第五話 考える時間
「――待たせたな」
重々しい石造りの両扉が開き。空間に入ってきたのは、猛々しい革のジャケットを羽織った若い男。
「……」
「――遅いぞ」
中央にある岩のテーブル。既に列席していた三者から、各々の反応が飛ばされる。静かで厳粛な声の響き。
「今回は定例の合議ではない。お前が議題の中心であることは、重々承知しているはずだが」
「責め立てるほどのことでもあるまい」
悠然と席に着く青年の所作に対し、深紅の瞳を向けつつ小柄な少女から窘めが飛ぶ。肩まで零れる濃い紫の髪に、黒紫を基調とした古めかしいドレス。
「作法も弁えない荒くれ者を纏める蛮族の長だ。身支度に時間がかかるものでな」
「――王より呼び出された被告の立場にしては、厚顔に悠長なものです」
列席者の中で最も年若い、十四、五歳と思える外見にはしかし、一目で圧倒されるほどの威容と品格が備わっている。内側から滲み出す重苦しい魔力の圧を隣に、続く言葉は年長の女性。
「狂犬がまた派手にやりましたね。先日の件と合わせて貴方の派に立った風聞」
「……」
「無視できるはずもありません。申し開きの文句を覚えるのに時間を要しているのかと思いましたが……」
漆の如き光沢をもつ滑らかな声から、翠玉の如く整えられた容姿が人目を惹く。東洋の宮殿から抜け出してきたのかと思える華美な衣装。
暗がりの中であっても色彩を損なわない雅を纏い、嫌味なほどにこやかに言い掛けて愁眉を顰める。容姿に相応しい、気品のある仕草とは裏腹に、細められた瞳には露骨なまでの威圧と非難が込められていた。
「違ったようですね。気でも違えたのですか、狂覇者」
「なんのことだ? 一体」
「――惚けるな」
続く詰問にも狂覇者は表情を変えない。王としてこの場で最も弱卒の身でありながら、傲岸にも似た不遜を保つ態度。
「意味がないということは分かっているはずだ。迂遠な返答をすれば、己の派の首を絞めるだけに終わる」
「何故こんな愚行に至ったのです? 今なら釈明の時間だけは与えてあげますが」
「……」
けんもほろろに投げ交わされる会話を前にして、我関せずとばかりの静観を保持する黒色の人影がいる。……あれが当代の《冥王》。
影絵がそのまま形を成したかのような外貌に、見た目に違わない実在の薄さ。姿はあれどもないが如し。二者の纏う威の立ち込める場では、ますますその姿は背景の闇に沈んで見える。稀代の暴君と言われた《冥帝》が姿を消して以来。
凶王の中で最も情報の少ない人物だったが、こうして目の当たりにしても得られる情報はほとんどなかった。それでも反応を見せていることは感知できる。
視線より一段と弱い、微弱な注意のようなもの。二人の王と同様、己の隠形法を看破していることに、姿を隠している男としても格別の思いがあった。
――『凶王五派』。
かつて男の所属する魔導協会を含めた、三大組織全体に対する永遠の敵対者。技能者界の秩序管理を謳い上げるほどの力を持つ三大組織とはいえ。
全てが賛同や恭順を選んでいるわけではない。国家機関や逸れ者など、中立を保つ勢力の他、特に組織の唱える秩序への反抗を選択する技能者も市井には存している。
そうした思想を持つ人間は反秩序者と呼ばれ、三大組織にとっては処罰、粛清の対象となる。魔導協会にとっての禁術師。
聖戦の義にとっての異端、涜神者、背信者。執行機関にとっての技能犯罪者などが代表例だが、大抵は散発的なもの。勢力も規模も比較にはならず、組織がその気になれば風前の塵と消える程度のものでしかない。唯一の例外項。
凶王派という勢力を除いては。……系統の異なる五つの技能派閥が構成する連合体。
技能者界における数多の組織が抗争や衰退に滅びていく歴史の中で、三大組織と同じく権勢を保ち続けてきた勢力。派閥ごとに最も優れた技能者が長を担い、帝王、魔王、覇王、冥王、賢王の称号と共に頂点を頂く。
