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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第四章 魔導協会での生活
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第十話 賢者たちの評決


「――彼らの修業は順調なようです」

 厚いガラスを通した陽の光の差し込む執務室。

「担当の三者全員から、進展の報告が上がってきています」

「そうか」

 厚い羊毛の絨毯の敷かれた床から、どことなく乾いた空気の流れを感じつつ、執務机に座す秋光(あきみつ)は、正面に立つ(あおい)の差し出したレポートに目を通している。支部長による外部者の個別訓練。

 本来であれば組織を十全に回すための職務を持つ人員を割くという、前例のない対応ではあるが、相応の力量を持つ人間を担当につけたことで、指導自体は効力を発揮していた。進展の度合いに違いはあれども。

 四人ともに能力的な成長が見られるというのは、賢者という立場を抜きにした秋光からしても喜ばしいことに違いない。かつて互いに肩を並べ、背を預けて戦った仲間たち。

「……」

 降りかかった理不尽によって望まぬ境遇に置かれている当人たちの心境を考えたなら、なおのこと安堵は深いものであって。だが――。

「……ままならないものだな」

 指導のレポートとは別に添付(てんぷ)されたもう一つの報告書を見ながら、秋光は小さく息を零す。彼らの保護と並ぶ、もう一つの重要な案件。

 ――なぜ永仙(えいせん)を擁する凶王派が彼らの命を狙うのかというその目的については、全くのこと手掛かりが掴めていなかった。四人に対する支部長らの分析では、特別不審な点や注目すべき特徴は見られない。

 上守(かみもり)支部長が試みた記憶の回復も、支部長クラスでは改善の不可能な症状だということが分かっただけ。魔術的な痕跡の有無や、(おぼろ)げな記憶の断片でさえ呼び起こすことはできなかった。……身元の情報は不明なまま。

 組織として行っている調査のみならず、ある種の指針となるはずの永仙と凶王派の活動も、このところは一向に鳴りを潜める状態が続いている。数か月前にはあれほど活発な活動を見せていたにもかかわらず。

 三大組織に突きつけた同盟と宣戦布告がまるで嘘だったかのように、不気味な沈黙を保ったままだ。不吉な何かの象徴として、空恐ろしく思えてくるほどの……。

「差し迫った危険がないのは喜ばしいが、現状を打破する手掛かりも見えていない」

 波一つ立たない静謐(せいひつ)。――完全な膠着(こうちゃく)状態。

「現状ではそれほど不満も上がっていないようだとはいえ、長引けば彼らが元の生活に戻る際の影響も大きくなる」

「……」

「解決のための手を打ちたいところだが……」

「その件について、ですが」

 (あご)に手を触れる秋光に、葵が手にしていた別の書類を目にする。

「凶王派の動きを捜索中のお二方に事情を報告したところ、それぞれから早急に帰還するとの連絡が入りました」

「――」

「レイガス様、バーティン様共に。バーティン様からですが――」

「――面白そうな話をしてるねい」

 割り入った矍鑠(かくしゃく)の声。

「――リア」

「リア様」

「あの四人についてだろ? 随分と手こずってるみたいじゃないか」

 秋光たちの向かう机の真横に現れたのは、卒寿(そつじゅ)にして壮健たる白髪の老嬢、リア・ファレル。所用でしばらく本山を空けていた、

「百万人に一人と言われる支配級の適性の持ち主に、魔術師の歴史でも(まれ)にみる概念魔術の使い手」

「……」

「かつて極東最優と(うた)われた一族の末裔に、一切の素性が不明の記憶喪失の少女。なんともまあ豪華なメンバーだね」

 協会の史上でも最高齢となる四賢者の一人が、机に置かれていた資料を無造作に取り上げる。ページの一枚一枚を(しわ)の刻まれた指先で淀みなく(めく)り終えると、年季のしみ込んだ天板の上にばさりと投げ戻した。

