35.森の異変③
翌日地竜討伐に森に入ったんだが、普段は見ねえ魔物が当たり前のように出てきて嫌になる。
一応、斥候を出して魔物を避けて地竜に向かっているんだが、どうしても何度か遭遇してしまう。
今回は見た事ねえデカい蛇が5匹。ティッチの指示で4級パーティが一匹ずつ相手するって話だったんだけど、『全力』が取りこぼし、リーダーのオールズがサポートの俺に慌てて指示を出す。
「ベイル!悪い!抜けちまった!足止め頼む!」
「頼むって見た事ねえ魔物だぞ!気楽に言うなよ!」
こっちに向かってくる大蛇にこん棒を構えながら、俺はオールズに文句を言う。こいつらやっぱり対人は強いが魔物はちょっと駄目だな。
「おらあああ!」
勢いそのままで、噛みついてこようとする大蛇の鼻っ柱にこん棒を叩きこむ。手に伝わる感触から意外に体が柔らかく、楽にダメージが通りそうだ。
そして俺に鼻の頭を潰された大蛇は動きを止めて、威嚇してくる。そこに3級のハイエナ共が群がってあっという間に討伐完了だ。見た事無い魔物だけどあんまり強くなかったな。
取り敢えず残り4匹も討伐したのでサポート役に回収は任せて俺達は森の奥に向かう。
そうして何度か出会う魔物と戦いながら森の奥に向かっていくと、4日目についに地竜を発見した。
「斥候の話だとこの先の開けた場所に地竜がいるらしい。日もまだ高いしこのまま準備出来次第仕掛ける。作戦は組合長に教えてもらった通り、最初は魔法使いがありったけの威力の魔法を打ち込む。タイミングはシリトラに任せる。それで私の所の選抜メンバーとクワロの所が正面を担当する。各脚を狙う振り分けは最初に決めた通りで変更は無い。後ろ脚を狙う奴は尻尾には十分気をつけるように!ここが一番事故が起こりやすい所だそうだ。それで尻尾を潰すのはベイルとロッシュの所が担当だ。サポート組は作戦通りここで待機だ。そして最後に、危険だと判断したら撤退の笛を吹くから全員全力で逃げろ!」
ティッチがメモを見ながら作戦の最終確認をした後、俺達は各自準備に入る。って言っても俺はポーションを腰のポーチに準備するだけだ。この世界は回復魔法なんて便利なもんはなく、ポーションだけが唯一の回復手段だから、全員その在庫管理はしっかりとしている。
ポーションは一般的に通常と上級の二種類が流通していて、通常のだと軽いケガ、上級だとかなりひどいケガを癒す効果がある。切り落とされてすぐの腕をくっつけて上級ポーションかければ繋がったとかいう話もある。更にその上のポーションもあるが、そういうのは貴族連中が買い占めて一般に流通する事はない。今回は大盤振る舞いで組合から一人一本上級ポーションが支給されている。これだけで50万ジェリーするからな。
そうして準備が完了した所で、対地竜戦が始まった。
「放て!」
シリトラの合図で無数の魔法が地竜に飛んでいき、辺りはすぐに土埃が舞い地竜の姿は見えなくなった。ただ、地竜の怒り狂った咆哮が聞こえてくるので、倒してはないだろう。
「くるぞ!」
ティッチの声と共に土埃の中から地竜が姿を現しこっちに向かってくる。さっきあれだけの魔法をくらい所々から血を流しているが、全てかすり傷みたいで、ダメージが入っているようには見えない。
「ぐおおおおおおお!」
「お、重い!!」
「が、頑張るッス!!」
地竜の突進をゲレロやクワロ達盾組が止めようとしているが、きつそうだ。そりゃあ、バス2台合わせたぐらいのデカいトカゲの突進だもん、簡単に止まる訳がねえ。ただ、普段は武器と盾を持ったゲレロ達が今日は両手で盾を持ち、全力で守りに入っているからか、かなり押し込まれながらもなんとか突進を止めた。
「全員かかれ!!」
動きが止まった所で、ティッチの合図で各自持ち場に向かって駆け出す。俺達は一番遠い尻尾とか何の罰ゲームだよ。今更だけど一番楽そうな前脚が良かったぜ。
そうは言っても今更担当変えろとか言えねえから黙って走って尻尾まで辿り着く。ここからは尻尾が後ろ脚狙ってる奴の所に行かないように俺とドワーフのユルビルで尻尾を挟み込んで動きを抑える手はずになっている。
・・・なっているんだけど。
「ぐおおおおおおお!重ええええええええ」
尻尾を振ってきたのでこん棒で受け止めたんだけど、素の状態じゃ全然止められねえ。ちょっとこれ無理じゃねえ?
