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2.新人組合員裏試験

 ……いや『出会いであった』とか意味深な事言ったけど、別にこいつらとはこの先少し絡むぐらいでサンクガラート国との闘いで俺が表立ってどうこうする事はない。そもそもあの国とは関わりたくないからな。


 そんな将来の話よりも今だ!今!


 組合に入ってきた4人は中を見回しながら、「ここが組合か」、「結構広いわね」、「早く受付すまして依頼うけようぜ」、「ちょ、ちょっと周りの人がめっちゃ見てるんだけど」と、まあ、それぞれ好き勝手な事言ってやがる。


 そんな連中の姿を見たトレオンは物凄く悪い笑顔になっている。


「はあー。またトレオンが行くのかい?他は‥‥いつもの面子かい。いい加減他の人にもやらせたらどうだい?」

「うるせえなモレリア!これは俺の数少ない楽しみの一つなんだ。誰にも譲らねえ!それよりもお前らどっちだ?」

「僕は帰らない方に」

「俺は帰る方だ!」

「俺も帰るに賭ける」


 俺達から1000ジェリーを集め終わったトレオンは別のテーブルでまた「帰る」「帰らない」を聞いて金を回収していく。そうして別のテーブルではトレオンと同じように金を集め終わった連中3人が加わり若者4人の前に立ちはだかる。トレオンもガラが悪いが、他集まった3人も見た目の悪さはぴか一だ。このまま衛兵呼べば見た目だけで牢屋にぶち込まれるだろう。


「しかし毎回言葉も無しにどうやってピッタリの人数が集まるんだろうね?」


 俺も毎回思っている疑問をモレリアが口にする。この新人の前に立ちはだかるってのは組合の定番イベントで何故か新人と同じ人数が立ちはだかるって決まりになっているらしい。ここでビビって帰るような奴は組合員になっても役に立たないので、組合の職員も口を挟まない。いわゆる暴力は無しの裏試験って奴だ。組合員は賭けイベントぐらいにしか見てないけどな。


「なんかトレオン曰く目で合図しているらしいぜ?お?始まるぜ」


 ゲレロの声と共に組合内に怒鳴り声が響く。


「おう!何だてめえら!ここは子供の来る所じゃねえよ!さっさと帰ってクソして寝てろ!」


 最初の一声はトレオンだった。


「あいつ最初いっつもあれだよな?何か決まりでもあるのか?」


 俺のニヤニヤしている顔が見えたのか若者を睨みつけながらトレオンから『黙れ』のハンドサインが出される。


「い、いや、わ、私達は組合員になろうと…」

「そうよ!邪魔しないで!そこをどいて!」


 女の子二人がトレオンに言い返すが、そこに他の連中が睨みつけながら更に大声で怒鳴る。


「ああ?お前らじゃ組合員なんて無理に決まっているだろう!さっさと帰れ!」

「おう!よく見りゃ二人とも可愛いじゃねえか。組合員よりも娼館で働いた方が金稼げるぜ!何だったら紹介してやろうか?ケケケケ」


 その言葉に気の強そうな赤髪の女が顔を真っ赤にして大声で言い返し始める。


「いやあ、相変わらずだねえ。僕はやっぱり出来そうにないから頼まれても断る事にするよ」

「マイペースなモレリアには誰も頼まないから安心しろ。頼まれたかったらもう少し感情を表に出せ」

「ゲレロは酷いなあ。これでも内心とても驚いていたり、大きく笑っていたりするんだけどなあ」


 内心じゃなくて見て分かるように感情を出せってんだ。



「で?男二人はさっきから黙っているけどどうした?何も言えねえならさっさと帰れ!」


 さっきから黙っている男二人に最後の一人が絡みだした。まあ、ここまで黙っている時点で多分こいつらは不合格だなと俺を含め周りの大半がそう思っていた。


「ああ、もう終わりかい?それなら通してもらっていいかな?」

「よっしゃあ!さっさと依頼受けて金稼ぐぞ!」


 ‥‥


 なのに、男二人は何も動じていなかった。


 爽やかイケメンの男は何ごとも無かったかのように。ちょっとワイルドっぽいイケメンは入ってきた時と変わらない言葉を口にしてトレオン達の脇を通り過ぎていく。


 その二人の反応に絡んでいたトレオン達は口をポカンと開けて馬鹿面を晒している。隣のモレリアが「いいねえ、二人とも」とか言って涎を垂らしているが、その「いいねえ」は夜の話だろう。あいつら男娼じゃなくて組合員になりに来たんだぞ?




