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39.森の異変 その後②

「ふう、これで全員に話を聞き終わったな。そっちはどうだ?」

「私の方も聞き終わりました。お疲れ様です」


 深く椅子に腰かけ疲れた表情を見せる組合長のジークに、リリーがお茶を入れ、近くの椅子に腰かける。


「結局、組合員の中に誰も怪しい奴はいなかったし、森の中で誰も何も見てねえ。結局、『金髪の貴族風の女』って以上の事は分からなかったな。・・・・貴族だと思うか?」


 ジークの問いかけに頷くリリー。


「女性組合員の話では下着を見られる事に抵抗が無かったとの事。つまり日常的に人に見られている・・・着替えを手伝ってもらっている人物、つまり貴族である可能性はかなり高いと考えられます」


 リリーの言葉に大きくため息を吐くジーク。


「だよなあ。そうなってくると、組合長と言っても平民の俺じゃ限界がある。ただ、今回の件、本部や貴族から絶対にその女の正体を突き止めろってくるはずだ。・・・仕方ねえが代官経由で伯爵様に貴族側の調査を依頼する。『ドルーフおじさん』の時も伯爵側からも言ってきたから大丈夫だろう」

「ただ、変装していた場合は、見つからないかもしれませんよ?」

「全員に聞いたが、妙に荷物が多い奴はいなかったそうだ。こっちで調べるのもこれが限界だ。その女が組合に全く関係ない奴で変装していたら、それこそ俺達じゃもうどうしようも出来ねえ」


 両手を挙げてお道化て見せたジークだったが、すぐに真剣な顔に変わり、リリーに尋ねる。


「なあ、繋がっていると思うか?」

「そう思わない方が不自然でしょう。『白い仮面』に『竜の素材への執着の無さ』、目撃者は複数いるのに、その後の手がかりが全く無い点等『ドルーフおじさん』の時と状況がよく似ています。繋がっていない訳が無いと思います」

「だよなあ。リリー、確認だが、他の街で似たような噂とか聞いた事は無いか?」

「・・・噂程度ならありますが、竜の素材という確実な証拠が残っている話は、この街以外聞いた事がありません」

「はああ。この街はただの地方都市なのに、なんでこの街だけこんな事が2回も起きるんだ?この街には一体何がいやがるんだ?」

「詳しくは分かりませんが、二人とも話を聞く限り悪人ではなさそうな所が、幸いでしょうか」

「悪人だったらこの街はとっくに滅んでるだろうな」


 乾いた笑いを浮かべるジークとリリー。その顔には疲労の色が浮かんでいた。


「ティッチ達『柔軟に行こう』の件もあるし、頭が痛えな」

「そうなると確実にキングが動きますよね?」

「間違いねえな。リリー、これからしばらく忙しくなるぞ」


 諦めた表情をしたリリーは、何も答えずに大きくため息を吐くだけだった。




■■

 かれこれ2年近い付き合いになるスキンヘッドの大男が、隣で眠りにつきそうなので、メグは頬を軽く叩いて目を覚まさせる。普段はこの男は客としてしか接触してこないのに、今日初めてそれ以外で接触して来て焦ってしまった。後で考えればその時、手が空いてるのが私だけだったので仕方がなかった。ただ、それがくだらないお願いだった事に怒って思わず叩いてしまったのは失態だった。

 その時は殺される事も覚悟したが、この男は仕事とは分けて考えてくれるようだ。


「ほら、寝る前に報告。今回もいつものように『何も手がかり無し』でいいの?」

「ふあー。眠い。・・・謎の女の件は、お前も聞いているだろ?今回は伝言じゃなくて報告書だ。俺の荷物に入っている」


 眠気を払った男が自分の荷物を指差しながら、いつもと変わらない口調で答えるが、メグは緊張して体が強張る。『ドルーフおじさん』を調べている現地員と連絡役との繋ぎとして、隣国ハスリアからこの街に来て約2年。これまで月に一度自分を指名するこの男の伝言を、連絡役へ伝えるだけだったのに、それが今回初めて報告書を渡す仕事になったからだ。


