3.冒険者のありふれた日常
翌日、俺は真面目に依頼を受けるために昼前から組合に顔を出していた。
「いやあ、何ともしみったれた依頼しか残ってねえな」
当然こんな時間じゃ美味しい依頼なんて残ってるわけねえ。
「お前が来るのが遅いんだよ。ゲレロやモレリアの所は朝から依頼を受けて出発したぜ」
俺が独り言を言っているとトレオンが呆れた感じで近寄ってきた。
お前こそ、こんな時間に何でいるんだ?手に持つエールは何だ?と言ってやりたい。まあ、こいつらのパーティ『上を目指す』って名前の癖にもう上なんてもう目指してねえから言うだけ無駄だけどな。日々ダラダラ過ごしてる駄目な組合員が揃ったパーティだ。
トレオンの事なんてどうでもいいか。受付の姉ちゃんに適当に魔物狩ってくるとだけ伝えてから組合を後にする。
「お!ベイルじゃねえか。今から依頼か?気を付けろよ」
街を出る時に顔馴染の門番に声を掛けられたので手を挙げて答えておく。門番には愛想良くしておくと融通利かせてくれる事があるからな。
■
ベイルが去った後、門番二人の会話…
「先輩、今の組合員他の仲間が見当たりませんよ?それにあの人何で小っちゃい荷車引いているんですか?」
「新人のお前は初めて見たのか?あいつは3級組合員のベイルって奴だ。3級だってのにパーティ組んでない中々珍しい奴だ。珍しいと言えば今度あいつの員証見せてもらえ『三落ち』なんてかなり珍しいもんが見れるぞ。で、あのちっちゃい荷車はベイルは『大八車』って呼んでるけどな。ソロ専用荷車とでも思っとけ」
「へえー。『大八車』……。『大八車』のベイルですね。覚えました」
■
新人門番からくそダセえ渾名がつけられているなんて分かる訳もなく、俺はいつもの狩場である森を目指して大八車を引いていく。この大八車小さいので森の奥まで道を選ばずに引いていけるのが利点だ。欠点はあんまり量を運べない…オーク一匹で限界って所だけど、ソロならそれだけでも十分な稼ぎになる。
まあパーティ組んでる連中はでかい荷車を使っているけどな。更に4級にもなると馬車を使っているパーティもいるぐらいだ。利点は大量の獲物を運べるって所だ。欠点はまず荷車が通れるような道を選ばないといけないし、拠点とする場所もどうしても決まってくるから、他の連中と場所の取り合いになる。あとは狩りの間は誰かが荷車や荷物を見張ってなきゃいけないって所か。
その点、大八車は俺が通れるぐらいの幅があれば通れるからな。狩場も選び放題だぜ。そうして道なき道を突き進むと川にぶち当たった。ここらは水場も近い広場なので3級以上の人気の狩場だ。当然いつもどこかのパーティが陣取っている。今日はゲレロの所か。
俺が森の中から姿を現すとゲレロ達パーティメンバーはそれぞれ武器を抜いて警戒していた。そりゃあ、森の奥からガサガサ音がしたら当然だ。取り敢えず向こうを安心させる為に手を振りながら声を掛ける。
「よお。今日はお前らがこの場所か?」
「何だ?ベイルかよ。脅かすんじゃねえよ」
ゲレロに気楽に声を掛けながらも俺は一定の距離で足を止める。街中と違って外は無法地帯。顔見知りでもいつ襲ってくるか分からないから、後から来た奴は許可があるまであんまり距離を詰めないようにってのがルールだ。
「ベイルと会うなんて珍しいな。もしかしていい加減俺たちのパーティに入る気になってくれたのか?」
ゲレロの隣に立って警戒していた身長2m以上の大男『守り抜く』のリーダーのクワロも話しかけてくる。クワロを筆頭にゲレロの所属するこのパーティは名前通り守りが上手い連中が多い。まあ名前の癖に何人か仲間が死んでいたりしている。「守り抜けてねえじゃん」と言うと、こいつらキレだすからそのワードは禁句だ。
「そんな訳ねえだろ。集団行動は苦手だ。それよりも上流と下流に誰がいるか教えてくれ」
