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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第四章 魔導協会での生活
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第十七話 目指す先


「――なに?」

 粛然(しゅくぜん)とした執務室の中。

「そうか」

 集まった賢者たち、補佐官である(あおい)を含めた五人の姿が揃い踏む中で、秋光(あきみつ)は小さく息を吐く。(もたら)された合否の判定。

「いやはや、流石は(かく)くん」

 如何(いかん)ともし難く硬い声音を口にしたレイガスをちらりと見て――四賢者(いち)傾奇(かぶき)(もの)、バーティンが軽妙に言を紡ぐ。

「師匠と違って、白を白と言える判断力を持っている。流石は賢者見習い」

「……」

「古い権威に寄らず、次の世代がしっかりと根を張っていることの証明ですな。協会の未来も明るい――」

「……黙れ、耳障(みみざわ)りだ」

「おっと、これは失礼」

「――やめな」

 拭いきれぬ不快を含んだような声と、優位を得て飄々(ひょうひょう)さを増した眼差しとがぶつかり合う。暗雲の立ち込め出す二人の間に、リアの声が飛ばされる。

「バーティン。その奔放さが、あんたの癖だよ」

「自由は吾輩の長所と考えておりますが、リア殿のお言葉とあれば」

「調子がいいこったね。――追加の護衛には、あたしが付こう」

 空気を換えるように、すっぱりと言い切ったリア。

「秋光の肩を持つわけじゃあないが、なんたって相手は凶王派と九鬼(くき)永仙(えいせん)だ」

「……」

「狙いの一部でも分からずにぶつかるってのは、勝算を上げる意味でも避けたいし。相手方の意図があぶり出せれば、万が一を退(しりぞ)けられるってことにもなる。どうだい?」

「……試験の成否について、私がごねるとでも思ったのか?」

 年長であり、日頃から一目を置くリアに対してすら、軽く当たりを含んだような声が、乾いた唇から発せられる。

「弟子に任せると言った以上、郭の判断が私の判断だ。リア・ファレルが警護につくというのなら、それ以上に頼もしいこともない」

「結構結構。理性的ですな。年貢の納め時というものを、よく理解して――」

「バーティン」

「おっと失敬。――では」

 悪びれない様子のバーティンがおどけるように首をすくめる。荷物を持つメイド服の少女と共に、服の裾を(ひるがえ)して。

「吾輩はこれにて。若者たちの行方を見守るという、憂いの必要もなくなりましたからな!」

「関係者の方にはあたしから話を通しとく」

 去っていく姿を尻目に、リアが控えていた人物の方に目を向ける。促しを受けたのち。

「予定が決まったんなら、用意を進めとかないといけない。――忙しくなりそうだね」

「そうですね」

 老女と連れ立って出て行く葵。流れる墨色の髪が(なび)いて消える退室際に、一瞬だけ向けられた――。

「……」

「……まさか、郭から合格をもぎ取るとはな」

 補佐官からの眼差しを受け取って、静けさを増した空間にて秋光はレイガスと対峙する。未だ苦々しさの消し去れてはいない声。

「流石はあの英雄の子息たちと言うべきか。掻き回してくれる」

「……レイガス」

 込められた微かな皮肉に秋光は声をかける。――何を言うべきか。

「凶王派への意見を異にする者として、立場の違いは分かっているつもりだ」

「……」

「私の取る方針に対して、納得がいかないことがあることも分かる。――だが」

 向き合う相手の内心を(おもんばか)りつつ、話すべき事柄を胸のうちに思い浮かべる。目的の空振りにつけ込むような真似ではなく、

「それでも私は、可能な限り協会にとって最善となる道筋を選ぶよう努力する」

「……」

「筆頭の責務を担う人間として、対話と研鑽を積み重ねていくつもりだ。これからも――」

「……誠意を込めて話せば、私が頷くとでも思っているのか?」

 今の自らがレイガスに向けて言うべき台詞を。理解を呼び掛ける秋光に向けられたのは、言の葉を打ち据えるような冷厳な視線。

「昔から、お前のそういうところが気に入らん」

「……」

「地に足をつけて協会を導くべき賢者でありながら、どこまでも理想を念頭においている。――誰とでも話すことができるなどと思うな」

 協会の魔術師として幾度となく反秩序者(アウトオーダー)との死闘を潜り抜け続け、賢者として己の道を邁進(まいしん)し続けて来た、生涯を通じての言葉をレイガスが口にする。

