10.コボルト討伐依頼④
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「ふう、ようやく片付いたか。状況は?」
最後の一匹が死んだのを確認してティッチが周囲に声をかける。
「私達のパーティはケガ人はいますが、大した傷ではありません」
その言葉にティッチの所の副リーダーが報告する。
「俺達は問題ない」
「僕たちも大丈夫だよ」
クワロもロッシュの所も報告する。どうやら誰も死んでいないらしい。
残るは俺だけか。悪い報告になるな。
「俺は駄目だ。大怪我しちまった。帰りは馬車で頼む」
「ベイルも大丈夫そうだ。よし、見張りの連中を呼んできてくれ」
おいおい、ティッチさんよ、人の話聞いてたか?俺は瞼が腫れて上手く目が開かねえんだよ。何で大丈夫って判断した?言葉通じてる?
「お疲れっす!リーダー」
「カルガー。そっちはどうだった?」
待機組がこちらに合流すると、パーティ同士で状況確認が行われる。どうやら待機組を襲ってくるコボルトはなく、のんびり過ごしていたらしい。俺もそっちが良かったよ。
「ってベイルさん、どうしたっすか?その目!」
クワロと話をしていたカルガーが俺に気付くと大声をあげた。すぐに目の腫れに気付かれたって事は俺の目どんだけ腫れてんだ?試合後のボクサーみたいになってねえだろうな?
「ちょっと『大鉈』とやり合ってな」
「『大鉈』って!あの賞金首っすか?」
「ああ、中々の強敵だったぜ。打ち合う互いの武器。一進一退の攻防。背中に感じる死の気配。ギリギリの戦いだったが、ただ僅かばかり俺の方が強かった。本当に紙一重で強敵を打倒して男泣きの結果がこの目だ」
「カルガー。ベイルの話は嘘だぞ。その目は『香辛料爆弾』で自爆しただけだ」
ゲレロの奴、何で教えるんだよ。余計な事しか言わねえなこいつ。
「えっと、全く意味分かんないっすけど?え?何でベイルさんそんな嘘吐いたんっすか?」
後輩の若い子からジト目で見られても俺にそういう趣味は無いから興奮はしない。ただ罪悪感だけが残る。
「い、いや『大鉈』相手にしたのは本当なんだよ。ただ、まあちょっと脚色したっていうか。話を少し大きくしたかもなって所はある」
「いや、まあ、別にいいっすけど。それよりも『香辛料爆弾』で自爆ってどういう事っすか?」
「・・・・・・マジで?よく、そううまい事いくっすねえ」
どういう事か説明したらこの反応だ。どうやら『香辛料爆弾』使うのはあまり一般的ではないらしい。鼻の利く魔物に効果的なのは知られているので万が一の為に持っている奴は多い。だが、そもそも中々当たらないので、いつの間にか使わなくなって荷物の底で潰れていたり、食事のスパイスとして消費されるものらしい。俺は豚が複数出た時とか結構使うんだけどな。
結局今回の依頼で俺が一番酷いケガ?だったみたいで、街に戻った時には俺以外みんなポーション使ってケガが治っていた。まあ、俺は理由が理由だし、誰からも心配される事は無かった。逆に話を聞いたら、みんな腹抱えて笑い転げるんだよ。これが組合員って奴らだ。こんな奴らばっかりだけど俺は今日も元気に生きてます。
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「いやあ。今回は流石に少しヒヤッっとしたぜ。なにせ賞金首2匹とそれを率いる奴相手だぜ。巣の中で遭遇した時はマジで焦ったぜ。何だかんだベイルの奴が一人で『大鉈』足止めしてくれなかったらヤバかったかもな」
「良く考えたら俺達4人で『巨杖』倒したのに、あいつ一人で足止めって凄く・・・いや、やっぱり凄くねえか・・・・いや、あそこで『香辛料爆弾』使うって思いつくのは凄いのか?」
「ハハハハハ、ベイルは相変わらず面白いねえ。僕も護衛依頼受けずにそっちを受けていた方が良かったかな。・・・・で?そのベイルはさっきから1級や2級に絡んで何をやっているんだい?」
