第6話「新卒の風、見えない波紋」
修士郎はAI導入の試算を進めながら学校の保護者説明会へ。揚羽の活用が誤解を生む中、AIの本質が見え始め、保守と革新の共存に一歩踏み出す。
翌週の朝、鳳 修士郎は少し早めにオフィスへ向かった。今日は2025年度の新卒入社社員との顔合わせが予定されており、その中には自分のチームに配属されるデジタルネイティブ世代のコンサルタント候補も含まれている。
エレベーターを降りてフロアに入ると、すでに同僚の高梨柊一が慌ただしく動き回っていた。彼は今、シニアマネージャー昇格を控えた準備期間にあり、以前より一段上の視点でプロジェクト全体をマネジメントしている。
「おはよう、高梨。もう新人が来てるのか?」
「鳳さん、おはようございます。はい、受付に着いたそうです。真鍋って子がうちのチームに参画予定で、すぐ案内するように言ってます」
「真鍋……どんな奴なんだろうな」
修士郎が雑談を交わしていると、若い社員がエントランスから入ってくるのが見えた。明らかにフロアの雰囲気とは違う新鮮な空気をまとい、期待と緊張がないまぜになった眼差しで周囲を見回している。
「おはようございます! 本日からお世話になります、真鍋 航です!」
修士郎と高梨のもとへ一直線に来ると、真鍋は深々と頭を下げた。言葉遣いは丁寧だが、どこか砕けた調子も感じられ、まさにデジタルネイティブらしい柔軟な雰囲気だ。
「おはよう、真鍋くん。俺は鳳修士郎。ビジネスプロデューサーとして、いまのチームを担当してる。で、こちらが高梨シニアマネージャーだ」
「正確には、もうすぐシニアマネージャーになる予定なんだけどな。まあよろしく」
高梨が軽く肩をすくめる。真鍋は人懐っこい笑みを浮かべ、すぐにノートPCを開いてみせた。
「実は昨夜、会社のニュースリリースをAI要約して頭に入れてきました。プロジェクトの概要も一通り把握できてると思います」
その言葉に修士郎は目を見張る。さっそく“生成AI”を活用しているのだろう。いわゆる調査やリサーチをスピーディにこなす姿勢に「新卒らしからぬ積極性」を感じると同時に、AIへの依存が強すぎないか一抹の不安も生まれる。
「頼もしいな。ただ、AIが出す情報は表面的なものが多いから、現場の事情は自分の目で確かめないとな」
「もちろんです! 僕、フィールドワーク大好きなんで、まずはクライアントの現場に行かせてほしいんです」
高梨が苦笑しながらうなずく。経験豊富な彼からすれば、新人が現場でぶつかる壁も想像がつくだろう。しかし、若いエネルギーがチームに入るのは大歓迎だ。
朝礼が終わり、会議室では社内プレゼンの準備が進められている。今回のテーマは、「大手メーカーA社の新規サービスにおけるAI導入効果の中間報告」。すでに導入が進み、前回の稟議で決定した施策をどのように実行しているかの経過を示す必要がある。
「真鍋くんは、ここで初めてうちのプロジェクトの“本質”を見ることになるかな。資料を見ただけじゃわからない“温度差”があるんだよ」
修士郎がそう言うと、真鍋は画面の資料を再度眺めながら首をかしげる。
「確かにデータ上は順調そうですけど……保守派の管理職が反対してるって話も聞きました。どうやって折り合いをつけるんです?」
「そこが俺たちの腕の見せどころだ。数字じゃ測れない“人間の感情”をどう扱うか、だな」
まもなくしてクライアント先から担当役員が到着。彼らと合流してミーティングを開始した。冒頭、修士郎がこれまでの成果や課題を端的に説明したところ、役員のひとりが顔を曇らせる。
「実は、開発部門の一部で“AIがミスを招いた”という報告がありましてね。データが正確に反映されておらず、結局人手でやり直しになったと」
詳しく聞くと、どうやら導入段階で行われたデータ移行に不備があったようだ。データクリーニングが甘かったがために、“AIの欠点”としてクローズアップされてしまったらしい。真鍋はそれを聞いてすぐに口を開く。
「データ移行やクリーニングって、人間側の作業ですよね。AIのせい、というよりプロセス設計の問題だと思います」
役員たちは一瞬言葉を失うが、修士郎はすかさずフォローに入る。
「そうですね。AIの予測が外れたわけではなく、前提条件が誤っていたケースだと。そこを明らかにするための手順を再構築しましょう」
保守派は「だからやっぱり人間が全部確認すべきだ」と声を荒げるが、真鍋の持ち前の分析力と高梨の丁寧な説明が相まって、何とか一旦は納得してもらえる形になった。
「まるで“AI vs 人間”という構図になりがちだけど、本当は仕組みの問題なんだよな」
修士郎は心中でそう呟き、会議を締めくくる。新人・真鍋の率直な発言は刺激的だったが、次第にクライアントの態度も柔らかくなっていったから不思議だ。デジタルネイティブ世代が持つ“忖度なしの意見”が、逆に好印象を与えたのかもしれない。
ミーティング後、真鍋は目を輝かせながら修士郎に話しかけてきた。
「鳳さん、僕やっぱり現場の人に直接ヒアリングしたいです。保守派の管理職にも会って、どこが本当に困ってるのか聞きたい」
「いい心意気だ。じゃあ、近いうちにスケジュール調整しよう。高梨も相談に乗ってくれるよ」
夕方、オフィスに戻ると、修士郎のスマートフォンに妻からメッセージが届いていた。彼女は大手銀行のシステム企画部出身で、今は外資系の大手監査法人でマネージャーを務めている。
「今日の監査先、AI関連の不備がめっちゃ多くて大変だった…帰り遅くなる。先に夕飯食べてて」
修士郎は苦笑しながら返信する。「了解。揚羽は塾もないし、二人で適当に食べるよ。お疲れ様。」
家族も仕事もAIに翻弄される時代。この4月から入社した新人たちが、良くも悪くも“新しい風”を吹き込んでくれるだろう。高梨はシニアマネージャーへの階段を上り始め、いずれはもっと高い視点でチームを動かす存在になる。一方で、修士郎はプレイヤーとして現場に深く入り込み、企業改革と揚羽の成長を見守る日々が続く。
「AIエージェント元年」と言われるこの年、デジタルネイティブの真鍋と保守派の社員たちが交わることで、また新たな“化学反応”が起きるのかもしれない――修士郎はそう期待しながら、パソコンをシャットダウンして家路についた。