26.カルガーとタロウ
「ゴドリックから?」
「はい、こちらが手紙です」
ある日依頼を終えて帰ってくると、リリーからゴドリックの手紙を渡された。内容は次の依頼をお願いしたいから来てくれって事、その時、盾の扱いが上手い人を一緒に連れてきてくれと書いてあった。
盾の扱いが上手い人って・・・やっぱりゲレロの所だよなあ。ただ『上手い人』ってのはどれくらい上手けりゃいいんだ?悩むけど4級の奴連れて行けば、ゴドリックも文句は言わねえだろ。ただ、4級の奴が来てくれるってのが問題だな。
「いいぜ。どうせ明日暇だしな」
夜、酒の席でゲレロを誘ったら二つ返事でOKもらえた。
「言っとくけど、依頼じゃねえから多分報酬出ねえぞ」
「ああ、別に期待してねえよ。マジで明日暇なだけだからな」
って訳で、翌日組合で待ち合わせしたんだけど・・・
「カルガーも行くのか?」
「うっす。今日、自分も暇なんで。駄目っすか?」
「いや、別に構わねえけど、ただゴドリックが駄目って言ったら諦めて帰れよ」
まあ、一人とか書かれてなかったから連れて行っても問題ねえだろ。ああ、そう言えば組合長から積極的にゴドリックの名前広めるなって言われてたな。後でゲレロとカルガーにも注意しておこう。
「お待ちしておりました。ベイルさん」
北村のゴドリックの家に行くと、すぐにゴドリックが出てきた。わざわざシーワンと共に玄関で迎えてくれるなんて俺達を待ちきれなかったみたいだ。
「あんたらも元気そうで何よりだ。タロウ達も元気か?」
「ええ、タロウ達も元気一杯スクスク育ってますよ」
楽しそうに言っているけど、あいつら魔物だからな。スクスク育ったらマズくねえ?
「それで、依頼の話の前に検証を先に行いたいんですが・・・こちらがお願いしていた盾使いの方ですか?」
挨拶もそこそこに、ゴドリックはすぐにでも試したい事があるみたいだ。ゲレロ達を軽く紹介して、案内された場所は2階の庭が見える部屋。2階から庭を覗くと以前と違って庭が塀で二つに区分けされていて、一つにはワイルドウルフ3匹、もう一つには1匹がいるのが見える。
「うお、マジでいるじゃねえか」
「やべえっす。魔物飼うとか信じられねえっす」
道中二人には説明はしておいたけど、やっぱり実際見ると驚くみたいだ。
「1匹の方がタロウで、3匹の方がジロウ達になります。予想通り、ジロウ達はワイルドウルフに進化し、その瞬間をこの目で確認しました」
そうか、念願の進化の瞬間を目にする事が出来たか。
「やはり、進化は一瞬で、夜中に急に淡く光ったと思ったら、ワイルドウルフに進化していました。3匹とも同じ現象後にワイルドウルフに進化したので間違いないと思います。進化は本当に一瞬で、しかも夜中にしか起きなかったので、今まで誰も見た事が無かったんでしょう」
夜中に魔物の領域で動き回る馬鹿はいないから、今まで誰も見た事は無かったんだろう。・・・いや、一応進化するなんて噂があったって事は、少ないながら見た奴はいそうだな。ただ今までゴドリックみたいにわざわざ検証するような奇特な奴はいなかったから、都市伝説みたいに伝わっていたんだろう。
「これでレッサーウルフの進化の検証については、一段落つきました。これからはワイルドウルフの習性について検証を行います」
■
「3人ともウルフ系の魔物に襲われた旅人や商人が荷物を投げ捨てて何とか逃げ切れたという話聞いたことありません?」
「ああ、よく聞くな」
「俺も護衛の時、商人からそういった体験談を聞くな」
「命より大事なものは無いっていう教訓みたいな感じでも言われてるっす」
3人の答えにゴドリックは満足そうに頷く。
「私とシーワンで実際助かった商人や旅人が何を持っていたか調べた結果、彼らは獲れたての肉を持っていたっていう共通点があったんです。それで、今からそれが正しいかどうかの検証と、どこまでが『獲れたての肉』なのか検証を行いたいんですよ」
うーん、学者の考える事はよく分かんねえな。ただ、まあ話を聞けばこれでも依頼料を払ってくれるってんだから俺もゲレロも文句はねえ。ただなあ・・・。
「ゴドリックやシーワンが肉あげても、いつもの餌やりになるんじゃねえの?」
そう、ただの餌やりなら獲れたてだろうが少し古い肉だろうが食べるのはタロウで知っている。それだといつもと変わらないだろう。