「少女はまだしも、別の意味で狙われるってんなら頷けるもんだが、殺されるとなりゃ確かに妙だ」

「はい」

「慎重に構えた方がいいかもしれないね。案はあるのかい?」

「……」

 半世紀以上の長きに渡り戦場を潜り抜けて来たとは思えない、明晰なリアの眼差しを受けて秋光は思案する。目下で考えていた策。

「……ないこともない」

「――」

「余り好ましいとは言えない手立てかもしれないが。凶王派の動きがないことについて――」

 自分として気の進む方策ではないが、考えつくのはこれ以外にない。秋光が思考を告げようとしたそのとき。

「――お待ちください‼」

「――ッ!」

 重厚な黒檀(こくたん)の使われた執務室の扉が、勢いよく開け放たれる。足早に踏み入ってきた一人の人物。

 風を切る両肩に、威風堂々とした大股。意気盛んと言わんばかりの振る舞いでありながら、それでいてけたたましい足音は一切響かせることがない。(たくわ)えた豊かな口ひげと外連(けれん)味のある衣装を揺らし、身体の前で茶けた革製のトランクを両手持ちする少女を着き従わせつつ――。

「四賢者が一人、アル・バーティン・ガイス!」

「――っ」

「連絡を受け、ただいま調査より帰還致しました!」

「……バーティンか」

「ええ。聞きましたぞ、秋光殿!」

 秋光たちの集う、机の前にまで歩いてきた。――アル・バーティン・ガイス。

 六年ほど前に起きた凶王派の騒動、《冥帝事件》の際に長らく空席となっていた四賢者の一角に選出された人物であり、現行の賢者の中では一番の新顔でもある。協会の歴史の中でも数番目に早い四賢者への着任を果たしており……。

 秋光やリアたちの承認を得ている以上、魔術師としての力量に疑いを挟む余地はないのだが。……ソックスに包まれたふくらはぎの中間までを隠している、古風なメイド服。

 薄い化粧で整えられた、微かに幼さの残る顔立ちによく似合う、質素であるはずの衣装のデザインには、細部に至るまで入念な手仕事の施されたフリルと装飾が追加されている。機能性を考えるならおよそ必要のない手間の掛け具合。

「凶王派より保護した四人の処遇について、何やら決めかねているご様子」

「……まあな」

「水臭いではないですか‼ 僭越(せんえつ)ながらこのバーティン、若輩(じゃくはい)としていかなる助力と責任をも果たす所存でありまして――」

「――待ちな」

 執念すら感じるデザインの凝り具合は、バーティン自身の趣味によるものなのか、はたまた自分の知らない魔術的な効能のあるものなのかは、秋光としてもかねてより尋ねてみたいところではあったが。一気呵成(いっきかせい)の話し振りにリアが待ったをかける。

「あんたが早く戻ってきたことはいいとして。レイガスはどうしたんだい?」

「おお、これはリア殿」

 わざとではないのだろう。仰々しい仕草で向き直るバーティンが、(うやうや)しいお辞儀で礼を示す。

「いやぁ。レイガス殿ほどの御仁(ごじん)となられると、やはり何かと頼られることも多いようでしてな」

「……」

「多忙で手も離せぬということで、取り急ぎ吾輩の方が帰ってきたという所存です。――四人を狙う相手方の動きについてですな」

「そうだ」

 もっともらしく頷きながらの言い分に、リアが微かに眉尻をしかめる。……指摘すべき点はある。

「葵からの報告にもあったように、調査を続けてはいるが、目ぼしい進展がない」

「ふぅむ」

「このまま方針を変えずにいて、成果があるかは疑わしい。――そこで、彼らに対し、一日限りの外出許可を出そうかと考えている」

「……!」

「――ほほぅ」

 だが今は、協会としてこの件についての対応を話し合うべきときでもあった。微かに目を見開いた葵の側方で、バーティンが整えられたロワイヤルスタイルの顎髭(あごひげ)を撫でさする。

「それはまた。秋光殿にしては、珍しい判断ですな」

「……」

「果敢と言いますか、中々に挑戦的な手法でもある。英雄の子息を含む四名を、(おとり)として使う、ということですかな?」

「――いや」

 当然起きるだろうその問いに、秋光はこれ以上ないほど明瞭な態度をもって答える。声に力強さを込めて。

「支部長たちから魔術の手解きを受けているとはいえ、特殊技能組織の被害者である彼らを、囮のような形で扱うことはできない」

「――」

「中立の『(はぐ)れ者』の関係者であることを踏まえてもなおのこと。外出許可については事前にこちらの狙いを説明し、その上で彼らの同意が得られ、安全確保の確証ができた場合に限って行うつもりだ」

