第118話:「本試験の開始とAI活用の真価」
模擬試験の結果を受け、修士郎と橘教授はAI活用の評価基準を見直すことになった。単なる論理構成の正確性ではなく、AIとの対話プロセス自体を評価する必要があると考え、プロンプトの質や修正回数を指標に加えることを決定した。
大学院のAI活用試験の本番がついに幕を開けた。これまでの模擬試験や議論を経て、橘教授と修士郎が導き出した最適な評価基準が、本試験の場でどのように機能するのかが試される。
受験者たちは、それぞれのAI活用スタイルに基づいてケースクエスチョンに取り組み始めた。受験者の中には、AIを単なるツールとして扱い、情報整理の段階のみを任せる者もいれば、ディスカッション相手としてAIを活用し、深い議論を交わしながら結論を導き出す者もいる。そして、最も大胆なアプローチとして、AIに全プロセスを任せ、プロンプトの作成から結論までAI主導で進める受験者も見られた。
試験会場には静寂が広がり、スクリーン越しに各受験者の取り組み方がリアルタイムで監視されている。修士郎は、画面に映し出されるデータを眺めながら、それぞれの受験者の思考プロセスを慎重に見極めていた。
「これは…予想以上に多様なパターンが出ているな」
橘教授も同じくモニタリングしながら、試験の展開に目を光らせる。
「AIを単なる整理ツールとする受験者は、アウトプットの質にばらつきが出ている。対話型のアプローチを取っている受験者は、議論の過程でAIの指摘を取り入れながら、自分の視点を発展させているな」
一方で、AIに全てを任せた受験者は、試験時間の半分ほどで既に解答をまとめて提出する動きも出ていた。人間が介在するプロセスを極力排除し、AIの計算力と推論能力を最大限に活かすことで、短時間で回答を導き出す。しかし、その内容は受験者自身の思考がどこまで反映されているのか疑問が残る。
「このタイプの受験者をどう評価するかが、今回の試験の最大のポイントになりそうだな」
修士郎は腕を組みながら、AIをフル活用した受験者のデータを見つめた。この試験が、単に論理構成の優劣を競うものではなく、AIをどのように使いこなせるか、その適性を測る場である以上、単なる速度や正確性だけでは評価基準として不十分だ。
「結局、AIとの関係性が鍵なんだな」
AIに依存するのではなく、適切に活用する。そのバランスをどう測るかが、この試験の本質となる。橘教授も、修士郎の言葉に深く頷いた。
「試験終了後、受験者たちのAIとの対話ログを分析する必要があるな。表面的な解答だけでは、彼らの適性を測れない」
こうして、試験は順調に進行していた。しかし、この試験がAIと人間の知的協働の未来を示唆する大きな分岐点になることに、修士郎たちはまだ気付いていなかった。




