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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第四章 魔導協会での生活
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第十五話 プライドの代償

 

 ――ほら、動いた。

 何かを決意したような相手の挙動を目にして、(かく)は内心でそんな冷静な感想を口にする。打開の手立てが見付からずとも、

 こちらから()かすような局面を作り上げれば、必ず何かしらの反応を示すと思っていた。どうせこのまま終わってしまうなら、動いた方がマシという判断――。

 賭けとしては妥当な選択肢のようにも見える判断はしかし、郭からしてみれば浅はか極まりない愚策である。……逃げるのを止め、攻めに転じるために振り向こうとする瞬間。

 その一瞬が敵にとっても相手を仕留める絶好の機会になり得るのだということを、全くのこと理解していない者の考え方であるからだ。これは実際の襲撃を模した試験。

 相手を仕留められる牙を持たないなら、せめて可能な限り逃げ回ることで時間を稼ぐべき。最後はそれで余力を失い、命尽きることになるのだとしても、力のある人間の助けさえ間に合えば状況を変えることができる。自らの分を知り――。

 他力を頼むという最低限の最善さえこなせるならば、郭とて多少はその賢明さに賞賛を送らないではなかったが。……目の前の四人は動いてきた。

 あくまで自分たちで何かをしようとする心構えでいるということだ。試験に臨んだ経緯を考えれば当然とはいえ……。

 振る舞いとしては余りにつまらない。鼻先に浮かんでくる(わら)いを自覚しながら、郭はチェックメイトへの用意を整える。どれで仕留めるか。

 頭の中には十を超えるパターンが浮かんでくるほどで、かえって持ち手の選択に迷わされる。……余りに負傷を重くしたのでは、あの支部長たちから抗議が入れられる可能性もある。

 一週間程度。ベッドの上で丸まって身のほどを痛感するだけの時間が与えられたのなら、報いとしては充分だろう。判断を下して郭は仕掛けを閉じにかかる。崩しの標的とするのはあの二人。

 少なからず役回りを負うことのできているゴリラとインテリとは違い、逃げ回るばかりで何もできていない青年と少女。立ち回りの機敏さや、魔術の所作を目にしただけでも分かる。

 才能の欠片もない凡庸さ。分を知らずに声だけを通そうとする、レイガスや自分が最も唾棄(だき)して止まない(たぐい)の人間だ。見下す視線と共に決着の術式を発動させようとした、

「――っ?」

 刹那。郭の視界に、奇妙な光景が映り込む。走り回っていたはずの四人。

 雷から逃れるために奔走(ほんそう)していた全員が、動きを止めている。……魔力切れか?

「どうしたんです?」

「……っ」

「あれだけ走り回っていたものを。突然立ち止まってしまうとは」

 当初の見込みでは、まだ一、二分程度は持つだろうと考えていたが。敗北を悟らせる時間を設けるため、郭は一旦雷の術式を停止させる。

「抵抗ももう終わりですか」

「……」

「分不相応な大口を叩いておきながら。呆気ないことで――」

 口の端を押し上げた瞬間。

「――オラァッッ‼」

「――ッ⁉」

「【重力――四、倍】ッッ‼」

 反射的に鼓動が跳ね上がるバカげた咆哮(ほうく)が轟き。魔術師であれば誰もが耳を疑うほど乱雑な詠唱に気を取られた直後に、郭の全身を凄まじい重量の変化が襲った。これは――ッ‼

「――ッ‼」

 本能的。染み付いたプライドから声を上げることは(こら)えたものの、体感したことのない重量に膝から床へと崩れ落ちざるを得ない。全霊の魔力を注いで発動されている――!

