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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第四章 魔導協会での生活
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第八話 鍛錬の日々


 ――一週間後。

「……っ!」

「ふぅ~……ッ!」

 立慧(リーフイ)さんの指導の下で内丹法の修練に取り組む俺たち。震える脚で片足立ちの姿勢を懸命に保ちつつ、右腕を自分の方へ引き付けている俺の横で、リゲルが長く息を吐き出す。

「――うん」

 身体の中で炎が燃えているかのような、そんな熱量。初日は俺と同じく汗だくで困憊(こんぱい)していたリゲルだが、すでに手本として示される型の動きを完全に通しでなぞれるようにまでなっていた。頷く立慧さん。

「いいわね。大分気の流れがこなれてきてるわ」

「――!」

「呼吸法で自分の気がコントロールできるようになれば、あとは段々と慣らして鍛えてくだけになる。――第一段階は修了ね」

「――マジっすか⁉」

「こんなことで嘘ついてどうすんのよ。実感がないんなら、試しに何発か拳でも振って見なさい?」

 ひらひらと手を振られる。半信半疑と言った風に構えたリゲルの拳が――。

「ッ‼」

「うおっ⁉」

「自分でも思った以上の力が出てるでしょ」

 これまでよりも、更に勢いを増した速さで空中を薙ぎ払うように打つ。瞬きする俺たちの前で、当然と言ったように頷く立慧さん。

「身体中の気力が充実してる証」

「……!」

「その感覚を忘れず練り上げていけば、普通の筋トレだけしてるより遥かに強靭な肉体を作り上げられる。初めに言った通り、魔術への抵抗力も増してくわ」

「うおお……!」

 拳を握ったリゲルが、僅かに曲げた背を達成の喜びに震わせている。……着実な成長。

「これから静法は自分でするようにして、その分実戦形式の練習を増やすことにしましょ」

「ういっす!」

「よし。――じゃあそうね。内丹法の修練は一旦置いといて、重力魔術の方の訓練をしてなさい」

「了解っす!」

 敬礼したリゲルが俺たちから離れていく。魔術の余波の届かない距離まで離れたところで、立慧さんがこちらに向き直った。

「次はあんたの番ね。――【魔力解放】を発動してみなさい」

「――はい」

 立慧さんに言われて意識を集中する。……まだ自分の中で目ぼしい変化は起きていない。

「――ッ!」

「――うん」

 真面目に取り組んではいるつもりではあるが、進展があるのか分からないというのが正直なところだ。立ち昇る魔力の蒸気。揺らめく放出の制御を見つめていた立慧さんが、頷きを見せる。

「ほんのちょっぴりだけど、少しはマシになってきたわね」

「――っ」

「最初の垂れ流しのときよりは、それなりに発散が抑えられるようになってる。前にも話したけど、あんたのその固有技法で重要になってくるのは解放した魔力の制御」

 反復される解説。

「収束させて自分の身の回りに留められればられるほど、効果と効率が上がってく。自分じゃまだ分からないかもしれないけど、前と比べて強化の効率や持続時間、攻撃を受けた際の減衰効果も増えてるはずだから、地道に続けること」

「――っはい」

「ま」

 ――良かった。進歩があるとの指摘に安堵のような淡い喜びを覚えたところで、立慧さんが頬の力を抜く。

「切り替えの方は相変わらずなんだけど。自力で解除できないんじゃ、いつまで()っても奥の手のまま」

「……済みません」

「早く自力で解除ができるようになると良いわね。あいつくらいにとは言わないけど――」

「――うおっ⁉」

 瞬間。

「――っ」

「――どうしたの?」

「いや、(ファン)さんに教わった感じで、呪文の組み立てをやってたんすけど……」

 側方から上がった叫びと、一瞬空間の一部が沈み込んだかのような力の感覚が肌を震わせる。素早く声を飛ばした立慧さんの視線の先で、戸惑いを覚えているように手を開き閉じしているリゲル。

「何だか急に、がくんと勢いが出てきた気がして」

「――」

「これまでのところはほとんど、発動してんのか分からないくらいの感覚だったんすけど。いきなりパワーが出るようになったって言うか、蛇口の栓が突然開いたようなって言うか……」

「……呪文と力の馴染みが早いのね」

 リゲルの説明に、真面目な面持ちで頷く立慧さん。――そうだ。

「力の扱いを(つか)めてきてる証だから、それ自体は特に問題ないわ」

「……!」

「その調子のまま進みなさい。支配級なら問題ないと思うけど、魔力の使い過ぎと、暴発だけには注意すること」

「了解っす! いよっし――‼」

 今一瞬だけ覚えた感覚は、雷を操る男との戦いでリゲルが力を発現したときと、同じようなものだった。揚々(ようよう)とした気迫で次の段階に取り組み始めるリゲル。俺のところに戻ってきた立慧さんが――。

