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琥珀糖はきらめいて

作者: 西埜水彩

「ねえねえ文芸部って不思議な謎を解いてくれるんでしょ? だから琥珀糖が大量に余った謎を解いてほしいんだ」


 放課後が始まって1分も経たないうちに、いかにもKPOPが好きです、そう見た目で分かる女子にお願いされてしまった。ちなみにこの人はあんまり知らないけど、一応クラスメイトの藤川夢唯ふじかわめいさんだ。


「そういう謎解きをしているのは広陵こうりょうくんだよ。だから広陵くんに頼んで」


 隣のクラスに所属していて、私と同じ文芸部の広陵椛雨(かう)くんは謎解きが好きだし、得意。そんなわけでよくあちこちで起きた謎を、かうくんは解いている。


 それもあって不思議な謎があれば、私じゃなくてかうくんに頼んでほしい。


「えー椛雨ちゃんは変わっているから話しづらい。クラスメイトだし、愛莉子あいりすちゃんの方が話しやすい」


 いや私は謎解きなんてできないから、本当にかうくんに頼んでほしいのだけど。


 このKPOPが好きそうなキラキラ女子、かうくんにいい感情を持っていない気がする。でも私、この高校は性別問わないで名字にさんづけで人の名前を呼ぶことって決まっているのに、下の名前をさらりと呼んでくる、このキラキラ女子苦手だ。


「いいよ。テスト前でもないし、時間あるから」


 多分かうくんも今日は暇だろし、私も用事がないから別にいいや。


「本当? うれしい。じゃあ部室に案内するね」


 そこでキラキラ女子に連れられて、私は移動することにした。


「ここが野球部の部室。野球部には部員とマネージャーがいて、部室によくいるのはマネージャーくらい。部員は部室には来ないんだ。そこで部室に来るのはアタシとマネージャーの柴原春子しばはらはるこちゃんだけ。春子ちゃんはお菓子みたいな名前の歌い手を推している、真面目な子だよ」


 お菓子みたいな名前の歌い手って私は知らない。一応苺が印象的なグループの赤担当を推すくらいに歌い手が好きだし、色々な歌い手を知っているんだけどな。うーん誰だろう?


「昨日お祝い会があったの。それでお祝い会で出されたお菓子はどらやきが一人一個ずつ、琥珀糖が一袋。いつもこのお菓子って決まっている。それでいつもは両方とも全部無くなるのに、昨日は琥珀糖が全部残っていたの」


「お祝い会って、野球部の部員が参加するんだよね」


「そうそう。あとはマネージャーもね。だからいつも全部無くなるはずなのに、昨日はそうじゃないからおかしいなって。アタシは昨日韓国に旅行していたから、お祝い会に出ていないし」


 いつもならなくなる琥珀糖が昨日はなくなっていないから、謎なのだろう。


 野球部のお祝い会で琥珀糖とどらやきが出るなんて、ちょっと渋いかもしれない。なんか野球部のようなスポーツ系の部活でどらやきはともかく、琥珀糖を食べているイメージはなかった。こういうときはスナック菓子じゃない?


「そうそうこれは残っている琥珀糖ね。多いでしょう」


 ロッカーメインの部室。その中でロッカーの上に置かれた透明の袋を、藤川さんは取り出してきた。


 全部透明で白い宝石のような四角形の塊が個包装されて、ポテトチップスくらいの袋に入っていた。個包装のところや大きな袋、両方とも透明だから中身がよく見える。


 だから袋いっぱいに琥珀糖が入っている、それも分かる。


「いつもはなくなる琥珀糖がなくならなかった。それって単に食欲がなかったからではないでしょうか?」


 ほかのお菓子を持ち込んで、それを食べたら琥珀糖は食べなかったかもしれない。そこを考えたら、別にたいした問題じゃないはず。だってこの高校、お菓子の持ち込みは禁止されていないし。


「それはないって。ちゃんと春子ちゃんにも、野球部部員にもほかのお菓子はお祝い会で食べちゃだめって伝えているから。なんとかして琥珀糖が大量に残ったのか、その謎を解いてちょうだい」 


