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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第五章 試されるもの
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第四話 賢者の忠告

 

 

 

 ――立慧(リーフイ)さんたちが立ち去ったあと。

「……」

 どこへ行くでもなく、俺たち三人はホールに留まっていた。いつもなら俺とリゲルはサロン、ジェインは真っ先に書庫に行っているところだが、今日に限っては全員がその脚を止めている。

 ――これからどうすればいいのか。

 見据える目標や方針が失われてしまった中で、どこに行くべきかが分からなくなっている。どこに行く気も湧いてこないというのが、今の俺たちに共通している心境だろう。言葉も交わさないまま……。

「……話し合わないか?」

 こうしていて、もう何分が経ったのだろうか。――ジェイン。

「これからのことを」

「……」

「奴らの力は予想以上に強大だった。今のままでは、解決の糸口が見付けられるとは思えない」

「でも……」

 悩みの末に口にされたのだろう提案に。俺が口にしたのは、先ほどまでずっと自分が抱えて続けていた疑問。

「……この状況で一体、何を話し合うんだ?」

「それは……」

 言ったきりジェインの声は止まる。……冷静で頭の回るジェインでも、答えを見つけ出せていない。

「……なあ」

「……?」

「ちょいと思ってたんだが――」

 確たる考えもなしに話し出さざるを得ないのだと、そのことがかえって、事態の重さを証明しているような気がして。雲のかかったような心情でいる俺に、話題をひとまず脇に置くといった様子で、リゲルが話し始める。スーツの両腕を硬く組んで。

「――どうしてあいつら、凶王派と永仙(えいせん)は、俺たちを狙ってくんだ?」

「どうしてって、それは……」

「正直、おかしいだろうがよ」

 俺たちが命を狙われている理由は、今に至るまで分かっていない。不明だという現状を理解した上で、それでも言わずにはいられないと言うようなリゲルの素振り。

「あんだけのレベルの連中がよってたかって殺しに来るとか、マフィアで言やあ、五大ファミリーが総出で始末に来るようなもんだぜ?」

「……!」

「それもボスが直接殺しに来るとか、並みの事情じゃ絶対にそうはならねえ。よっぽどの必要性か、理由がなけりゃあよ」

「……それに、言動も一致していなかった」

 確かにそれはもっともだ。疑問に考え出す俺たちの前で、再び口を開いたジェイン。

「気付いていたか? 初め奴らは僕らを殺そうとしていたが、後半には逆に連れ帰ろうとする素振りも見せていた」

「っ、そう言えば――」

 ジェインの言葉で思い出す。華美な衣装を纏った女性の凶王。

 永仙と対等な立場で言葉を交わし、《賢王》と呼ばれていたあの技能者は、リアさんが来た辺りから俺たちを自分の組織へ連れ帰るような言動を見せていた。秋光(あきみつ)さんと【四霊】が来てくれたお陰で、事態は有耶無耶(うやむや)になったわけだが……。

「……こっちを油断させるための罠とかじゃないのか?」

 これまで明確に俺たちを殺そうとして来た襲撃者たちと比べると、方針が矛盾しているように思える。考えながら口にする。

「凶王はともかく、永仙は俺とフィアを殺すつもりだったし。最後の台詞でも、相手は俺たちを殺せるよう、ゲートの近くにずっと一人を置いていた」

「待ち伏せがいたのは確かだとしても、殺すためとは限らない。連れ去るためだった可能性も――」

「つーか俺らを殺す気なら、婆さんや爺さんが来る前にできてたんじゃねえか?」

「「……」」

 前提を覆すようなリゲルの発言に、俺とジェインが同時に黙り込む。それは……。

「……先輩たちが俺たちを庇ってくれたから。フィアの変調も警戒して……」

「一度は永仙を退()かせたけど、フィアはすぐに気絶しちまったわけだしよ。先輩にしてもその、あの賢王とかいう奴は、あっという間に先輩をブッ飛ばしちまったわけだろ?」