構成員の数こそ三大組織に劣るものの、独自の伝統と知見を蓄積した少数精鋭の戦力は、個々の質では組織に勝るとさえ言われている。……確認は取れたか。
帝王の出現が確認できないのは残念だが、彼の派の在り様は元よりイレギュラー。場の空気は最悪に近く、沈黙が続く数瞬ごとに狂覇者を囲む殺気が密度を増していっている。これ以上引き延ばしても悪くするだけ――。
「――ッ」
判断した男が隠形を解除した瞬間、列席者の視線が一斉に集まる。顕わにされた来訪者の正体に、白くしなやかな指先を下げかけていた女性が、整えられた目を見張る。
「――お前は」
「……」
微かに片眉を上げる少女、見て取れぬほど僅かに身じろぎした影。数瞬の沈黙を挟み。
「……驚いたな」
既に落ち着きを取り戻した声音で少女が呟く。灰色の椅子の腕を、手入れの行き届いた爪先が一度叩く。
「魔力の隠し方からして、相当の術者だろうとは思っていたが、事実だったとは。――自分が何をしでかしたのか、理解しているのか?」
「理解しているか、だと?」
視線を差し向けられて鼻白む狂覇者。力と風格の不足こそあれ。
「無論しているとも。覇者たる俺の誓いを果たすと同時、この場に相応しい、願っても得られぬ上客を連れてきた」
「……」
「王の名に相応しい振る舞いだろう。称揚されることこそあれ、貶される理由などないはずだが」
「……嚙み付くしか能のない駄犬が。脳髄までも腐り切りましたか」
図太さで言うならば、既に王の域にあることは間違いがない。業を煮やした声色が賢王の玉唇から奏でられる。
「怒ってくれるな、賢王。俺としては物足りないが、こいつとて俺たちと殺し合いに来たわけではないらしい」
悪びれもせず飄々と答えを返す。肘を突きながら片手を上げ。
「でなければ態々俺に取り入ってまで、こんなところには来ないだろうさ。その程度の理、賢しらな王なら当然解していると思ったが?」
「自爆の可能性も考えないのですか、浅はかな。悦楽と見れば毒肉だろうと貪る牙狼、王名の重責も背負わぬ半端者が」
険を入れた切り返しに狂覇者が瞳孔を細くする。二者の間で張り詰めていく殺気。眼光の鋭さを増す狂覇者が、座する姿勢を僅かに撓めた瞬間――。
「――やめろ」
一触即発の空気を、厳めし気な少女声が遮断した。霧散する緊張感。
「二人とも。王派の調停者として、それ以上は見過ごせなくなる」
「……」
「……魔王」
継続する睨み合い。厳然とした静止を受けてなお、差し向けられる互いの険悪は止まらない。憤懣やるかたなしといった様子で睨む女性。
「王の名を持つ私に暴言を吐いた、その罪人を前にしてやめろとは。――号を笠に着ただけの小娘が、随分と良い身分になったものです。さぞかしご立派な理由がお有りなのでしょうね」
「招かれざる来客があったとはいえ、ここは合議の場だ。義憤も尤もではあるが、それに執心するときではない」
「……」
「故に慎め、ということだ。――狂覇者」
憮然とした顔で唇を結んだ相手への説得を終えたと判断したのか、続け様に少女が狂覇者に言葉の行き先を向ける。薄紅色の唇を開き。
「久の対峙だが、変わらず口が過ぎるな。今の立場を貫くというならそれまでだが、王として相応しい格を我らに示さなければ、お前はこの先どうあっても覇王を名乗ることは出来ない」
「……口先で王の格が示せるわけでもあるまい」
「そうだ。だが口先で災いを招くようであれば、それ以前の問題になるだろう。――今は黙せ。いいな?」
「……ああ」
不承ながら首肯する。賢王に続き、狂覇者も意外なほどあっさりと矛を収めた。
――たじろがぬ冷静さだけではない。
幾ら少女の言い分に分があったとしても、それだけで二人の王がすんなり聞き容れるということはあり得ない。彼らが目の前の少女の言葉に一定の重みがあるように振る舞っているのは、偏にその力を理解しているが故。
