第62話「セクハラ客、修士郎」
キャバクラ「LUX ROUX」のAIドリブン改革が始動。優奈が主導し、修士郎はサポート役として現場検証に参加。玲奈の提案により、修士郎は“セクハラ常習客”役を演じることに。黒服の指導付きで、模擬接客と同伴・アフターの疑似体験を行うことが決定。破天荒なプロジェクトの幕が上がる。
夜の帳が下りる前、キャバクラ「LUX ROUX」の店内はまだ準備段階にあった。キャストたちは鏡の前でメイクを仕上げ、黒服たちはホールの最終チェックに忙しい。そんな中、修士郎はソファに座り、深いため息をついていた。
「本当にこれをやるのか…?」
隣で資料を確認していた優菜が顔を上げる。
「やるに決まってるじゃないですか。データだけでは現場の問題は見えません。修士郎さんには、キャストが日々どんな接客をしているのか体感してもらいます」
「体感って、お前な…俺は普通の客じゃないだろ?“セクハラ常習客”だぞ」
「はい。なので、しっかり演じてください」
「真顔で言うな」
「黒服の黒木さんが、適切なセクハラ指南をしてくれますのでご安心を」
「いや、全然安心できないからな」
そうこうしているうちに、黒服の黒木直樹が近づいてきた。
「準備できましたよ、修士郎さん。さあ、セクハラの極意を学びましょう」
「学びたくない!」
しかし、優菜の鋭い視線が飛んでくる。修士郎は観念した。
「……やりますよ、やればいいんだろ」
「意気込みが足りませんね。お客様になりきらないと、リアリティがありませんよ」
黒木がイヤホンを渡してくる。これをつければ、黒木からの“セクハラ指導”がリアルタイムで届く仕様になっていた。
「さあ、行きましょう。まずはNo.1キャストのひなたさんとの接客からです」
修士郎はしぶしぶ立ち上がり、キャストたちが待つ席へ向かった。
テーブルには、すでにキャストたちが座っていた。桜井ひなた、朝比奈美咲、藤宮玲奈、そして他のキャストも揃っている。彼女たちは状況を理解しており、あくまで研修の一環としてロールプレイに臨んでいるとはいえ、修士郎はこの場にいるだけで気まずかった。
ひなたが笑顔でグラスを手にしながら言う。
「じゃあ、修士郎さん。今日はお客様として楽しんでいってくださいね」
「え、ああ…よろしく…」
すると、イヤホンから黒木の声が飛んでくる。
「修士郎さん、そんな普通の挨拶じゃダメですよ。“ひなたちゃん、俺のことだけ見てよ”ぐらい言ってみてください」
「無理だろ!!」
「やらないと研修になりません」
優菜が冷静に言い放つ。修士郎は頭を抱えた。
「……ひなたちゃん、俺のことだけ見てよ」
ひなたは微笑を浮かべたまま、シャンパンを手に取る。
「もちろん、今は修士郎さんだけ見てますよ。でも、他のお客様にもそう言われると困っちゃうなぁ」
「これは見事な交わし方ですね」
黒木が感心した声をイヤホン越しに送ってくる。
「じゃあ次は、ひなたさんの肩に自然に手を置く流れを作りましょう」
「絶対無理!!」
「自然にですよ、自然に」
ひなたは笑いながら首をかしげた。
「修士郎さん、なんか怖がってません?」
「いや、まあ…」
その時、隣の美咲が口を開いた。
「私がやりましょうか? AIのデータによると、こういう場面では軽く触れられるのが最も自然な流れなんです」
美咲は軽く修士郎の腕に触れた。たったそれだけなのに、修士郎の体は一瞬硬直した。
「……うまいな」
「AIによる分析の結果です」
「AIでセクハラの最適解を探すな!!」
その後もロールプレイは続き、修士郎は黒木の指示に従いながら、キャストたちの接客スキルを試す役割を果たした。美咲や玲奈はデータを活用して巧みに対応し、ひなたは従来の接客術で切り返す。
しかし、最大の問題が最後に待っていた。
「じゃあ、次は優菜さんの番ですね」
優菜は予備キャストとして体験入店していたが、当然、修士郎と接客する予定はなかった。しかし、流れで彼女とのロールプレイも行うことになってしまった。
「修士郎さん、私のこと口説いてみてください」
「……は?」
「さっきまでの流れですよ? お客様として接客されるのを体感しないと」
優菜がニヤリと笑った。
「いや、お前は違うだろ!!」
しかし、黒木の指示は容赦なかった。
「修士郎さん、これは教育の一環です。思い切っていきましょう」
修士郎は完全に追い込まれていた。
「……優菜ちゃん、俺のことだけ見て?」
「へぇ、そういうのが好きなんですね?」
「おい、やめろ」
「で、シャンパン入れてくれるんですか?」
「そういう流れかよ!!」
ひなたは楽しそうに笑っていた。
「修士郎さん、優菜ちゃん相手だと意外と余裕ないんですね?」
「お前が仕組んだんじゃないのか??」
ロールプレイが終わった後、修士郎はぐったりとソファに倒れ込んだ。
「……コンプライアンス的に問題はなかったか?」
「大丈夫ですよ。むしろ修士郎さんが一番被害者だったかも」
優菜が笑いながら言った。
「ただし、次は“同伴とアフター”の模擬体験が待ってますからね」
「……マジか」
修士郎の試練は、まだまだ終わらなかった。