 思い起こしているだろう情景に、言い辛そうな調子でリゲルが言う。……俺たちと対峙していた女性の凶王からは、確かに今一つやる気が感じられていなかった。

 言動から考えるに襲撃を主導したのは永仙で、凶王たちはそれほど乗り気でもなかったということなのかもしれないが、だとすれば立慧さんと田中さんで永仙を押さえられていたのは、おかしなことのようにも思える。支部長の立場を持つ二人が、協会内でも有数の実力者であるのは確かだが……。

「油断もあったのかもしれない。余りに実力が離れすぎていて、いつでも手を下せるというような油断が――」

 先輩を一蹴した凶王と同格である永仙は、支部長とは比較にならないほどの実力を持っているはずで。ジェインの説明も、今一つ納得には至らない。

「……色々なことが重なってそうなった、ってことなのかもしれないが……」

「なんか今一つすっきりしねえよな。あんときゃ色々必死で、見えてないこともあんのかもしれねえけどよ」

「――とにかく」

 先の見えない霧の中を彷徨(さまよ)っているようだ。考えの纏まらない俺たちの前で、ジェインが不毛な議論を終わりにするように眼鏡を中指で押し上げた。

「確実なことは、奴らの手に落ちれば望ましいことにはならないと言うことだ」

「――」

「このままでは、以前のような生活に戻ることは叶わない。事態を少しでもマシにするためにも、自分たちで状況を変えていく努力は必要――」

「……けど」

 胸のうちに湧いてくる、その疑問。

「どうするんだ?」

「――」

「あいつらの力は圧倒的だった。……今の俺たちじゃ、相手にもならない」

 これまでは口にしないでいた思いが口を突く。二人の目を見て続け出す。

「これまで通り立慧さんたちに修行を頼んでも、どれだけ俺たちが頑張っても、通用するまでには何年も掛かる。……そうだろ?」

「……」

「……」

 リゲルやジェインから、俺の言葉を反駁するような答えはない。――当然だ。

 あのとき永仙に魔術を仕掛けた二人も、終月(しゅうげつ)を手にして飛び込んだ俺と同じように、絶望的な力の差を味わった。……先が見えなくなるほどの隔たり。

 目的地まで続いていると信じていた足場に、突如として底の見えない断崖が生じたかのような不条理さ。永仙と凶王派が手を組んで三大組織への戦端を開こうとしているのなら、俺たちに残された時間は多くない。

 技能者界の戦争という大事が起きてしまえば、流石の秋光さんたちもこれまで通りに俺たちの事情に力を注ぐわけにはいかない。本山に閉じ込められたまま、事態の好転を願うしかなく。

 早いうちに解決の手掛かりが掴めなければ、本当に打つ手がなくなってしまう。暗い予想しか立たない現実の中で、描いていた道があらゆる方位から閉ざされていくようでいて――。

「――ここにいたか」

「――ッ」

 直後。俺たちの抱えている不安などまるで意に介さない、年月を内包した厳粛な声の音に、誰からともなく顔を向けさせられていた。廊下の先から歩いてきている一人の老人。

「今回はまた、異なる顔ぶれだな」

「――ッ!」

「おっ――」

「揃いも揃って陰鬱な顔つきだが。現実との対面が、余程のこと(こた)えたと見える/衝撃だったらしい」

「……誰だ?」

 覚えのある姿に息を呑む俺、声を上げたリゲルと対照的に、ジェインが一人訝(いぶか)し気に眉を顰める。……そうだった。

「レイガス――レイガス・カシア・ネグロポンテ」

「――」

「協会の四賢者の一人だ。(かく)の師匠で――」

「――フィア・カタストはどこにいる?」

 それぞれ別の場所で面識のある俺たちと違って、ジェインはまだ初対面だった。――っ⁉

「なに?」

「昨日の襲撃の疲労で、倒れていると聞いている。リアと秋光から、治療を頼まれてな」

 問い(ただ)そうとした直後に、厳めしい白髪の相貌から意外な一言をぶつけられる。――治療?