「【身体強化】――!」

 ――ッ重力魔術。地面についた両腕と両ひざに(ひしゃ)げそうなほどの負荷が掛かっていることを感じつつ、郭は報告書にあった内容を思い返す。ゴリラの持つ支配級の適性。

 馬鹿の一つ覚えのように突進を繰り返す姿から、使いこなすだけの脳味噌がないのかと思っていたが、ここに来て最大限の威力で行使してきた。なぜ今になって――ッ。

「――」

 ――そうか(・・・)

 身体を(きし)ませる圧力と苦痛。這いつくばらされる屈辱に耐え、視線を床に固定されながらも、郭は相手方の意図を冷静に看破していた。……術師として格上の郭に対して、彼らの扱う魔術のほとんどは大した影響を及ぼすことができない。

 だが、指定した範囲内の空間そのものに作用するこの魔術であれば、少なくとも術者に対する直接的なレジストを受けることは避けられる。物理的な防御のために展開させていた郭の障壁にとっても。

 空間自体に働く重力魔術は、抜け道として機能させられるのだ。そしてまた当然のことながら――。

 ――郭が映し出している幻影には、痛覚がない(・・・・・)

 本物と(まが)い物の差異から起きる反応の差によって、両者を見分けることができると考えたのだろう。同時に身動きも封じられるのであれば、それは正しく会心の一手。

 追い込まれていた彼らが希望を託すに相応しいと言える。しかし――!

「ッ甘い――ッ!」

 ――対処はすでに講じ終えている。接近への備えだった障壁の術式を解除し、強化に注ぎ込む魔力を増大。

 鼓舞と嘲笑を込めて呟きつつ、郭は崩れ落ちた姿勢をゆっくりと立て直していく。幻影を生み出すのに自分が用いた魔術は、確かに基本形では事前の設定に従って術者を模倣した立体映像を生み出すだけのものに過ぎない。

 だが、師であるレイガスと同じく幻惑系統の魔術を得意とする郭は、水の塊を幻影の内部に設置して質量を偽装するのと同時に、もう一つの工夫を組み入れてもいた。――【緊急同期】。

 術者に異常があった場合、幻影が写し出す姿を本人の動きとラグを挟まずにリンクさせる機能。重力魔術を受けてから郭が示した一連の反応はすなわち、三十二を数える周囲の幻影に紛れるうちの一つでしかないということになる。……もぎ取ったのは数秒の猶予。

 事前と今も足を止めていることからして、最大限度の出力で重力魔術を続けるにはそれなりの集中が必要なようだ。肉体を補助する魔術に魔力を注ぎこんだことによって、すでに自重の増加は問題にならない。

「惜しかったですが、これで――」

 あとは攻撃の魔術を使って、彼らの試験に引導を渡すだけでいい。勝利の余裕を口の端に浮かべた郭が、ゆっくりと(おもて)を上げた。

 ――刹那。

「そこ――かァッッ‼‼」

「ッッ‼⁉」

 裂帛の気合いと同時、目の前まで差し迫った歪な形状の物体を、反射的な所作で郭は回避している。――サングラス。

「なっッ……⁉」

 度の入っていない、明度と紫外線をカットするためのレンズが試合場の壁に激突し、破砕の音を立てて砕け散る。――ッ何を。

 最後の悪足掻き、不意をつく奇襲? 一瞬だけ覚えた焦りの感覚が、次の瞬間に焼け付くような怒りへと変換される。素人の分際で、自分に冷や汗をかかせるような真似を――ッッ。

 ――いや。

「――【時の加速・二倍速】‼」

「――ッ!」

 ――ッ違う。失態に見開かれた郭の瞳の先で、相手方から一つの影が猛然とした動作で走り出してくる。刀を手にし。

 加速の援護を得て駆け走る姿には、一片の迷いもない。虚像に紛れているはずの、本物の自分を(・・・・・)ひたすらに見据えていて――!

「……ッッ!」

 幻影なら避けなくていい投擲(とうてき)を回避してしまったことで、自分自身の位置をバラしてしまった。思わぬ失態に手のひらに爪先を食い込ませながらも、賢者見習いたる郭はしかし、瀬戸際で冷静さを保ってもいた。――おかしい(・・・・)

 例え今しがたの反応で本体が確信されたのだとしても、その前の投擲が自分に向けて投げられるためには、その時点で本物の位置が掴めていなければならないはずだ。確率にして三十三分の一(約3パーセント)