 朗々とした語り口で秋光は自身の判断を説明する。――そう。

「前提となるのは彼らの力の試し。身を守れるだけの力量があることを確めたのち、支部長以上の協会員から四名以上の警護をつける。この布陣なら――」

「――なるほど!」

 魔導の秩序を守る協会の筆頭として、かつて死に別れた彼らの志を継ぐ者として、この点だけは明確にしておかなくてはならない。意を得たというように手のひらを叩くバーティン。

「彼らを狙う凶王派の出方を(うかが)う機会にもなり、行動を制限されている当人らの息抜きにもなる!」

「――ああ」

「始め聞いたときには驚きでしたが、一挙両得の素晴らしい采配ですな! となると問題は――」

「試しをどうするか、だねい」

 はしゃぐバーティンとは対照的に、リアと葵の二人は既に実行の手順を考えているようだった。冷静な面持ちを覗かせて。

「――担当の支部長たちでは、手のうちと気心が知れすぎています」

「そいつはそうだね」

「実力を測るのでしたら、なるべく関わりのない人間が適切かと」

「うむ! 流石は葵くん」

 意見を述べた葵にバーティンが頷く。予測した次の台詞に寸分違わず――。

「冷静かつ実直な分析だ! ――すなわち」

「――」

「このバーティンにお任せあれということ! 力の見極めということでしたら、是非ともこの娘に!」

 歌い上げるように高らかに述べたバーティンが、自身の前に立つ少女をはっきりと指し示した。身長百七十センチほどのバーティンの、胸元までしかない体躯。

「一から十、千から百まで! 万事見事にそつなくやり遂げたのち、最高の結果を(もたら)すことを約束いたしますぞ!」

「……」

 満面の笑顔を浮かべるバーティン()に、眼つきを変えることも抗議の声を挙げることもしないまま、ぐりぐりと頭を撫でられている様子からは、従者としての振る舞いをしっかと守っていることが感じられる。……確かに。

 バーティンの言うことにも一理ある。元より秋光としては、自分か葵辺りが出るのが適当かと考えていた。

 性格と思考に癖があるとはいえ、四賢者としてバーティンは確かな才覚と技量とを兼ね備えている。力を測るのに不備があるとも言えず――。

「吾輩の手掛けたこの娘でしたら。務まらぬことなど――」

「……いや」

 ――だが。覚えている予感。

「少し待ってほしい」

「……!」

「この件への対応は協会の総意が必要になる。少なくとも全員の意見が一致しなければ」

「――迷うことなどあるまい」

 秋光がその考えを口にするのと同時、場に満ちていた空気を割って、新たな人物の声が響いてきた。リアたちが一斉に顔を向けた先。

「力の見極めに必要なのは、正確さだ」

「――!」

「言葉の外見だけが派手な外連味などではなく。私の弟子なら、その全てを兼ね備えている」

 閉まる重々しい黒色の扉を背に、厳粛な面立ちをした、壮健とした背筋の老人が屹立(きつりつ)している。肩まで伸びた色を削り落とされた白髪。

「……レイガス様」

「これはこれは……」

 七十を超える(よわい)と思しき出で立ちでありながら、年輪の刻まれた相貌と言葉には、一切の弱々しさが感じられない。敷かれた絨毯の中央を進み、葵の声を無視して歩み出で、

「レイガス殿。もうお帰りになられたとは」

「――」

「お早いお付きですな。(おん)(じょう)支部長とお話はされなかったので?」

「――軽口を叩くな」

 大仰に瞬きしたバーティンの発言に、峻厳な威容を纏う老人が、じろりとした視線を差し向けた。――レイガス。

 レイガス・カシア・ネグロポンテ。魔導協会の幹部である四賢者の最後の一人であり。

「バーティン。お前が視察と調査という名目で首を突っ込んでは放り出してきた案件の、後始末をさせてもらっていた」

「――」

「いつも以上におかしな行動を取るのはわけがあるからと思っていたが、これが狙いだったとはな」

 協会所属の魔術師としては、リアの次に古株と言える人物でもある。明確な嫌悪のこもった言葉尻。

「凶王派に狙われる四人。自分を担当に割り込ませ、都合のいい算段にでもするつもりだったか?」

「いやはや――」

 机の上の書類を一瞥(いちべつ)して為されるレイガスの追求に、バーティンが苦々しいと言ったしかめ面で首を振る。……魔導の秩序を担う組織の幹部同士。

 だが、名前の上で同じ役職を持つとはいえ、当人たちの風向きが決して合致するわけではない。秋光が筆頭を務める現在の魔導協会には、組織の最大の敵とも言える凶王派に対し、どのような方針を取るべきかで異なる意見を持つ三つの派閥が併存しているからだ。