「予定もなしにたむろしているだけなら、案内でもしてくれれば手間が(はぶ)けるが……」

「……」

「その気もないなら勝手に向かうだけだ。外部者用の個室だな」

「――ッ」

 用はないとばかりにローブを(ひるがえ)す背中に、慌てて着いていく。俺から少し遅れるようにして、リゲル、ジェインも。

「――っおい」

「説明ならあとでしてやる。余計な手間を取らせるな」

 ――

 ―

「……っ」

 ――現在。

〝――ここだな〟

 緊張で身体を固くした俺は、厳めしい気配を纏った古老の四賢者と共にフィアの部屋の中に立っている。扉を目に躊躇(ちゅうちょ)なく踏み入っていこうとするレイガスを前にして――。

〝――どうすんだよ〟

〝あの郭の師匠を放置するべきでないという意味でも、誰か一人は入るべきとは思うが……〟

〝大層な物言いだな〟

 急な展開についていけていない、俺たちの方が混乱を顕わにしていた。鼻を鳴らすレイガス。

〝エアリー・バーネットの引き取り子。私がもし悪意を抱いているのなら、お前たち如きがいたところで障害にはならん〟

〝僕とリゲルではどうしても入り辛い。――蔭水(かげみず)が見ていてくれないか?〟

〝っああ〟

 ジェインの意見とリゲルの頷きを受けて、俺がレイガスの目付け役になったという次第なのだが。……仕方がないと言うことは分かっている。

「……なるほどな」

「……どうしたんだ」

「症状自体は重篤なものではない。急激な魔力の消耗による疲労だが……」

 だがそれでも、意識のない相手の部屋に無断で立ち入っていることに、漠然とした罪悪感が(うず)いている。一人用よりやや広いベッドに仰向けに寝ているフィア。安らかな呼吸で目を閉じている姿を観察しただけで容態を見て取ったようなレイガスが、気を入れるように目を細める。

「――始めるぞ」

「――ッ」

 前置きのない宣言に反応を示すより早く、見つめていた俺の眼前に、明確な変化が湧き起こった。――っ光。

 レイガスが出しているとは思えないほど暖かな光の粒子が、布団を掛けたままのフィアの身体を通り抜けるように湧き上がっていく。――先輩の治癒魔術。

 以前に見たそれより精細でありながら、力強い。耳に届かない音階を刻むように消えては現れる光の粒たち。

 大きさも明るさも違う無数の光源が合わさって、空中にさざ波を残す一個の複雑なリズムを形作っている。見ているこちらの気まで安らぐような、芸術的とさえ言える操作に息を呑んでいるうちに――。

「――」

 唐突に全ての光の粒が空気に溶けるようにして消え失せる。一息に元の暗さを取り戻した部屋の中で、変わらない呼吸を保つフィアの顔を見つめるレイガスの表情だけが浮き彫りになる。……沈黙。

