34.森の異変②
コーバスの街まで特に何事もなく順調に進み、組合の扉を開けた俺は中でしけたツラした連中に声をかける。
「よーす!戻ったぜえ、王の帰還だ。小物共!頭を下げて出迎えろ!」
「・・・・言い方」
「・・・だからあ!」
「うーん、ベイルさんらしいなあ」
俺の後ろにいるショータンやカナが呆れているが、別にこいつらにはこれぐらい言ってもいいんだよ。俺が許す!
「ああ?!・・・ってベイルか。何かご機嫌だな。鬱陶しい」
「・・・何だ、馬鹿か。ったく帰って早々騒がしい野郎だ」
「・・・あいつ何であんなに顔腫れてんだ?」
「ハチの巣でも見つけて、採ろうとしたんじゃねえ?」
「そんな、ガキじゃねえんだから・・・ああ、ベイルなら大喜びでやるな」
やらねえよ!俺を何だと思ってんだよ。
取り敢えず馬鹿どもは無視してリリーに報告だ。
「ういーす。リリー戻ったぜ。ショータン達に問題なし、3級にあげても大丈夫だ」
「そうですか。お疲れ様でした・・・顔、どうしたんですか?」
「これか?ちょっとコムコムで小物に絡まれてよ。ちょっといいのを何発かもらっちまっぜ。俺もまだまだくそ雑魚だな。ガハハハッ」
「ベイルさんがくそ雑魚なら俺ら、何になるんだろう?」
「俺らだけじゃねえよ。大半の組合員がくそ雑魚以下になるぞ」
笑う俺とは逆に少し落ち込んだ様子のショータン達。そして何故か俺の話を聞いて眉間に皺を寄せるリリー。
「ベイルさん、『慎重に着実に』の皆さん。お疲れ様でした。『慎重に着実に』の皆さんは本日中に3級の手続きを済ませておきますので、明日組合員証を持って受付までお越しください。ベイルさんも明日受付まで来て下さい。特別報酬をお支払いします。カナはちょっとこっちへ」
リリーは何か珍しく慌てた様子で、カナを組合長室に連れていった。
「リリーさん、何か慌ててましたね。初めて見ました」
「だなあ、何かあったのか?もしかしてお前ら3級にあがらねえんじゃねえか?」
「ちょっと!嫌な事言うのやめてもらっていいですか!リリーさん、ちゃんと3級にあげるって言ってたじゃないですか!」
プリプリ怒るショータン達を宥めて、俺達は空いてる席に座り打ち上げを始める。今日は昇級の祝いで俺の奢りだぜ。俺って太っ腹!何て後輩思いの先輩だ、組合員の鑑!
「・・・・でも、その金キング達から奪った奴ですよね?」
「うるせえな。俺の財布に入ったら俺のモンになるんだよ!」
・・・・
金と言えば、リリーの奴、特別報酬がどうとか言ってたな?良く分かんねえけどくれるってんなら貰っておくか。
■
「組合長!どうなっているんですか!話が違いますよ!」
組合長室でリリーは珍しく声を荒げて組合長のジークに詰め寄っていた。その珍しい光景に一緒に連れてこられたカナは驚きで目を広げる。
「何の話だ?」
「ベイルさんです!大したケガはしないって言ってたのに、顔をパンパンに腫らして帰ってきましたよ!」
「・・・カナ、説明してくれ」
問われたジークはリリーではなく、カナに説明を求めた。
・・・・・・
「ふう、話は分かった。カナはもう大丈夫だ。今日は家に帰ってゆっくり休んでくれ」
カナからの説明を聞き、魔道具の映像を確認したジークは椅子の背もたれに体重を預け、大きくため息を吐く。そしてカナが組合長室から出ていくと、リリーが口を開いた。
「組合長、カナに魔道具まで持たせて・・・相手が『身体強化』使うって分かってましたね?」
「色々情報を聞いてその可能性もあるって思っただけだ・・・悪いな。これ言うとリリーから反対されるって分かっていたから敢えて言わなかった」
「私ではなく、ベイルさんにちゃんと謝って下さい。・・・でもまあ、組合長の考えも分かりますよ。森の異変の件もあるから、いい加減どうにかしたかったんですよね?」
リリーの言葉にジークは大きく頷く。
「ああ、そうだ。この忙しい時にコムコムの連中に邪魔されたくなかったからな。俺の集めた情報だと、もうすぐこっちに仕掛けてくるって話だ。けど、ベイルのおかげでコムコムの職員がキングとグルだって証拠は押さえられた。これでこっちの邪魔してくれば『処刑人』を動かす十分な理由になる」
「・・・『処刑人』・・・噂でしか聞かないですけど、やっぱり本当にいるんですね」
「ああ、各地で職員に成り済まして不正を調べてる」
「という事は、もしかしたらこの街の職員にも既に潜り込んでいるって事ですか?」
「それは俺の口から言えないな。不正はするなよ、リリー」
「しませんよ!・・・この話は黙っていた方がいいんですよね?」
「ああ、噂は噂のままでいい」
話は終わり、リリーが部屋から出ていくとジークは頭を掻きながらボソリと呟いた。
「・・・まあ、この街は『ドルーフおじさん』のせいでちょっと特殊なんだけどな」
■
「ガハハハッ!って事でキングをボコボコにしてやったのよ!この俺が!あんな雑魚余裕だったぜ」
「余裕って言ってる割には顔が腫れてんぞ」
「何だよ、キングってそんなに弱えのかよ」