「……あの」

「……ホント」

 向こうには届かないような、静かな声量で呟きを零した。普段は見せることのない表情で、

「とんでもない才能ね。つくづく驚かされるわ」

「……そうなんですか?」

「まったくよ。センスはありそうだったとはいえ、一週間で詠唱技法の基礎をものにするなんて」

 魔力の制御に集中するスーツの背中を目にしつつ、慮外の事象に触れるように軽く息を吐く。

「自分の力に合わせた適切な呪文の組み立てができるようになったとしても、普通はいきなり大きな力を扱えるわけじゃない」

「……」

「感覚を水道の蛇口に例えてたけど、大抵はちょろちょろの段階でゆっくり慣らしてから、少しずつ出力を上げてくものなのよ。なのに……」

 腕を組んで、ちらりとリゲルの姿を見た。

「さっきのガウスは、いきなり実戦でも通用するようなレベルの魔力を引き出してみせた」

「……!」

「本来登ってくはずの段を、十段くらいはすっ飛ばしてね。――内丹法(ないたんほう)の修練だって、素人なら最低でも数か月くらいはかかるはずのものなのに、基礎を教えただけですぐ感覚を掴むんだもの」

 (あき)れると言わんばかりに首を振っている。俺から見ても上達が早いとは感じていたが……。

「指導の必要ある? って感じ。常識で考えるのがバカバカしくなってくるわ」

「……内丹法の習得の早さも、リゲルの持ってる適性が関係してるんでしょうか?」

「んー、まあ無関係とは言わないけど。どっちかって言うとあれは、あいつのまた別のセンスの良さね」

 専門家であり実力者である立慧さんから見ても、普通ではないことだったのか。――別のセンス。

「自分の気の流れの把握っていうのは、魔術的な感覚と肉体的な感覚の双方に依存するものだから。模擬戦とか組み手での技術を見る限りじゃ、相当な訓練を積んできてるでしょ」

 立慧さんの言葉で思い出す。……そうだ。

「あの齢であれだけの格闘技術が身に染み付くようになるには、それこそ四六時中って言っていいくらいの時間を鍛錬に費やしてこなきゃならなかったはず」

「……!」

「元々のセンスの良さに加えて、自分でやってきた不撓(ふとう)の鍛錬が磨きをかけてる。積み上げてきた努力の賜物ね」

 レイルさんの家にいたとき、風呂場で聞いた話では、リゲルは小学生のときからボクシングの鍛錬を始めて、その後の日常でもゴロツキや不良連中との乱闘を繰り返していたらしい。一概にいい経験とは言えないのだろうが……。

「……」

 ――積み重ねてきた時間の重さ。あの日以来鍛錬をして来なかった俺に、絶対的に欠けているものを感じられる。ほとんど進歩のないような自分を(かえり)みて――。

「――比べる必要はないわよ」

 心のうちに鬱々(うつうつ)とした気持ちが湧き上がって来そうになったところで、きっぱりとした声がそう告げてきた。

「あんたの進歩が遅めなのは事実だけど、自分の歩んできた道筋をただ(なげ)いたって、なんにもならないわ」

「――ッ」

「振り返って、それでも何かを掴むしかないの。真剣に、一歩一歩」

「……」

「自分のいるところから重ねていくだけよ。……今から話すのは――」

 立慧さんが拳を握り締める。力を緩めた手を(ほど)いたあとで、少し躊躇(ためら)いを混じらせるようにして。

「あくまでも一つの例なんだけどね。――私は大陸の、武術の道場を開いてた家の出身なの」

「――」

「小さい頃から武術漬けの毎日だったお陰で、昔は魔術師になるなんてこれっぽっちも考えたことはなかった。両親のあとを継いで、自分も道場を担う立派な武術家になるんだって思ってたわ」

「……そうだったんですか」

 語られるのは立慧さん自身の物語。声に懐かしさを滲ませつつ。

「ええ。でも、私は道場を継ぐことはできなかった」

「……!」

「私が女で、筋力的にどうしても発達が敵わないからってね。十代の頃に言ってきたのは、両親のせめてもの情けかしら」

 (かえり)みた記憶にどことなく皮肉げな口調をした、立慧さんが口元を歪める。

「子どもの頃からの夢が断たれて、目の前が真っ暗になった気がしたわ」

「……」

「これから何をすれば、どうすればって思って。そんなとき、うちに来てる武術家と親交のあった魔術師から、協会へのスカウトを受けたの」

 ――。

「スカウト――ですか?」

「どこの組織でもそうだけど、自分たちの勢力を増すために、素養のある人間を探してるものなのよ。話を聞いたとき」

 当時の心境を思い起こしているように、重い表情をした立慧さんが目を閉じる。

「これしかないって思って。一も二もなく(うなず)いたわ」

「……」

「武術で上に行けないって言うんなら、魔術で見返してやる。世界一の魔術師になってやるんだってね。まあ――」

 目を開けた立慧さんが軽く笑う。当時の自分の無謀を、苦く思い出すように。

「結局は、そっちもそんなに甘いものじゃなかった。『魔導院(まどういん)』――協会が運営してる魔術師の育成機関には、子どもの頃から魔術を学んでる連中がたくさんいてね」