「ベイルのばかー!何で尻尾の先で受けてるのさ!普通そこが一番威力高いって分かるだろ!ユルビルみたいにせめて尻尾の真ん中辺りで受けなよー!」
言われてみればロッシュの言う通りだな。何で一番遠心力がついて攻撃力の高い所で受けてんだよ俺は。
「うむ。やはり普段から一緒にいるからトレオンの馬鹿が移ったか」
「お?マーティン俺に喧嘩売ってんのか?言っておくが馬鹿さ加減だとベイルの方が上だぞ!」
「グワハハハ!トレオンより上じゃと?それは無いじゃろ?」
「当り前だ!ユルビル!俺はトレオンより馬鹿じゃねえよ!ただ馬鹿が移るからトレオンの頭をしっかりお前らで鍛えろ!」
「それは無理じゃ。こいつはもう手遅れじゃ。若いのに可哀そうに」
「てめえら!後で覚えてろよ!絶対ボコボコにしてやる!!」
「もおー!みんな真面目に働いてよー!」
ロッシュが喚いているが、一応みんなしっかり手は動かしている。俺も尻尾の真ん中あたりで受けるようにしたら安定したからな。この調子なら尻尾の方は問題ねえだろう。他の状況としてはやっぱり正面のティッチ達が大変そうだが、あっちも大分安定してきたから、このままいけば討伐出来るだろう。
そして・・・
「おらあああ!これで最後だ!」
トレオンのシミターがついに地竜の尻尾を断ち切った。と同時に今までとは全く違う地竜の咆哮が辺りに響く。・・・うるせえ。
「全員一度距離をとれ!!」
尻尾が斬られた痛みで予測不可能な動きで暴れ回る地竜から、ティッチの指示で全員が距離をとり一息吐く。
「取り敢えず、第一目標は完了だ。思っていたより早かったな」
「そんじゃあ、次は足だな。この調子ならどうにかなりそうだな」
「ベイル!ロッシュ!どっちでもいいから次は好きな方の後ろ脚を狙ってくれ」
暴れ回る地竜から距離をとり様子を見ていると、ティッチから次の指示が飛んでくる。
「よーし!みんな!地竜の動きが止まったら、さっきの続きだ。全員焦るなよ!やる事はさっきと変わらない・・・な、何だ?」
ティッチが全員に指示を出している中、森の奥からつい先程、目の前の地竜から聞いたのと同じ叫び声が響いてきた。
「おい、今の叫び声何だよ!」
「ちょ、ヤバくねえか?これ」
「全員私の所に集まれ!急げ!」
動揺する連中にティッチがすぐに新たな指示を出し、全員が集まってくる。こういう咄嗟の判断はやっぱり流石だな。
全員が頭に考えた最悪の予想が当たったのが、全員集まった後だったのは、運が良かったのか悪かったのか。
「くそが!もう一匹とか聞いてねえぞ!」
「おい、これ無理だろ!」
「全員目を閉じろ!!!!閃光玉だ!!!!」
騒ぐ連中が多い中、冷静に動いたのはトレオンとロッシュだった。二人が何かを投げた瞬間に目を閉じると、閉じていても辺りが強烈な光に包まれたのが分かった。そして同時に吠える二頭の地竜。うまく目くらましが成功したようだ。
「二匹は聞いてないよー。どうすんのさ!ティッチ!」
ロッシュに詰め寄られるティッチを全員が注目している。ここでのリーダーはティッチだからな。
「分かってる!全員撤退だ!笛を鳴らせ!」
ティッチの指示で笛を持つ各パーティのリーダーが、首から下げた笛を吹きながら、その場を離れていく。当然それ以外の組合員も即座にその場を離れていく。
■
「おい!ベイル!このまま俺達と一緒に行くのか?」
最後の休息地で荷物を拾った俺と、たまたま逃げる方向が被った『全力』のオールズが走りながら俺に聞いてくる。
「馬鹿野郎!こっちに地竜が来たらお前ら俺を囮にして逃げるだろ!そうなる前にここでお別れだ。これならどっちに地竜が追ってきても恨みっこなしだからな」
「ふふふ、そうだな。そっちの方が色々禍根を残さなくていい。ただお前も気を付けろよ!」
「心にもねえ言葉、胸に染みるぜ!お前らも無事逃げろよ!」
そう言って『全力』と別れた暫く走った後、俺は足を止めて、持ってきた自分のカバンを地面に降ろす。
「はああ、まったく面倒くせえな。地竜二匹はあいつらじゃ厳しいよなあ、このままじゃコーバスが被害受けちまうじゃねえか。それにあの馬鹿共も無事じゃ済まねえだろうしな」
顔馴染のコーバスの組合員の顔を思い浮かべながら、カバンの中の荷物をゴソゴソ漁りながら一人ごちる。
「だから強制依頼って好きじゃねえんだよ。ただ、無理やりじゃなく納得して依頼受けちまったからなあ。仕方ねえ倒してやるか」
そう言った所で自分の発言をふと、振り返る。
「おいおい、何か俺、ツンデレキャラみたいじゃねえ?」
・・・・
当り前だけどそれに突っ込んでくれる奴はいない
「こいつ使うのも何年ぶりだ?」
そう言って荷物から取り出してクルクル回すのは変装用の白い仮面型の魔道具。ドルーフおじさんが現れて以降、コーバスじゃ似たような仮面が土産として出回っているから、持っていても不思議に思われないが、こいつはガチの本物だ。
依頼で普通こんなもん持ち歩いている奴はいないが、見つかったとしてもたまたま荷物に紛れ込んでいたって言えば大丈夫だと思って持ち歩いている。逆に宿に置いておいた方が空き巣とかが心配だしな。
流石に今回もドルーフおじさんってのも二番煎じで面白くねえよな。それでいて俺とはかけ離れた人物・・・こいつにしてみるか!
変身する人物を思い浮かべながら、俺は仮面を被ると風魔法で空高く飛び上がった。