 両手を合わせて、キラキラ女子がお願いをする。


 これはしゃーない。話を聞いてしまった以上、くだらないからって理由で終わらせるわけにはいかない。


「分かった。とりあえず昨日のお祝い会の様子を聞かないと」


「もうすぐ春子ちゃん来るから。その子に聞いて」


 藤川さんがそう言った途端、まじめそうな女子が部室に入ってきた。この子が柴原さんなんだろう。


「ねーねー春子ちゃん。なんで琥珀糖がたくさん残っているのか、分かる?」


 さっきまでとはうってかわって藤川さんは冷たい声で、柴原さんに話しかける。


「分かりません。指示されたとおりにどらやきと琥珀糖を買いましたし、部費以外ではお菓子を買っていません」


 柴原さんは藤川さんに対して、落ち着いて答える。


 藤川さんは私と同じく一年生なのに、柴原さんは敬語を使っている。そこが気になったけど、つっこまないことにした。


「そもそもなんで琥珀糖とどらやきをお祝い会で食べるの? なんか弓道部のお祝い会みたい」


 野球部のお祝いで琥珀糖とどらやきを食べるって、あんまり分からない。なんならマクドナルドのハンバーガーのように、がっつり食事をお祝い会でしてもいいくらい。それに両方とも好きなら琥珀糖が大量に余ることもないだろうし。


「琥珀糖とどらやきをお祝い会で食べるって、藤川さんが決めたの。琥珀糖が一袋、どらやきは人数分、これは変えちゃいけないルールなんだって。だから琥珀糖を買うために、わざわざ高校の近くにある和菓子屋へ行く必要があるの」


 柴原さんは私の方を見て、ゆっくりと答える。


 どうやら柴原さんは私を疑っていないらしく、態度がナチュラルっぽい。


「そうそう。そうなのに琥珀糖が余るっておかしいじゃない? だから文芸部に調べてもらうことにしたの」


「調べてくれるのは田原本たはらもとさんと広陵くんでしょう。たいしたことじゃないのに、有名な人を巻き込むのはちょっと・・・・・・」


 柴原さんは落ち着いてキラキラ女子に答えてから、私の方を見る。


 入学してから一ヶ月も経っていないし、ゴールデンウィークもまだだ。それなのに私とかうくんはこの高校で有名になったらしい。別に私とかうくんもたいした人じゃないんだけど。







「えっと藤川さんはお祝い会にも出ていないし、買い物をしていないから、状況を知らない。買い物をした柴原さんはちゃんと指定されたどらやきと琥珀糖を買ってきたと。そんないつもと同じはずなのに、いつもとは違って琥珀糖が大量に残されていた」


 文芸部の部室で私が野球部で聞いた話をしていると、かうくんはこんな風に話をまとめた。


 文系部の部室には、私とかうくんしかいない。大抵の文系部員は自宅で小説を書いているので、部室へはこない。そんなわけで謎解きメインのかうくんしか部室にはいないってわけだ。


「そうらしいよ。別のお菓子を部員が持ち込んで、それを食べたんじゃないかな? ルールを作った藤川さんがお祝い会に出なかったのなら、その可能性がある」


「それもそうだね。じゃあ一度和菓子屋へ行ってみよう。どういうお菓子を買ったのか知ったら、理由が分かるかも」


「そうだね」


 そこでかうくんと一緒に、藤川さんがお祝い会で必ず和菓子を買うお店へ向かう。とはいっても和菓子屋はこのあたりに一つしかないから、必然的にいけるお店は決まっているのだけど。


 和菓子屋へ行くことなんて、私はない。かうくんは高校の近くのお店へ行くことがないらしく、うまくつくかは不安だ。


「あっあそこだよ」


 かうくんがあっさり和菓子屋を見つける。和菓子屋はあまり印象には残らない感じの店で、和風というよりは外装は洋風の家みたい。


「なんか和菓子屋っぽくない」


 本当にここか? そう思いつつも、かうくんに続いてお店の中へ入る。


 店内にはしっかり和菓子が並んでいて、ここが洋風っぽいお店ではない。高校の近くだし、藤川さんがさっき見せてくれた琥珀糖もある。ここが昨日お祝い会で柴原さんが買い物をしたお店なのだろう。


