第61話「破天荒なキックオフ」
Orion AIの市場浸透が進み、Human Evolutionキャンペーンは成功裏に終わった。AIは単なる業務効率化ツールではなく、人間の知的進化を促す存在として市場に定着。修士郎たちは次の挑戦へと進む。次なるクライアントはキャバクラ業界。AIを駆使した新たな経営改革が始まる。
ライジング・ストラテジー・パートナーズの会議室に、藤崎玲奈が静かに座っていた。テーブルにはキャバクラ「LUX ROUX」の売上データや、キャストごとの営業成績、AI導入に関する資料が並べられていた。
プロジェクトキックオフのために、修士郎と若手コンサルタントの川原優菜が同席していた。このプロジェクトは優菜が主担当であり、修士郎はフォロー役という立場だ。
「まず、今回のプロジェクトの目的ですが、AIを活用してキャストの営業活動を最適化し、安全性を高めつつ、売上を向上させることです」
玲奈が簡潔に説明を始める。
「これまで、データドリブン経営で試行錯誤してきましたが、成果は限定的でした。個々のキャストの営業スタイルが確立しており、そこに干渉しすぎると逆効果になりかねない。しかし、AIを使えば、個々の営業スタイルに適応しつつ、最適化を図れると考えています」
修士郎は資料に目を落としながら頷いた。
「データを見る限り、AI導入へのキャストの反応は分かれていますね。特にNo.1キャストの桜井ひなたは、従来型の営業にこだわり、AI活用に否定的なようです」
「ええ。対照的に、No.2の朝比奈美咲とNo.3の藤宮玲奈は、AI営業に積極的です。彼女たちはすでにデータドリブンの手法を活用し、売上を伸ばしています」
「それでも、ひなたの営業成績は頭一つ抜けている。つまり、従来型でもトップになれるが、問題は持続性ですね」
優菜が資料をめくりながら言った。
「その通りです。ひなたはトップに君臨しているものの、太客とのアフターが増え、体力的にも精神的にも負担が大きくなっている。それをAIで最適化し、負担を軽減しながら売上を維持・向上できる仕組みを作るのが今回の課題です」
玲奈の言葉に、優菜が頷いた。
「まずは、現場の状況をしっかり理解する必要がありますね。データだけでは分からない、実際の営業の流れや、キャストと顧客の関係性を分析するべきです」
「ええ。そこで、現場検証をお願いしたいのですが…」
玲奈が視線を向けたのは、修士郎だった。
「……俺?」
「修士郎さんには、模擬接客で“セクハラ常習客”役を担当してもらいます」
「……は?」
「キャストの対応力や黒服のフォロー体制、AIを使ったトラブル防止の有効性を検証するためです」
「ちょっと待て。俺、今“セクハラ常習客”って聞こえたんだけど」
「聞こえましたね」
優菜がさらっと言いながら資料を閉じる。
「待て待て、そんな役割、俺以外にいるだろ」
「セクハラ客を演じるのに適任な人材がいませんでした。役員クラスの方々には頼めませんし、黒服にやらせるわけにもいきません。修士郎さん、ここはプロジェクトのために割り切ってください」
「いやいやいや、俺、サポート役で来たはずなんだけど?」
「サポート役だからこそ、優菜の指示には従ってもらいます」
「おい、俺はお前の部下じゃないぞ」
「プロジェクト責任者は私ですので、私の指示が最優先です」
そう言われてしまえば、何も言えない。修士郎は肩を落とした。
「しかも、黒服の黒木直樹が“セクハラ指南”を担当します」
「……セクハラ指南?」
「修士郎さんが“良質なセクハラ客”を演じられるよう、黒木さんがイヤホンマイクを通じて指導してくれます」
「……ちょっと待て。良質なセクハラ客って何だ?」
「適度に不快で、キャストがどこまで受け流せるかを試す、ある意味リアルな客を演じるということです」
修士郎は絶句した。
「……これは、勉強代が高くつきそうだな」
玲奈は微笑を浮かべた。
「もうひとつ、修士郎さんには“同伴とアフター”の模擬体験もお願いします」
「……何?」
「客が同伴やアフターを求める際の流れを確認するため、修士郎さんには“強引に”キャストを誘ってもらいます。もちろん、黒木が影で同行し、適切なセクハラ指導をイヤホンでお伝えします」
修士郎は頭を抱えた。
「お前ら、俺を何だと思ってるんだ…」
「優菜、セクハラの範囲を超えたらちゃんと止めろよ」
「もちろんです。ただ、問題はその“範囲”の基準ですね。今回、基準を学ぶいい機会だと思います」
「……そうだな。もう諦めたわ」
修士郎はため息をついた。
こうして、真面目なキックオフから一転、修士郎は“セクハラ客役”を演じる羽目になった。