「下流は誰も行ってねえぞ。上流はモレリアの所とティッチの所、他2組ぐらいだ。前から森に入っている奴らが下流にはいるかもしれねえけどな」
ゲレロの言葉を聞いて下流に行く事に決めた。競争相手は少ない方がいい。まあ誰かいるかもしれないが、そん時はそん時だ。
「サンキュー。じゃあ、俺は下に向かうわ」
ゲレロ達に挨拶してから下流に向かう。
■
ベイルが立ち去った後、一人の若者がリーダーのクワロに話しかける。
「リーダー、今の人ってゲレロさんと仲いい人っすよね?話には聞いていましたけど本当に一人なんすね」
「カルガー、2級のお前じゃ知らないだろうが、あいつは4級に上がった時でもパーティ組まずにずっとソロでやっていたぞ」
「4級でもっすか?それってかなり厳しいんじゃ…」
「ああ、だから依頼失敗で4級から3回も降格させられている。ただ、『三落ち』ってのは伊達じゃない。あいつと何度か討伐依頼で組んだ事があるが腕は確かだ」
「へえー。リーダーがそういうならそうなんでしょうけど見た感じあんまり強そうじゃないっすね」
そう思ってソロのベイルを襲った連中は悉く返り討ちにあって奴隷落ちしている。その事を知っているクワロは思わず苦笑いする。
「そう見えるだろうがあいつに喧嘩売るのだけはやめておけ。なんせゲレロと殴り合いの喧嘩で引き分けた奴だからな」
「マジっすか!!あのゲレロさんと?って言うかあの二人喧嘩とかするんっすね?」
「ああ、そん時は…名前は忘れたけど、とある娼館で誰が一番テクニシャンかってのが喧嘩の原因だったか」
‥‥
「……すっげえくだらない理由」
「理由は下らねえが喧嘩自体はヤバかったぞ。その時は組合長が不在で、俺や周りにいた3級や4級じゃ止められなくて組合が滅茶苦茶になった」
その時の事を思い出したクワロは心底疲れた顔になる。
「うへえ。マジっすか。それじゃあ二人とも力尽きるまで殴り合ったって事っすか?」
「いや。たまたま依頼を終えて戻ってきたモレリアが『殴り合いやめたら胸揉ませてあげる』って言ったら二人ともすぐにやめた」
「…………ほんっとに男って奴は」
主張の弱い自分の胸を見下ろしながら、話題の人物モレリアを思い浮かべる。結果あの大きさは邪魔にしかならないから、あそこまで大きいのはいらないなと結論付ける。
「……いや、結局揉ませてもらえなくて二人でモレリアにブーブー文句言ってたな」
二人の評価が落ちたのを察してクワロからフォローが入るが、全くフォローになっておらず、ますますカルガーからの評価が下がる。
そう言えばと、カルガーはその3人と仲が良いもう一人の3級組合員が頭に浮かんだ。
「そう言えばゲレロさん達と仲いい人もう一人いましたよね?その人はいなかったっすか?」
「いや、いたにはいたんだが、トレオンはどっちが勝つか賭けを始めて喧嘩を囃し立ててたな」
「‥‥‥‥何なんすか?あの人達本当に仲いいんすか?」
「仲がいいかは知らん。ただあいつらは4人とも共通して今を楽しんでいるからウマは合うんだろうなとは思うけどな」
「『今を楽しんでいる』っすか?」
「ああ、お前もゲレロと一緒に何度も依頼してきたから分かるだろう?あいつらもゲレロと同じで今を楽しんで生きてる」
リーダーの言う通りゲレロはどんな時でも楽しそうに依頼をこなして、辛そうな顔を見た事がない。このパーティのムードメーカーだって事に異論は無い。現に今も仲間と楽しそうに語らいながら今日狩った獲物を解体している。
「そう言えばたまにさっきの人を荷物持ちや人数合わせで助っ人に呼ぶ事あったっすけど、楽しそうにしてったすね」
「そういう事だ。いつだってマイペース。何事も楽しく考えられれば何が起こっても冷静に、慌てる事なくどんな事でも対処できる。それは組合員にとって結構大事な事だと思うぞ」
クワロがそう言った次の瞬間、ゲレロの叫び声が響く。