「そうだね。琥珀糖もある。すあまもあるし、甘いおせんべいもあるし、和菓子メインだから和菓子屋だよ」


 かうくんは和菓子屋の中をよく見ている。もうすぐゴールデンウィークというからか、柏餅やちまきもある。


「琥珀糖はあるけど、どらやきはどうだろう? 練り切りが多い感じで、豆大福もある」


 とはいえどらやきらしいお菓子は見つからない。10人も入らなそうな和菓子屋の店内で、2人で探しているのにもかかわらず見つからない。


「ここにみかさやきっていうのはある」


 どらやきそっくりのみかさやきってお菓子を、かうくんは指さす。


「たしかにどらやきっぽい。でも名前がみかさやき」


 どこからどうみてもみかさやきはどらやきっぽい。でもみかさやきとどらやきは名前が違う。


「そこのお嬢さん達。このみかさやきは、本当はみかさって名前です。奈良で俺が修行して作れるようになった特別なみかさであって、どらやきではありません」


 金に脱色された髪が特徴的な、KPOPアイドル風イケメンがやってきた。話からすると、このイケメンがこのみかさを作ったのだろう。


「元々みかさであって、どらやきではないのですよね? ではなんでみかさやきって名前ですか?」


「みかさって地名にもありますから。お菓子だってわかりやすいように、みかさやきにしました」


 いやわかりやすいというか、独自の名前になったからよりわかりにくくなったような気がする。


「ありがとうございます。ということはどらやきがほしいのなら、別のお店にいくしかないのでしょうか?」


「そうですね。昨日お嬢さん達と同じ高校の、別のお嬢さんにもそう答えましたよ。これはみかさやきであって、どらやきではありませんから」


 店員さんは自信満々そうだ。昨日ということなら、店員さんの言うお嬢さんは柴原さんのことだろう、多分。


「ではそのどらやきがほしい人は、どうしたのでしょうか?」


「みかさやきを買わずに、琥珀糖だけを買ってお店から出ました」


 どうやら柴原さんはみかさやきは買っていないらしい。となればどらやきは、この店以外で手に入れたのだろうな。


 店員さんが言うお嬢さんが、柴原さんだと仮定したらそうなる。


「ありがとうございます。ボクもどらやきがほしいので、別のお店へ行きます」


 かうくんはお嬢さんと呼ばれたのがいやだったのか、冷たく答える。


 かうくんはトランスジェンダー男性なのもあってか、女性扱いされるのを嫌がる。私はかうくんのことを落ち着いた男子だと思うけど、残念なことにみんながみんがそう扱っているわけじゃない。


 そこで二人して、和菓子屋から出る。


「次はどこに行くの?」


「近くのスーパー。どらやきが売っているかどうか見る」


 そこで和菓子屋のすぐ近くにあるスーパーへ、私たちは向かう。


「色々な種類のポテトチップスがある」


「おまけに安いし、何か買いたくなる」


 お店に入ってすぐのところにあるポテトチップス。それらに私とかうくんはつい気になっちゃう。一袋どれも百円なんて、これは買うしかないね。


 でも今はどらやきを探すのが大事。


「あっどらやき売っていたよ」


 かうくんが和菓子コーナーで、どらやきを見つけたらしい。


 いちごだいふく、もみじまんじょう。色々な和菓子に混じって、どらやきも売っている。


「ここではみかさやきじゃなくて、どらやきなんだ」


「どらやきって呼ぶ方が多いよ。それに藤川さんが買ってくるように頼んだのも、どらやきだから」


 かうくんの言うとおりだ。どらやきが必要だったら、和菓子屋よりもここだろう。










「ここのどらやきはたくさん売っている、一つ100円なんだ」


 かうくんの言うとおり、どらやきは40個くらい積んである。なんだろう? さっきのみかさやきも大量に売っていたし、ここら辺ではやっているのかな?


「ということはここでどらやきを柴原さんは買ってきたのかな? ここで売っているのはみかさやきじゃなくて、どらやきだから」


 さっき行った和菓子屋で琥珀糖を買ってから、柴原さんはここでどらやきを買った。そういうことになるのかな? でもどこのお店で買ったのか分かっても、琥珀糖がなぜ大量に余ったのかは分からない。


「ここのスーパーは安い。どらやきが一つ百円で、ポテトチップスも一袋百円。百均みたい」


「そうだね。百円の物が多い」


 とはいえ和菓子の中には百円未満のものもあるから、ここが単に安売りのスーパーなだけかもしれない。


「じゃあさっきの店のみかさやきよりも、こっちのどらやきのほうが安いかもしれない。値段を確認するために、戻ろうか」


「そうだね」


 あの私たちをお嬢さん扱いした店員のいる和菓子屋へは戻りたくないだろうけど、値段を知るためには仕方ないとかうくんは思っているのかな。そこら辺は分からない。


「そういえばうちの高校の野球部がここの和菓子屋で大量のみかさやき、それから琥珀糖を買うそうです。昨日は琥珀糖しか買っていませんか?」


 と和菓子屋に着くたび、店員さんにかうくんが聞いている。


「そうです。いつもはみかさやきを大量に買ってくれるのですが、昨日はどらやきじゃないとだめだっていう理由で買ってくれませんでした。いつもの人じゃなくて、知らない人たちだったから仕方ないかもしれません」