 如何に相手が愚かとはいえ、そんな博打(ばくち)に打って出るとは考えづらい。虚像と本体をリンクさせる術式に抜かりはなく、

 重力魔術による看破も退(しりぞ)けた。改めて振り返ってみたとしても、落ち度は何一つないはずで――。

「……‼」

 一瞬。

 可能性に気が付いた郭の視線に、これ見よがしに舌を出し、中指を立てている低俗な男の顔面が映り込む。……まさか。

 ――ッ馬鹿な、という声がする。

 有り得ない、との叫びが胸中に木霊する。……認められるはずがなく。

 だが、郭が賢者見習いとしての知識と経験を総動員してみても、原因はただの一つしかなかった。重力魔術の影響を消すために使用した――。

 強化魔術使用時の、魔力の感知。……あらゆる魔術の行使には、前提として魔力の動きが伴っている。

 幻影はあくまで動作を本体と連動させているに過ぎない。見た目の反応は同じでも、魔力の起こりや流れまで再現することは出来ておらず、そこを手掛かりに見抜かれる可能性はある。理屈の上では起こり得る陥穽だと知ってなお。

 ――ッあり得ない。

 郭の胸中には、先と同じ叫びが木霊したままでいた。術の発動時に伴う魔力の動き。

 だが、魔術の行使に必然的な動作であるそれを一々気取られてしまうことは、すなわち自分のあらゆる行動に機先を制されてしまうということでもある。如何(いか)にして魔力を悟らせずに魔術を発動させるか。

 そのことは魔術師共通の課題であると言ってよく、郭もまた、その問題に対して一般的と言える対処を身につけていた。魔力の零れ出しを抑制する、【魔力隠匿】の技術。

 魔術の発動時に熾る魔力を術式の内側に留め、外部からの感知を不可能に近づける。賢者見習いとして磨き上げ続けた郭のそれは師であるレイガスからも認められており、生半可な感知力で見抜くことはできない。

 本山の上級魔導士さえ気づけないはずのそれを――。

「――ッ!」

 ――あの蒙昧(もうまい)な技能者もどきに、看破されたのだ。得意げなにやけ面への憤懣(ふんまん)

 驚愕と恥辱に()められていた、思考が変化を察知する。数メートルの位置まで突進してきている男。

 不要と思えた障壁を解除したこのタイミングは、偶然とはいえ格好の隙になってしまっている。――ッまだだ。

「ッ【始動】、【合成】――!」

「――【時の遅延】」

 まだ間に合う。反射的な思考が詠唱を紡いだ直後。

「【二分の一倍速】ッ‼」

「ッ‼」

 男への援護として割り込んできた詠唱に、郭は内心で蔑如(べつじょ)の喝采を差し向ける。――ッ愚かな‼

 素人としては賢しらな発想に一度遅れを取らされたのは確かだが、それは概念魔術という特異な様式への対応に、郭が慣れていなかったからの結果に過ぎない。賢者見習いとしてレジストの技法は磨き上げてきた。

 先の接触で具体的な感覚を掴んだ今なら、一瞬の猶予さえ与えることなく跳ね除けることができる。仕留め役に掛けられた援護ごと瓦解させるつもりで、容赦なく辣腕(らつわん)を奮い――ッ‼

 … … ?

 未だに遅延されたままの時間の中で、郭は気づく。……解除できない?

 いや、できていないわけではない。自分の手法は確かに先より洗練されている。

 解除の進んでいる感覚があることも間違いなく、にもかかわらず、先ほどよりレジストの進行が遅らされているのは。

 ――まさか。

「――ッ!」

 思い至った瞬間に遅延が解かれる。瀬戸際で標的を逃した空振りの感覚。

「――!」

 目論(もくろ)みを外された事実を受け止める暇もなく、展開された眼の前の光景を郭は享受せざるを得ない。刀を構えた男はすでに、数歩で自分を射程に収めるところにまで迫っている。

 接近に必要な時間を稼がれた証であり、加えてそこにきてようやく、郭は目にした相手の出で立ちに変化が生じていることを把握していた。――肉体から立ち昇る暗黒の魔力。

 己の身に宿された魔力を放出し、一時的な能力の向上を得る技法。特別な血筋以外では見ることのない技法だが――。

 ――っ。

 ――分かる。

 自分が今目にしているものが、いかなる種類の技法であるのか。強化の程度。

 全身を巡る魔力量から察せられる持続時間。ここに至るまで切られなかったことから考えて、これがこの男と仲間たちの切り札となる技法であること。……そして何よりも。

 ――ッッ‼‼

 技能としての練度を見た場合、自分が今目の前にしている技法は、何かの冗談かと紛うほど稚拙なものであると。憤慨(ふんがい)

 侮辱とも思える技の披露に、郭の思考を激情が塗り潰す。……仮に――。

 先に本体を見極められたその時から対処をしていれば、間に合わないことはなかったかもしれない。理解と考察を置いて対処を優先し、

 相手がひとまずの脅威であると認めてしまっていれば、充分に対応できるだけの実力差はあるはずだった。……だが。

 ――こんな子ども騙しの技を拠り所に、賢者見習いたる自分に勝負を掛ける?