「――応対が遅れたな」
凶王派の統括者を担う王、《魔王》の号が持つ意味と重みを。年齢からは考えられないほどの深みを持った深紅の視線が男の方へ戻される。相対するだけで飲み込むような力の片鱗を窺わせながら、魔王が事の続きを紡いだ。
「この場への侵入は不問とする。狂覇者の言を信じ、まずはお前の話を聞かせて貰おう。……但し」
一拍の間。意味を染み渡らせる充分な時間をおいて、濃紫の眦が眇められた。
「私は嘘が嫌いだ。一片でも虚偽を述べ立てれば、それまでだと思え」
――
「……」
話を終えて。
「……そんな戯言を、信じろと?」
始めに反応を示したのは賢王。困惑の入り混じった疑念が、柘植色の瞳に濃く出ている。
「狙いは恐らく、『永久の魔』」
「――」
予想内。続けた男の発言を受けて、場に流れる空気が変わる。不信から驚愕へ。
「……事実なのですか。あの噂は」
「……」
「……仮に、その話が事実だとして――」
魔王の目が男に向けられる。威圧を伴う紅の瞳は今、奥底に不明瞭な感情を湛えているようにも感じられた。
「正気か? 元大賢者」
「――無論だ」
「……狂覇者。貴方は、この話を?」
「聞いていた。まあ、中身だけでは絵空事と切って捨てるに足る話ではあるが」
背もたれに背を預け、鬣のように襟を立てた狂覇者が眼で男を指し示す。口角を不敵に上げ。
「この男が単身此処まで来ている。そのことが、何にも勝る証明なのではないか?」
「……」
「――いいだろう」
得意気な言葉の直後、魔王の音が宣告を下す。一切の情感が隠された、審判者の如き目つき。
「お前の証言を試そう、救世の英雄。――事の真偽が分かるまで拘束させてもらう」
魔力の熾りと同時に、男をほの暗い法陣が取り囲む。制縛する力に逆らわず男は身を委ねる。今はこれが――。
「報告が上がるまで待て。お前の具体的な処遇を決めるのは、そのあとだ」
「ただいま」
「た、ただいま戻りました」
――夕飯後。
何をするでもなく、俺と少女はこの地の住居へと戻ってくる。手にはビニールの手提げ袋。
「歯ブラシとかは適当に置いてくれていい。洗面所でも」
「はい」
帰宅ついでに近所のスーパーで買ってきたものたちだ。少女用の簡単な生活雑貨と、明日の朝食用にパン、卵、牛乳。
紙製の容器に入ったサラダを買ってある。段ボールの中には炊飯器と生米があるので、飯を炊いておくこともできるのだが。
「ふぅ」
「……失礼します」
今はひとまず手頃なもので済ませたい。最大四人暮らしが想定されているためか、五百リットルはありそうな冷蔵庫に中身を入れ、ソファーに座る。少女も倣うようにして、対面のソファーに腰を下ろした。夕飯前と同じ構図。
「……」
「……」
……会話がない。
「――そうだ」
「あっ、はい、なんでしょう」
「まだ、どこで寝てもらうか決めてなかったな」
「それでしたらその、ソファーで全然大丈夫です」
食事のときは少なくとも、自分の料理を食べるのに専念していればよかったが。予め自分で決めていたのか、遠慮がちに言ってくる少女。
「いや、部屋はあるんだ。廊下の途中のドアはほとんど個室だから、どこを使うか選んでほしい」
「あ。分かりました……」
予想が外れたようでしゅんとした顔をする。警戒というよりはこれも、迷惑を掛けずにという意識なのだろう。半端な弾力のあるソファーから立ち上がり。
「どこも大して変わらないと思うんだが……」
着いてくる少女を後ろに、廊下に並んだ部屋を順番に見ていく。リビングから玄関まで一直線に伸びる廊下には、左に四つ、右に三つのドアがあり。
右手の中央が浴室、玄関側の二つが手洗いで、あとは全て個室になっている。俺が左手真ん中の部屋を使っているため、あとの三部屋は完全な空き部屋。
「じゃあ……この部屋でも大丈夫でしょうか?」