最初はショータン達と飲んでいたんだが、俺達の話が気になるのか他の連中も話に加わり結構な集まりになっちまった。そんな中俺は、ご機嫌でコムコムでの武勇伝を語っている所なんだけど、あんまりこいつらに伝わってねえな。
「そう、それでキングの奴『身体強化』使ったんですよ」
「ああ?それって駄目だろ?職員は止めなかったのか?」
「それが職員は『使ってない』って言って話にならないんですよ」
「ええ?マジで?」
「連中グルかよ」
「腐ってんな」
「それでそのキングをベイルが倒したのか。凄いな」
「あいつやっぱり3級の強さじゃねだろ」
逆にショータン達の話を聞いた連中の反応はいい感じだ。
・・・・おかしいな。俺達、同じ話してるよな?
「ベイルをあそこまでするって、ゲレロと同じぐらいって事か」
「ベイルさんが言うにはゲレロさんより弱かったそうですよ」
「ガハハハッ!そうだろう。そうだろう。俺が最強よ!」
ショータンの話を聞いてるゲレロが馬鹿笑いしてやがる。あいつとの喧嘩引き分けだったんだけど、何で俺に勝った気でいるんだ。
「確かに強えけど『身体強化』使ってそれって事は、無しだとそこまででもないんじゃねえか?そこん所はどうなんだ、ベイル」
「うーん。多分素だとトレオンといい勝負じゃねえかなあ?」
「ああ?ベイル、てめえ俺がキングなんて雑魚と同じだって言いてえのか?」
怒って立ち上がるトレオン。けど、本当の事だからなあ。
「だってトレオン俺の腹パン耐えれなかったじゃねえか。キングは耐えたぞ」
「・・ッ!・・・あ、あれは・・・腹が、そう、ちょっと腹の調子が悪かったんだよ!」
「おいおい、言い訳が小物くせえぞ」
「素直に自分の実力を認めろって」
周りの奴らが揶揄うからトレオンが怒って喧嘩始めたぜ。まあ、ほっとけばいいだろう。
ふと思い出して受付の方を見ると、リリーが書類から顔もあげずに例の魔道具を取り出してこっちに向けるのが見えた。流れるような動き、手慣れてんなあ。まあ喧嘩なんて毎日のように起きてるから当たり前か。
「そう言えばゲレロ、異変ってどうなったんだ?トレオンがいるって事は調査は終わったのか?」
「いや、あいつら森の奥の方で、普段見ない魔物が大量に出たってんで、引き返してきたんだよ。取り敢えず森の異変はこれで確定だ。後は調査に向かった他の奴が戻ってきてからになるだろう。明日には全員戻ってくるはずだしな」
って事は明日まで待機か。暇だなあ。
「そう言えば他の4級の奴らは?」
「ティッチとモレリアの所はいるな。今日は女の組合員だけで飲むらしいぜ。『快適』は今日戻ってきて、いつものように商人と飯食ってるはずだ。『全力』の奴らは予定じゃ明日帰ってくるらしい」
今話にあった『快適』と『全力』ってのはコーバスの4級組合員のいるパーティだ。正式には『快適な暮らし』と『全力だす』って名前だけど、こいつらも例に漏れず『快適』はムサイ男だらけのパーティで、『全力』はのんびりしたパーティで名前と合ってねえんだ。そしてこの2パーティはどっちも護衛依頼を主に受けていて、あんまりコーバスにはいねえ。それに4級がいるって言っても護衛依頼ばっかり受けているからか、対野盗については強いが魔物に対して他の4級パーティより劣るって感じだな。
「コーバスの4級が全員揃って戦うなんて久しぶりだな。飛竜以来か?」
「あん時は戦ってねえだろ。それに俺もクワロもあん時はまだ3級だったぞ」
そうだったかな?あん時はまだこいつらのパーティにイーパもいなかったか?やべえ、全然覚えてねえ。
ゲレロと昔の話をしながら、トレオンの喧嘩を肴にその日は何ごともなく終わった。
■
翌朝
「地竜だと?」
「おいおい、思ってたよりやべえぞ」
「これって領主案件じゃねえのか?」
「ばーか、領都まで報告して応援くる間にコーバスが滅茶苦茶になるぞ」
「地竜なんて戦った事ねえぞ。コーバスに戦った事ある奴いるのかよ」
「いる訳ねえだろ。・・・・いや組合長が現役の時倒したとか聞いたな」
「すげえな、やっぱ5級ともなるとそういうの相手しないといけないのか」
昼過ぎに組合に行くと中は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。聞こえてくる話からどうやら地竜が今回の異変の元凶だそうだ。
地竜。四属性の竜種の中じゃ最弱の部類だが、魔物の中じゃ地竜といえど、竜種は最強クラスだ。まあ、そんな奴がでたってんなら縄張りが大きく変わって今回の異変になったんだろう。
「地竜だって。大丈夫かな?」
いつもの3人が集まっている机に座り俺はエールを注文する。すかさず3人ともエールと10ジェリーをだしてくるから冷やしてやる。そんでモレリアが少し心配そうに聞いてくるその姿が面白くて俺達は大笑いだ。
「ガハハハッ、モレリア!地竜如きにビビってんのか?」
「お前でも不安そうな顔すんだな」
「おいおい、モレリアが変なもん食って頭おかしくなってんぞ」
「むー」
俺らに揶揄われてモレリアは珍しく感情を表に出して不服そうな顔をしている。それだけ地竜が不安って事か?
