第1話「AIの衝撃」
――2024年、春。
東京・丸の内のビジネス街は、柔らかな朝陽を浴びているにもかかわらず、どこか重苦しい空気が漂っていた。鳳 修士郎は、黒いスマートフォンを片手に足早にオフィスへ向かう。画面を覗けば、新しい“生成AIアプリ”の一覧がずらり。彼は公開されたばかりの最新モデルを即ダウンロードし、ビジネスアイデアのメモを音声入力で取り始めた。
もともと修士郎は日系の老舗SIerでシステムエンジニアとしてキャリアをスタートしたが、プログラミングの才能にはあまり恵まれなかった。代わりにプロジェクトマネージャーとしてチームを束ねる力を発揮し、その後ITコンサルへ転職。さらに浦和商科大学大学院のEMBAとハーバードビジネススクールのダブルディグリーを取得し、今は経営コンサルファームでビジネスプロデューサーとして活躍している。
彼が何より得意とするのは“AIと経営の掛け合わせ”だ。生成AIの最新モデルがリリースされればすぐ試し、自身のスマホには数多くのAIツールが常備されている。用途に応じて使い分けるほど積極的に取り入れているのだ。
オフィスフロアへ到着すると、先輩コンサルタントの高梨柊一が話しかけてきた。
「鳳さん、おはようございます。もう見ました? 新しいAIエージェントのデモ映像、すごかったですよ。会話しながらリアルタイムでマーケット分析をしてて……人間コンサルいらないんじゃって思うくらい」
「一通りチェックしたよ。確かに速いし、応用力も上がってる。でも、あれはまだ企業文化や人間関係をどう扱うのか未知数だ。そこに俺たちが付加価値を出せる隙があると思う」
そう言いながらも、修士郎の胸には一抹の不安が渦巻いている。AIの指数関数的進化は想像以上に速く、「従来のMBAフレームワークは時代遅れ」と批判される日も近いかもしれないと感じるからだ。
ちょうどそのとき、スマートフォンがバイブレーションで震えた。画面には「ママ:揚羽がまた漢字テスト駄目だったって。でもAIでイラスト描いて遊んでるよ」というメッセージが。
小学校5年生の娘・揚羽は詰め込み学習が苦手な一方で、クリエイティブな発想とプレゼン力に才能を見せる。彼女は修士郎を“パパ”と呼び、母親を“ママ”と呼ぶ、ごく普通の子どもに見えるが、最近はAIロボティクスに強い関心を寄せ「大人になったら先進的なAIロボットを作る!」とキラキラした目で語っている。
一方で、揚羽の同級生たちは従来型の中学受験に向けて塾通いしているケースが多く、親同士も21世紀型スキルやAI学習に否定的な人が少なくない。揚羽はそうした周囲の“古い価値観”に窮屈さを感じているようだった。
「パパ、何でみんなAIを敵みたいに言うの? いっぱい勉強するより、AIを使ったほうが便利なことってあるよね?」
娘のそんな言葉を思い出すと、修士郎は自然と笑みをこぼす。彼自身もAIには積極的で、新しいモデルを触るたびワクワクしてしまう性分だ。だが、周囲の意識はまだそこまで追いついていない部分もある。特に、教育分野では従来型の詰め込み学習にこだわる親が根強く、「AI学習は本物の力にならない」と考える人も多い。
「――鳳さん、行きましょうか」
高梨に声をかけられ、我に返る。今日のスケジュールには大手メーカーの新規事業提案プロジェクトがある。生成AIをどう経営戦略に組み込み、組織全体を変革するかが議題だ。修士郎は、AIだけではカバーしきれない“人間の要素”と、“AIの叡智”を結びつける立場を担うことになる。
「AIの進化はまだまだ止まらない。俺たちビジネスプロデューサーも、とことん食らいつくしかないな」
修士郎はスマホをポケットに仕舞い込み、会議室へ足を運ぶ。頭の中には娘の笑顔と、AIの躍進が織りなす未来が交互に浮かんでいた。2025年に訪れるという“AIエージェント元年”が、いったいどんな世界をもたらすのか――その片鱗はすでに、目の前まで迫っている。