「あっれー?おかしいな?何か間違ってたか?」


 やる気を削がれたトレオンが解散してこっちに戻って聞いてくるけど、いつも通りの小悪党っぷりだったから何も間違っちゃいない。むしろおかしいのはあの反応の新人二人だ。


「だよなあ?いつも通りだっただろ?あいつらおかしくねえ?」 


 トレオンは首を捻りながらさっきの賭けの清算を始めだす。俺は当然賭けに負けた。


「うおおおお!これが組合員証か!何も書いてねえ!まっさらだ!」

「へえーこれが。名前とか書いてないんだ?」

「名前書いてないのはまだ私達が見習いの無級だからよ」

「これから依頼をこなして1級になれば名前と級が書かれるらしいよ」


 登録を済ませた4人は首にかかった員証を手に持ちマジマジと眺めている。いやあ、俺もああいう時期があったなあ。一人ビビっていたショートカットの獣耳の子も当り前だが仲間とは普通に話出来るんだな。


「毎回この光景見ると自分が組合員になった頃を思い出して懐かしくなるなあ」

「だなあ。まあ、希望に満ちたあいつらには悪いがこれから2級に上がるまでは地獄を見るんだけどな」

「ゲレロ、折角の感動のシーンを台無しにすんなよ。あいつらは俺の裏試験を乗り越えた将来有望な連中なんだぜ」

「おいおい、トレオン、それ言ったらここにいる連中全員裏試験に合格した将来有望な組合員だったんだぜ?」


 良い事言ったって顔したトレオンが俺の言葉に微妙な顔をする。今、この場で昼間から飲んだくれている連中はどうみても有望な組合員ではない。有望な奴は朝から依頼を受けて外に出ているか、装備を手入れしたり何かしら次に向けて動いてるからな。


「将来有望だったのは君だろう、ベイル。4級までノーミスで駆け上がった君が今ではそんな汚い員証を下げているなんて、あの頃期待していた僕は少し悲しいよ」

「うるせえぞ、モレリア。人の員証に汚いとか言うな!お前は俺の母親かよ!」


 けどまあ、モレリアの言う通り俺の員証は人と比べてかなり見苦しいのは確かだ。員証には名前と所属の街、その下に自分の級が書かれていて、普通は1、2、3と順番に数字が書かれているので一番大きい数字がそいつの級になる。ただ俺のはちょっと特殊で「1、2、3、4、4、4」と書かれていて4には全て×印が書かれている。つまり4級には一度上がったけど依頼失敗で降格したから4の数字に×が入っているってわけだ。しかも俺の場合は×付きの4が三個も並んでいるから3回降格して今は3級となる。


 依頼失敗イコール死ってなる事も多く、死ななくても大怪我して引退ってのも多い。つまり降格ってのは数回依頼失敗しないとならないから×付きは一つ、通称『一落ち』の奴が大半だ。二つついてる『二落ち』なんて国でも10人いるかいないか、俺みたいに3つも×がついてる『三落ち』はメーバ国で俺だけじゃないか?なんて言われてたりするぐらいだ。全然嬉しくねえけど。


「お前もいい加減パーティ入れよ?そしたらお前の実力なら4級から落ちる事はねえだろ。俺の所だけじゃなくて、トレオン、モレリア、その他4パーティぐらいからも正式に誘われてんだろ?」