「ああ、構わない」
どこを使ってもらってもいいわけだ。どの部屋も広さに大差はなく、五畳ほどのスペースに備え付けのシングルベッドが置いてあるだけになる。右手の手前、リビング近くの部屋を選んだ少女。
「じゃ、今日からここを使ってくれ。私物とかも好きに置いてくれて構わないし、空いているスペースも自由にして貰っていい」
「分かりました。ありがとうございます」
「掃除機なんかはまだない。明日の買い物で揃える予定で――」
元々小父さんの勧めで借りることになった、独り暮らしには広すぎる持て余し物件だったが、何が幸いするかは分からないものだ。部屋が決まったのでリビングへ戻る。灰色のソファーに再び腰を下ろし――。
「……」
「……」
互いに何を話すでもなく、なんとなく居心地の悪い空気が間を流れていく。話題は特にない。
話せそうなことについては話してしまったし、少女は記憶喪失だ。共通の話題などあるはずもなく、何に興味があるのかも分からない。互いに目を合わせないまま、膝の位置を変えたり、指を組み直したりする。
何か。
「――っくしゅんっ!」
「――」
「あ……」
白銀の髪の毛が上下に波打つ。咄嗟に口を手で押さえた少女が、しまったというような顔をする。……そうだ。
「――沸かすから、先に入ってきてくれ」
「い、いえ、それは」
「俺はまだ私物の整理があるし。先に済ませてもらった方がありがたい」
そう言えば少女は、例のワンピース一枚のままだった。食事に出るときもあの格好だったのだから、寒くないはずがない。
「シャンプーと石鹸はこれ、洗濯機の洗剤はこれを使ってくれ。入れて適当にボタンを押せば洗えると思う」
「あ、は、はい」
「タオルがあとでよければ、服だけ先に回してくれてもいい。乾燥機も置いてある」
使用感のない浴槽を軽く一洗いし、お湯が溜まっていくのを確認したあとで、日本でも使っていた個包装タイプの洗剤を渡す。地面に倒れていたせいか。
「っ、分かりました……」
少女の来ているワンピースは、裾の辺りが黒く汚れてしまっている。遠目で見る分には気にならないが、元が白ということで多少目立つし、放置して落ちなくなっても不味いだろう。納得したらしい少女を風呂場に押し込め――。
「……ふぅ」
リビングに戻って、一息を吐く。……慣れないものだ。
他人を気遣うというのは。身内以外の人間とこれだけ近い距離にい続けるのは、思えば久し振りの経験になる。中学の途中辺りから、人の輪からは外れていたし。
然したる友人もいず、休日も独りでぶらついている方が性に合っていた。自分から相手の状況を思い遣り、考えて話を振る。
ずっと前にやめてきた生き方は、改めて取り組むと以前より遥かに難しく感じられる。……そう。
世界が輝いて見えた子どもの頃。全てが一変した、あの日以来――。
「……」
頭の奥で鈍い痛みがする。……駄目だ。
こんなところで思い出すものでもない。頭を振って記憶を散らす。途中になっていた荷物整理に掛かろうとしたとき――。
ソファーから響く振動音。心当たりのある着信の合図に、顔を上げた。
「……はぁっ……」
――肌に触れるお湯。
四肢を包む柔らかな温度が、張り詰めていた心の緊張をほぐしていく。じんわりと……。
「……ふぅ……っ」
身体の奥にまで広がる心地よさを感じながら、目を閉じる。なみなみと湯を張った湯船に浸かるというのは、恐らく初めての経験だけど。
慣れているかのように心地良い。リラックスした頭に、複数の考えが浮かんできて―――。
「……はぁ」
――ダメダメだ。
消沈した気分でつい、私は溜め息を吐いてしまう。黄泉示さんの勧めで頂いているお風呂。
手すりの付いたシングルユニットのバスタブは、伸ばした身体が丁度すっぽりと収まるくらいの広さになっている。立ち上る湯気が、真四角の空間を覆っていて……。