 一応前任者から報告書の受け渡し方も教えてもらい、メグも方法は知っている。体が強張った事は男には悟られたが、メグは気にせず布団から出て男の荷物を漁り報告書を探す。


 ここで金目の物を盗むなんて馬鹿な事はしない。

 『与えられた仕事だけして、それ以外は唯の娼婦として過ごす事』それが長生きの秘訣だとメグは前任者に忠告してもらったからだ。


 だから名乗りもしないこの男の名前も知らない。教えないので知る必要も無いのだろう。たまに街で見かけて組合員だという事は知っているが、それ以上は知ろうとも思っていない。


「報告書ってこれでいいの?」


 メグは男の荷物から見つけた報告書をヒラヒラと振りながら男に尋ねる。その身には何も纏っていないが、むしろこれで報告書以外は何も持っていない事が一目で分かるので、疑いをもたれる事はないだろう。とメグは考えている。


 そしてそのメグの考えていた通り、先ほどまで眠そうだった男の目がしっかりとこちらを捉えていた。


 これで他の荷物に手を出していたら多分、私は消されただろうな。


 「そうだ」と答える男の冷たい目を見てメグはそう確信し、何があろうと前任者の忠告は絶対に守ろうと再度決意した。


「じゃあ、今回はこれを渡せばいいのね?」


 部屋の隠し戸棚に報告書をしまうと、メグは男の布団に潜り込み横になる。先ほどの冷たい目を見たので、一緒にいたくはないが、娼婦としての仕事がある。我慢して朝まで一緒にいなければならない。


 後はこのまま眠るだけだから我慢だわ。流石にこの後もう一回とか言ってこないわよね?


 そうならないように目を閉じて眠さアピールをするメグ。そんなメグに男が普段組合で見せるような笑顔でメグに話しかけてきた。


「ああ、そういや報告書には間に合わなかったが、その謎の女の通称が決まったぞ。伝言頼むぜ」


 そう言われたら仕事なので、聞かざるを得ない。目を開けて隣の男を見るとニカッと笑いこう答えた。


「その女の通称は『白パンツの令嬢』だ。『白下着の令嬢』と意見が分かれたんだが、下着って上と下どっちの事だ?ってトートーから鋭い突っ込みが入ったのが決定打だったな。いやあ、あれだけ白熱した議論は久々だったぜ」


・・・・・


・・・・・


 笑う男とは対照的にメグはさっきの男と同じぐらい冷たい目をして、こう答えた。


「あんた達馬鹿じゃないの?」














「ユーアリック様。コーバスの代官ダンオムより至急の報告が届いております」


 見るからに貴族と分かる豪華な服を着た、少し小太りの男が書き物をしていた手を止め、補佐官に視線を向ける。


「コーバスからの至急とは珍しいな。何があった?」

「コーバス近くの森で地竜が出現したそうです」


 その報告を聞いた小太りの男ユーアリック・クライムズ伯爵は険しい顔を見せた。


「どうせこちらが準備している間に、王都から救援が来て素材を全部持って行かれるんだろう?」

「そうは言っても、準備しない訳にはいかないでしょう?まあ、出撃訓練だと考えればいいのでは?」


 補佐官の言葉に険しい顔を更に険しくするユーアリック。その彼に補佐官は代官からの報告書を渡す。


 クライムズ伯爵領では年に一度程度、竜種が出現するが、悉く王都の組合員により討伐され、その素材が王都に運ばれるのを指を咥えて見ている状況が何年も続いている。

 一応竜種が出現した場合は、伯爵へ救援依頼が必ず来るが、討伐軍を編成している間に王都の組合員に討伐されている。だからと言って王都への救援を禁止して、街に被害が出ては意味がないので、悔しいながらも耐えているのが現状だ。