「……どう――」

「――問題はない」

 厳しげな空気に思わずかけた声の先で、レイガスが硬い声を発した。

払底(ふってい)の症状は回復した。明日中にでも、目が覚めるだろう」

 ――

「おっ――」

「――どうだった?」

 フィアを残して部屋から出た俺とレイガス。後ろ手に扉を閉めた俺に、待ち受けていたリゲルたちが駆け寄ってくる。

「カタストさんの治療は。問題はなさそうだったか?」

「……大丈夫そうだった」

 自分の目で見たものを思い返しながら頷く。

「症状自体は、単なる魔力の使い過ぎだってことで。……レイガスの治療にも、おかしな点は感じなかった」

「そうかよ」

「一安心だな。あの郭の師匠と言っても、流石にこの状況で妙な真似はしないと思ってはいたが」

「――くだらん探り入れだな」

 俺たちの反応を眺めるようにしていたレイガスが、ジェインの台詞に軽く鼻を鳴らす。

「知恵が回るらしいとは聞いているが。重ねた年月のお陰で、お前のような小利口な人間の相手は慣れている」

「……!」

「どこぞの傾奇者(かぶきもの)のお陰で、感情の逆なでにも耐性がついているのでな。反応から情報を引き出そうなど、余りに身のほど知らずの考えだ」

 微かに緊張を浮かべるジェインを、レイガスの眼が見降ろした直後――。

「――ッ⁉」

「なっ――ッ⁉」

 ジェインとレイガスの間に、火花のような閃光が飛び散り。弾けるような衝撃音にリゲルが咄嗟に迎撃の構えを取る。――ッまさか。

「なにを――⁉」

「……このレベルの干渉も弾かれるか」

 以前に俺とフィアに幻の光景を見せてきたように、ジェインにも何かしらの魔術を掛けようとしてきたのか? 警戒を顕らにする俺たちを前にして、独り言のように呟くレイガス。

「となれば分析はほぼ不可能。ふざけた【加護】だな」

「……ッ?」

「誰が(もたら)したかは知らんが、相当の技能者によるものには違いない。それでいて、本人には自覚が無いと見える」

 気にくわないように言ったのち、改めてジェインを含めた俺たちを見渡す。

「揃いも揃ってつくづく能天気な羊どもだ。今回の事態を齎したのが、誰なのかは理解しているのか?」

 レイガスの語調が、罪人を咎め立てするように強く変わった。

「――あの少女が倒れたのは、お前たちのせい(・・・・・・・)だ」

「――ッ!」

「自分の分も(わきま)えずに、相応以上の立場を望もうとする。忠告をしてやったにもかかわらず、まるでその教訓を活かせていない」

「――ッ、ちょっと待てよ」

 呵責なく放たれる断言。黙ってはいられないという風に声を上げたリゲル。

「前に郭と話す時間を作ってくれたのは感謝してるけどよ。そいつはいくら何でも言い過ぎ――ッ」

「今回は運よく一命を拾ったようだが、次があればお前たちは必ず命を落とす」

 無視してレイガスの言葉は続けられる。

「必ずな。そのことを、肝に銘じておけ」

「っ……」

「……碌な魔術も使えない身で九鬼(くき)永仙(えいせん)に飛び掛かるとは」

 俺に向けられる、明確な侮蔑の視線を意識する。

「度し難いにもほどがある。元魔導協会の大賢者だった男を相手に、お前如きが何かをできるとでも思っているのか?」

「――っ」

「貴様程度の人間にできることなど何もない。余計な真似はせず、本山で守られていれば――っ」

「――それは違うな」

 刻み付けるように言われた台詞に、反論する声。……ジェイン。

「経緯はどうあれ、あのとき蔭水が飛び出さなければ、カタストさんは殺されていた」

「……!」

「先輩たちや、リアさんたちも間に合わなかった。結果的に見れば、あのときの蔭水の行動はこれ以上ない正解だった」

「……詭弁を(ろう)している自覚はあるのか?」

 レイガスは揺るがない。ただ、現実を知り尽くしているような冷め切った目で、ジェインを見ている。

「その程度の言い分では小賢しさの域を出ない。――言っておくが」

「――」

「先日の戦いの結果として、上守(かみもり)支部長、並びに(さくら)御門(みかど)特別補佐官は、重傷を負った」

「……!」

 ――そうだ。

「治療が無事に終わったとはいえ、二人とも楽観視などできないほどの重体だった。それも全て、お前たちを守るための戦いで負った傷だ」

「……」

「ことはお前たちだけに留まる問題ではない」

 凶王から俺たちを守ろうとして、先輩や(あおい)さんは。問答は終わりだと言うようにレイガスが歩いていく。最後に一度だけ、冷たい一瞥を残して。

「お前たちが下らん欲目を見せれば、お前たち以外の誰かが傷つく。そのことを、絶対に忘れるな」





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