第33話「AIと人間の問いの融合、思考の新たなステージへ」
AI活用チームに新たな試みとして、「問いを立てる力」そのものにAIの思考プロセスを活用する手法を導入。AIのChain of Thought(思考の連鎖)を観察し、論理的な問いの作り方を学ぶことで、人間の思考力を向上させる狙いだ。AIに頼るのではなく、AIを活かして問いの質を高める試みが始まる。
AIの思考プロセスを活用し、問いを立てる力そのものを鍛えるという試みが始まってから数日が経過した。生徒たちはAIのChain of Thought(思考の連鎖)を観察し、それを参考にしながら自分の問いをブラッシュアップしていた。
「信長がいなかったら、戦国時代はどうなっていたのか?」
「戦国時代の商業政策は、現代の経済とどんな共通点がある?」
AIの思考プロセスを参考にすることで、生徒たちの問いは徐々に具体性を増し、より論理的な構造を持つようになってきた。これまで漠然とした疑問しか持てなかった生徒も、問いの立て方に変化が見られるようになっていた。
授業後、修士郎は橘沙織と講師陣とともに、この新たな試みの進捗について話し合っていた。
「生徒たちの問いの質が明らかに向上していますね」
ある講師がデータを示しながらそう言うと、橘も資料をめくりながら頷いた。
「最初は単純な質問ばかりだったけど、今は問いの構造がしっかりしてきているわね。AIの推論を学ぶことで、思考の幅が広がっているのかもしれない」
「ただ、気になるのは“AIの問いを模倣すること”が目的になってしまわないか、という点です」
修士郎が慎重に言葉を選びながら指摘すると、橘は少し考え込んだ。
「AIの問いの作り方を学ぶのはいいけれど、それがそのまま正解になってしまうと、生徒たちは“自分で新しい視点を持つこと”を忘れてしまう可能性があるわね」
「そうなんです。人間の問いは、必ずしも論理的である必要はない。時には感情や直感による問いが、新しい発見を生むこともあります」
「じゃあ、どうすればいいの?」
別の講師が質問すると、修士郎はホワイトボードに「人間ならではの問い」と書いた。
「次の段階では、“AIの問い”と“人間の問い”の違いを意識する訓練を取り入れたいと思います。AIの思考プロセスを学びながらも、それを超える“人間らしい問い”を作り出す力を鍛えるんです」
橘が興味深そうに身を乗り出した。
「つまり、AIにできる問いと、AIには作れない問いを区別するということ?」
「その通りです。例えば、AIは膨大なデータをもとに論理的な問いを作ることは得意ですが、“まだ誰も考えたことのない問い”を生み出すのは苦手です。だから、生徒たちには“AIが思いつかないような問いを作る”という課題に挑戦してもらいます」
講師陣の間から、なるほど、と感嘆の声が上がる。
「面白いわね。AIの思考を学びながら、それを超えていく発想を身につける…」
「では、明日の授業からこの新しいステップを導入しましょう」
翌日、AI活用グループの生徒たちは、修士郎から新しい課題を与えられた。
「今日は、“AIが作れない問い”を考えてもらいます」
生徒たちは少し驚いた表情を浮かべた。
「AIってなんでも答えられるんじゃないの?」
「そう思うよね。でも、実はAIにも苦手なことがあるんだ」
修士郎はタブレットを操作し、AIに「未来の戦争はどんな形になるか?」と質問してみせた。
AIは即座に答えを返した。
「未来の戦争は、ドローンやAI兵器が主導する可能性が高い。また、サイバー攻撃が増加し、従来の戦場とは異なる形になると予想される」
「なるほど、じゃあこれなら?」
修士郎は次に「100年後の人間は何を美しいと感じるか?」と質問した。
AIはしばらく考えた後、こう答えた。
「美的感覚は文化や社会の変化に左右されるため、100年後の具体的な美意識を予測することは困難です」
生徒たちはざわついた。
「えっ、AIでも分からないことがあるの?」
「そうなんだ。AIは過去のデータをもとに未来を予測することはできるけど、“まだ存在しないもの”についての問いには答えられないことが多い」
生徒たちは考え込みながら、自分たちなりの問いを作り始めた。
「AIが理解できない芸術ってどんなもの?」
「もし戦国時代にスマホがあったら、人間関係はどう変わった?」
「未来の人間は、言葉を使わなくなることがある?」
次々とユニークな問いが生まれていく。修士郎はそれを見ながら、静かに微笑んだ。
「問いの本質は、“未知を探求すること”にある。AIの思考を学びながら、それを超えた問いを生み出すことが、人間の強みなんだ」
授業の終わり、橘が後ろで見守りながら小さくつぶやいた。
「AIと人間の問いの違いを理解することが、思考を深める鍵になるのかもしれないわね」
修士郎は頷いた。
「そうですね。これからの学びは、ただ答えを知るのではなく、“何を問い続けるか”が大事になる」
生徒たちはAIの思考から学び、それを超えた独自の問いを生み出し始めていた。
AIと人間の思考の融合は、新たなステージへと進んでいた。