「たまに一緒に依頼受けるぐらいならいいけど、しょっちゅう集団で行動するのは息が詰まってどうも性に合わねえんだ。それに3級の依頼なら安定して稼げてるしな」


 実際は4級に上がって有名になると貴族からの指名依頼や強制依頼があって、それが兵士時代を思い出して嫌だからだ。それに4級ともなると街で名前が広まるから、故郷を逃げ出した俺としてはそれは避けたい。3回も降格したのは3級に居座る為。4級に上がっても依頼失敗するぐらいなら、安定して依頼達成できる3級にいるって言い訳も説得力があるだろう。実際何回か昇格の話も出ているが今はそう言って断っている。


「普通は3級でもソロでいるのは珍しいんだけどな。っておいおい、あいつら裏試験終わったから放っておいてやれよ」


 トレオンの視線の先にはさっきの4人組にとあるパーティが話しかけている所だった。


「あれはこの間2級に上がった連中だね。見習いから1級に上がるまでは放置ってルール知らないのかな?」


 一応組合員になったとは言ってもまだ見習い。いつやめたり消えたりするか分からないので基本こちらから絡んだりせず放置がルールとなっている。困った事があれば職員に聞けばいいしな。


 このルールが無かった頃、滅茶苦茶カワイイコが見習い登録した事があったらしい。当然男どもは自分のパーティに入ってくれと勧誘が凄まじくパーティ同士の殺し合いにまで発展したそうだ。でもそのカワイイ子は見習いの仕事に耐えられずやめてしまい、結局その時死んだ連中は正に無駄死にだったって訳だ。


 そうして暗黙のうちに出来上がったのが1級に上がるまでは見習いに声を掛けないルールだ。見習いの仕事は薬草採取は良い方、下水掃除、街壁周りの雑草処理、墓場で死体を埋める穴掘り等マジできついか臭い仕事しかない。そのくせ報酬が滅茶苦茶安い。一日働いて大体平均で2000ジェリーって所だ。飯食ったら金が無くなるから宿にも泊まれない。基本どこか雨が凌げる場所で地面で寝る事になる。

 そりゃあ裏試験から逃げる奴はこんな生活耐えられる訳がない。見習いになっても逃げだす奴が大半だから員証に名前も書かれない。


 そんな生活を約一か月耐えて、晴れて1級冒険者組合員となる。


 そうやって頑張って耐えて晴れて1級になってからも苦労は続く。1級になるとようやく討伐系の依頼が受けられるが、基本スライムとか畑の虫退治とか金にならない依頼が多い。まあそれでも見習いより報酬はマシで大部屋で雑魚寝の宿に泊まれるぐらいになる。    

 そんな生活を真面目な奴なら半年も続ければようやく2級になる。その頃には効率の良い稼ぎ方も覚えてパーティで一部屋に泊まれるぐらいの稼ぎにはなっているだろう。


 そうして2級になる頃には立派な組合員の顔になっているはずだ。そこからはゴブリンやレッサーウルフ、大角鹿等まともな魔物の討伐依頼が受けられ報酬も大分マシになり、個室に泊まっても余裕なぐらいの報酬になる。ただ、ここで贅沢している奴は一生2級のままだ。ここで我慢して金を貯めて装備を揃えた奴だけが3級に上がる事が出来る。


 3級は稼ぎのいい護衛依頼も受けれて見た目も重要になってくるからだ。いつまでもこん棒に布の服じゃあ、護衛対象から断られるからな(一敗)。3級以上になるとこれといった討伐依頼は無くなる。と言っても魔物を倒すなって事ではない、3級にもなると自分たちの実力は十分分かって無茶はしないだろうから好きに獲物を狩ってこいってだけだ。そうなると賞金首の魔物狙いや街の買い取り価格なんかから明確に獲物を定めて狩りに行く奴とダラダラ歩いて出会った魔物を狩る奴に分かれる。俺は後者だな。そうして3級は一回依頼を達成すると数日はダラダラしても余裕な稼ぎになってくる。


