32.コムコムへ①
翌日、金もあるし、特に働く理由もねえんだけど、暇だから組合まで足を運んだらショータンとニッシーのパーティ『慎重に着実に』に話しかけられた。
「あ!ベイルさん。もし良ければ護衛依頼の試験官しませんか?」
「試験官?」
また、試験官か。この間やったばっかりなんだけどな。
「ええ、僕たち護衛依頼の試験を受けたいんですけど試験官やってくれる人がいないんですよ」
そりゃあ、昨日組合長から命令じゃないが、調査が終わるまで待機するように言われているからな。護衛依頼で離れたら何言われるかわかんねえじゃん。
「いえ、この試験自体組合から勧められたので、多分誰からも文句は言われないと思いますよ」
「ああ?ちょっと、よく分かんねえな。今って命令じゃないけど待機しろって言われてるよな?」
俺が不思議に思っていると、ショータンが近くを歩く受付嬢のカナを捕まえた。
「ああ、それなら本当ですよ。森の異変で、街道の方はどうなっているのかの調査も兼ねていますけど。どっちかと言うと組合長は試験より調査の方を重視していますね」
そういう事か。街道の調査だけなら1級でも出来るけど、今のコーバスに1級はいねえからな。かと言って2級を動かすには報酬が安すぎるから、試験をくっつけたって訳か。中々合理的じゃねえか、しかも試験官に俺を頼って来たって所から多分、これ考えたのリリーだろう。
「それでさっきから試験官をお願いしてるんですけど、誰も受けてくれないんですよ。そんでリリーさんがベイルさんなら多分受けてくれるって教えてくれたんで、お願いしてみたんです」
やっぱりそうだったか。いつ動きがあるか分からねえから、金に汚ねえ組合員が街から離れたくねえって気持ちは良く分かる。異変の主がいて、そいつを倒せば金になるからな。その点俺は今少し金に余裕があるからな。俺の懐事情を良く知っているリリーなら納得だ。
それにこいつらには少し前に助けてもらったからな、受けてやってもいいかって気持ちもある。
「ちなみに護衛対象と日数はどんな感じだ?」
「護衛対象はカナです。目的地はコムコムの往復です」
「って事は長くても四日か。報酬は?」
「1日3万ジェリーです」
「やっすいなあ。でも行って帰ってくるだけみたいなもんだし、暇だからいいぜ」
俺の返事に顔を輝かせる『慎重に着実に』の面々。これだけでも色んな奴らに断られたんだろうなってのが分かる。一応俺も何度か護衛依頼受けて注意する事は分かっているから、試験官するのも問題ないだろう。それにこいつらは既に3級相当の実力はあるだろうから、ヘマさえしなけりゃ問題ないはずだ。
「それじゃあ、準備してすぐに出発でいいですか?準備に最低一日は必要な事は当然知っています。ただ、カナがすぐにでも出たいと言ってまして、組合からもそれでいいと許可は貰っています」
・・・本当は準備に最低一日はいるんだけど、ちゃんと許可は貰って、準備もしているなら試験官としては文句は言えねえな。
「分かった。鐘一つだけ待ってろ。俺も準備して来る」
そう言って組合から馴染みの宿にトンボ返りだ。そんで遠征セットを準備して組合に行くと、既に荷馬車も用意され準備が整っていた。
「おお!準備バッチシだな。そんじゃあ、まずは出発前の打ち合わせだ」
俺の言葉に『慎重に着実に』のメンバーと依頼主であるカナが道中の打ち合わせを始めるので、俺はそれを横で聞いている。
「今回の依頼、目的地はコムコムとの往復の間のカナの護衛。最優先で守るべきは護衛対象のカナ。いつもと違って、俺はみんなの命よりカナの命を優先する指示を出すから、いざって時に戸惑わないように!」
リーダーのショータンが仲間に非情な事を言っているが、これは護衛依頼を受けた組合員なら当然の事だ。ここを間違えて護衛対象を見捨てると全員奴隷落ちって事もあるからな。
「そして馬車の御者はニッシー。何かあればアルベルトかベプラに変わってもらう。隊列は・・・」
既に何度も頭でシュミレーションしていたんだろうショータンはテキパキと仲間に指示を出していく。今の所、特に問題はない。
そのまま特に減点になるような事もせず出発する一行。俺から特に注意する事も無く、門を抜けるまで少し気になる事があったから、馬車の中にいる護衛対象のカナと話をさせてもらう。
「職員が試験の護衛対象って珍しくねえか?」
馬車に乗り込んで来た俺に驚く事もなくカナが笑いながら答える。
「アハハ!流石ベイルさん、そうなんですよ。『職員も余所の街を見てこい』っていう私らの研修も兼ねてるんですよ。そして、今回は森の異変を組合長がかなり気にしていて、周辺の組合にも報告しておいた方がいいだろうって、そっちも合わせてですね。私以外も他の街に護衛の試験として向かってますよ」
そんなん手紙で済ませりゃいいのに、この依頼にいくつも意味を持たせたのか。流石は組合長とリリーだな。どうせ俺以外の方の試験官も何かうまい事やって頼んだんだろうな。
「それで?ベイルさんが話したい事ってそれだけじゃないですよね?」
こいつ・・・俺が何言いたいか分かってるのか?