 そして、今回も同じだろうなと思いつつも、読まない訳にはいかないので報告書を広げ内容に目を通す。そして、報告書を読み進めるうちにユーアリックの険しい顔が驚きの表情に変わっていく。報告書を読み終わったユーアリックは、すぐに部屋の外に立つ騎士を呼び指示を出す。


「急ぎ地竜討伐軍を編成しろ!今回はまだ王都へ救援依頼出していないそうだ!今回はもしかしたら間に合うかもしれん!急げ!」


 指示を受けた騎士が慌てて部屋から出ていった後、補佐官がユーアリックへ質問する。


「王都への救援はまだなのですか?」

「ああ、代官のダンオムによればコーバスの組合員だけで対応出来るそうだ」

「コーバスですよ?ここ領都でも数年前に緑竜が出た時は、すぐに王都へ救援出したのに大丈夫なのでしょうか?」

「分からん。分からんが、今回は地竜だから組合で対応可能、と言ってきたと書かれている」


 ダンオムからの報告書を補佐官に渡し、ユーアリックは考えを巡らす。


 竜種と言うだけですぐに王都本部へ救援を出す組合もどうかと思うが、対応しようとする組合もどうなのだ?出来れば討伐軍が着くまでは組合は街の防衛に当たって欲しいが、組合は国からも独立した組織だから命令は出来ん。依頼や協力を取り付ける事は出来るが、既に対応すると動いているから、それも無駄だろう。


「コーバスの組合長は確か・・・元5級組合員のジークでしたか?」


 報告書を読んだ補佐官の呟きに、ようやく合点がいった!


「『オーガの筋肉』か!そうだ!コーバスの組合長はあいつだったな!」


 見た目から脳筋だと勘違いされるが、頭の回転も速く現役の頃は大規模パーティ『思慮深く』のリーダーで何匹もの竜種を討伐した男だ。そうか、あの男か。確かあの男のいたパーティが、地竜の討伐方法をある程度確立させたはずだ。その彼がそう言うなら少しは安心していいか。


 逸っていた気持ちもジークが対応すると分かり、落ち着きを取り戻したユーアリックだったが、数日後また心が乱れる事になる。



「は?・・・・ち、地竜が2匹・・・だと」


 数日後、馬を飛ばしてヘトヘトになりながらやってきた、コーバスからの伝令の最初の一言に、ユーアリックは補佐官共々固まってしまった。


 地竜が2匹は聞いてないぞ!討伐軍は既に出発しているが、2匹は想定していないはずだ!急ぎ討伐軍を編成し合流させないと・・・先発隊にコーバスで待機するように伝令も出さないと・・・いや、それよりコーバスは!周辺の街は無事なのか?


「・・・・・訳で、ダンオム様が押さえておりますが、6億程になりそうとの事です」


 考えを巡らせていたユーアリックは、伝令の報告が終わっていない事に気付いた。


「6億?6億とは何だ?すまん、少し考えこんでいた。もう一度報告を頼む」


 ユーアリックの言葉に伝令は姿勢を正し、もう一度報告を始める。


「コーバス近くに出現した地竜は2匹。当初は1匹との事で間違えた報告をした事についてはダンオム様より謝罪致しますとの事です。後日ダンオム様も訪問して正式に謝罪を行いたいとの事で日時について・・・」

「いや、謝罪の話はいい。地竜についての報告を先に」


 今は謝罪の話より地竜の話だ。


「地竜2匹については、既に討伐済みです」


 その言葉に思わず椅子から腰を上げて驚くユーアリック。


「と、討伐済み?討伐済みと言ったか?な、何故?どうやって?ま、まさか王都からの救援か?・・・そうか・・・勿体ないが、背に腹は代えられん。それで、街の被害はどうなっている?」

「街及び人的被害はゼロです」


 その言葉に首を傾げるユーアリック。


「うん?先程6億がどうとか言っていたのは、被害にあった街の修理費用ではないのか?」

「いえ、違います。先程報告した通り、街及び人への被害はゼロ。どうやって討伐したかについては、ダンオム様・・・というより組合でも混乱中で、後日正式な報告を行うとの事です」


 混乱中?討伐したのに混乱中とはどういう事だ?誰がトドメを刺したかで揉めているのか?