「やっべえ。ミスって内蔵傷つけちまった!肉にクソがつく!誰か助けてー!カルガー!クワロ!喋ってねえで俺を助けてくれー」
・・・・
「・・・めっちゃ慌ててるっすよ」
■
「いねえなあ、豚でも牛でも鳥でもいいんだけどなあ」
ゲレロ達と別れて適当な場所で野宿した翌日、大八車を引きながら森の中を適当にぶらつき獲物を探すが、今日はどうも運が悪いみたいで、中々目当ての魔物が見つからない。ただ、魔物がいないかと言うとそうではない。
「ギャ!ギャ!ギーー!」
「お前じゃないんだよなあ」
襲ってくるのは2級の獲物のゴブリンばかり。持ち帰っても金にならないので組合員からは嫌われている。ただし2級は討伐依頼があるのでそれを受ければ美味しい獲物に早変わりする。
「しっかし毎回思うけど、その腰布意味あるのか?」
一応こいつらにも羞恥心があるのか腰には布を巻いて大事な所を隠してはいる。いるんだが、襲ってくるとアニメみたいに謎の光や深淵で股間が見えなくなる……なんて事はなく、モロに見たくもねえもんが見える。そういう所もこいつらが嫌われている要因の一つなんだろう。特に女組合員から。
そうして襲ってくるっていっても所詮は2級相当の魔物、適当にこん棒で殴り殺しながら森の中を適当に歩いていくと、ついに獲物を見つけた。
牙タウロス。見た目で分かるデカい牙を持った黒い牛だ。その牙、飯食うのに邪魔じゃねえのか?と毎回思う。まあ邪魔かもしれないけど、頭に生えた角と、口からの牙、毎年こいつに刺し殺される組合員は珍しくないから獲物を仕留めるには十分役に立っているみたいだけどな。
こいつは角と牙が装備に利用できるので、きれいに残っていれば肉と併せて買い取り額が高い。俺は豚と鳥もよく狙うがこいつが一番稼ぎがいい獲物だ。
基本この牙タウロス、角と牙を使った突進しかしてこない。だから突進してくるこいつをビビらず冷静に躱す。と同時にその後を追いかける。
で、こっちを振り返る前に後ろ足にこん棒を叩きつける!
後ろ脚をへし折れば立てなくなるから後は消化試合だ。何とか立ち上がろうともがく牙タウロスに近付き、角と牙に気を付けながら今度は前足にこん棒を叩きつける。後はまともに藻掻く事も出来なくなった牙タウロスの首を掻き切れば討伐完了だ。
こいつはこんな風に倒し方が確立されているが、いざやってみるとビビって体が固まり動けず刺し殺される奴が多い。だから、最初の内はタンクが突進を盾受けしてそこに全員で殴り掛かるって倒し方が組合では推奨されている。その場合は角と牙が駄目になる事は多いけどな。
取り敢えず血抜きを終わらせた牙タウロスは近くを流れる川に放り込んで一晩冷やしておく。そして翌日川から引き揚げた牙タウロスを大八車に乗せて街へ戻る。途中ゲレロ達がまだ残っていたので軽く声だけはかけてから街へ戻る。街への入口脇には冒険者組合専用の解体施設が隣接しているので、街に入る前にそこに牙を持ちこむ。
「ベイル。こいつはいつも通りでいいんだな?『大八車』洗うならあっちだ。水代は端数から引いとくぞ」
いつものように牙タウロスを持ちこむと顔馴染の受付のオッサンからいつものように確認される。水なんてタダみたいなもんだが流石に大八車を洗う量は金をとられる。面倒なので買い取りの端数でってのがいつもの事だ。
「しっかしいつもながら見事に仕留めてくるもんだな。マイナス要素は今回も無しだ。報酬は16万ジェリーと肉1万ジェリー分な」
そういって受付のオッサンから木札と別個体の牙タウロスの肉をもらう。この肉は常宿への大八車置き場の代金だ。少し払い過ぎな気もするが、まあ、荷物をしょっちゅう預かってもらっているし、色々融通利かせてもらっているからな。報酬の16万ジェリーは後で組合に行って木札と交換となる。