「ああ、私何も分かってないですよ。リリー先輩にベイルさんからの注意は絶対守るように言われただけですから」
・・・・リリーの奴・・・まあ、それなら話が早い。
「リリーの言う通りだ。俺の今回の最優先事項はお前を無事組合まで連れて帰る。だから俺の指示にさえ従っておけば必ず守ってやるよ」
「・・・そ、それって何かあればショータン達を見捨てるって事ですか?」
不安そうな顔でカナが聞いてくる。そうじゃねえと言ってやりたいが、実際、護衛とはそう言う依頼なので頷くしか出来ねえ。
「や、やっぱり、そうですよね。・・・分かってたけど直接言われるときついなあ」
「おいおい、何勘違いしてんだ?建前じゃそうだけど、ショータン達を俺が見捨てる訳ねえだろ。俺が言いたいのは、コムコムで俺ら絡まれるだろうから、お前は何も口を出さず職員としていつも通りの対応しろって念押しにきたんだよ」
依頼受けた後で思い出したけど、コムコムは今キングがいるからなあ。しかもあっちはこの街を狙うって言ってるみてえだし、そこにコーバスの俺らがのこのこ出向けば当然絡んでくるだろう。乞食鳥の連中もいれば尚更だな。流石に職員のカナには手を出してこないとは思うが、カナが口を挟んで来たらどうなるか分かんねえ。
「そう言えばコムコムは今面倒な事になっているんでしたね」
職員も当然知ってるんだな。
「カナも面倒な場所押し付けられて大変だな」
「あのリリー先輩が大丈夫って言ってくれたんですから、そこに不安はありませんよ」
リリーの信用高すぎだろ。どんだけ慕われてんだ、あいつ。
「そうか、それならいい。取り敢えず今日は野宿だからな。そんで明日コムコム着いてカナの用事を終わらせたらすぐに出発する。本当ならコムコムで一泊したいが、この状況だ、文句は言うなよ」
「はーい」
カナの元気な返事を聞いた所で、街の外に出たので、俺も馬車から降りて真面目に試験官の仕事を始める。
■■
「ベイルさん。俺達今の所どうですかねえ」
本日のキャンプ地で野宿の準備を終えた所で、ショータンが話しかけてきた。周りの連中も気になるんだろう。聞き耳を立てているのが分かる。
「今の所、特に減点するような所はなかったかな」
道中でどうだったか教えるか教えないかは試験官任せだが、俺はこういう時は正直に教えるようにしている。
俺の答えに全員軽く拳を握ってガッツポーズしているのが見える。嬉しいのは分かるけど、この護衛試験落ちる奴は少ないんだよ。この試験を受けれる奴らは組合としてはもうさっさと3級に上げたいって考えがあるらしいからな。それにこの試験を受けれる奴らは事前に先輩達に護衛依頼の注意事項とか聞いて情報を集めているし、護衛対象を見捨てるとかよっぽどの事さえしなけりゃ普通は合格だ。
「それじゃあ、見張りを交代しながら食事をするか。カナの分もこっちで用意するけど、ベイルさんの分はどうします?」
「俺の事は気にすんな。試験官はいないものとして扱え」
当り前だけど、俺は自分の分は用意している。
「分かりました。そう言えば、今回はカナの食事はこっちで用意するって言われてましたけど、普通の依頼もこっちで用意しておくものなんですか?」
「そこは依頼によるとしか言えねえから、受付嬢によく確認するんだな」
「そうですね。この手の依頼のトラブルって道中の食事や宿代の有無が多いですから、組合でも、そこはしっかり確認するように言われてますよ」
飯を食いながらショータン達の質問にカナが答えていく。組合員から色々話を聞いてはいるけど、たまに話盛ったり、勘違いしている奴もいるから、確実な情報を持っている職員に長々と質問出来るこういう時間は貴重だ。そして長々と話しているうちに寝る時間になったので、見張りの順番を決めてから休む事になった。見張りは当然『慎重に着実に』のメンバーでやる事になる。
翌朝
「いやあ、順調ですねえ。このまま何事も無ければいいんだけどなあ」
夜に魔物や野盗が襲ってくる事も無く、穏やかな朝を迎えた俺達は、目的地のコムコムに向かう。ショータンが遠い目で何か言っているが、何も起きねえ訳ないんだよなあ。コーバスでさえ余所者が組合に入って来たら、話を聞きに絡みにいく連中がいるんだ。トレオンとかトレオンとかトレオンだな。あいつマジで暇人だよな。
コムコムじゃ話だけで終わればいいんだけど無理だろうな。せめて運良くキングがいなけりゃいいんだけどなあ。