「憎悪すべき非道を前にすれば、仮借なく力を振るわなければならないこともある。世界の情勢を見極め、秩序を守るために最も犠牲の少ない選択肢を選び取れることこそが、協会を導いていく者に必要な資質だ」

「……それでも」

 邪知暴虐の尽きない技能者界で魔導における秩序を維持し、あるべき在り様を示すのだとの決意。幾度となくぶつかり合ってきた信念を前にして――。

「それでも私は、人は、分かり合えると信じている」

「……」

 秋光は今再び、己の見据えるところを口にした。……沈黙。

「……話にならんな」

 僅かの交錯のあとに、レイガスが視線を逸らす。反転した身体。

「レイガス」

「――勘違いするな」

 呼びかけた声に、去ろうとしていた足が止まる。四賢者の立場にあっても変わらない、質実を表す白く目の粗いローブの背中を見せ。

「私はあくまでも、自分の発した言葉に従っただけだ」

「……ああ」

「お前の意図に賛同したわけではない。……奴らが排除しようとしていたということは、あの四人の生存が、奴らにとって不都合を齎すということ」

 振り返りはしないまま、扉に手をかけたレイガスが、最後に今一度刻み付けるように言葉を残した。

「みすみす奪われるような真似はするな。お得意の甘さで精々、守り切ってみせるがいい」







 ――試験場の外。

「――」

 階段を上がり、開けた空間に出てきた郭は歩みを止める。目の前に立っている三人。

「これはこれは」

「……」

「担当の支部長方。苦労を終えた試験官の出迎えとは、殊勝な心掛けですね」

「――前置きはいい」

 煩悶として待ち構えていたのだろう支部長たちからの、剣呑な気配を鋭敏に感じながら。微笑ましいと言いたげな視線を向ける郭に――。

「お前が出てきたってことは、あいつらの試験は済んだんだな?」

「ええ」

「どうなった?」

「……おかしな質問ですね」

 真っ先に問いただしてきたのは、背の低い平和主義の支部長。愛用の煙草も出していない、

「僕の立場を考えたなら、結果など分かり切っているでしょうに」

「――ッ」

「――ふ」

 協会の大事を扱うような真剣さに目を細めた郭の台詞に、血気盛んな支部長が拳を握る。想像通りの反応。

「合格ですよ」

「――⁉」

「彼らには、外出の許可を得ることを認めました。早く行ってあげたらどうです?」

 分かり易い態度に失笑を零しつつ、多少の留飲の下がる心持ちを郭は感じている。二人が見せた明確な驚き顔に。

「なに?」

「試験とはいえ、内容はかなりの難関でしたからね」

「――」

「僕もそれなりには疲れましたし。才能のない羊の一人は、そろそろ倒れる頃合いなんじゃないかと思いますが」

「――ッあんた」

「よせよ」

 先に見抜いていた、少女に起きるはずの変調をぶつけてやる。――これでいい。

 試験の結果を待ち構えまでしていた以上、彼らの大事を告げてやればすぐに消え失せることだろう。向けられる敵意を心地よく受け止める郭の眼前で、眼つきを変えた反抗的な支部長の踏み出しを、昼行燈(ひるあんどん)のロートルが制止した。

「こいつと喧嘩したところで面倒が増えるだけだし。今は、あいつらの安否が先だろ?」

「――ッ」

「行こう、立慧(リーフイ)

「っそうね」

 すれ違いざまに一睨みをくれたのち、目もくれないで通り過ぎていく。足早に下へと向かう三人を見送って――。

「……過分なことだ」

 微かな鼻先(わら)いと共に、郭は中断された歩みを再開する。ゆっくりと。

 何者にも(さえぎ)られないと誇示するような、悠然(ゆうぜん)自若(じじゃく)の足取りをもってして。四賢者の関係者以外の立ち入りが許されない、本山の上層階。

「……」

 魔力駆動の昇降機で昇り、通いなれた無人のフロアへと足を踏み入れる。龍脈の力を借りる【大結界】と連動して建物に掛けられた保存の術式によって、魔導協会の本山は、魔力の供給がある限り完全な状態を保ち続ける。

