第4話「動き出すプラン、揺れ動く心」
修士郎はAI導入に揺れる企業とAI学習を巡る学校の対立に直面。新旧価値観がせめぎ合う中、AIと人間の未来を描く決意を固める。
翌週、鳳 修士郎は、AI導入に積極的な若手社長との初回キックオフミーティングを終えたばかりだった。会議室を出るとき、社長が「うちの社員は保守的な人も多いけど、そこを突破できるように大胆な提案がほしい」と笑顔で話していたのが印象的だ。
「さて、高梨、次のステップはどうしようか」
オフィスに戻った修士郎は、同僚の高梨柊一と打ち合わせを始める。若手社長が率いる企業は、製造から販売まで一貫して行う中堅メーカー。業績は悪くないが、新規事業で一気に飛躍を狙っているらしい。AI活用の要望は具体的でありながら、「社内の一部社員が拒否反応を示す」という悩みも吐露していた。
「まずは部門ごとにAIの適用可能領域を棚卸しして、そこから実証実験ですね。あと、社長が強調してた『新サービス構想』も詰めたいところです」
高梨がノートPCに手際よくメモを打ち込みながら言う。修士郎も椅子に腰掛け、最新の生成AIアプリを起動した。打ち合わせで出たキーワードや要件を音声入力してみると、あっという間に幾つかの提案モデルがリストアップされる。先週公開されたばかりのアップデートで、推論精度がさらに高まったようだ。
「AIに下準備をさせて、そのうえで現場の人間と議論する……俺たちの仕事が随分変わったよな」
修士郎は思わず感慨深くつぶやく。システムエンジニア時代に苦労していた頃を思えば、AIがここまで分析や提案の土台を整えてくれるのは驚異的だ。とはいえ、提案内容を“現場が受け入れられる形”へ落とし込むのは、やはり人間の役割だろう。
午後、社内カフェスペースで資料を整えていると、スマートフォンに学校からの着信が入った。担任の先生からで、「揚羽さんが今日もAIアプリで絵を描いていたんですが、周りから奇異の目で見られてしまって……。揚羽さんは気にしていない様子でしたが、保護者説明会でAI活用の是非を取り上げる声があがっていまして」とのこと。
「なるほど……確かに、ほかの家庭がどう考えてるか気になるところです。私も時間を作りますので、一度直接お話しさせてもらえますか」
電話を切ったあと、修士郎は複雑な気分になる。クラス全体でAI活用を否定するわけではないものの、従来型の学習が当たり前と信じる親たちからは抵抗が出るのは想像に難くない。
「パパ、私、AIが大好きなんだけどな。何でそんなに否定されるんだろう?」
昨夜、揚羽はそう漏らしていた。作文力やプレゼン力を活かし、自分だけの創作活動をAIと組み合わせることを楽しんでいるが、周囲に理解されにくいのは切ないだろう。
一方、ビジネスの現場でも同じ構図がある。修士郎が担当する企業では、若いリーダーほどAIの可能性を追求したがり、年長者ほど「それよりも現場の経験が大事だ」と踏みとどまる。どちらも間違ってはいないが、この“世代間ギャップ”を埋めるのが容易でないのは学校も企業も同じらしい。
書類をまとめていると、高梨が慌てたように駆け寄ってきた。
「鳳さん、さっきの社長から連絡あって、“社内稟議を通す前に具体的な成果予測を示してほしい”って言われました。どうします? まだリサーチしたばかりで数値化は難しいですよね」
「とりあえずAIツールで試算してみよう。粗い数字でも、仮説ベースでメリットを可視化すれば上層部も動きやすいだろう」
修士郎はそう言うと、再び生成AIアプリを開き、予定している導入スコープやコスト、予想される業務効率化率などを入力する。ほんの数十秒で、いくつものグラフや比較結果が表示されていく。
「すごいな……ここまで手伝ってくれると、もはやAIがコンサルタントみたいだ」
高梨も目を丸くするが、修士郎はそこに一つの落とし穴を感じていた。
「出力された数字は綺麗だけど、実際の現場がここまでスムーズに変化できるかは別問題だ。細部のズレを修正したり、人間の感情を慮るのは俺たちの役目だよ」
夕方、ひと通りの作業を終えて外へ出ると、ちょうど日が落ちるころだった。スマートフォンには妻からのメッセージが届いている。
「揚羽が、AIイラストでクラスの子たちに配るポストカードを作りたいって言ってるの。反対意見の子が多いのに本当に大丈夫かな……?」
修士郎は苦笑しつつも、「揚羽なら上手くまとめてくれる気がする」と返信する。娘は従来型の学習には向いていないが、クリエイティブな企画力やコミュニケーションには天性のものがある。AIを道具として使いこなし、友だちとの距離を縮める方法を探すのだろう。
オフィス街の灯りがにじむ中、修士郎はかつてシステムエンジニアだった自分を思い出す。プログラミングは苦手だったが、プロジェクトを推進する力で認められ、ここまで来た。今ではAIに数字や分析を任せ、ビジネスプロデューサーとして“人間の納得”や“組織改革”を担うのが自分の役割だと痛感する。
「明日には成果予測のレポートをまとめて、社長に提示しよう。揚羽のほうは……保護者説明会で俺も意見を言わないとな」
AI導入に揺れる企業と、AI学習を見守る学校。何かと共通点が多いなと苦笑しながら、修士郎は夜風の冷たさを感じつつ駅へと急ぐ。人とAIの関係性を、どうすれば皆が納得できる形でまとめ上げられるのか――その答えはまだ見えないまま、物語は少しずつ先へと進んでいく。