 ――一つ目は『穏健派』。三大組織と凶王派の対立の歴史を振り返り、同じ惨劇を繰り返さないよう、対話と共存を掲げる新興派閥。秋光のほか上守支部長などが属する派閥であり――。

「レイガス殿は実に拙速でいらっしゃる」

「……」

「一方的な想像でもって評価を決めつけるとは。いかに年長とはいえ、いささか傲岸というものではありませんかな」

 半年前に組織を離反した裏切者、九鬼(くき)永仙(えいせん)もかつては秋光と共に創設者としてその路線を強く牽引していた。二つ目の派閥は『中立派』。

 凶王派と戦端を開いた場合の被害や影響の大きさから積極的に対立すべきでないという向きを取るが、こちらから融和を持ちかけるには及ばずという判断を下している。リアやバーティン、田中支部長や(ファン)支部長など、現状で最も多くの協会員が所属する最大派閥であって。

「――聞いて呆れ果てるな」

 三派のうち最後の一つとなる派閥が、レイガスの所属している『伝統派』である。技能者界の秩序を乱す凶王派を殲滅すべき敵と認識し、徹底した交戦と排斥を口にする。

「叱責に言うこと欠いて傲岸とは。貴様こそ跳ね上がりだ」

 三大組織間でも力の睨み合いがある以上、迂闊な攻勢を仕掛けるべきではないが、平時から用意を整え機会さえあれば討伐すべし。中でもレイガスは四賢者として派閥の象徴的な立場を担う人物であり、穏健派の旗頭であった永仙や秋光とも事あるごとに対立する議論を交わしていた。……魔導に秩序を齎す協会の志に反し、無法者を許容しようとする惰弱な穏健派。

 確たる主張を持たず、現状に流されるまま日和見(ひよりみ)主義を決め込む中立派、とは、レイガスが日頃から口にして(はばか)らない持論である。もっとも――。

(つくろ)った奇行に騙される馬鹿と私は違う。白々しい真似はやめろ」

「これは何とも酷い」

 この二人の馬がこうまで合わないのは、属する派閥の違いという以上に、人間的な相性の面が大きいのだろうが。敵意に近しいまでの厳格さをもって当たるレイガスに、

 無礼なまでの慇懃さを隠そうともせず相対するバーティン。仮にも協会の筆頭を任された立場として、秋光もこの不和を憂慮はしていた。

 組織の中核となるはずの四賢者が、内部で亀裂を入れていては分断を招く。同じ案件に当たれば協力せざるを得ない場面も、互いの技量を目にする場面も増えるはず。

 永仙と凶王派の宣戦布告という大事を足掛かりとして、竹馬の友のようにとはいかずとも、互いにある種の妥協点を見出すくらいにはなり得てくれないかと考えていたのだが――。

「今の吾輩は四賢者として、レイガス殿との立場は同等でありますからな。今回の件についても、吾輩が先に申し出ておりましたとなれば――」

「事の次第も見極められない愚物の発言に意義などない。耳障りなだけ――」

「――やめな」

 現状を見る限りでは、結果的に逆効果なだけだったらしい。短期間とはいえ行動を共にしたことで相容れない点がますます明らかになったのか、以前にも増して険悪な気配を飛ばし合う二人を、リアが(たしな)める。

「二人とも。今は言い合いをしてる場合じゃない」

「……リア」

「向き合うべき問題が前にあるんだ。個人的な感情を棚上げして話せるのが、協会を担う賢者の器ってもんじゃないのかね」

「……ううむ」

 最年長となる古強者からの叱責に、両者が互いへの険悪を収めさせる。バーティンにとってみれば、リアは中立派として同じ指針を頂く先達。

「リア殿に言われてしまっては、吾輩も立つ瀬がありませんな。次代を背負う立場の補佐官もいることですし」

「……」

「見苦しい真似を見せるのは賢者の本懐ではない。大人しく(ほこ)を収めるとしましょう」

「……ふん」

「今の筆頭は秋光だ」

 基本的に年長者を立てるバーティンの立ち振る舞いからしても、異を唱える動機はない。レイガスからすればリア・ファレルは、自身と派閥を異にする立場の人間ではあるが――。