 ここまで自分を苛立たせておきながら、最後にこんな凡俗を王手として前に立たせる? 郭の心中に沸き上がったのは警鐘ではなく、生理的な嫌悪と憤怒。窮地と言える状況にあってなお――。

 郭という術師の(つちか)った見識は、目の前の相手を脅威と認識することを全身全霊で拒絶していた。しようとさえしていない。

 郭にとって重要なのは相手が自分より遥かに劣る力量の主だということであり、その相手が事実自分にとって脅威になっているのだとしても、そのことを認めるわけにはいかない。なぜなら。

 ――自分は、賢者見習い。

 師の跡を継ぎ、協会の行く末を担うに相応しい者になる魔術師なのだから。年齢と比して誇るべき実力。

 魔術師として重ねてきた思考と鍛錬の積み重ねから、郭がプライドを持ったとしても何ら不思議ではない。この若さで賢者の代行を任されることも含めて、それは正に才能と研鑽が(もたら)した誇りであって――。

 ――だが結局のところ、そのプライドが郭の最大の隙となった。




「――ッ‼」

 ――全力で駆ける。

 握り締めた手に得物の感触を覚え、見据える相手の他は何も考えに浮かばせずに。リゲルの魔術と気の感知。

 ジェインの援護と陽動が、この隙を作り出してくれた。今俺が考えるべきなのはただ一つ――ッ。

 全員の努力を繋いで、成すべきことを成し遂げるだけだ。相手が反応するそのコンマ一秒でも前に――‼

「――ッ‼」

 懐へ‼ 発動している【魔力解放】。

 立慧さんとの修行で密度を高められた暗黒の魔力を支えに、蹴り足で郭の眼前にまで到達する。――ッ入った‼

 事前の予測でここまでに反撃の一つは受けると覚悟していたが、魔術を見切られたのが余程のこと衝撃だったのか、間近に映る郭の目つきには現実を忌避するような当惑が漂ったまま。これならば――ッ‼

「――っ」

 行ける。刀を振るうためにはあと一歩。

「――ッ【再始動】、【二重合成】――‼」

 それだけで足りる。俺を目にした郭。我に返ったような瞳が、捉えきれないほどの高速で何かを口走るのと同時――!

「――ッ⁉」

 リゲルを感電させた雷の障壁が現れたかと思うと、ぐにゃりと歪みながら瞬く間に姿を変える。――大量の水。

 見るも眩しい高圧の電流を含み込んだそれが、郭を俺から隠すように高速の流れを作っている。先に披露した二つの障壁を――!

 土壇場で組み合わせて展開したのか。磨き抜かれた魔術師としての手腕。

 立ち塞がる才能と脅威に一瞬だけ怯えが過りかけるが、直ぐに立て直す。……水の障壁はリゲルが最初に破って見せていた。

 電流に関しても、俺たちを襲ったあの男との戦いで経験がある。鍛錬を積んだ今の俺たちなら――‼

「――ッッア‼」

 超えられるッ‼ 踏み込み。

 渾身の膂力(りょりょく)と気合を乗せ切り、叫ぶような気息と共に終月を抜き放つ。――蔭水流【影の太刀】における奥義。

 最速の居合術である【無影(なきかげ)】を模した一撃。水流に隠された郭の胴体を狙う刀身が障壁に触れるより先に、猛り狂う電水流の渦が俺を呑み込もうとするが――‼

「――【上守流・対魔障壁】‼」

 フィアの魔術。完璧なタイミングで展開された二つの障壁が、襲い来る水と雷の波濤(はとう)を逸らす形で背後へ受け流す。弾ける飛沫(しぶき)と電流が、揺らめく魔力の対流に阻まれていく――。