「それで地竜2匹の素材全て買い取ると6億程になりそうなので、伯爵様の指示を仰ぎたいとの事です」


 伝令からの報告にユーアリックは再び混乱する。


「ま、待て、待て、待て!地竜の素材を買い取るとはどういう事だ?今回も王都から救援が来たのではないのか?」

「いえ、今回王都からの救援は無しで、コーバスで対応し、地竜丸々2匹がコーバスに運び込まれています。こちらをご覧頂ければ、報告を信じて頂けるとダンオム様より預かってまいりました」


 そう言って伝令が腰に下げた二つの袋から取り出したのは、片手でどうにか持てそうな大きさの黄色く輝く魔石。これだけで商人から買えば一つ3000~5000万ジェリーになる。


「こ、これは本物ですね。しかも2つとは・・・・」


 先程まで黙って報告を聞いていた補佐官でさえ、魔石を目にした瞬間思わず言葉が漏れるぐらい驚いている。


「に、偽物・・・ではないな。この輝き、数年前に手に入れた赤竜の魔石とよく似ている」


 あれは破格の値段で赤竜の魔石と一部素材が、我が領で売られたと聞いて、商人ギルドに手を回して買い取ったものだ。あれ以来になるのか・・・・って待て!あれもコーバスでは無かったか?偶然か?。


「魔石はダンオム様が街の予備費で既に購入していますが、他の素材については如何いたしましょう?」

「全て買い取ると6億と言ったな?買い取れ!それ以上になっても8億までならダンオムの裁量で好きにしていいから、全て買い取るように伝えろ」


 そう伝えた後、伝令を下がらせ、補佐官と二人残った部屋でユーアリックは、今後の打ち合わせを始める。


「それにしても8億までとは中々思い切りましたね」

「地竜2匹の魔石と素材の一部を残して売ったとしても十分お釣りがくる。それに今回は丸々2匹手に入るんだ。破格の値段で手に入れた赤竜の魔石みたいに偽物だとか言う愚か者は出てこないはずだ。それだけでも8億出す価値はある」


 赤竜の魔石と素材の時は商人が買った額の倍で買い取ると言ったら2000万ジェリーだった。5000万~1億程度で考えていたのに、破格の安さで買えて当時は小躍りもしたが、あの安さは偽物だと敵対派閥が噂を流すから今ではそれが真実となり、悔しい思いをしている。


 だいたい、あの安さで買えた私自身が本物かどうか、くまなく調査し本物だと確信したんだ。社交界にも何度も持って行き証拠も示したはずなのに、何故信じない。今では私も諦めてしまったのも悪いと思うが、今回は違う。流石に丸々二匹手に入れば敵対派閥の連中も何も言えないはずだ。


「そうだ!いい事を思いついた。この件を陛下に報告するか。それで陛下が興味を持ち素材の一部でも買い上げて頂ければ、偽物だと言い出す奴はいないだろう。・・・いや、そうなれば逆に連中に偽物だと言い出して欲しいな」

「ユーアリック様も人が悪い。陛下が購入した物を偽物呼ばわりしたら、陛下に見る目が無いと言って侮辱しているのと同じ。そうなれば派閥からも切り捨てられ、領地運営もままならないと誰でも理解できるでしょうに」

「いや、敵対派閥の馬鹿どもなら、そこまで考えられない奴らもいそうだ。そうならなくても、偽物だと言えない悔しがる連中の顔を見れるだけでも良いとは思わんか?」


 そう言って怪しく笑うユーアリックだったが、数日後、代官ダンオムからの報告を聞いて今度は顔を顰めるのであった。


「・・・報告は以上になります」


 数日後ユーアリックの元を訪れた、コーバスの代官ダンオムの報告を聞いたユーアリックは補佐官共々頭を抱える事態になった。


「そ、その女は一体何者なんだ?」

「目下調査中です。私も組合長も色々調べていますが、今の所報告以上の事は不明です」


 ダンオムからの答えに頭を更に抱えるユーアリック。


 そもそも地竜相手は王都の5級パーティでも事前の調査や戦力を整えたりと準備が必要だと聞く。それをたった一人で討伐するなんて明らかに異常だ。そんな女が我が領地にいると陛下に知られれば反意を疑われてしまう可能性がある。