「あたしらが何を言おうとも、秋光の決定が協会の意向になる」

「言われずとも分かっている」

「……」

「若造が目に余る真似をするから(たしな)めていたまでだ。――力の判定自体に異存はない」

 かつて協会の頂点に立ち、凶王派との今より激しい対立の時代を支えた魔術師として、リア・ファレルの名は彼からしても敬意を示せる人間として認められている。一時的な小康状態。

「あとの判断は秋光がすることだろう。賢者の筆頭として、相応(ふさわ)しい判断をな」

「……ああ」

 場の取りまとめに助力してくれたリアへの感謝を抱きつつ、秋光は一瞬だけ考えを巡らせる。無言のうちに注がれる三者の視線と、

「――頼めるか?」

 緊張した様子で控えている葵の眼差しを受けた秋光が、己の答えへと目をやった。

「レイガス」

「――当然だ」

 頷いたのは揺るがぬ足跡を持つ老賢者、レイガス。厳粛とした自負心に満ちた声が響く。

「始めから答えなど決まり切っている。筆頭として、妥当な判断を下したな」

「済まないな、バーティン」

「いえいえ。秋光殿のご決定でしたら」

 優雅な礼と共に、心得ているとばかりに引き下がる。

「致し方ありますまい。今回は、レイガス殿に花を持たせるという形で」

「聞こえているぞ、己の芯も持たない日和見(ひよりみ)主義者が」

「決定の通り、試しの件はレイガスの弟子に担当してもらう」

 放置すれば次の火種を見つけかねない二人の舌戦を流す意図もかねて、秋光は話の先を続ける。

(かく)賢者見習いなら力量的にも不足はないだろう。ただし……」

「――」

「公平性を期すため、私の弟子、三千風(みちかぜ)(れい)にも同席してもらう」

 その一声。

「試験が行われるのは二人の賢者見習いの元。構わないな?」

「……なるほどな」

 自分が口にした内容に、場にいる全員が注意を向けたことを秋光は理解する。意図を飲み込んだように。

「――いいだろう」

「――」

「次代の賢者たる二人なら、互いに見るべきところも多いはず。郭にとっても、三千風にとっても」

 今一度大きく頷いたレイガスが、毅然(きぜん)さを誇示するようにローブの裾を(ひるがえ)した。

「いい刺激になるに違いない。――期日が決まるまでに、相応の準備をさせておこう」

 去っていくレイガス。閉まる扉の音を合図にしたかのように……。

「――いやはや」

 バーティンが息を吐く。茶目っ気のある仕草で、肩の力を抜くような素振りをして。

「今回は、レイガス殿に美味しいところを持っていかれてしまいましたな」

「バーティン」

「ええ、言わずもがな、分かっていますとも」

 先ほどまでの対立ぶりなど微塵も見せぬ調子で、うんうんと頷く。

「重要なのは、いかにして賢者同士の納得を得るかということですからな。その点だけは吾輩では務まりますまい」

「――」

「協会を取りまとめる秋光殿の苦労については、推して承知しているところですので。――ではっ!」

 したり顔で返した(きびす)

「吾輩はこれにて。用があれば、またいつでもお呼び立てくださりますよう!」

「私も行こうかね」

 少女を連れて颯爽(さっそう)と退室するバーティンの後ろ姿を見送ったのち、リアがそう口にする。

「幾つか考えとくこともある。――もうちょいビシッとしてな」

「――」

「誰が何を言おうと、今の筆頭はあんたなんだ。協会の屋台骨を担ってるってことを、忘れるんじゃないよ」

「――ああ」

 厳しい時勢を潜り抜けたリアの言葉。尊大にも思えるかもしれない忠告が、老女の気遣いであることを秋光は知っている。魔術によってその姿が掻き消えたのち……。

「……」

「……では」

 再び二人となった空間の中で、葵が咳払いをする。特色を持つ賢者たちによって掻き乱された空気を、今一度元の平穏に戻すように。

「今の内容で、日取りの調整を」

「そうだな」

「必要な措置を各部署に伝達。日程が決まり次第、担当者の方にも連絡します」



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