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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第四章 魔導協会での生活
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第十四話 獅子とウサギ


 ――面倒なものだ。

 普段の修練では滅多に訪れることのない試合場内。目の前を逃げ回る四人の姿を見て、(かく)はそんな愚痴にも似た呟きを内心で漏らす。……雑多な有象無象たち。

 技能者としての力量は自分と比べるべくもないが、内容を見ればそれなりに目を引く者もいるとは言える。――重力属性に対する支配級の適性に、概念魔術の中でも特別稀有な種別である時の概念魔術。

 出会いの時点から挑発を続ける形で一人を誘い出したのは、それらの要素を踏まえて面倒事を早く終わらせようと思ったからでもあるが、結果的には首の皮を繋がれてしまっている。ゴリラ以外は中々に慎重。

 実力の差を無視して突撃を仕掛けてくるだけの無謀さは流石に持ち合わせていないようであり、それが多少なりとも生存の時間を伸ばす選択肢に繋がっている。彼我の力と手札を照らし合わせた上での戦術的な賢明さというよりは……。

 取れる手段の少なさからして、それ以外に選べる手を持ち合わせていないという、羊ゆえの幸運と言った方が正しいのだろうが。三十二を数える虚像の林の中に紛れたまま、郭は失笑に近い溜め息を零す。……面倒だ。

 本来であれば自分とて、こんなところで下らぬ手間をかけている暇はない。未来の四賢者を担う者として、

 そしてその先を目指すためにも、今は師の下で鋭意(えいい)磨錬(れんま)(はげ)まなければならないときなのだ。試験前に三千風(みちかぜ)(れい)に述べた中身は――。

 意図として挑発と切り崩しを含んでいたとはいえ、大方は郭の抱える本心でもあった。不倶(ふぐ)戴天(たいてん)の敵である凶王派と協調路線をとろうとする穏健派。

 打ち立てるべき秩序の破壊者たる勢力と手を結ぼうとする方針も理解の外だが、今回の件について言えば、責任は完全に彼らの派にあると言ってよかった。九鬼(くき)永仙(えいせん)の裏切りに端を発し、

 凶王派との同盟並びに宣戦布告。挙句の果てにはこうして厄介な事情を持つ四人を抱え込むに至っているのも、全ては穏健派の犯した失態の尻拭(しりぬぐ)いなのであって。……事は協会そのものの命運に関わっている。

「……」

 責任の所在が明らかとは言え、早急に対処すべき事態が迫っている今は、内部で(いさか)いを起こすべきではなく。穏健派の内部でことが適切に対処されている限り、レイガスとしても手を出すつもりはなかったのだろうが――。

 今回の件について、穏健派の旗頭(はたがしら)であり、協会の現筆頭である(しき)秋光(あきみつ)が、余りに論外な選択を取ったことで動くことを余儀なくされていた。保護した四人への外出許可。

 襲撃の余地を作ることで凶王派の動きを促すという、筋が通っているようで全くのこと無意味な名目に郭は苦笑する。……余りに理想主義的。

 綺麗ごとを重視して不必要な手間をかけようとする手法に、ほとほとあきれ返らされてしまう。協会が今置かれている状況を考えるなら、この件で取るべき対応など一つしかない。

 ――彼らを殺すことが凶王派の狙いなら、出さなければいい(・・・・・・・・)のだ。

【大結界】と四賢者たちの守りを(よう)する本山に、ことが終わるまで閉じ込めておけばいい。相手方の意図がどうあろうとも、

 裏切り者の九鬼永仙を抱え込んだ時点で、凶王派と組織方の衝突は避けられないモノになってしまっている。時期が来れば戦端が開かれることは必至であり、そしてその時になれば相手方に思惑を達成する余裕などありはしない。目下で必要なのは来るべき戦争への備え。

 近いうちに潰れることになる目的の探り当てと、薬にもならない四人の日常の維持とで、どちらを優先すべきかと考えたなら、答えは余りにも明白であり。だからこそレイガスは試験官として、自身(レイガス)の意志を実現することのできる自分()を選んだのだ。

「……」

 ……面倒なことだ。

 再度の嘆息を内心で郭は零す。賢者見習いとして鍛え上げられた自身の力量をもってすれば、目の前の素人たちを(ひね)ることなど息をするようにできることでしかない。

 赤子の手をひねる以前の問題だが、この状況を成り立たせている名目はあくまで力の試し。抵抗の余地もないほどの攻勢で蹂躙(じゅうりん)して、あとで試験は不当だったとごねられても困る。自身と対等の賢者見習いであり……。