「ふふふ、それがタロウと違って、ジロウ達を預かった時ベイルさんの横で餌あげてないので、未だにあの3匹は僕たちに懐いてないんですよ」
「ええ?マジで?だったら今まで餌とかどうやってあげていたんだ?」
「ほら、あそこに檻が4つありますよね。あの中に入って餌をあげたり、逆にジロウ達を檻に入れて餌をあげたりとか、色々な方法で懐くか試していたんですけど、結局餌だけじゃ懐く事はありませんでした。だからいまだにジロウ達は餌を貰えているとは思っていないはずです」
ゴドリックの奴、色々試してんなあ。
「それでこれから1匹ずつ鮮度の良い順に餌を与えていきます。その際、肉じゃなくて僕やシーワンに襲い掛かって来た時に、ゲレロさんに守ってもらいたいんですよ」
「いや、まあ、ワイルドウルフを盾で受けるのは余裕だが、別に檻からやれば俺はいらなくねえか?」
「ジロウ達は既に『檻』がどういうものか分かっていますからね。檻から肉をあげても檻が邪魔で僕を襲えないから肉に向かうのかもしれません。ですので、どうしても檻無しで検証したいんですよ」
「・・・お、おう」
検証の為だけに自分の命を危険にさらす行為に、流石のゲレロもドン引きしている。まあ、俺もちょっと引いてるけど。それが分かってどうなんだって話だからな。学者の考える事はよく分からん。
「それではよろしくお願いします」
ゴドリックの合図と共にゲレロが盾を構えて庭に入ってくる。その後をゴドリックも恐る恐るついて入ってきた。
ジロウ達のご主人様の俺は存在がバレると検証に支障が出るから2階からカルガーと見ているように言われている。まあ、何かあればワイルドウルフ如きゲレロならどうとでも対処できるから俺はのんびり見させてもらおう。
そしてゲレロとゴドリックが庭に入ってきた事に気づいたジロウがうなり声をあげてゆっくりと二人に近づいていく。他2匹は肉で釣って檻の中なので、ジロウだけに集中していればいいから、ゲレロじゃなくてカルガーでも余裕だろう。
そしてジロウがある一定の距離まで近づくとその歩みを止めた。
その瞬間、ゴドリックが手に持った肉を遠くに投げると、ジロウはそれを追って駆け出していった。当然ゲレロ達を警戒している様子もなく隙だらけだ。
「・・・ええ?」
そのジロウの行動に盾を構えていたゲレロが思わず驚きの声をあげる。俺も睨み合っている奴がいきなり明後日の方に行ったら驚くな。カルガーも「マジっすか」って驚いているし。
「ゲレロさん、次が来ますよ!これは昨日の肉!」
肉を食べ終わったジロウは今度はそのまま駆け出し、まっすぐゲレロ達に向かってくるが、またゴドリックが肉を投げると方向転換して肉の方に向かっていった。驚く俺達をよそにゴドリックは同じ事を繰り返し・・・・。
「五日前の肉!!」
大声で叫んで変わらず肉を投げた。・・・・5日前の肉って腐ってねえか?・・・そしてこの5日前の肉に、ついにジロウの動きに変化があった。投げた肉に一瞬だけ顔を向けたが、すぐに興味を失い、そのままゲレロ達に襲い掛かってくる。
「ゲレロさん!来ますよ!お願いします!」
「はいよ。受け流せばいいんだろ」
慌てるゴドリックだったが、ゲレロは落ち着いて対処して、飛び掛かってきたジロウを盾で軽く受け流す。その間にゴドリックは走って庭から逃げ出した。ゲレロも何度もジロウの攻撃を盾で受け流しながら後退して無事に戻ってくる。
戻ってきたゲレロは全く疲れていないが、ゴドリックは興奮状態だったので、一度落ち着く為に俺たちが待機している部屋で茶を飲む事となった。
「やりましたね、先生。5日前の肉ってのは予想より早かったですね」
「そうですね、普段なら8日前ぐらいの肉なら食べてくれるんですが、やっぱり食べる物が無いから我慢していたみたいですね」
聞けば、普段の餌やりでも何日前の肉なら食べるのか検証していたらしい。
「ゲレロ、どうだった?」
「い、いや、別に全く疲れちゃいねえんだが、ただ、驚いているだけだ。こっちに向かってきてんのに、いきなり肉の方に行くか?普通?」
「そうっすね。ワイルドウルフのあんな動き初めてみたっす。あれが他のワイルドウルフでも有効ならこれはかなりの発見っす」
「ほう・・・あなた・・・カルガーさん。分かっちゃいましたか?では答えて下さい」
何がだ?何でいきなりシーワンが話に入ってきた・・・しかも何でそんな偉そうな感じなんだ?
