第94話「AI導入と医師の葛藤」
倉橋のインタビューを通じ、AIセカンドオピニオンが地域医療の希望になる可能性を再認識した修士郎たち。課題と使命が明確になった。
厚生労働省がAIセカンドオピニオン導入を正式発表したことで、医療界には大きな衝撃が走った。プロジェクトを進める高梨のもとには、連日メディアや医療関係者からの問い合わせが相次ぎ、対応に追われていた。とりわけ、医師会の反応は敏感だった。レイラは長谷川を筆頭とした医師会幹部たちとの協議を再開したが、依然として両者の溝は深かった。
一方、修士郎は大学病院で実証実験への医師の参加促進に向けて奔走していたが、現場の医師たちは不安や疑念を隠せずにいた。特に中堅の医師たちは、自分たちの診断がAIによって数値化され、評価されることに激しい抵抗感を示していた。ある医師は修士郎に「もし私の診断がAIの判断と違っていた場合、その評価が低いと公表されるのか?それでは医師としての自尊心が保てない」と強い口調で訴えた。
修士郎は慎重に言葉を選び、「AIの評価は医師の能力を貶めることが目的ではありません。あくまで患者がより信頼できる医療を選択するための判断材料の一つであり、診療の精度向上を促すきっかけになると考えています」と答えたが、医師の表情には納得の色は浮かばなかった。
修士郎が葛藤する中、レイラは高梨と進捗を共有した。レイラは冷静ながらもどこか疲れた様子で言った。「修士郎の現場報告通り、医師の不安や抵抗感が強まっているわ。AIが提示する診断結果を『正解』と見なすのではなく、あくまでも『比較対象』として活用する意識付けが必要ね」。高梨は静かに頷きつつ、「AI導入が医療現場に真に受け入れられるためには、我々の側からも柔軟なメッセージ発信が必要だな」と答えた。
そんな中、メディア関係者の倉橋が再び取材に訪れた。倉橋は「AIが医療を支援するのは理解できるが、それを医師の能力評価として表現するのは反発を招く。もっと前向きなイメージを与えなければ」と高梨に提言した。高梨は倉橋の言葉に耳を傾け、AI導入の目的を「医師と患者が共に進化する医療改革」と再定義し、世間への発信方法を見直す決意をした。
修士郎は改めて大学病院に戻り、実証実験に参加する医師たちとの個別面談を重ねた。彼は医師たちの懸念を丁寧に聞き取りながら、AI活用が診療現場にもたらす具体的なメリットを説明した。「AIが示すデータや判断と、医師自身の知見を融合させることで、患者一人ひとりに対して最適な治療法を模索できる。決して医師の存在価値を損なうものではなく、むしろその存在価値を明確にする支援ツールだと考えています」。修士郎がそう言うと、医師の一人が重い口を開いた。「自分の診断がAIとずれたときに、それを患者が知ることで信頼関係が崩れるのが怖いんだ」。それに対し修士郎は、「だからこそ、患者とのコミュニケーションのあり方も含めて、新しい医師像を再構築する機会だと捉えるべきではないでしょうか?」と穏やかに返した。
修士郎の地道な説明が功を奏し、少しずつではあるが、実証実験に前向きな医師が増え始めた。特に若い医師たちは、「自分の診断能力を客観的に評価できる良い機会かもしれない」と、積極的に参加を決める者も現れた。
その晩、修士郎はレイラとともに報告書作成に取り組んだ。二人はプロジェクトの意義を再確認し、医師たちが懸念する点を解消するための施策を整理していった。「医師の診断能力をAIが評価するのではなく、AIとの比較により医師自身が自己研鑽を積むきっかけを提供する」という結論にまとまりつつあった。
報告書をまとめ終えた修士郎は、改めて医師とAIが協調する医療の未来を描き直した。次なる課題は、このビジョンを日本医師会やメディアを通じて、より広く理解させることだと感じた。プロジェクトは着実に前に進みつつあったが、AIの導入がもたらす社会的な影響の大きさに修士郎はあらためて身を引き締めた。