第19話「現場の声、揺れるリーダーたち」
DX拡張計画の合意が成立するも、現場リーダー層の不満が浮上。レイラは“エモロジカル”で空気を探り、修士郎は閃きで意見反映の場を提案。若手社長も同意し、次の局面へ。しかし、まだ火種はくすぶり続けていた。
DX拡張計画の方向性が決まり、社内では着実に準備が進んでいる。しかし、鳳 修士郎は依然として不安を拭えなかった。表向きは合意が取れたように見えても、現場のリーダー層には微妙な空気が漂っている。
「ボトムアップの声をしっかり聞く機会を作ろう」と決めたのはいいが、それを単なるガス抜きで終わらせてはいけない。本音が引き出せなければ、結局、後から不満が噴出するだけだ。保守派の懸念が完全に払拭されたわけでもない。むしろ、表立って反対しづらくなった分、水面下での抵抗が強まる可能性もある。
「どうにも、すっきりしないな……」
そんな思案にふける修士郎のもとへ、デジタルネイティブの若手コンサル・真鍋 航が駆け寄ってきた。
「鳳さん、昨日の会議後にリーダー層へ個別ヒアリングを進めてみたんですが……ちょっと気になることがありまして」
彼が見せたデータには、**DX拡張に賛成するリーダーと慎重なリーダーの割合が拮抗**していることが示されていた。
「導入そのものには賛成だけど、進め方が納得できない、と?」
「はい。特に、熟練技術者がいる部門のリーダーほど、“自分たちの意見があまり反映されていない”って不満を抱えているみたいです」
「なるほど……」
修士郎は腕を組み、画面を見つめる。経営層と保守派のバランスを取るだけでなく、現場リーダー層にも歩み寄らなければならない。
そこへ、完璧な美貌を持つ藤堂 レイラ(とうどう れいら)が優雅に歩み寄る。
「また考え込んでるわね、鳳さん。まるで、次の一手を何十手も読んでるみたいに」
「いや、そんなつもりはないよ」
「ふふ、また“運がいいだけ”って言うつもり?」
レイラは小さく微笑むと、真鍋のデータに目を向けた。「ボトム層の不満って、単に意見が通らないからじゃないのよ。彼らが納得するプロセスを踏んでないから不安が残るの」
「つまり、形式的なヒアリングではダメってことか」
「そういうこと。リーダーたちが“自分たちも意思決定に関与している”と感じられれば、納得度は変わるわ」
修士郎はレイラの言葉に納得しつつ、会議の進め方を再考することにした。
数日後、現場リーダー層を集めた特別ミーティングが開催された。形式的なヒアリングではなく、「実際の決定プロセスに関与してもらう場」として設計されている。経営層からのトップダウンではなく、リーダーたちの意見を反映したロードマップを作るのが目的だ。
会議が始まると、最初は様子見だったリーダーたちも、徐々に意見を出し始めた。
「DX導入は必要なのはわかってる。でも、どこまで現場の裁量が認められるのかが曖昧なんだよな」
「AIが入ることで作業効率は上がるかもしれない。でも、熟練者の判断が必要な場面ではどうする?」
「若手は新しい技術に前向きだけど、ベテラン層にはまだ不安が強い。そこをどう埋めるのか、具体的な話がほしい」
一人が発言すると、それに続いて次々と意見が飛び交う。やはり、皆が感じていたのは“現場のリアルな視点”が置き去りにされるのではないか、という懸念だった。
「では、皆さんが懸念している部分を整理しながら、一つずつロードマップに落とし込みましょう」
修士郎はファシリテーターとして、参加者の意見をまとめながら方向性を調整していく。すると、次第に議論は建設的になり、各部門ごとの課題が明確になっていった。
一方で、会議室の隅でレイラが静かに様子を見守っていた。その視線は、まるで“誰が本音を語り、誰がまだ懐疑的か”を見極めるような鋭さを持っていた。彼女はある発言を聞いて、ふと口角を上げた。
「これでまとまりそうかしらね?」
「まあ、落としどころは見えたな」
修士郎が頷くと、レイラはいたずらっぽく微笑む。
「でも、保守派の幹部はまだ納得してないわよ」
「……やっぱりか」
会議終了後、参加したリーダーの多くは「意見が反映された」と満足げな表情を見せていた。しかし、その一方で、一部の保守派管理職たちは冷ややかな目を向けていた。
「現場が前向きになったからといって、経営判断まで左右されるわけじゃない」
「結局、トップがどこまでこの方針を本気で続けるか……それを見極める必要がある」
彼らは一見、方針に従っているように見せながらも、まだ慎重に事の推移を見守っている様子だった。修士郎はその空気を感じ取りながら、会議室を後にする。
「火種は消えたわけじゃないな」
彼は小さく呟いた。
オフィスへ戻ると、高梨柊一が待っていた。「会議の様子はどうだった?」
「まあ、現場の納得度は上がったと思う。ただ、上の連中はまだ腹を決めかねてるな」
「だろうな。おまえの閃きで一時的にはバランスが取れたが、保守派の最後の抵抗が始まるかもしれん」
修士郎は苦笑する。「“運がいいだけ”でここまで来たけど、今度ばかりはそうもいかないかもな」
レイラが遠くからそれを聞いていて、「結局、何十手も読んでるくせに」と小さく笑う。
真鍋は「またレイラさんにからかわれてますよ」と少し羨ましそうに呟いた。
火種はまだ消えていない――次に何が起こるのか、修士郎は直感的に“嵐の前の静けさ”を感じていた。