解体施設の用事が終わると門へ戻って、門番に員証を見せればすんなりと通してくれる。これも日頃の俺の行いの賜物だろう。トレオンなんかは、しょっちゅう門番に止められて街に入るのに時間がかかるとボヤいていたからな。
街へ入ればそのまま俺の常宿『よく寝れる』へ行って大将に肉を渡し、大八車をいつもの場所においてから組合に向かうと、中は組合員でごった返していた。まあ、夕方のこの時間はいつもの事だ。受付が殺気だっているのでもう少し落ち着くまでエールを飲みながら待つ事にする。
エールを飲みながら周囲を観察すると、楽しそうに飲んでいる奴らは依頼を無事達成し、逆に暗い雰囲気で飲んでる連中は依頼を失敗したってのが良く分かる。絡みにいくなら当然明るい顔した連中だ。逆に暗い顔した連中は何が逆鱗に触れるか分からねえから放置が安定だってのに、この時間で既に酔っている馬鹿が暗い顔した連中に絡み始めた。
「……って訳で昨日俺は勝ちに勝ちまくったんだ。だから今日も当然勝てると思うだろ?けどなあ、馬ってのはそんなに甘いもんじゃねえんだよ。昨日は馬が笑ったと思ったら今日は後ろ脚で蹴ってきやがる。つまり何が言いたいかと言うと、俺は今日負けまくったって事だ!くそがあ!」
騒ぐだけ騒いで机に突っ伏して泣き始める馬鹿ことトレオン。はた迷惑な存在この上ない。絡まれた連中はそそくさと組合を後にする。っていうか馬が笑うって何だよ、笑わねえよ。いや、それよりも誰かこの面倒な馬鹿をどこか連れていってくれ。
………?何でみんな俺を見てんだ?受付の職員も俺を睨んでいるのは何で?え?俺がトレオンをどうにかするの?こいつのパーティメンバーにやらせろよ……え?いない?トレオン置いて早々に逃げた?
「おやおやあ、そこにいらっしゃるのはベイル君じゃありませんかあ?」
アイコンタクトやハンドサインで周りの連中と話していると、馬鹿が俺に気付いてふらついた足取りでこっちに歩いてくる。うわああ、見つかっちまった。
「よ、よお。トレオン、お前ふらふらじゃねえか?一体どんだけ飲んでんだ?」
「どんだけ……どんだけでしょうか?当てたらエール一杯おごっちゃる」
何杯飲んだかなんて知らねえよ。っていうか今日はいつも以上に面倒くさそうだな。こいつ今日どれだけ負けたんだ?
「い、いや分かんねえよ。それよりもお前依頼受けなくてもいいのか?」
3級パーティともなれば依頼や狩りで1週間は不在になる事も珍しくない。ソロの俺でさえ狩場に行くのに一日、狩りで一日、戻ってくるのに一日と、最低三日は不在になるってのに未だに街にいるトレオンは多分前回依頼から七日ぐらいダラダラしているはずだ。流石に金がヤバくなってくる頃だろう。
「依頼かあ。行きたくねえよお。けど金がねえから明日から行かなきゃならねえ。あそこでエナジーロマンが落馬しなきゃ行かなくても良かったんだ。それなのに、それなのに!くそがああ!」
そう言ってまた机に突っ伏して泣き始めたよ。こいつ、どんだけ働きたくねえんだよ。いや、俺も金があるなら働きたくはないけど。
「あっ、いた!トレオン!そろそろ帰ってこい。おぬし、明日の準備何もしてないじゃろ」
「ったく。俺たちの所まで苦情が来た。手間をかけさせるな」
そう言ってこっちに向かってくるのはトレオンのパーティメンバー。ドワーフのユルビルと蜥蜴人のマーティン。「帰りたくねえ」とか我儘言うトレオンを無視して両手を引きながら帰っていった。
ようやくトレオンから解放されて胸を撫でおろす。あいつも勝っている日は気前よく奢ってくれるし、何だかんだ後輩の面倒見はいいから悪いやつじゃないんだよな。ただ負けた時が面倒なだけで。
その後は落ち着いた頃に報酬を受け取ってしばらく組合で飲んでから宿に帰る。そこから二日ぐらいダラダラ過ごしてまた狩りに行く。3級組合員は俺と似たような生活している奴らが大半、だから俺が特段変わっている訳じゃない。まあ、兵士時代と違ってこんな緩い生活をしているのが今の俺だ。