紅藍
lot.1=<Picnic>
01
/*楽園の景色は今まで見てきたものとは比べられない。眩しい太陽、自由な海、季節の移り変わりを表現する山々。永遠になればいいとさえ思う大自然は、このセカイに産まれたわたしの最初で最後の絶景だ。
そして――それらはかつてのセカイであり、終世紀に記された一つの歴史。
「…………忘れてしまうんだ」
と、彼は深紅に彩られたセカイを背景に、わたしと同じく<けもの>の役を披露する。
もちろん、「これが演技だ」などという優しい台詞はわたしの愛した森と共に消えてしまったわけで、役になりきるには出来すぎた役者がわたしたちということになる。
わたしは自由になった、わたしは舞台から解放された――だから今言える。
「ううん」と、わたしは彼の台詞を否定して、「わたしはあなたを知っているから、きっとあなたは思い出せるよ」
あなたが忘れてしまったとしても、わたしたちは必ず取り戻してみせる。
希望ばかりが駆け足で、絶望ばかりが現実で、いつまで経っても進まなかったけれど、この日わたしは虚無へと腰を下ろした。
さぁ、この物語を読み聞かせる前に知っておいてほしいことがある。この物語は病に苦しむ者を救うお話でも自然と共に生きるお話でも騎士様と恋に落ちるお話でもない。この物語は、原書の一族共の因果を断ち切る――血の呪いを解くものがたりだ。*/
わたしがわたしだと意識できたのは、もういつのことだか忘れてしまった。それに加えて、わたしが太陽に嫌われたのはいつからなのだろう……いや、いつもなにも、太陽に嫌われたのは受け継がれたDNAのプログラムがあったからだ。記憶や意識が生まれる前に、わたしは怪物として生きることが決まっていた。
闇を生きる種族――吸血鬼、と、わたしの種族は世間一般からそう言われているらしい。
わたしの種族の正式名称は【血啜人族】または【血啜人】と言って――同族や他種族の血さえ飲めば死にもしないし老化もしない、という幻想的な種族だ……なんてね、そういう嘘を広めたのは人間族だったらしい。
確かに血啜人は、寿命が無ければ病気にも罹らない。それで老化しなければ人間族の広めた与太話は真実になるのだけど、残念なことに血啜人は老化するし好き好んで血を飲んだりはしない。
血啜人族は百年で一歳年を取る。だから今のわたしの年齢は人間族で言うところの一千と九百歳になる。まだまだピチピチの十九歳。
そして二十歳になるのももうそろそろ。
死ぬときはどうなるの? って、血啜人は死ぬ前日に人前から姿を消すらしい。この行動を世間では「猫みたい」と言われているそうだ。わたしは猫がどんな生き物なのか写真でしか見たことが無いから、その独特の習性については詳しく語れない。
と、話が脱線してしまったので戻しましょう。
つまり、血啜人は太陽に焼かれて消えるのだと思う……事故死というのもあり得るかもしれないけれど、今の今まで血啜人の遺体を見た者は誰一人としていないから、きっと太陽に焼かれて土へ還ったのだろう。土へ還って植物たちの栄養になって、残されたわたしたちの生きる糧となる。だからこの血吸いの森は太陽が届かなくとも自然豊かなのだろう。
わたしという意識が産まれたのはエリクシア王国だ。太陽の光さえ届かない森――【血吸いの森】――にある王国。大事なのでもう一度言っておこう、不死の国――エリクシア王国はわたしの物語の始まりの土地だ。
そのエリクシア王国には禁忌とされている行為の他に、三大禁忌と呼ばれるものがある。
※一つ、生き血を啜ることは大罪である。
※二つ、禁断の森はエリクシア王のみが立ち入りを許され、それ以外の者の立ち入りは大罪である。
※三つ、呪いを受けた者への医療行為は大罪である。
その他にも道徳的な部分や倫理的な部分で禁止されている行為は山ほどあるけど、エリクシア出身者が大罪と言ったら殺人よりも先にこの三つが最初に浮かぶはずだ。
医療の最先端にある王国。その王国がわたしたち、血啜人だけが住むエリクシア王国だ。
「では語りましょう。…………《ヤマタノオロチ伝説》…………」
と、エリクシア王城の王の間で語るのはひとりの男だった……それを急に言われても混乱を招いてしまうでしょう、なのでお話を過去篇へと巻き戻します。戻り戻りと、時代は植生代新創世紀の不死の書でございます。
さあさあみなさん流さないでちょうだい燃やさないでちょうだい、迷ったら出られない森のお話を始めてしまいますよ。いえいえ怖いお話などではございません、しかし見るヒトによっては恐怖や蟠りが生まれるやもしれません。進むためには迷い、始めるためには話さない――なのでわたしは迷わずにお話して参ります。
では語りましょう。