第11話「見え始めた亀裂、揺れる意志」
現場と理想、保守と革新がぶつかり合い、新たな戦略の種が生まれる決定的瞬間。修士郎は未来を切り拓く覚悟を再確認する。
翌週の早朝、鳳 修士郎はいつものようにオフィスへ向かう足取りを少し急がせていた。今日はデジタルネイティブの新卒、真鍋 航が「衝撃の実態」を掴んだという報告をしてくれるはずなのだ。前夜のメッセージには、「現場で見たものを上層部に共有すべき」と熱く綴られていた。修士郎は若手の行動力に期待とわずかな不安を感じつつ、エレベーターへ乗り込む。
オフィスにつくと、早くも真鍋はデスクでパソコンに向かっていた。少し浮かない表情が気になるが、修士郎が声をかけると、真鍋は真剣な面持ちで資料を差し出す。
「鳳さん、これが例の現場で撮った写真と、作業員の方々のアンケートです。AI導入で一部の工数は減ったけど、その分、技術者のノウハウを軽視する風潮が出始めてる。熟練者が疎外感を覚えているんです」
目を落とすと、現場の空気が伝わるようなリアルな記述が並んでいる。技術者の声としては、「自分たちの経験をAIが超えられるわけがない」「新人がAIだけに頼るからミスが増えるのでは」といった意見まである。修士郎は一気に読み込みながら、歯を食いしばる。ここまで強い抵抗感があるとは想定外だった。
そのままミーティングルームに移動すると、高梨 柊一も先に到着していた。彼はシニアマネージャーとして、すでに状況を把握しているようで、真鍋が集めたデータに目を通しながら首をひねる。
「ちょっと厳しい意見が多いな。今までも保守派とはやりとりしてきたが、ここまで根深い不信は初めてかもしれない。どうやら、“仕事をAIに奪われる”というより、“現場の誇りをないがしろにされている”という心理面が強いみたいだな」
修士郎はうなずき、資料を閉じて考え込む。新しい技術がもたらす効率化と引き換えに、熟練の技や文化が失われると感じる者もいる。それは単なるデータの問題ではなく、組織のアイデンティティに関わる深刻な課題だ。
午後には、大手メーカーの若手社長との打ち合わせが予定されている。先の会議では「AI導入のメリット」と「現場の声を反映する仕組み」を両立させるプランが固まりつつあった。しかし、真鍋が持ち帰った情報は、それ以上に踏み込まねばならないことを突きつけている。
「若手社長は勢いがある分、現場への敬意を忘れがちかもな。今回はそのあたりをもう一度話し合った方がいい」
修士郎がそう提案すると、高梨も真鍋も同意する。彼らはそれぞれに役割を分担し、会議のシミュレーションを進めていく。
やがて始まったオンライン会議で、若手社長は「ここまで成果が出始めているなら、追加導入でさらにスピードを上げられないか」と切り出す。だが修士郎は真鍋の資料を提示しながら、現場の技術者たちが感じている不安を正直に伝える。
「速度を上げるだけでは、彼らのモチベーションを削いでしまう可能性が高い。AI導入が進んでいる部門ほど、熟練の技との橋渡しが求められています。ここを軽視すると、思わぬ反発を招くかもしれません」
一瞬、社長は渋い顔をしたが、すぐに落ち着きを取り戻し、「現場とじっくり対話する仕組みを一緒に作りましょう」と前向きな姿勢を示してくれた。若きリーダーらしい柔軟さが感じられる。
会議を終え、修士郎たちはひとまず安堵するが、課題が一気に解決したわけではない。高梨が再確認するように声を落とす。
「今度は実際に、熟練技術者を中心としたラウンドテーブルを用意して、AI導入による不安や意見をぶつけてもらうべきかもな」
真鍋もその提案に乗り気だ。彼としては、エンジニアたちのリアルなプライドや感情を吸い上げることで初めて、デジタルネイティブが描くAIの理想を現実に接続できると感じているのだろう。
一方、修士郎のスマートフォンが震える。妻からのメッセージだ。監査法人での大型プロジェクトが山場を迎えており、今日も帰りが遅くなるという。彼女の言葉はいつも簡潔だが、「お互い頑張ろう」と励まし合う中で、家庭も仕事も前向きに進められることを修士郎は幸運に思っていた。
「さあ、ここからが本番だな。数字や論理だけじゃ動かない現実とどう向き合うか――俺たち人間コンサルタントの真価が問われる」
そう呟き、修士郎はデスクの資料を整理し始める。真鍋の発見した“衝撃の実態”は、企業の未来を左右する大きな波紋を広げていたが、その波紋こそが改革の起爆剤になると信じて疑わない。
いつか、デジタルとアナログ、革新と伝統をスムーズにつなぎ、誰もが誇りを持てる新時代の経営を実現できる。そう確信する修士郎の眼差しは、より一層鋭さを増していた。