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創造の砦:AIを超える思考とは  作者: Ohtori
第1章「変革の夜明け――AIエージェント元年への道」
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第5話「ぶつかる価値観、築かれる道筋」

新規事業のAI導入に奔走する修士郎。一方で娘・揚羽はAI活用をめぐり周囲と摩擦。企業も学校も保守と革新が交錯し揺れている。

翌日の朝、おおとり 修士郎しゅうしろうは自宅で簡単な朝食を終え、揚羽あげはと一緒に家を出た。普段は時間が合わないことが多いが、この日は保護者説明会が夕方に予定されており、妻と相談して修士郎が出席することになっている。揚羽がうれしそうに話しかけてきた。

「パパ、私ね、AI使って作ったイラストをクラスのみんなに配ろうと思うんだ。塾に行ってる子にも配るつもり。『AIってこんなに楽しいんだよ』って伝えたいの」

「そうか。きっと反対する子もいるだろうけど、揚羽がうまく説明すれば分かってくれるはずだよ」

揚羽は「うん!」と小さく拳を握り、学校の正門へ走っていった。修士郎は後ろ姿を見送りながら、娘の行動力に感心すると同時に、クラスメイトの親たちからどんな反応が返ってくるか少し胸騒ぎがする。


オフィスに着くと、すでに同僚の高梨柊一たかなし しゅういちが新規事業のAI導入プランをまとめていた。中堅メーカーの若手社長から「具体的な数値目標を示してほしい」と言われていたため、昨夜AIツールで予測したデータに、人間の観点を加えて調整を行っていたのだ。

「こんな感じで一応の売上増やコスト削減の試算は出せました。ただ、AIの導入効果を正確に読み切るのは難しいですね。現場の協力が得られるかどうかでだいぶ変わりますし」

「そうだな。AIの出した数字は、ある意味“理想解”だけど、そこに至るプロセスを人間がどう納得して踏み出すかが鍵になる」

修士郎は、データを一通り眺めながらうなずく。若手社長は革新意欲が高いが、従来のやり方に誇りを持つ社員たちも多い。突貫的にAIを押し付ければ、かえって組織が分断されかねない。


ちょうど作業を終えたころ、先日の大手メーカーの担当役員から連絡が入った。

「鳳さん、ご提案いただいた段階的導入プラン、社内検討でおおむね合意が取れそうです。けれども一部の管理職から『生産ラインが混乱するのでは』と強い懸念が出ていて、直接説明してほしいという話が出ましてね」

担当役員の口調には申し訳なさがにじむが、修士郎にとっては想定内の展開だ。むしろ「丁寧に現場の声を拾う姿勢」があるなら前向きに進められる可能性も高い。

「承知しました。現場や管理職の方々としっかり意見交換して、混乱を最小限に抑える打ち手を一緒に考えましょう」

電話を切った修士郎は、手帳に日程調整のメモを走り書きする。AIを導入する“技術論”よりも、それを受け入れる“現場論”の調整に時間がかかるのは、まさにこの業界の常だ。


一方、午後になると学校からメッセージが入る。「本日の保護者説明会では、AI活用を巡る保護者の意見を共有する場を設ける予定です。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いいたします」とのこと。

修士郎はスケジュールを確認し、高梨に声をかけた。

「少し早めに抜けてもいいか? 夕方から揚羽の学校で説明会があって、AIの件で一悶着ありそうなんだ」

「もちろんです。社内のほうは僕が進めておきますよ。鳳さんは家庭も大事だし、そこにAIが絡んでるなら“フィールドワーク”みたいなものじゃないですか」

高梨は冗談めかして笑いながら、パソコン画面に視線を戻す。彼も世代的にはAIに慣れ親しんでいるが、教育現場にまでしっかり入り込んでいる現状には少なからず驚いているようだ。


夕方、学校の体育館で行われる保護者説明会に駆けつけた修士郎は、妻と合流する。すでに席には十数人の保護者が集まり、担任の先生も含めてざわざわとした雰囲気が漂っていた。

程なくして、先生が開会の挨拶をする。

「本日は、AIアプリの使用や新しい学習法に関して、ご意見を伺いたいと思います。揚羽さんのようにAIで創作活動を楽しんでいるお子さんもいれば、受験を見据えて従来の学習を重視したいご家庭もいらっしゃる。まずは自由にお話しいただきたいと思います」

すると、塾通いの子どもを持つ保護者が声を上げる。

「AIってラクをしてるようにしか見えないんです。テストや受験を勝ち抜くには、地道に勉強するしかないのに、AIに頼ってばかりじゃ本当の力がつかないのでは?」

別の保護者も続ける。

「それに、AIに作品を作らせるなんて、子どもの創造性を阻害してしまうんじゃないかしら」


修士郎は一瞬言葉を探したが、妻と視線を交わし、意を決して手を挙げる。

「私の娘・揚羽は暗記や計算が苦手な代わりに、AIを使ってアイデアをまとめたり、イラストを描いたりしています。でも、だからといって娘がラクをしているとは思いません。AIが出力したものをさらに自分なりに考え、表現に磨きをかけている。その過程はむしろ地道な試行錯誤ですよ」

数人の保護者は意外そうな顔をした。どうやら「AI=全自動で楽をしている」という誤解が根深いらしい。続けて、修士郎は体験談を語る。

「私の仕事でも、AIが分析や仮説を作ってくれますが、それを現場に合うように調整し、納得を得るのは人間の仕事です。AIを使うからこそ、逆に人間が創造性やコミュニケーションの力を発揮できる場面が増えるんですよ」


担任の先生は熱心に耳を傾け、「確かに揚羽さんはAIの出力だけで満足せず、そこから自分のアイデアをどんどん組み合わせています。提出された作品は独創的で、私も驚かされました」と補足してくれた。

その場にいた保護者の数人は黙り込んでしまうが、反発や不満をあからさまにぶつける人はいなかった。むしろ、考え込む様子が見える。もしかすると「AIを使うなんてズルい」と思っていたが、話を聞いてみると意外とそうでもないのかもしれないと感じ始めたのだろう。


説明会が終わり、先生や他の保護者が退出していくなか、修士郎は妻と顔を見合わせて小さく安堵の笑みを浮かべる。全部が解決したわけではないが、「AIがラクな道とは限らない」という理解は広まりつつあるようだ。

「揚羽には、普通の勉強だって大事だって伝えないとな。でも、AIを活かす選択肢を奪うつもりはないよ。むしろ娘には、AI時代ならではの可能性をどんどん試してほしい」

妻もうなずく。保護者たちと衝突ばかりになるかと心配していたが、実際は「知らないから不安」という人が多かったのだろう。娘はこれからも学校で自分流の学習を続けるだろうし、それをどう周囲と調整していくかが課題になりそうだ。


帰宅途中、スマートフォンを見れば、若手社長から新たなメッセージが届いている。

『社内のプレゼン準備を進めています。AI導入でどれだけ現場と調和させられるか、一緒に考えましょう!』

修士郎は苦笑する。学校でも企業でも同じように「AIと人間の協調」を求める声がある。誰もが一足飛びに未来へ進めるわけではないが、小さな一歩を積み重ねれば道は開けるはずだ。

「よし。明日は企業のほうでさらに具体案を詰めるか」

心にそう刻み込みながら、修士郎は夜空を見上げる。揚羽が将来この世界にどんなイノベーションをもたらすか――その可能性を想像するだけで、不安よりも希望のほうが大きくなるのだった。

次回、第6話では、新規事業の社内プレゼンが迫り、組織内の温度差が鮮明に。揚羽のアイデアが思わぬ波紋を呼ぶのか――。

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