 そして4級になると稼ぎは更に上がる。家を買って拠点にしているパーティも多く、ゲレロやモレリアみたいに街にいる間は毎日高い娼館に通ってようやく金欠になるぐらいだ。まあ、4級まで上がって名前が広まると、貴族からの指名依頼(断れない)、組合からの強制依頼(断れない)なんてのもあるから面倒だけどな。

 5級についてはよく知らねえ。知り合いもいねえし、首都に数人いるってのと貴族街に家を持っているって話を聞いたぐらいだな。




「おいおい、何か様子がおかしくねえか?」


ゲレロに言われてみれば何故か助けに入ったトレオン達が見習いと言い合っている。


「いや、だから、1級になるまで勧誘は禁止ってルールなんだよ」

「知っています。でもそれは組合で決められたルールじゃないでしょう?現に今も職員さんが止めに来ないですし」


「何か見習い君たち2級の連中にパーティに誘われたみたいだけど、それをトレオン達が止めたから怒っているみたいだね」


 流石モレリアその長耳は伊達じゃないぜ。状況が理解できた。さっき見習いに絡んだトレオン達の一人が2級の連中を追い払っているのはそういう事か。


「そもそも2級のパーティに入っても最初は見習いの依頼しか受けられねえんだって!」

「それも分かっています。それでも2級パーティに入れば色々教えてもらって昇級も早くなるじゃないですか」

「いや、分からねえ事は職員に聞けば大体教えて貰えるから。パーティに入るのは見習い卒業してからでも遅くねえって。そもそもお前ら見習いから1級に上がれるのかよ?ほとんどの奴が見習いで逃げ出すんだぞ?」


 そうそう、見習いってのは誰でもなれるけど、組合員として生きていけるのはほんの一握りだ。


「逃げ出す訳ないじゃない!私達は6級組合員になるって決めているの!」


……


気の強そうな赤髪の女がそう言った瞬間、周りで騒いでいた連中がピタリと止まった。


 おいおい、マジかよ、あの子今何て言った?


「ろ、ろ、6級?お前今6級になるって言ったか?」

「ええ、言いましたよ。僕たちは6級組合員になるって誓いを立てて故郷から出てきたんです」


 驚きながら尋ねるトレオンに爽やかイケメンが一歩前に出て答えた。



 ‥‥その瞬間、



その場にいる組合員全員が大声で笑い出した。


「アハハ!マジかよ!5級は聞いた事あるけど、6級は初めて聞いたぜ」「こりゃあ、すげえ大物が入ってきたぜ!お前ら今のうちにサインもらっておけ!」「6級と言えば伝説上の人物だぜ、俺達は今伝説の始まりに立ち会っている?」「伝説の始まりwwwやwwwめwwwろwww笑わせるな、酒がこぼれる」


「な、何よ!何がそんなにおかしいのよ!」


 全員が大笑いしている中、当事者4人は訳も分からずキョロキョロしている。流石に最初の絡みで落ち着いていた男2人も戸惑っているな。


「いやあ。笑える。まあ、いいぜ。お前らはそのまま6級目指して頑張ってくれ」


 トレオン達は爽やかイケメンの肩をポンと叩いてその場を離れる。そして俺達の所に戻ると、


「よーしお前ら!あの伝説がどこで逃げ出すか賭けようぜ」


 まあ、当然のように賭けが始まるわな。


「おいおい、みんな『見習い』にばっかり賭けたら成立しねえじゃねえか」


 当然みんな『見習い期間中に逃げ出す』に賭けて成立しなかった。流石にマイペースっぷりを見せた爽やかイケメンとワイルドイケメンも俺達の賭けの様子を見て戸惑っている。気の強そうな女だけが「どういう事よ?」「説明しなさい!」とか叫んでいるが誰も答える奴はいない。一番普通っぽい獣耳女は泣きそうな顔してやがる。パーティに誘った2級の連中も「あ、ああ、そういう事ならそっちはそっちで頑張って」って見放されたから仕方ないかもしれん。



あの若者たちの事はしばらく酒の肴として楽しませてもらおう。

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