「――っ」

「丁度武術を学んでる私みたいな感じだった。()り合うことはできるかもしれないけど、上には絶対にいけない」

 絶対、に込められた重い語調。

「それだけじゃなくて、魔導院での差別もあったわ」

「……差別――?」

「理論で術式を組み立てる魔術師からすると、自分の身体を武器に使う武術ってのは原始的な技法に見えるらしくてね。外部からの編入生ってこともあって、随分と嫌がらせを受けた」

「――」

「講師も見て見ぬふりで助けてはくれないし。いろいろな壁にぶつかって諦めかけてたとき、あの()に出会ったの」

 その話に入った瞬間、立慧さんの眼が輝きを増したようになる。――あの娘、とは。

「……上守(かみもり)先輩のことですか?」

「そう。千景(ちかげ)はあんたと同じ、極東の元々退魔をやってた家の出でね」

 ……そうだったのか。

「私と違って、魔術師としてはそれなりの環境を持ってる人間だったんだけど。――千景の戦い方は見た?」

「……治癒の魔術と、強力な防壁を張ってるところまでは見ました」

 記憶を辿りながら答えを出す。雷を操る男との戦いのとき――。

「【魔力解放】の副作用で、そのあと俺は気絶していて。フィアたちは見ていたみたいなんですけど……」

「そう。――千景はね、攻撃系の魔術を使えないのよ」

 食らえば黒焦げになるような攻撃を、全て受け切っていたと言っていたような。――使えない?

「先天的な適性の不足らしくてね。初級くらいまでならどうにかできるんだけど、それ以降はてんでダメ」

「……!」

「魔術師としては致命的に等しいハンデよ。当然、私以上に批判や嘲笑を浴びることも多かった」

 言葉がない。……魔術師としては素人の俺だが。

 それでも、言われている状況がどれほど不利なのかは理解できる。――攻撃の魔術が使えない。

 戦いとは基本的に、互いに相手を脅かす要素を持っていることを前提にして初めて駆け引きが成り立つものだ。寸止めや手加減さえできないというなら……。

「でもあの娘は、諦めなかった」

「――ッ!」

「いつだって前を向いて、自分の(いだ)(こころざし)をはっきりと口にしたわ。治癒と障壁系統の魔術を突き詰めて、何千人に上るライバルたちを押さえて、支部長の座を掴み取った」

 それは本来、戦いの場に上がることすらできないほどの不利であるはずで。立慧さんの瞳の中に、往年の先輩の姿が映る。

(くじ)けないあの娘の姿を見て、諦めるなんておこがましいって(さと)ったの」

「……」

「自分と同じかそれ以上の逆境でも頑張ってる人間がいるのに、なに下を向いてるんだって。千景と出会ってから、私も泣き言を言うのは止めた」

 きっとそれは、凄まじい苦難と努力だったのだろう。

 立慧さんも、先輩と同じように。他人ができたから同じようにできる――。

「自分にできることを()き集めて、あの娘に負けないように試行錯誤して、今のこの、武術を中核に魔術を使うスタイルに辿り着いた」

「……そうだったんですね」

「千景は私の一番の親友で、一番に尊敬してる魔術師よ。――で」

 そんな生易しい取り組みではなかったはずだ。自負を込めて言い切った、腰に両手を当てた立慧さんが俺を見てくる。

「何が言いたいかって言うと。――才能なんて、状況の中の一つの要素でしかないってこと」

「――ッ」

「他人と比べて立ち止まってる暇があったら、自分がなにをすべきなのかを考える。今はどんなにできないって思うことでも、一歩一歩進んでくうちにできるようになることがあるわ」

「……」

「――だ、か、ら」

 今一度はっきりと。

「頑張りなさい?」

「――」

「積み上げてきた努力は裏切らない。あんたが今やるべきなのは、自分と仲間のために、死なずに生き延びるための力をつけること」

 心臓に力を送り込むように、胸元を拳で軽く突かれる。

「ここ以外で頑張ってる二人のためにもね。一応、そういう指導をしてるつもりだから」

「……はい」

「うん。――よし」

 切り替えるようにして。

「まあ、そうは言ってもやっぱり、進展がある方がテンション上がるわよね」

「……?」

「仲間のために、驚くような成果を用意したいって気持ちも分かるし。やる気の管理も大事だからね」

 うんうんと頷いた立慧さんが、悪戯(いたずら)っぽい視線で俺を目にした。

「一つ、面白そうな技のアイディアがあるの」

「――!」

「身に着けられるかはあんたの努力次第だけど。――頑張ってみる?」



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