23.試験官の依頼②
「ねえ、ここから奥に続いているよ」
最初に気付いたのはザリアだった。ゴブリン共が喰い終わった後、積み上げられた骨とそこにかけられていた何かの毛皮をどけると、奥に続く道を見つけた。
「巣の中は匂いがきつくてはっきりと分からないけど奥にまだいると思う」
獣人のザリアは鼻が利くから奥にまだ残っている事に気付いたようだ。その言葉にアーリット達は武器を構え、邪魔な骨や皮をどかして道を確保する。
「・・・・!!っ!!」
その奥を確認したアーリットはそこにいた者に気付いて、声にならない声をあげた。そのアーリットの動きに仲間達が更に警戒を強める。
「何匹いた?」
「た、多分・・・8匹です」
何も様子が変わっていないトレオンの言葉に、詰まりながらアーリットが答える。その間、仲間が続々と中にいる者を確認して絶句している。
「そうか8匹なら十分数は足りてるな。それじゃあ、行くか。まずはアーリットだ。ついてこい」
そういってトレオンは奥に入っていくと、甲高いゴブリンの叫び声が聞こえてきた。その声に明らかに表情を悪くするアーリット達。
「ほ、本当に、やらないと駄目なんですか?」
躊躇いがちにアーリットが聞いてくる。仲間もその様子からやりたくないのは明らかだ。だけどなあ。
「当り前だ。お前達が受けた依頼は何だ?『ゴブリンの巣の殲滅』だ。当然、巣にはメスや子供のゴブリンがいると考えるのが普通だろう?お前達はまさかゴブリンがオスしかいなくて地面から生えてくるなんて思ってなかっただろうな?」
厳しい口調でティッチが詰め寄る。
「お・・・女の人を攫って子供を産ませるって・・・」
「それもある。何故かゴブリンやオーク等人型の魔物は私達を孕ませる事ができる。ただ、それだけでここまで数が増えると思うか?お前らの知り合いはそんなに頻繁に魔物に攫われているのか?」
「そ、それは・・・・」
そうなんだよ。普段考えてねえだけでゴブリンや他の魔物にもメスや子供ってのはいるんだ。ただ、巣の奥で大事に匿われているからその姿をほとんど見ないだけだ。当然メスや子供と言っても魔物は魔物だ。ここで殺しておかねえと、未来で誰かがこいつらの餌食になるからな。ゴブリンや魔物側からしても人の女子供だからと言って、見逃す事はない。平等に・・・いや、若い女なんか特に狙って襲ってくるぐらいだ。
「ほら、アーリット早く行け。無理なら早く諦めろ。ただ、その場合は組合員としての道も諦めてもらうけどな」
俺が急かすとアーリットは俺を睨みつけるが何も言い返してこない。これが出来ないと2級に上がれない、組合員にとってこれが出来なきゃいけないって分かっているんだろう。まあ、2級の試験は更にその上だから、こんな所で躊躇っていたら6級になるなんて笑い話にもならねえ。
しばらく俺を睨みつけていたアーリットは覚悟を決めたのか、トレオンの待つ奥に向かう。
結構長い事待つとようやくゴブリンの断末魔の叫びが辺りに響いた。しかも2回。しばらく待つといつもの明るい表情はどこに行った?ってぐらい暗い表情のアーリットが奥から出てきた。その手には事切れたメスのゴブリンと子供のゴブリンを引き摺っていた。
「・・・次はクイトだって。・・・結構きついよ。これ」
そう言い残し、アーリットは自分たちで討伐したゴブリンの死体の山にメスゴブリンと子供のゴブリンを投げ込んだ後、座り込んで動かなくなった。
そうしてクイトもザリアもエフィルもアーリットと同じように奥に入って子供のゴブリンを殺して戻ってくる。みんな、戻ってくるとアーリットと同じように目が虚ろでアンデッドみたいな動きになっている。
そして最後、エルメトラ神が奥に入っていく。もうこの時点で表情が暗い。ただ、神には申し訳ないが、遠距離攻撃者はこの試験が一番きついんだ。同じ遠距離攻撃者のモレリアがこの時だけはエルメトラの後に続いて奥に入っていく。
そして・・・
「・・・え?何で?魔法じゃ駄目なの・・・」
「む、無理、武器なんて・・しかも2匹って・・・こん棒も、短剣もどっちも変わらないわよ!!」
「・・・し、師匠・・・なんで?・・・いつもみたいに助けてくださいよお・・・」
