第7話「予感と衝突、そして小さな一歩」
デジタルネイティブの新人・真鍋の加入でチームに新風が吹く。AI活用の誤解や保守派の抵抗に直面しつつも、修士郎は新たな一歩を踏み出す。
朝のオフィスに入るや否や、鳳 修士郎はデジタルネイティブ新卒の真鍋 航と顔を合わせた。前日に保守派管理職へのヒアリングを実施した真鍋は、早くも大量のメモをまとめてきたらしい。
「おはようございます、鳳さん。いやあ、現場は意外とAI導入に前向きでしたよ。問題は上の世代というか、“コントロールを奪われる”って不安みたいです」
「なるほど。やっぱり権限や責任の所在が曖昧になるのを嫌がってるのかもしれないな。いい材料を集めてくれたね」
修士郎は真鍋のファイルを手に取り、パラパラと目を通す。箇条書きされた意見のなかには「AI導入で仕事が減るかもしれない」「AIエラー時の責任は誰が負うのか」など、これまでの案件でもよく耳にした不安や疑問が並んでいた。それでも、現場社員たちが比較的ポジティブにAIを捉えているのは吉兆だ。
ちょうどそこへ、高梨 柊一がやってくる。彼はシニアマネージャー昇格を目前に控え、既存プロジェクトの全体を俯瞰しつつ、新たな案件の獲得にも力を入れている立場だ。
「鳳さん、真鍋くん、昨日の若手社長から連絡が入った。新規事業の方向性を再調整したいらしい。AI導入が思ったより順調なぶん、もっと攻めたサービスを検討できないかってさ」
「お、いい流れだな。保守派への対応が一段落したら、今度は攻めの提案か」
修士郎はファイルを閉じ、意欲をにじませる。近頃は受け身の調整役が多かったが、本来の自分は“新規事業創造”こそ得意とするビジネスプロデューサーだ。
昼前には、若手社長の会社とのオンラインミーティングがセットされた。真鍋も同席させ、学びの場とすると同時に、デジタルネイティブ視点での意見を期待している。
画面越しに映る社長は、まだ30代前半だが堂々とした雰囲気を漂わせる。彼は開口一番、「あの稟議も通ったし、もう一段ギアを上げたい」と興奮気味に語った。
「AIがここまで成果を出せるなら、工場ラインの完全自動化も視野に入れたいんだ。少なくとも、試験導入くらいは早めにやりたい」
「工場ラインの完全自動化……結構大きなテーマですね。現場との衝突は覚悟しなきゃいけない」
修士郎は冷静に返しつつ、社長の攻めの姿勢に内心わくわくしていた。だが、ライン作業を担う社員たちが「AIや機械に仕事を奪われる」と思わないよう慎重な説明が必要だろう。
すると真鍋が思い切って口を挟む。
「社長、その自動化の意義を“新しいスキルを身につける機会”として現場に提示するのはどうでしょう? 単なる置き換えじゃなく、次のキャリアへステップアップできるってイメージを出せば、前向きに捉えてもらいやすいかと」
社長は意外そうに眉を上げ、画面の向こうで頷きつつ、「面白いね。具体案を詰めてもらえる?」と頼んでくる。修士郎はすぐに高梨と目配せし、真鍋が短期間でここまで踏み込んだアイデアを出したことに少し驚きを覚えながらも、その柔軟な思考を高く評価した。
ミーティング後、修士郎たちは意見交換しながら早速プランを練る。AI導入が生む効率化と、そこで余剰となった人材をどう活かすか――これは多くの企業で懸念されるテーマだ。
高梨は資料を整えながら、「若手社長は勢いがあるけど、現場との合意形成は慎重にしないとね」と呟く。
「そうだな。でも若い社長の冒険心に巻き込まれるのも悪くない。俺たちが緩衝材になって、両者の不安を拭えればいいんだから」
修士郎も思わず笑みをこぼす。自分と同じくIT分野に強い妻が監査法人で奮闘している姿と重ね合わせると、「攻めの改革」を推し進める人々をサポートするのも悪くないと思えるのだ。
その日の夕方、妻から連絡が入る。「外資系監査法人で大規模なAI導入チェックがあり、週末は出張かもしれない」とのこと。揚羽は相変わらずAI学習やイラスト制作に夢中だが、学校行事も多く、どうやり繰り合わせるか悩みどころだ。
「まあ、時代が動いてるってことだよな」
修士郎はスマートフォンを握りながら小声で呟く。自分と妻もAI業界最前線でそれぞれの役割を果たしており、娘もまたAIを活用した学びを続けている。だからこそ、日々のすれ違いと調整は避けられないが、それを乗り越えれば新しい家族の形が見えてくるかもしれない。
帰社直前、真鍋が修士郎を呼び止めた。
「鳳さん、ちょっといいですか? さっき社長との打ち合わせで出た“完全自動化”のプラン、早めに叩き台を作ってみたいんです。よければ週末にでも試案をまとめて、共有します」
「いいね。高梨にも相談しながら進めてくれ。もし手が足りなかったら言ってくれよ」
真鍋は勢いよくうなずいてデスクへ戻っていく。彼の背中を見送りながら、修士郎は「若さに引っ張られるって悪くないな」と思う。AIと経営を掛け合わせるビジネスプロデューサーとして、このデジタルネイティブの存在はまさに追い風だろう。
一方で、現場からどう反応が返ってくるかは未知数だ。保守派の管理職や熟練技術者たちは、AI導入による“居場所の喪失”を恐れている。攻めの姿勢と守るべき伝統、そのはざまで衝突が起きるのは避けられないだろう。
「でも、そこをうまく乗り越えるのが俺たちの仕事。高梨がシニアマネージャーになれば、さらに上の視点でサポートしてくれる。俺は現場で汗をかいて、若手や経営層を橋渡しして……」
頭の中で今後のプランを描きながら、修士郎は社内の灯りを見渡す。思えば、数年前まで「AIが経営に入り込む」なんて話は夢のようだった。今では新人が当たり前のように生成AIを使いこなし、新たな改革プランを提案している。時代の流れの速さを実感しつつ、修士郎はやる気に満ちた足取りでオフィスを後にした。
「次の一歩は大きな山場になりそうだ」
心を弾ませながら、夜の丸の内を歩く。家族、若手コンサル、そして企業の未来が、AIという大きな潮流に乗って少しずつ動き始めているのを感じるのだった。