 式秋光の意向を受けているのだろう三千風零もいる以上、余り雑な仕方で処理することはできない。必要なのは周囲の納得を得られ、なおかつ当事者たちの心を折る手腕。

 言い分のたつ適切な(さじ)加減(かげん)だ。――ふっ。

 今一度。

 為すべきことを反芻(はんすう)した頬に、嗜虐的(しぎゃくてき)な冷笑が浮かんでくるのを郭は自覚する。彼らに恨みがあるわけではない。

 ただ、レイガスと自分の目論見(もくろみ)を達成するそのためにも、相応の痛手は負ってもらわねば困るという事情がある。()したる覚悟もない素人のことだ。

 生活に多少影響が出るような傷を負わせれば、自分たちの選択にどれだけのリスクが伴っているのかを思い出して、すぐに考えを改めるだろう。震えて膝を折る四人の姿。

 誰にどれだけの手傷を負わせるかを想像している郭の脳裏に、ふと益体のない考えが思い浮かぶ。――獅子は(うさぎ)を狩るのにも全力を尽くす。

 いつかどこかでそんな箴言(しんげん)を目にしたことがあったように思う。顧みるべき内容として、先人たちから受け継がれてきた言葉。

 ――あからさまな嘘だ(・・・・・・・・)

 その欺瞞(ぎまん)に口元を歪めながら、当時と変わらぬ感想を郭は胸のうちに思い起こす。獅子が兎を狩るのに全力を出すつもりになど、なるはずがない。

 四方に跳び回る矮躯(わいく)は確かに目障(めざわ)りかもしれないが、だからといって全力を出させる理由にはならない。相手の体力が尽きるのを待って……。

 ゆっくりと仕留めればいいだけの話だ。そして何よりそれ以前の問題として――。

「――さて」

 ――例え獅子が全力を出す気になろうとも、獅子の全力が出し切られるその前に、兎は確実に死ぬ(・・)からだ。






「――ッ!」

 ――逃走。

 互いが互いの援護をできるよう、四人で一塊(ひとかたまり)となって俺たちは試合場の床を駆けている。散発的に()(そそ)いでくる雷撃。

「――来るぞ!」

「ッああ!」

 天井近くに起きる放電。俺たちの動く先を見越して落とされる天からの一撃を、これまで通りに全員が飛び退いて(かわ)す。――撃たれてから避けたのでは間に合わない。

 (むち)という形で振るわれていた男の電流と違い、郭が生み出している落雷の発生から到達するまでは正に一瞬だ。先行する予兆(放電)を頼りとし――!

 位置と大きさを見切った上で、落下位置から事前に身を離すことで回避している。……俺とリゲルは素の状態のまま。

 身体能力に不安のあるフィアとジェインは、回避の瞬間にだけ【時の加速】を使うことで万が一の被弾を避けている。これまでは無傷のまま躱すことができているが、

「――ッ!」

 心臓を鳴り打たせる胸中の緊張は、一向に消えてくれることがない。上方から撃ち下ろされる攻撃の威力。

 景色を引き裂く轟音と閃光を伴う稲妻の威力は、肌に伝わるだけでも相当な圧力がある。――ッ食らえばただでは済まない。

 仮に郭の言う通りの威力だとしても、手酷い痛みと傷を負うことになるだろう。加えて――!

「っと!」

「――っ大丈夫ですか?」

 三十以上の虚像に紛れた本物の郭を探し出すことも、今の俺たちにはほとんど望めないでいた。雷への回避に気を回さざるを得ないこと。

 その現状は言わずもがな、仕掛けられたトラップのせいで迂闊(うかつ)に近づいて見ることすらできず。気配を探ろうにも、目にする幻像には、全ての裏に実体的な気配が感じられるのだ。……ダミーの物体でも置かれているのか。