 経年による劣化も、魔術の暴発による傷や汚れも、魔導の本山を蝕むことはない。細部まで整然さを保つ、緩やかな弧を描く道筋が、郭の姿を隠し――。

「――くそ……っ!」

 口元に浮かんでいた微笑が、溶けるようにして崩れ落ちる。感情のまま真横に振り出された拳が、くぐもった響きを立てて石壁を打ち据えた。……伝わる振動と痛み。

 指に覚える冷たい石の感触を拠り所にして、郭は強く歯噛みする。およそ……。

 ――想像だにしないほどの失態だった。試験前には天上に座す絶対者の如き心持ちでいたにもかかわらず。

 今一人でいる郭の胸中は、地面に叩き付けられた羽虫のように惨めな情念に埋め尽くされている。――学生出の素人四人。

 稀に見る才能を持つ人間が交じっているとはいえ、技能者として自らに及ばないことは余りに明らかであり。……ッ確実に達成しなければならなかった。

 四人に外出許可を得させまいとした郭の動機には、単にレイガスの意向があるからという事情だけがあったのではない。郭自身の望み。

 師の意向と合致する形で果たそうとしていた目的のためには、万が一にもしくじるわけにはいかなかったのだ。自身と立場を同じくするあの男――ッ。

「……ッ……!」

 三千風(みちかぜ)(れい)がいる前では、絶対に。……レイガス・カシア・ネグロポンテ。

 自他ともに厳格な規律を用い、四賢者として厳しい姿勢を崩さない自身の師が、協会の多くからどう呼ばれているかを郭は知っている。――伝統派の神輿(みこし)として、時代遅れの風潮を(かたく)なに上げ続ける老人。

 曰く、七十の(よわい)を経て四賢者の立場に昇りながら、独自性のある術法の開発に至れなかった《才能枯れ》であり、九鬼(くき)永仙(えいせん)の離反という絶好機を迎えながら、十数歳年下の秋光にも筆頭の座を譲り渡した《四賢者止まり》である。……悪意と嫉妬から来る風聞の数々。

 支部長にすらなれない無才者たちの戯言に耳を傾ける価値がないことは、郭もよく知っている。仕方のないことだ。

 いつの時代も、堅実で真っ当な努力を続けようとする者は、周りから(うと)まれ揶揄(やゆ)される傾向にある。多数の愚者の賛同を得られなくとも、厳格な道筋を掲げ続ける姿にこそ意義があるのだと。

 郭自身は理解している。……だが。

「……」

 それとは対照的に、誰もが誉めそやすのは秋光のことだ。穏健派としての姿勢に異を唱える者はあれども。

 召喚術における異形の立場を改革し、自身の敵とさえ真摯な対話を続けようとする彼の人格に、不評を付ける者はまずいない。協会内ではおろか、友好的とは言えない他の二組織においてさえ、その人間性があげ連ねられることはなく。

 内外において重ねられた信頼があったからこそ、盟友九鬼永仙の裏切りという大事を受けながら、四賢者筆頭という立場に就くことができたのだろう。事実的な単なる分析ではあるが……。

 ――この落差は一体、なんなのだ(・・・・・)

 秋光が愚者であるとは郭も思っていない。理想主義的な姿勢に鼻白みを覚えることこそあれ、力量と才覚は賢者として相応(ふさわ)しいと分かっている。

 ――だが。

 あのレイガスが。自らの師がそれに劣るような評価を受けていることは、郭にはどうしても受け入れ難いことだった。……大々的に力を示すことはできない。

 次代の四賢者候補として不足のない力をつけるまで、自分の力を秘匿することには郭も納得している。愚かな大勢に力を見せつけることができないなら――。

 ――分からせてやればいい(・・・・・・・・・・)

 周りでとやかく言う輩などにではなく、当人たち(・・・・)その者に。筆頭として秋光が示した方針を、弟子である零の前で自分自身が打ち砕く。

 そうなれば周囲は押し黙らざるを得ないだろう。賢者見習いである自らの力のみならず、師であるレイガスの手腕を示すことにもなったはずで。

「……僕も、まだまだ……か」

 だが、他ならぬ自身の失態によって、そうはならなかったのだ。叩き付けた指先が壁から滑り落ちるのに任せたまま、郭は悔いの滲む言葉を零す。……必要以上に相手を(あなど)り過ぎた。