 元々地竜の件は黙っていても陛下の耳には入るだろうから、その前にこちらから報告するつもりでいたが、こうなっては下心など出さず、急ぎ王都に向かい誠心誠意説明するしかないだろう。

 

 この件がもし敵対派閥に知られ、私の報告より先に陛下の耳に入ったら、ある事無い事言われ私は失脚するだろう。


・・・もしかしてそれが狙いか?それなら何故地竜の素材を全て残した?私を罠に嵌めるにしては餌が豪華すぎないか?いや、そもそも地竜をどうこう出来るものなのか?


 私の家も伯爵位を賜ってから長く、貴族特有の搦め手等政治的攻撃はよく知っているのだが、今回は本当に分からん。敵の考えがさっぱり分からん。敵より先に陛下に説明に上がるぐらいしか対処しょうがない。


「そしてユーアリック様へコーバスの組合長よりお願いがあるとの事です」


 そう言ってダンオムが報告書を差し出してきたので中身を確認する。それを途中まで読んだ所で軽くため息が出てしまった。


「ダンオムよ。平民と言うのは貴族をどう思っているのだ?『下着を見られる事に抵抗がない』から貴族の可能性が高いとはどういう意味だ?」

「はい、普段から着替えを側使えに任せているからだと思います」

「バカー。それは側使えだからであって、我等王国貴族だって下着見られたら恥ずかしいわい!」

「ユーアリック様、言葉使い。言葉使い。素が出てますよ」


 ダンオムの言葉に思わず言葉が乱れたユーアリックだったが、傍に立つ補佐官の呟きに咳払いで誤魔化そうとする。


 そうして報告書を読み終えたユーアリックに、その内容に異論は無かった。


 まあ、コーバスの組合長ジークの報告書通り、貴族の事は貴族しか分からんよな。特に王国貴族に関しては私が動かないとどうしようもないだろう。


 ここ、メーバ国には王から任命された王国貴族と各地を治める伯爵位以上の貴族から任命される地方貴族がいる。王国貴族はその名の通り王国から爵位が与えられ、伯爵位以上は領地を与えられ、領主としてそこの管理を任されている。そして子爵以下の爵位の王国貴族は王都で文官や王国騎士団としてほとんどが働いている。一部各領地に不正が無いか等監査官として派遣されているぐらいだ。


 そして各地の領主が、領内の街を治める為に、領主より爵位を与えられたのが地方貴族と言われる。その爵位は当然任命する伯爵以上の爵位は無く、子爵が一番高いものとなっている。自領では貴族扱いされるが、当然王都では何の権限も持たない、ただの平民扱いになる。そして当たり前だが、同じ子爵位であっても王国貴族の方が遥かにその地位は高い。


 当然、地方貴族のダンオムと言っても地方貴族なので同じ地方貴族の男爵が補佐官についている程度である。着替えも自分で行い、側使え等いないので、ジークの報告に何も疑問に思わなかったのである。


 このジークの報告書を読んで分かったが、確かにこの謎の女は貴族の可能性が高いか。似顔絵の髪型や服装からどう考えても王国貴族だろう。領内についても一応この似顔絵を回して探すにして、国内についてはどうするか・・・陛下にご助力を願うのがいいか。そう言えば数年前も同じだったな。



 当時の『ドルーフおじさん』の騒ぎを思い出して軽く笑いが込み上げてくるユーアリック。


 あの時も陛下に調査を命じられて、今現在も探しているが、全く手がかりがないな。当時は頻繁に陛下より進捗を尋ねられたが、今では何も聞いてこないので忘れているのだろう。ただ、今回の件で、聞かれる可能性は高いな。報告書をまとめさせておこう。