「組合員にとってワイルドウルフは脅威ではないっすけど、商人や旅人には十分脅威になるっす。それで襲われた時に明確な対処法が確立されていれば、逃げ切れる可能性がかなり高くなるっす。しかも今の検証だと新鮮な肉を持っていればいいんで、そこまでお金もかかんないし、入手も難しくないっす」
素直に答えるカルガー。そして、その答えは十分ゴドリック達を満足させたようだった。うんうん頷いている。
俺はあんまり役に立たねえなあって思ったけど、一般人には、かなり役立つのか。
「本当ならレッドウルフなど更に上位種でも検証してみたいんですが、流石に家では難しいでしょう。それにこの方法が広まれば組合の方でも上位種で検証してくれると思うので、それで我慢します」
そうか、ワイルドウルフで有効なら他のウルフ系の魔物はどうだ?ってなるよな。マジでこれがレッドウルフとかにも有効なら、ウルフ系の討伐かなり楽になるじゃねえか。
という訳で次はサブロウとシロウで検証するそうだが、俺はもう飽きたのでタロウと遊ぶ事にした。
「自分もついて行っていいっすか?」
本当にワイルドウルフが人に懐いているのか気になったカルガーが、俺についてきた。
で、タロウのいる方の庭に行くと、タロウはすぐに俺に気付いて尻尾を振ってこっちに駆け寄ってきた。かわいい奴だ。・・・そして俺の言葉を信じ切れていないカルガーは盾と槍を構えて警戒する。
だけどな、駆け寄ってきたタロウはしっかり俺の目の前で止まり、お座り状態でおとなしく待っている。尻尾ブンブン振って可愛い奴だ。ご褒美にゴドリックからもらった肉を差し出すと喜んで俺の手から肉を食べる。それを見てカルガーは目を丸くする。
「うそおお」
「ははは、これで信じてくれたか?ジロウ達と違って、タロウはゴドリックとシーワンにも懐いてるからな」
「・・・じ、自分も・・・自分にも懐いて欲しいっす!ベイルさん!どうしたらいいっすか?」
おお、カルガーの奴めっちゃ目がキラキラしている。こいつそんなにタロウの事気に入ったのかな?
「自分、犬飼ってたっす!だから犬は大好きっす!」
「へえー。犬飼っているなんてお前の家、牧場とかだったのか?」
「・・・あ、・・・いえ、ち、違うっす。なんかみんなで世話してたっす」
ああ、近所の人達と可愛がってたのか。まあそういう事ならタロウを懐かせてやろう。
「俺の横で肉あげたらゴドリック達にも懐いたから、カルガーもやってみろよ。最初は手で肉あげるの怖いだろうから、目の前に落としてやって、次に手であげればいいはずだ」
ゴドリック達もそれで懐いたから、大丈夫。案の定2回肉をあげただけでカルガーに懐きやがった。相変わらずの尻軽っぷりだ。
「アハハ!くすぐったいっス!ほらー!ワシャワシャワシャ」
カルガーの奴マジで楽しそうだ。本当に犬好きなんだな。まあタロウは狼だけど、こいつはもう犬みたいなもんか。
ただ、なんというか犬にしてはでけえよな。っていうか普通のワイルドウルフより明らかにでかいよな。タロウ。
「そうっすね。さっきのジロウ達と比べると倍・・・は言い過ぎかもっすけど1.5倍はあるっす」
「・・・だよなあ」
改めてお座りしているタロウを見ると・・・やっぱりでけえな。こんだけでかいと『ネームド』になるよなあ。
『ネームド』・・・賞金首ではないが、何かしらの特徴がありその特徴で呼ばれる魔物。目立つので色々な奴に狙われすぐに討伐されるか、そいつらを返り討ちしまくって、すぐに賞金首に変わる事が多い。
「これだけでかいと俺を背中に乗せて走れねえかな?」
「いくらタロウが大きくても流石にベイルさんは無理じゃないっすか?」
「いや、やってみなくちゃ分からねえ」
って事でタロウに跨ってみたんだけど、動こうとしない、ちょっと厳しいか?