 せずともよかった挑発、付け加えなくともよかった言動。そうしたモノの一つ一つが積み重なって、最後の失態へと繋がった。……特に。

 本体を見破られた直後の攻防は最悪だった。下手に感情を乱すことなく、冷静に対処していれば良かったはずだ。

 今になってあのときの状況を振り返ってみれば、それこそ対処法など山のように頭に溢れかえってくる。自身の立ち振る舞いの完璧さを強く求めるが故に、

 それが崩されたとき、ああまで脆さを(さら)け出す羽目になってしまった。……合格を言い渡すことは、自身の敗北とほぼ同義。

 だとしても、あの場で虚偽の不合格を言い渡すことだけは、郭には断じてできないことだった。完全な力量の不足があったなら――。

「……」

 どうあっても埋められない差があったなら、そもそも自分が崩されることなどない。想定通りの試験が進められなかった理由は(ひとえ)に、相手方の力量が自分の想定を超えていたからなのだ。――ゴリラによる無法な気の感知。

 どこまでも凡庸なはずの羊でありながら、己の限界を超えてまで術式を稼働させたあの少女。それだけでも想像を裏切られる場面があったのは確かだが……。

 中でも郭にとって業腹だったのは、残りの二人だった。――ジェイン・レトビック。

 自身を目立せることなく、後方で着々と戦略を練っていたのだろう人物の表情を思い返すと、未だに憤懣(ふんまん)やるかたない憎々しさが昇ってくる。干渉系統の技法を巡る攻防戦。

 格上であるはずの自分に敢えて概念魔術を仕掛けてきたのは、単にこちらに心理的な隙を生じさせるためではなかった。……レジストの手腕を盗み取るため。

 賢者見習いという最高の教材から一線級の技術を学び取り、なおかつそれへの対策を備えた術式を作り出すためだったのだ。二度目のレジストの進行を遅らされたこと。

 レジストの完遂前に逃げられたことが、そのことを如実に示している。鍛錬を重ねて編み出した術式を、あの短時間で分析し、学びの材料とされたことは、魔導の徒である郭からすれば屈辱的とさえ言えるものであって――っ!

「……っ」

 そして、それ以上に。……最後の一撃。

 複合障壁を突破したあの一撃を、自分は(かわ)せていたわけではない。必死で飛び退いた回避が間に合ったのは、障壁を突破した瞬間の男の手が、無自覚的な緩みを見せていたから。

 敵との戦いであれば有り得ないはずの思い遣りが、あのとき郭が正真正銘の敗北を晒さずに済んだ理由だったのだ。一人一人の技量は(つたな)い四人が、力を合わせて自分に牙を届かせたと理解していたからこそ――。

「――郭」

 あのとき己の望みを捨ててでも、合格を言い渡さなければならなかった。誰もいなかったはずの廊下。

「――っ師匠」

 いつの間にか後ろに来ていた相手の気配に、郭は機敏な反応を見せる。白地のローブに身を包んだ出で立ち。

「……合格を出したと聞いた」

「……はい」

 変わらぬ姿で立つ賢者の双眸に宿る光には、昔と同じ確かな信念が宿っている。……顔向けができない。

 下を向いたまま、恥辱のこもる声を零す。……平時の覇気を意図的に沈めた声。

 勢いを抑えた(なぎ)のような師の声を聞くのは、郭が覚えている限りでここ久しくなかったことだった。自分の失態のせいで――。

「何が足りなかったか、分かっているか?」

「――っ」

 師の意向を(くじ)けさせたのだということ。――声。

「……」

 掛けられた言葉の力強さに、導かれるようにして郭は顔を上げる。……面の中にある威容と峻厳。

「――はい」

 目的の挫けた中にあっても揺らぐことのない誇りを湛えた師の面持ちに、確信と誠実さが答えに宿る。――そうだ。

 失態のあとにすべきこととは、嘆きや後悔などではない。原因を分析し、

 省みて、血肉として先へと繋げること。進み続ける己の動機の、糧とすることだ。賢者が持つべき心構え。

「ならば良い。――行くぞ」

「――」

「穏健派の遊びに付き合った遅れを取り戻す。今日の修行は、一段と厳しいと思え」

「はい!」

 師より学んだ事実に今度こそ前を見て、郭は歩き出す。――前を行く賢者の背中。

 偉大なる先達の、半歩後ろを追っていくようにして。郭とレイガスの姿が、廊下の向こうへと消えていった。



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