 そう考えたユーアリックはふと今回の謎の女の通称が決まっていない事に気付いた。


『ドルーフおじさん』の時は、陛下より『分かりやすくていいではないか』とお褒めの言葉を頂いた。出来れば今回もお褒め頂きたいものだ。


 そう考え、目の前に椅子に緊張した面持ちで腰掛けるダンオムに尋ねる。


「そう言えば今回の謎の女の呼び名は決まったのか?数年前の『ドルーフおじさん』は陛下よりお褒めの言葉を頂いたので、今回もお褒め頂きたいが・・・」


 そう言ったユーアリックの目の前に座るダンオムは、一瞬で体から汗が噴き出る。


「あ、あの、こ、今回は、ま、まだ議論中みたいでして」

「うむ、そうか、残念だ。ただし、私の考えでは恐らく王都より調査員が来るからな。それまでにお褒め頂ける名前を考えておくように」


 それで報告は終わりと席を立とうとするユーアリックだったが、何故か涙目のダンオムがその袖を掴んでいた。通常であれば不敬となるのだが、ダンオムのその顔に興味が湧き、今の行動は不問にする事にしたユーアリックだった。


「何だ?まだ何か?」

「も、申し訳ございません!私!虚偽の報告をしておりましたあああ!!」


 そう言って頭を地面にこすりつけるダンオムだったが、それを冷たい目で見下ろすユーアリック。隣の補佐官や扉に立つ騎士すら既に同じ目に変わっていた。


「虚偽の報告か・・・ダンオム、内容によっては・・・・覚悟は出来ているんだろうな?」

「はいいいいいいい!分かっております!ただこのまま嘘をつき通しても必ずバレると分かっております!何卒!何卒ご容赦を!」


 代官任命に当たり不正等しないような人物を選んだつもりであったが、私の目もまだまだだな。


 そう思い内心笑うユーアリックだったが、その顔は変わらないままだった。


「それでは、聞かせてもらおう。ダンオム。お前は私にした虚偽の報告とは何だ?」

「・・・・・そ、それは・・・・謎の女の通称であります!」



・・・・・・



「・・・・・・は?」


 思ってもいなかったダンオムの言葉にユーアリック他、この部屋にいるダンオム以外が固まった。


「はい、謎の女の通称です!今もまだ議論中と報告致しましたが、既に組合では決まり街の住人にも広まりつつあります!!」

「うーーーーん?」


 全く想像もしていなかった所から、頭を殴られたような感覚に陥るユーアリック。


「通称?」

「はい!通称です!」

「・・・・・いや、いや、いや。待て、待て、待て。通称を虚偽報告したの?」

「はい、申し訳ございません。王都から調査員が来るとは知らず。もし来れば伯爵様だけでなく陛下にまで虚偽する事になりますので」


・・・・うーん。陛下はそこで怒るか?むしろ自分と同じで何でそんな所を虚偽報告したか?の方が興味湧くだろう。


「ダンオムの言い分は分かった。ただ、何故通称を虚偽報告する?そこに嘘を混ぜる必要は全くないと思うのだが?」

「そ、それは、その通称が大変卑猥な言葉が含まれおりまして・・・・ユーアリック様が陛下に報告する際にも大変お困りになると思いまして・・・・はい」


 ここで王国貴族のユーアリックはその卑猥な言葉は貴族特有の言い回しだと考えた。確かに少し恥ずかしいが、その程度で陛下に虚偽報告をして敵対派閥に隙を見せるつもりも無い。そう考えたユーアリックはダンオムにその通称を正確に報告するように命令した。


「・・・分かりました。その謎の女はコーバスではこう呼ばれております。







・・・『白パンツの令嬢』と」



・・・・・・・



 ダンオムの言葉に再び部屋にいる全員が固まった。そしていち早く正気に戻ったユーアリックはすぐに命令を下した!


「今すぐその呼び方を変えさせろ!!!!」

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