 ――ッここだ。

〝――いい?〟

 瞬間の集中。渾身の力で打ち放った一撃に、立慧さんの提案で身に着けた新たな技法を乗せる。脳裏に思い浮かぶのは、伊達眼鏡で指を立てる立慧さんの姿。

〝あんたの【魔力解放】って技は、自分の持ってる魔力を身体に纏わせることによって恩恵を得てる〟

〝――〟

〝垂れ流しにすると効力が短く弱くなるから、なるべく留めるような訓練をしてるわけだけど。ここでもう一工夫〟

 ホワイトボードを前にして、マーカーで図形が描き足される。

〝収束によって強化の効率が上がるなら、瞬間的にでも収束を強めれば強化の効率を上げられる〟

〝……⁉〟

〝燃費は最高に悪くなるし、すぐに散っちゃうだろうから一瞬だけだけどね。普段は普通に留めるようにしてる魔力を、ここぞという瞬間で一気に圧縮させる〟

 丸く描かれた円に、バンと威勢よく手が置かれる。俺を見る奮起の眼差し。

〝これであんたの得意技を更に強化できるはずよ。反動で直後は発散が激しくなるでしょうから、技を使うタイミングだけには気をつけなさい〟

 ――【魔力凝縮(・・)】。

 気の流れの訓練でより明確に意識できるようになった魔力の流れを、さらに力の限りで押し固めるように縛り付ける。押さえていた魔力の漏出が、

「――ッ‼」

 固体と見紛う濃度で刀と身体に集中し。瞬間的な加速と力のパンプでもって、腕ごと取られそうだった抵抗感を、(たけ)る気迫の元に押し切った‼ 解放――ッ――。

 ……っ?

 終月を振り抜いた感触と同時、達成感より先に、違和感が心の中に浮かび上がってくる。……おかしい。

 いくら優れた腕前の技能者とはいえ、郭自身は魔術師だ。鍛えていない身体で一撃を受ければただでは済まない。

 気配を感じて直前で止めるよう集中していたはずなのに、予想していた手応えがない。振り抜けたということは――。

「ッ――」

「……っ!」

 水流と電流が散った視界の向こう側に、予想外の光景が現れてくる。振り抜かれた刀身より僅かに先。

 終月の間合いの外側に、飛び退いた姿勢で固まる郭が立っている。整えられていた髪は僅かに乱れ、

 息を荒げさせた胴の上、胸下あたりに一筋の切れ目が入っているものの、直撃を受けた様子はない。――っ(かわ)したのか?

 障壁が到達を遅らせていたとはいえ、今の俺の全力の一撃を。まだ冷静さを取り戻してはいない呼吸。

「……さん」

 視線を服の切れ目に下ろしていた郭が、何かを呟く。(うつむ)いていた眼差しが俺を向いた、

「……えっ?」

(ゆる)さん――‼」

 ――射抜くような眼光。

 屈辱への憎悪で燃え(たぎ)る修羅の形相(ぎょうそう)を目にした直後に、凄まじい魔力が郭の全身から(ほとばし)る。【魔力解放】のオーラと比較にならない――ッ‼⁉

「黄泉示ッ‼」

「ッ【時の加速・二倍速】‼」

 強大な力。憤怒(ふんぬ)の圧力に圧されている中で、リゲルの叫びと、ジェインの放った援護の感覚を理解する。あらゆる行動速度を倍加させる【時の加速】――っ。

「――ッ⁉」

 スローになる視界を受けて、だが、飛び退こうとした自分の脚が一歩も動かせなくなっていることに気付く。――ッッ氷⁉

 破られ地面に散っていたはずの障壁の水がいつの間にか、俺の足を繋ぎ止める枷となっている。結んだ靴紐から両足を抜き出すより前に――‼

「【二重合成】――‼」

 (たけ)()える詠唱につれて、郭の眼前に収束した魔力が形質を変化させる。……っこの戦闘で何度も耳にした放電の異音と、

「――【大炎と雷鳴の炸裂】‼‼」

 血肉を沸騰させるような熱気。怒号と同時、魂ごと焼き尽くすような雷光の業火が、目に見える世界を埋め尽くした。



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