「モレリア、そんなに心配しなくても大丈夫だって!地竜って言ってもコーバスの組合員が協力すれば倒せるって組合長が言ってたぜ」
・・・・
・・・・
「・・・協力?」
ゲレロの言葉にモレリアだけじゃなくて、俺達まで不安になる。組合員ってのは基本自己中で自分さえ良けりゃ、他はどうでもいいって連中だからな。こういう大事の時は色々揉めるんだよなあ。『二刀』の時は結構報酬で揉めてた記憶がある。
そんな事を話していると、組合長と職員がやってきて掲示板一面に紙が張り出され、張り終わると組合長が大声で説明を始めた。
「いいか!既に聞いていると思うが、森の奥に地竜が出た!報告では若い個体と聞いているから、恐らく自分が住み付く所を探しているんだろう。このまま放置すればどこかに行くかもしれんが、今の所こっちに向かって来ているので、その可能性は低い。既に領主や周辺の組合に使いを出したが、周辺の組合は自分の街の守りに入るから助けはこないだろう。領主の方は恐らく応援は間に合わん。だから、俺達だけで地竜をどうにかする必要がある。よって組合員全員に緊急依頼をかける」
ああ、この流れ飛竜の時と一緒だな。あんまり強制されるのは好きじゃねえんだけど、俺だけ駄々こねても仕方ねえしな。
「まず4級と3級が所属するパーティは全員地竜討伐に参加。2級だけのパーティは物資の運搬や連絡役等、戦いに参加せずサポートに入って貰う。ベイル!お前の嫌いな強制依頼だが文句は言うなよ!」
「分かってますよ!」
手をヒラヒラさせて答える。こんな状況なんだ、いちいち言わなくても受けるっつーの!
そして、組合長の説明にカルガーが手を挙げて質問する。
「質問いいっすか?今の話だと自分2級ですけど討伐組って事で合ってますか?」
「そうだ、下手に抜けるとパーティ内の連携が乱れるからな。ただし、パーティ内の許可があれば2級はサポート組に入って貰っても構わん」
「僕たちが討伐組に入る事って出来ますか?」
今度はアーリットが手を挙げて質問する。
「それは駄目だ。お前らじゃ経験が足りん。足手まといにしかならん」
組合長の言葉に悔しそうな顔をするアーリット達。組合長の言う通りカルガーとかは4級と同じパーティだから4級の依頼受けてたりするし、他パーティと組んでの依頼を経験しているからな。しかし、アーリット達はサポートの方が楽なのに何で討伐組に加わりたいのかねえ。俺と変わってくれねえかな。
「そして今回の討伐隊のリーダーはティッチだ。現場では指示に従うように」
まあ、妥当な所だろう。俺はいつも通り適当に誰かの指示に従っておけばいいな。
「組合長は出ないのかい?」
今度はモレリアからの質問だ。
「俺も出たいんだけど、駄目だって言われてな。それに前線退いてから大分時間が経っちまったから、戦闘感ってのも鈍ってお前らの足を引っ張りそうだ。大人しく裏方で指示をだしておくよ。一応何度か地竜と戦った経験から、今回はかなりの過剰戦力だと思っている。それに地竜は強いと言っても、倒し方はある程度確立されているしな」
組合長に駄目だって言ったのは絶対リリーだろうな。それで素直に諦めるって組合長大分弱くなってんのかな?力だけは相変わらず馬鹿みたいに強えけどな。