偶然今日護衛依頼を終えて戻ってきたモレリアは、トレオン、ゲレロのいつもの3人で酒を飲みながらコボルトの巣の討伐について話を聞いている。もう一人のベイルはと言うと、先程から投げナイフ片手に若手の組合員に絡んでいるのが見える。
モレリアの質問にトレオンとゲレロは耳を指差す。ハーフエルフと言ってもエルフの特徴を持つ自分の長い耳で聞けという事だろう。モレリアは耳に意識を集中してベイル達の会話の盗み聞きを始める。
「よお!君たちは将来有望な2級の組合員、ショニーとシータンだったか?」
「・・・・いえ、違います。俺はショータン、こっちはニッシーです。何ですか?ベイルさん、俺らとそんなに仲良くないですよね?っていうか何でそんなに目が腫れてるんですか?」
「そんな事ねえよ、俺はお前らが組合の扉を初めて開いた時からいつもお前らの事を気にしてたんだぜ」
「そ、そうなんですか?」
「え?何で?っていうか目どうしたんすか?」
「そりゃあ、お前らが有望だからだよ。そんな将来有望なお前らならこれが何か当然知っているよな?」
そう言ってベイルが何故か自信顔で取り出したのは『絶無投』。
「え?『貧乏ナイフ』ですよね?ベイルさん3級なのにまだ使っているんですか?」
「俺達まだ『貧乏ナイフ』使ってますよ。先輩から2級のうちにそれ使うのやめろって言われてるんですけど、やっぱり無級で金の無い頃を覚えていると中々区切りがつけられないんですよね・・・・・・ってどうしたんですか?ベイルさん?」
ショータンとニッシーがそう答えた直後、ベイルからのチョップが頭に振り下ろされる。
「痛っ!」
「いて!‥‥ちょっと!何するんですか?」
「うるせえ!バーカ!バーカ!もうお前らに期待なんかするもんか。スライムに頭ぶつけて死んじまえ!」
「‥‥ええっ?何ですかそれ?え?何かの遊びですか?」
「‥‥ちょ、何で泣いてるんですか?意味分かんないですよ。‥‥行っちゃったよ。結局目の事何も教えてくれないし。あの人何なんだろ?」
・・・・・・
「はああ。彼は今日も平和だねえ」
何となく状況を理解したモレリアは呆れて溜息を吐く。眺めているとベイルは気を取り直したのかまた、別の若手に絡みにいって同じようにチョップしてから捨て台詞を吐くを繰り返している。
絡まれた若手が仲の良いベテラン組に助けを求めていくから、モレリア達にあいつをどうにかしろの圧がかかっている。が、当の3人は気にした様子も無く、酒を楽しんでいる。
そうしてしばらくベイルを酒の肴に飲んでいると、組合に新人4人が入ってきた。
「やっぱり1級の依頼は違うね」
「だね、やっと新人組合員って感じの依頼だったね」
「いや、スライムじゃなくて俺は早くゴブリン討伐の依頼を受けたいぜ」
「クイトは気が早いわね。まだ1級にあがったばかりよ。あと半年は頑張らなくちゃ」
ようやく1級にあがった『全てに打ち勝つ』のメンバーだ。その4人を見つけたベイルは顔を輝かせて4人に近付いていく。
「よお、お疲れ!」
満面の笑みで4人に声を掛けるベイル。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れだぜ!」
「ど、ど、ど、どうも」
「お疲れ‥‥って何?何か用?」
赤く長い髪のエルメトラだけが何か嫌な予感がしたのか近寄ってくるベイルに警戒した様子を見せる。
「いやあ、なーに、今をときめく新進気鋭の『全てに打ち勝つ』の皆さんならこいつが何か分かるかなって思いましてね。キヒヒ」
「話し方キモイ。普通に喋って!」
「あ、はい」
そう言ってベイルが取り出すのは『絶無投』。まだ1級に上がったばかりのこいつらなら店で『絶無投』の正式名を見て日が浅いから覚えてくれているはず。ベイルは最後の希望を持ってこの場に臨んでいた。
「『貧乏ナイフ』ですね・・・・・・痛!」
「『貧乏ナイフ』だぜ‥‥‥いて!」
ベイルを失望させた男二人には教育的指導が頭に落ちた。当然抗議する男二人だがそれを放っておいてベイルは残った二人に笑顔で近づく。だがその目は笑っていない。
「び、び、貧・・・ごめんなさい!分からないです!」
