さい。先生をお呼び致します」
せ、先生~?おいおい何の先生だ?この村にいるって事は農業の先生だよな?って聞きたいけど、若い男は俺を案内するとさっさとどこかに行ってしまった。
もしかして依頼主は貴族とかじゃねえよな。依頼受けたの失敗だったか
とか考えていると、さっきの若い男ともう一人しょぼくれたオッサンが入ってきた。ボサボサの髪に目の下の隈、不健康そうな顔立ち、薄汚れたローブ、見た目はまあ学者って所か。先生とか言われても不思議じゃない風体をしている。
「やあやあ、僕の名前はゴドリック。こっちは僕の助手のシーワン。あの依頼早速受けてくれたみたいで良かったよ」
そう言って気さくに手を差し出してきた依頼主。俺も一応の商売相手なので、外行きの笑顔で握手に応じる。
これが後に魔物研究の第一人者と言われるゴドリックと俺との初めての邂逅であった。
「どもども、3級組合員のベイルっす。依頼については受けるかどうかの確認で来たッス!」
…いや、俺も前世社会人やってたしちゃんとした敬語ぐらい話せるよ。ただ兵士時代はみんな上官や先輩にこの話し方だったからすっかり慣れちまった。
「えっと、取り敢えず語尾に『ッス』付けなくてもいいから。普通に話してもらえるかな?」
「いいのか?なら普通に話させてもらうぜ。さっきも言ったが今日は依頼の確認だ。それを聞いて受けるかどうか決める」
俺の返事に何故か嬉しそうに笑うゴドリック。隣に座るシーワンはさっきから何かを一生懸命紙に書いている。
「うん。いいね。それぐらい砕けた話し方の方が僕も落ち着くよ。で、依頼の確認だったかな?」
「ああ、この依頼報酬に幅がある理由を聞きたくてな」
「ああ、それなら簡単だよ。レッサーウルフを無傷で捕獲してきた場合は9万ジェリー、もし捕獲する時に傷つけたら、その傷の具合によって報酬を下げる。まあ治療代を報酬から引くって思ってくれていいよ。で、もしレッサーウルフを手懐けた場合は+1万ジェリー追加で払おう」
「つまりレッサーウルフを無傷で捕獲し、更に手懐けたら10万になるって事か?」
俺の答えにゴドリックは満足げに頷く。
「っていうかそもそもレッサーウルフって人に懐くのか?魔物だぜ?」
基本的に魔物って、人を親の仇だとでも思っているのか見つけると、ほぼ確実に襲ってくる様な生き物だ。レッサーウルフも例外ではない。
「とある村では昔レッサーウルフが餌付けされていたという話があるんだ。調べた結果、まずはレッサーウルフに力の差を見せつけてから、餌付けをするとうまくいくそうだ」
力の差を見せつけるって言われてもなあ。レッサーウルフって自分が不利だと悟るとすぐに逃げるんだよ。って事はまず逃げられないようにしてから力の差を見せつけないと駄目って事だよなあ。‥‥思っていたよりもこの依頼面倒くさいぞ。
「それならまずは動きを止める方法考えないと駄目だな」
俺がそう言った瞬間ゴドリックが何故か目を輝かせた。
「いい!いいねえ!君!今の会話から動きを止める方法について考え出す!素晴らしい!組合が派遣するだけの事はある」
……なんだあ?俺ってもしかしてテストされていたのか?‥‥いや俺じゃねえ、どんな奴をよこすか組合がテストされていたのか?
「褒めても何もでねえぞ。それよりもレッサーウルフの動きを止める方法だ。今の言い方だと既に考えてあるんだろ?」
そう言うとニヤリと笑って俺に手渡したのは牢屋とかでよく見る鎖のついた手枷、足枷って奴だ。こっちじゃ飼い犬なんて首輪なんてせずに放し飼いだけど、それを見てすぐに意味を理解した俺は、サイズの違う手枷足枷を適当に3つ見繕ってリュックの中に入れる。
「これを見ただけで僕が何をして欲しいか分かって余計な事は口にしない。やっぱり君はいいねえ」
そんなに褒められるほどのもんじゃないと思うけどな。取り敢えず依頼自体は気になったので受けてみる事にした。