第103話「AIとの対話、試される知性」
AIを活用した新たな選考プロセスの構築が本格的に始まった。修士郎と橘教授は、AIとの対話型試験を導入し、出願者の応答力や論理性、独創性を評価する仕組みを検討。公平かつ実力を測る選考システムを構築するための第一歩を踏み出した。
修士郎は橘教授とともに、AIを用いた選考プロセスの具体的な設計に取り組んでいた。これまでのMBAの入試は、エッセイと研究計画書の質を評価し、筆記試験や面接で補完する形だった。しかし、AIの進化によって、出願者の多くがAIを駆使して書類を作成しているのが現状だった。それ自体は否定されるべきではない。むしろ、AIを適切に活用できる能力は、現代のビジネスリーダーに求められる資質でもある。しかし、単なる生成AIのコピペではなく、AIの提案をどう吟味し、自らの考えとして昇華できるかが重要だった。
「結局のところ、AIが作った文章と、人間が作った文章の違いは何なのか?」橘教授が問いかける。
「少なくとも、人間が書いたものには、その人の価値観や思考の癖が表れます。一方、AIはパターン化された言語を使うので、論理的には整合性があっても、本人らしさが希薄になりがちです」修士郎はそう答えながら、エッセイをいくつか並べた。
「だからこそ、我々が考えるべきは、AIが生成した文章をどう評価するかではなく、AIを使いこなせる人間をどう評価するかだ」橘教授は机を指で軽く叩きながら続けた。「単純な比較では意味がない。AIに頼ることは悪ではないが、それを鵜呑みにするのは思考停止に過ぎない。AIの出力をどう活かすか、そのプロセスこそを評価すべきだろう」
修士郎は深く頷いた。「そのためには、AIと対話できる試験を導入する必要がありますね」
「そうだ。例えば、AIがビジネス上の課題を提示し、それに対して受験者がリアルタイムで返答する。そして、そのやり取りの中で思考の柔軟性や批判的思考を測るのはどうだろうか?」
「面白いですね。エッセイのように一方通行ではなく、AIと即興で議論を交わす形にすれば、どれだけ論理的かつ創造的に思考できるかが見えてきます」
「さらに言えば、AIが受験者の回答に応じて新たな問いを投げかける。これにより、受験者の思考の奥行きや反応の質を測ることができる」
修士郎はすぐにシミュレーション環境を作成し、AIとの対話試験のプロトタイプを作る作業に入った。試験の目的は、単なる知識量ではなく、思考の深さと柔軟性を測ることだった。AIが出題するのは、経営戦略や市場分析、倫理的な判断を要する問題など多岐にわたる。さらに、受験者の返答に応じて、AIが適応的に質問を変化させる仕組みを組み込む。
「この方法なら、表面的な知識や準備された答えではなく、その場で考え抜く力が試されますね」修士郎は手応えを感じ始めた。
「そうだ。AIとの対話は、まるでケーススタディのように、その場の応答力や思考の軌跡が浮かび上がる。単に正解を導く能力ではなく、未知の問題にどのように向き合うかを試すことができる」
「ただ、一つ懸念があります」と修士郎は言葉を継いだ。「AIの質問のレベル設定をどうするかですね。あまりに難解すぎると、どの受験者も対応できなくなる。一方で、簡単すぎれば、AIに適当に答えるだけで通過してしまう」
「そこは適応型のアルゴリズムを組み込むしかないな。受験者の最初の応答を分析し、その理解度に応じて次の質問を調整する。そうすれば、どの受験者にも適切なレベルで試験を進行できる」
試験のシステムは次第に形になりつつあった。修士郎は一連の仕様を整理し、次回の会議に向けて準備を進めた。
「AI vs AIの時代が、こんな形でMBAの選考にまで入り込むとはな」橘教授が呟く。
「でも、ある意味当然かもしれません。これからのリーダーは、AIをどう使いこなすかが問われる時代ですから」
修士郎はディスプレイに映るシミュレーション画面を見つめながら、新たな時代の選考プロセスが持つ可能性に思いを馳せた。