「リゲルさん。身体の方は――!」

「――っおお」

 質量さえ(あざむ)くような精緻(せいち)な幻であるのかは、分からないが。飛ばされたフィアの声に、小走りの姿勢でいたリゲルが視線を向けてくる。

(しび)れの方はもうだいぶ取れたぜ」

「――」

「フィアの治癒のお陰でな。すげえ成長だな」

「どこかのバカがこれ見よがしな誘いに()まらなければ、その治療を披露する手間もなかったわけだがな」

 笑顔で肩を回しながらの台詞に、若干キレ気味の口調で釘を刺していくジェイン。

「始めの突進でも僕と蔭水に面倒をかけさせたものを、二回も繰り返すとは。脳味噌がスポンジでできているのか?」

「うるっせえな! 罠があるって分かったんだからいいだろうがよ!」

「ま、まあまあ――」

「……」

 口論の最中(さなか)でも(せわ)しなく動いている眼鏡の奥の瞳。ジェインが焦っているわけも分かる。――打つ手がない。

 魔力を探ろうにも、賢者見習いである郭の魔術は俺たちで見抜けるような単純なものではない。今のところ無事ではいられているが――っ。

「つっても、そろそろどうにかしねえとな」

 このままでは、いずれ。何か手をと思った俺の横で、リゲルがサングラスの掛かった眉根を寄せ上げる。

「あの野郎がこのまま見てるだけなんてわけねえぜ。絶対陰湿な(なん)かを仕掛けてくるに決まって――」

「――逃げ回っているばかりですか」

 唇を尖らせて発された舌打ちに、応えるように郭の声が響く。

「あれだけ威勢が良かったのに、仲間の手を借りているさまは、何とも滑稽で無様だ。まるでチワワですね」

「……ッ‼」

「声だけ大きくて能がない。体力切れを待つのも時間の無駄ですし」

 相変わらず声の出どころは分からない。ギリリと奥歯を噛み締めるリゲルを(わら)うようにした、郭が幾分声色を変えた。

「少し、ペースを上げていきましょうか」

「――」

 なに? 宣告を()(とが)めた瞬間――。

「ッ⁉」

「おっと‼」

 上空の放電から、これまでよりはるかに短い()めで雷撃が落ちてくる。本能的な動きで回避した俺とリゲル――‼

「――ッ!」

「【時の加速・二倍速】‼」

 反射的に魔術を発動させていたジェイン。加速する時間の援護を受けたフィアたちが、降り注ぐ稲妻をギリギリのところで躱していく。――息を継いだ直後。

「⁉」

「チィッ‼」

 攻撃の切れ目を(うかが)(ひま)もなく、次の雷撃が降り注いでくる。回避に神経を集中するリゲルと俺。

「――ッ‼」

 身体能力に劣るフィアとジェインはすでに、援護を解除する暇も見つけられないでいる。急激なテンポの変化に、汗と疲労が滲む――!

 ――ッこのままでは。

「……っ!」

 加速をかけ続けるジェインの魔力が持たない。フィアの体力が切れる可能性もある。

「クソがッ! 下らねえ真似しやがって――‼」

「ほらほら、どんどん行きますよ」

 一秒ごとに猶予を削り落とされている状態だ。中でも執拗(しつよう)に狙われているリゲル。

 雷撃が降り注ぐ空間の中でも、郭の幻影たちは依然として悠然と姿勢を保っている。その余裕もむべなるかな。

 賢者見習いである以上、郭がコントロールを(あやま)ることなどないだろうし、仮に自爆覚悟で突っ込んだとしても、本物のいる位置を当てられなければ意味がない。幻に幾ら攻撃を当てたとしても――!

「……!」

 ……そうだ(・・・)

「――ッリゲル」

「おおっ⁉」

「相手の居場所を見破る方法なんだが――ッ」

 幻影と本物には、一点だけ違う箇所がある。気づいたこと。

「……っなるほどな」

「――」

「できるかどうかで言ったら、やれるぜ。そいつで本体を――ッ」

「――確実性が高いとは言えないな」

 雷撃を躱しながら口早に話した提案に、リゲルが乗り気を見せる。――ジェイン。

「相手は格上かつ性悪(しょうわる)の術師だ。自身の扱う魔術の欠点くらいには気づいているだろう」

「……!」

「迂闊に踏み込めば罠にかかる可能性もある。今の消耗のペースから言っても、使えるチャンスは一度しかない」

「――っ。いや……」

 会話の時間を作るためか、いつの間にか俺たちにも時の加速が掛けられている。――駄目か?

「行けるかもしれねえ」

「――っ」

「――なに?」

「要はそいつと(あわ)せて、あの余裕ぶった野郎を引きずり出してやりゃあいいってことだろ? 良い考えがあるぜ」

 冷静な指摘に唇を噛みかけた隣で、何かに気付いたようなリゲルが一瞬、考えるような面持ちを見せる。緊張を(たた)えていたブルーの瞳が、とびっきりの悪戯を思いついた少年のようにニヤリと変化した。……不安はある。

「半分は勘だけどよ。(ファン)さんとの訓練で、気の感知についちゃあばっちり磨かれたからな」

「……行けるのか?」

「おう。任せとけって」

「……仮に本物を見切ることができた場合――」

 だとしても、今の俺たちにはその可能性に懸けるしかない。雷撃の音を背後に考えを進め出したようなジェインが呟く。

「どうやって相手の懐まで飛び込むかが問題だ。――カタストさん」

「はっ、はい!」

上守(かみもり)先輩との訓練で身に着けた防御の魔術で、あの雷の攻撃を防げるか?」

「……っ」

 揺れる白銀の髪が踊るように空中に(ひるがえ)る。床を蹴って体を引いた回避の間に、散っていく放電のあとを眉根を(ひそ)めて目にしたフィアが、

「……っ分かりません」

「……」

「先輩から教わった障壁の術式はあるんですけど。あれだけの威力の攻撃を、実際に止められるかは……っ」

「……【魔力解放】の練度は上がってる」

 息を小さく弾ませながら答える。断じ切れない力の不足を悔やむようなその声に、重ねるように言い出した。

「強化率だけじゃなく、前に比べて防御能力も。フィアの障壁と併せれば、例え完全に防げなかったとしても」

「……っ」

「――よし」

 一瞬だけ不安そうな表情を見せたフィアの隣で。

「その方針で行こう。本体が看破できた時点で、僕がもう一度隙を作る」

「――」

「その瞬間を狙って、全力であの嫌みな試験官に一撃を叩き込んでくれ。――集中して行くぞ!」

「おうよ!」

「……黄泉示さん」

「ん?」

 俺たちが頷いた。小さな声。

「……いえ」

「――」

「頑張ってください。私も、全力で守りますから」

「――ああ!」



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