「琥珀糖を買ってきた野球部関係者は一人じゃなかったんですか?」


 それは意外だ。柴原さんが一人で買いに来たと、私は思っていたから。


「いえ男女2人組です。多分1人は野球部の部員で、もう1人がマネージャーです」


 ということは買い物に関わったのは、マネージャーの柴原さんと、ほかに野球部の部員がいたらしい。


「そもそもなんで野球部は、このお店で和菓子を買うのか分かりますか?」


 私には分からない。近くにお菓子を安く売っているお店があるから、そこで買えばいいと思う。別にお祝い会で、琥珀糖とどらやきを食べないといけないってルールはないんだし。


「実は野球部のマネージャーをしている藤川夢唯さんはこのお店の常連なんです。毎日のように羊羹を買ってくれるのです。それもあって野球部関連のお菓子も、このお店で買うように藤川さんが決めてくれました」


 KPOP風イケメンはにこにこと答える。


 そうか藤川さんはこの和菓子屋が大好き。そこでこのお店でよく買い物をするし、野球部関連の買い物もここでしている。


「じゃあみかさやき2つください」


「600円になります」


 かうくんがみかさやきを買っている。2つで600円か、さっきのスーパーならどらやきが6つ買うことができるほどに高い。


「ありがとうございます」


 かうくんがみかさやきを受け取ってから、慌てて店から出る。


「とりあえず野球部が和菓子を好きで好きでたまらないからお祝い会に琥珀糖とどらやきにしているわけじゃないってことは分かった。藤川さんが和菓子屋の売り上げを上げるためにしているんだ」


「もしかしたら琥珀糖、野球部の部員はあまり好きじゃないかもね」


 かうくんと私の2人で今までの話をまとめる。


 今のところ和菓子屋で琥珀糖を買って、スーパーでどらやきを買ったことは分かった。でもなんで琥珀糖が大量に余っているのか、それはまだ分からない。でも少しずつ何か分かってきたような気がする。


「野球部の人にも話を聞くか」


 かうくんの提案で、野球部が練習しているところへ私たちは行く。


「すみません。行きつけの和菓子屋じゃなくて、なんでスーパーでどらやきを買ってきたんでしょうか?」


 かうくんが大きな声で、野球部が練習しているところへ向けて叫ぶ。


「そんなわけないよ。藤川さんの指示通りにしています」


 野球部の活動している中から1人が私たちに近づき、そう答えた。


「じゃあ昨日のお祝い会の領収書あとで見せてもらいます。そうしたら分かりますから」


「領収書はもらっていないしレシートは捨てたよ。一応ノートに金額を書いておいたから大丈夫だろう。どらやき1つ300円で、琥珀糖は900円ってね」


 スーパーのどら焼きは1つ100円で、和菓子屋のみかさやきは1つ300円。300円のどら焼きなんて存在しないし、さっき和菓子屋の店員が野球部の人がみかさやきを買っていないことを言っている。


 ならばこの野球部員の話は、嘘に違いない。











「ところで昨日のお祝い会の買い出し、マネージャーの柴原さんだけじゃなくて、部員も行ったんですか?」


「俺も行った。補欠だからな。いつもは藤川さんが1人でなんでもやろうとするけど、柴原さんは手伝いを受けれてくれるからありがたい」


 運良く昨日お祝い会の買い物へ行った人が、かうくんの質問に答えてくれたらしい。いや買い物へ行ったから、かうくんの話に気になったかもしれない。


「ところで藤川さんはなぜあの和菓子屋で買い物するのでしょうか? みなさんの希望ですか?」


 私がふと気になったことを聞いてみる。


「そんなわけねーぞ」


「和菓子よりもマックが食べたいっ」


「そうそう。むしろ琥珀糖にはうんざりしている」


 かうくんと話していた人じゃなくて、野球部の活動をしている皆さんが大きな声で答えた。


 この様子から見て野球部の部員が和菓子を求めていたのではなく、藤川さんが和菓子屋を応援するために買っていたのだろう。


「和菓子屋の店員のことを藤川が好きなんだ。それで店員にいい顔見せたくて、和菓子を買っているんだ」


 これはどうだろう、恋愛なんて個人的なことだから本当かどうかは分からない。でもこう言いたい人がでるほど、藤川さんの個人的な事情で、和菓子屋で琥珀糖とか買っていたんだ。