獣人のザリアは涙目になって一目散に組合の外に走っていってしまった。残ったのは呆れたように大きくため息を吐くエルメトラ一人。
「はああ。それ『絶無投』でしょ?みんな『貧乏ナイフ』って呼んでいるけど『絶無投』が正式名よ。何でも『絶対に無くさない投げナイフ』からそう名付けられたんだって」
「おお、凄いなエル。どこでそんな事知ったんだい?」
「エルは相変わらず俺たちの知らない事何でも知ってる。流石だぜ!」
仲間に褒められて満更でもない様子のエルメトラ。人並みにある胸を張って得意気だ。
「ま、まあね!そろそろ必要かなって思ってこの間武器屋巡りしてじっくり見てたのよ。その時に正式名知って・・・ちょっとカッコいいかもって思ったの。だから覚えてたの‥‥‥‥ってえええ!ベイル!何で泣いているの?」
エルメトラの言葉に感極まってボロボロ涙を流すベイル。その理由が分からず戸惑うエルメトラ。
「神よ」
「何でええ?」
膝をついて頭を垂れるベイルの言葉に更に混乱するエルメトラ。
「捧げます」
「何をおおお?え?これ?『絶無投』?くれるの?何で?‥‥‥‥‥って多くない?どれだけ隠し持っているの?」
足元に積みあがった『絶無投』の数にドン引きするエルメトラ。
「えっと。くれるならもらうけど、流石に数が多いわよ。ベイルもいくつか必要でしょ。私達はこれだけ貰っておく。ありがとうね」
優しい言葉をかけるエルメトラに更に感動するベイルはその足に縋りついて泣き叫ぶ。
「ちょ!馬鹿!何してんのよ!離しなさい!いやあああああ!誰か助けてええええ!」
組合にエルメトラの叫びが響くが、組合員の反応は、「ベイルか」、「ベイルか‥‥」、「1級に泣きつくなよ」、「またあいつか」、「あいつらがいると、つま弾きにされた俺らでもまだマシだって分かって安心するよな」、「そういう意味じゃ歯止めになってるよな」
いつもの事かと誰も助ける様子もない。ティッチ率いる『柔軟に行こう』の誰かがいれば止めに入るだろうが、依頼後の反省会で今日はこの場にはいない。そんな組合員の中でもたった一人彼女だけが止めに入った。
「いて!‥‥モレリア!てめえ何しやがる!」
土魔法で生まれた小さな石をぶつけられたベイルは、怒ってモレリアに詰め寄っていく。
「彼女嫌がっているからいい加減にした方がいいよ。それにそろそろ職員さんが組合長呼びに行こうとしているからね」
ベイルが顔を向けると、不安そうな顔をしている若手の職員がリリーとベイルに交互に視線を向けている。そんな若手や組合の騒動を気に留める様子も無くリリーは無表情でもくもくと書類を処理している。そんな若手職員にベイルがにこやかに手を振ると顔を引きつらせて慌ててどこかに走って行ってしまった。
「す、凄い!あなた今の魔法どうやったの?」
気付けばモレリアの目の前にエルメトラが興奮気味に立っていた。
「今の魔法ってコレの事かい?」
そう言ってモレリアは先程ベイルにぶつけたのと同じ大きさの石を手のひらに生み出す。
「そう!それ!凄いわ!うわー、何でこんな小さくできるの?これってかなり繊細な魔力コントロールが必要よね?」
「おっ!分かるかい?普通の人は魔力のコントロールより、1回の出力を気にするのに君は優秀だねえ」
大量殺戮の魔法を得意とするベイルは何が凄いのか分からず二人の会話に入っていけない。そんなベイルを無視して二人の会話は弾んでいく。
「す、凄いわ。あなた。‥‥私はエルメトラと言います。まだ1級になりたての組合員『全てに打ち勝つ』に所属しています」
気安そうにモレリアと話していたエルメトラは急に姿勢を正して胸に手を当てて名前を名乗る。
「僕はモレリア。一応4級。『ちょっと賢い』の副リーダーやっているよ」
それに応えてモレリアも自己紹介をする。
「もしよければ、時間がある時でいいので私に魔力コントロールについて教えてくれませんか?」
「んん?こんなのでいいのかい?別に構わないよ。暇な時は組合にいるから気にせず声を掛けてよ」
そう言って握手を交わす二人。
これが後の『大爆炎』の魔法使い英雄エルメトラと『4賢人』モレリアとの最初の会話であった。