「ベイルさん、座るんじゃなくてタロウに抱き着く感じの方がタロウも楽じゃないっすか?」
言われてみればそうか、腰の一点に重しがくるより全体に来た方が楽だよな。
そうして俺がタロウに抱き着く感じになると、なんとタロウが立ち上がってゆっくりと駆け出した。
「うおおおお!すげえ!タロウ!すげえええ!カルガー見てるか!」
「ベイルさん!すごいっす!多分ワイルドウルフに乗ったのベイルさんが世界初っす!」
「アハハ!そうだろう!俺は今、風になっている!」
「・・・・いや、そこまで早くはねえっすよ?」
「・・・・あっ」
カルガーと二人で大喜びしていたら、もう疲れたのかタロウが地面に座り込んだ。
「あちゃあ、もう疲れたのか?」
「そりゃあ、そうっすよ、ゴブならともかくベイルさんはタロウでもきついっすよ」
そうか・・ゴブリンライダーは普通のワイルドウルフに子供程度のゴブが乗っているから走れるんだ。流石にでかいタロウでも俺を乗せて走るのは厳しいか。
・・・・
うん?
俺はとある事を閃いた!
「なあ、カルガーって俺より重いよな?」
「・・・・殴っていいっすか?」
「ばっか!違えよ。今の状態でだよ!お前フル装備!俺こん棒のみ!どう見ても今は俺の方が軽いだろ」
「・・・まあ、そうっすけど、ベイルさんは言い方、気を付けた方がいいっすよ」
「でも、ほら、お前が全部装備外したら余裕で俺より軽くなるだろ?まあ、ゴブよりは重いけどな」
「・・・おっと」
わざとらしい声と共にカルガーの奴いきなり盾をぶん投げてきやがった。
「うお!危ねえ!カルガー!お前何しやがる!」
「盾が滑りました」
「お前の盾滑ったら飛んでくんのかよ!そもそも盾が滑るって何だよ!」
そもそも小さいカルガーでも流石にゴブよりは重いって事実を言っただけじゃねえか。そんなに怒る所か?
「まあ、ベイルさんが言いたい事は分かったっす」
そう言って何事も無いようにカルガーは装備を外していく。しっかし小さい癖によく、これだけ重そうな鎧を来て動けるな。装備だけで俺と同じぐらいの重さじゃねえ?
「これでタロウに乗ってみろって事っすね」
「そうそう、色々小さいカルガーならどうにかなりそうだなって思ってな」
「・・・・・マジで後で殴りますからね」
装備を全て外しインナーだけになったカルガーが背中に乗ると、俺の時と同じようにタロウは走り出した。ただそのスピードは俺の時と比べ物にならない程速い。
「キャハハハ!速いっす!タロウ!すごいっす!」
「うおおお!すげえええ!カルガー!メッチャ速えええ!」
大騒ぎの俺とカルガーだったが、これが後にウルフ部隊を率いるカルガーとその相棒タロウの初めての出会いだとはこの時の俺は夢にも思わなかった。
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6級組合員カルガーと4賢人の逸話
サンクガラートとの戦争の際、ウルフ部隊を率いて戦場を駆け巡り、鉄壁の守りを見せた6級組合員カルガー。彼女は、『突然現れて鉄壁の守りをみせる女』略して『突然の鉄壁』と味方から呼ばれ称えられるようになった。
しかし、それを聞いたサンクガラートのある部隊長がカルガーの身体的特徴から皮肉と嫌味を込めて『突然現れる絶壁の女』略して『突然の絶壁』と呼び始め、サンクガラートではこの異名で呼ばれる事になった。胸が小さい事を気にしていたカルガーはそれを聞いて怒り狂い、その部隊長を捕まえ死ぬまで盾で殴り続けた事から、この二つの異名は以降カルガ―の前で使われる事は無く、彼女の前で胸の話は禁忌とされ仲間のアーリット達でさえ恐れて話題にする事は無かったという。
ただ彼女を導いた4賢人だけは彼女に胸の話をしても冗談で済まされていたという。




