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7話 燃える街

 指笛を吹くとクルールィがやってきた。火除けの魔法を掛けてある為、炎をものともせず堂々としている。黒い毛並みが炎に照らされて輝いている。愛馬は私の姿を認めると、嬉しそうに嘶いて顔を寄せてきた。


「ああ。お前を置いて逝くなんて馬鹿な考えを起こしてすまなかった。ワタシを乗せて、運んでくれるか?」


 撫でながら問うと、クルールィは頷くような動作をした。


「ありがとう」


 私が背に跨ると、クルールィはすぐに走り出した。どこもかしこも燃えていて、爆発魔法の影響で地面は割れたり瓦礫が散乱していたりする。だが魔獣であるクルールィは普通の馬よりも頑強で、この状況の方が好きだと言わんばかりに嬉しそうに走る。私にお似合いの魔獣だ。


 イズヴェラード家の敷地を抜け、荒れた地を駆け、爆発に巻き込まれた飲んだくれの阿呆共を飛び越え駆け抜ける。街が燃えていく。街が壊れていく。丘の上へ行けば、さぞ愉快な光景が見られる事だろう。クルールィが私の思考を読み取ったのか、方向を変えた。ひたすらに街の外へと向かって走っていたが、小高い丘のある方へと足を進める。


 どれくらい走っただろう。全速力で走っていた為にクルールィが疲れを見せてきた頃に、丘の上に着いた。私はクルールィの背から降り、魔法で水を出して与えた。


「さあ、一緒に見よう」


 鞄からスティルの頭蓋骨を取り出した。ひと撫でして私と同じ方向を向かせる。


 眼下には炎に包まれた街が広がっていた。自分で燃やした街。自分で壊した街。自分が生まれ育った街。自分が憎んだ街。ここを出て、スティルと共に何処か別の街へ行けたら、と考えていた街。出るには出たが、スティルはもうこの有様だ。


「……存外、つまらないものだな」


 壊したいと思っていた。壊してすぐは、満たされた気分になった。だがそうした気分は一時的なもので、少し冷静になれば飽いてくる。欲は、満たされない。


 冷静になればなるほど、犠牲者が何人出たのか、逃げ延びた人はいるのかといった考えが頭に浮かぶ。医者を目指している人間がやる事ではなかった。しかし後悔はしていない。この街の中には、私やスティルに勝手な期待を抱いたり、勝手に失望した奴らが何人もいる。そんな奴らが生きていたってどうしようもない。それにあの塵屑共がスティルにしたような事を、他の奴らがやっていないとも限らない。これで世界は少し綺麗になっただろう。


「……」


 頭蓋骨を指でなぞる。守りたかった妹。守れなかった妹。こんなにも歪な私を愛してくれた妹。助けたかったのに、助けられなかった。私はスティルがくれた分の愛を、返せていただろうか。


 ――私を愛してくれて、ありがとう。


 妹の言葉が蘇る。ああ、そうだ。十分ではなかったかもしれないが、それでもきっと返せていた。


「ありがとう、スティル。ワタシを愛してくれて」


 妹を守れなかった分、助けられなかった分、これからは別の誰かを守り、助けよう。それで妹がくれた分の愛を返せるかは分からないが、それでも目の前で助けを必要としている誰かが、悪意を持った別の誰かに壊されるよりかはマシだ。だって――


 最も美しいと言われる女神と同じ、スティルという名前をつけられた妹は、その名の通り美しく、気高い人間で、その死体もとても美しいのだ。あれを見た後では、他のどの死体も汚いだけだ。

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