いくら俺がエルメトラ神を崇めているからと言っても、ここは俺も心を鬼にして、ただ、黙って話を聞いている。この試練を超えて欲しいからだ。特に遠距離攻撃者はここで躓く奴が多いからな。モレリアもそれが分かっているから、ついていったんだろう。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・。ああああああああああ!!!!」
モレリアが何か言った後、エルメトラの叫びが奥から響いた。
「ギャアアア!ギャアア!ギャア・・アア・・ア・・・」
と、同時にゴブリンの断末魔の叫びも聞こえてくる。
弓でも魔法でも遠距離攻撃は自分の手で止めを刺した感触を味わう事が滅多にないからな。この試練で子供やメスの魔物を直接自分の手で殺し一度経験させておく。誰が考えたのか知らねえが、中々理に叶った試練だと思う。考えた奴の性格は最悪だと思うけどな。この試験を躊躇う奴は多いが、これをクリア出来ないと2級からの巣の殲滅依頼を受けれないからな。
「って訳でお前ら全員合格だな。ベイル!賭けは俺の勝ちだからな」
ようやく奥から出てきたトレオンが馬鹿な事言うから、全員から冷たい目を向けられたじゃねえか!まあ、賭けてたのは事実だけどよ。2000ジェリー損したぜ。
俺にどや顔で合図するトレオンの背後から黒い影が!!
「と、トレオンさん!!」、「後ろおおおおお!!」
気づいたのは流石だが、少し反応が遅い。・・・・まだ1級だから仕方ないか。
そのトレオンの奴は慌てることもなく余裕でその黒い影・・・最後に残った子供ゴブリンの短剣の突き刺し攻撃を盾で受け止めた。
普段盾なんか使わねえのに、この為だけに持ってくるとは・・・こいつわざと短剣も置いて見逃したな。
「ほら、お前ら、魔物のガキでもここまでやれるんだ。情けを見せたらこっちがやられるって分かったか?」
受け止めた盾に体重を乗せゴブリンを圧死させながら『全てに打ち勝つ』面々に問うが、その問いに誰も答えを返せなかった。
■
「おーし。これで『ゴブリンの巣の殲滅』は完了だ!これから寄り道して帰るからな」
暗い空気を払拭しようとトレオンが声を上げるが、当然まだ立ち直っていない面々は暗い顔でゾンビみてえに動き始める。
「なあ、ベイル。なんかみんな暗くねえ?」
「当たり前だろ。あんなんされて何で元気に行けるんだよ」
「おかしいなあ。ゲレロがベイルの試験した時は忠告する間も無く、奥のメスゴブリンまで殲滅して、鼻歌歌いながら帰ってきたって聞いたけど?」
そんなんあったか?覚えてねえなあ。
まあ、ここからは2級が縄張りにしている森の目印を教えながら街に戻るってだけだ。鼻歌歌って帰ろうぜ。
で、終われば良かったんだけどなあ。アーリット君達のような物語の主人公には更に試練が舞い込んでくるんだ。
「・・・・見られてんぞ」
森の目印を案内している最中トレオンがぼそりと呟く。聞こえたのは俺達試験官組だけだろう。聞こえるか聞こえないか絶妙な声の大きさ、こういう所はトレオン凄えってなる。
「珍しいね。この辺りはティッチ達が徹底して全滅させてなかった?」
「していたさ。また新しい連中だろう。ククク。いいさ、すぐに殲滅してやる」
うおお、おっかねえ。野盗絶対許すマン参上だよ。逃がすつもりはないみたいだから、俺らも手伝わなきゃ駄目か。面倒くせえな。
しばらく歩いた所でようやくザリアも気付いた。トレオンよりは遅いが、この時点で気付ける時点で斥候としては優秀だ。俺なんて未だに何もわかんねえもん。
「止まって!誰かに見られている」
ただ、それを向こうに気付かせる事無く、仲間に伝えなきゃ駄目なんだけどな。まだ経験の少ないザリアにそれを求めるのは厳しいか。
ザリアの呼びかけに受験生一同は立ち止まって辺りを警戒する。この辺は後でトレオンが注意してくれるだろう。俺たち試験官組は既にその先に向けて動いている。
「私とトレオンが前、モレリア、ベイルが後ろでいいか」
後ろにもいるのか?マジで分かんねえな。トレオンはいいとして、ティッチまで気付いているなんて、これぐらい普通なん?