「そうですね。和菓子も素敵ですけど、ほかのお菓子だって食べたくなります。それに昨日和菓子が大量に残されたこと、藤川さんはみなさんが別のお菓子をお祝い会で食べたんじゃないかって疑っていますよ。なんせ藤川さんは文芸部に琥珀糖が大量に余った謎を解くように頼みましたから」


 そうかうくんは落ち着いて、話す。これで野球部員が素直に答えてくれるといいのだけど。


 藤川さんは多分お祝い会でどらやきと琥珀糖以外のお菓子を食べたなんて思っていないはず。だからこそ琥珀糖が大量に余ったのが、不思議な謎だと藤川さんは考えたのだろう。


 でもよく考えればいつかはお祝い会で別のお菓子を食べていたことに、藤川さんは気づくだろう。


「和菓子屋のみかさやき1個300円で、スーパーのどらやきは1個100円です。となればみかさやきとどらやきのあまりは200円です。この200円あればスーパーでポテトチップスが2つ買えます。レシートや領収書は捨てたのですね。ならばどらやき1個100とポテトチップス2袋で200円を、どらやき300円にできますよ」


 かうくんはとどめに、推理を披露する。


 レシートや領収書がないなら、証拠はないも同じだ。そして金額が同じならば、これから必要以上に突っ込まれることはない。藤川さんのように琥珀糖が大量に残ったから問題視しない限り。


「そうだな。広陵さんの言うとおり、スーパーでポテトチップスを大量に買ったんだよ。みかさやき1つよりも、ポテトチップス2袋とどらやきの方がいいって」


 さっき買い出しに行った人が、かっこよく答えた。


氷室ひむろ先輩の言うとおりだ。絶対そっちの方がいいって」


「ポテチおいしいし」


「1人2袋のポテチ、まじで幸せだった」


 買い出しに行った人を擁護するように、ほかの部員が叫ぶ。どうやらみなさん、よほどポテトチップスが食べたかったようです。


「教えていただきありがとうございます。では失礼します」


 かうくんはお礼を言って、野球部の活動場所から離れる。


「ありがとうございました」


 私はお礼を言って、ついていく。


 そして文芸部の部室へ、私たちは向かう。


「謎は大体解けたね。要するに和菓子よりもほかのお菓子が食べたかったんだ。それでほかのお菓子を食べた結果、琥珀糖は余ったと。どらやきはお菓子としてよく食べられるけど、琥珀糖はそうじゃないから、余ったかもしれない」


「きっとそうだね。そもそもみかさやきじゃなくてどらやきを買わなくちゃいけないと柴原さんが思っていて、それに便乗して野球部の部員がスーパーでポテトチップスを買わせたかも」


 かうくんはさらりと語る。確かに柴原さんは『指示されたとおりにどらやきと琥珀糖を買いましたし、部費以外ではお菓子を買っていません』と答えていた。メモで指示されたとおりにみかさやきじゃなくてどらやきを買ったし、余った部費でポテトチップスを買った。その事実がこの言葉に含まれた意味だったのだろう。


「そういう可能性もある。じゃあ謎解きのことをこの紙にまとめておいたから、藤川さんのところへ持って行って」


「わかった」


 藤川さんはかうくんのことを快く思っていなさそうだし、私が行った方がいいでしょう。


 そこで1人で、野球部の部室へと向かう。


 部室には藤川さんと柴原さんの2人がいて、2人ともポカリスエットを水筒に詰めている。


「藤川さんすみません。琥珀糖のことについて考えてみました」


 私はかうくんから預かった紙を、藤川さんに渡す。


「ありがとうございます。もしかして春子ちゃん、スーパーでどらやきを買った?」


 メモを見てから少し経った後、藤川さんは冷たい声で柴原さんに訪ねる。


「和菓子屋にどらやきはありませんでしたから。スーパーでどらやきを買いました」


 ポカリスエットを水筒に入れながら、淡々と柴原さんは答える。


「実はどらやきってみかさやきのことなの。だからこれからはみかさやきを買ってきて。もちろん買い物に行くお店は和菓子屋で、ほかのお店には行っちゃだめ」


 冷たく藤川さんは、柴原さんに告げる。


「かしこまりました。次はみかさやきと琥珀糖を和菓子屋で買います」


 もしかしなくてもこれって、野球部の部員にとってはピンチかもしれない。


 柴原さんはこれからみかさやきを買うだろう。そこでどらやきとポテトチップスの2つを買うのは難しくなる。


 自分で買い物するだけでなく、他人にも和菓子屋での買い物を強制する。これはもしかして本当に、和菓子屋の店員のことが柴原さんは好きなのかな?


 恋ですべて済ませないけど、ついそう思ってしまった。


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