「取り合えず、お前らの方で5匹は残しておいてくれ。丁度いいからこいつらの2級試験も済ませておく」
「ええ?何でだよ、面倒だから3匹、2匹にしてくれよ」
試験云々はいいけど、5匹全部は文句も言いたくなる。
「バーカ、俺の方はティッチがいるんだ。全員殺すに決まってんだろ」
・・・・言われてみればそうか。野盗に並々ならぬ憎しみを持っている『柔軟に行こう』。そのリーダーだもんな。多分手加減なんてしねえだろう。自分で指示しておきながら、逆に俺たちの方まで手を出してきそうだ。
「そうだな。ならこっちに来ないようにティッチを抑えておいてくれよ」
「・・・あー、それが一番面倒だな」
こっちの話が終わった所でようやく野盗の連中が姿を見せた。前と後ろに15匹。他にも隠れているかもしれねえけど、俺には分からねえ。後は流れでお願いしますだ。
「げへへ、中々いい女揃い・・・・あぎゃあああああ!」
「ぎゃあああああ!!」
俺たちの行方を遮った前方の野盗の群れから、ボスみたいな奴が声をかけてきたが、その瞬間には俺たちは既に動き出していた。前後挟んで登場なんて俺たちに喧嘩売っている行為だ。一般的なルールでもアウトで、それをした時点で何しても罪には問われない。
まずはティッチの投げた投げナイフがボスともう一人の顔に突き刺さり、悲鳴が響き渡る。いきなりの事で虚を突かれた野盗どもに更に俺たちが投げたナイフが突き刺さる。特に俺の投げた絶無投の威力は絶大だ。顔面を突き抜けて一瞬で命を刈っていく。
「おらああ!俺の絶無名の威力凄えだろ!」
「それ、絶無名じゃなくてベイルの馬鹿力が凄いんじゃないかな?」
「うるせえぞ、モレリア!変なチャチャ入れんな!こっちは面倒くせえが、適度に敵を無力化だ!アーリット!お前たちは固まって敵を警戒しておけ!」
そう叫んだ俺は野盗に向かって駆け出す。まずはいまだに混乱している一匹の膝にこん棒を叩き込んで次に向かう。既にこの時点でモレリアが2匹目の腕を吹き飛ばしていた。
くっそ!やっぱり魔法は手が早い!しかもモレリアは魔法の発動とかコントロールが人並み以上だから余計にだ。
取り合えず最初の4匹以外を無力化した頃にはティッチ達の方も終わったみたいだ。あっちは誰一人原型留めてねえな。ティッチの奴、私情挟みすぎだろ。このままだとティッチの奴にこっちで生き残った奴まで殺されそうだ。さっさと済ませちまおう。
「おーし。お前ら!俺とモレリアで無力化したから、止めを刺してこい」
「ッ!!」
俺の呼びかけにアーリット達が言葉に詰まり顔色を悪くする。戦闘前の俺達の会話で何をするか何となく理解してたんじゃないか?
「こ、これも必要な試験なんですか?」
「ああ、そうだ。本来なら2級の試練なんだけどな」
「な、なら僕たちが2級になってからでもいいじゃないですか?」
「今、ここで出来ねえ奴が、この先出来る訳ねえだろ。野盗に出会ったら躊躇ってるうちに殺されるぞ」
「3級になれば、護衛依頼もあるからね。当然野盗が襲ってくる事もあるよ」
モレリアの言う通り、3級は護衛依頼が受けれる。そして護衛依頼は組合員同士で取り合いになる程おいしい依頼だ。だって何もなければ目的地の場所まで護衛対象と散歩するだけだからな。それで金がもらえるんだ、しかも通常の依頼より報酬は高い。
「それなら、護衛依頼を受けなければいいんじゃないでしょうか?」
「甘いなあ、エフィル。3級以上の狩場である森の奥こそ野盗の領域だよ。大体連中の根城は人が滅多に来ない森の奥にあるからね。当然3級以上の組合員は出会う確率は高いよ」
ただ、コーバス周辺はティッチ達が狩りまくっているから、出会う事は滅多にないけどな。まあ、これはコーバスだけの特殊事情なのでまだ黙っておくけど。