とても暖かい。重ねた手のひらでお湯を掬って、間を零すようにして落とす。ちゃぷちゃぷという水音。
――食事のときにはそれなりに、会話が弾んでいるように思えた。
勘違いから始まった会話だったけれど、見たこともない国の話は、想像で情景が浮かんでくるほどには興味深くて。相手の人となりを知れたような気がして嬉しかった。
空腹が紛れたお陰か、強かった不安感も戻ってきたときには大分薄れていた。和気藹々とは言わないまでも、悪くない空気を作る機会だったことは間違いない。
それなのに……。
「はぁ……」
気まずい思いをさせてしまった。コンビニで買ったヘアゴムで纏めた髪を揺らしつつ、憂鬱げに息を吐く。記憶喪失。
経験してきたはずのことについて何も思い出せないというのは、本当にもどかしい。自分のことや知識について話せない以上、浮かぶ話題は相手のことばかりになってしまって。
それもまた質問攻めにしてしまうのではないかと躊躇ってしまう。相手の善意に甘えたにもかかわらず――。
「……」
何もできないでいる。自己嫌悪気味な気分を抱えたまま、真っ白なタイルの貼られた浴室を見渡す。今日こちらに着いたばかりだと言っていた通り。
今までに見た部屋はどこも綺麗で、生活感というものが余りない。中途半端に開いたままのダンボールの記憶に、片づけを中断させていることを自覚して胸がチクチクと痛む。湧いてくる鬱々さを、波紋を浮かべる波の合間に溶かして。
「……」
自分を助けてくれた、その相手のことに考えが移った。……蔭水黄泉示さん。
恩人であることは確かなのだけど、今一つ掴みにくい人だというのが正直な印象だった。会話が好きなようには思えない。
やり取りの中でも何か、ある距離より近づき過ぎないような、近づかせまいとするような、そんな線を引いている感覚があった。意図して義務的であろうとしているとか……。
踏み込まれないようにしているとか、そんな感じ。会話も弾みそうになる箇所があるたび、敢えて手前で立ち止まられている気がする。あまり考えたくはないことだけれど。
「――」
警戒されているのかもしれない。伸ばしていた脚を少し近づける。傍目から見た場合、私の事情は怪しいことこの上ない。
新手の詐欺か物取りだと思われてもおかしくはないし、負担のことを考えれば、断られて当たり前だったはずだ。今日新居に到着したばかりなら猶更、自分の生活だけでも手一杯のはずで――。
――どうして、助けてくれたのだろう?
「……」
感謝すべきだとは分かっていても、疑問が浮かんでくる。言っては何だけれど。
黄泉示さんは、人助けが好きな性格のようには見えない。誰かと関わり合いになるのでさえ、面倒に感じているように思える。
下心、というのは考えなければならないことかもしれないけれど、そんな気もしない。黄泉示さんから感じられるのは、必要最小限にだけ関わろうという意志だ。考えれば考えるほど不思議で――。
「……っ」
同時に何か、信頼できる気持ちもしている自分に気付く。黄泉示さんには、嘘がないように思える。
良くも悪くも取り繕う気がないというか、正直と言うか。会ったばかりの人をこう思うのは危険かもしれないけれど、少なくとも、私を助けてくれたことに間違いはない。……これからだ。
詳細な動機はどうあれ、私は黄泉示さんの家に置いてもらうことになった。ならせめて、その行いに報いれるようでなくては。
反省を兼ねて今までを思い返す。お腹の鳴る音を聞かれたこと、値段を気にしていたのを気付かれたこと、くしゃみをしたこと……。
「う……」
今更のように気恥ずかしさが昇ってきて、隠れるように肩を沈める。……印象はあまり良くないかもしれない。
けど、自分の行動でできてしまったイメージなら、これからの自分自身で変えられるはずだ。奮起するようグッと手のひらを握り締める。……そろそろあがろうか。
身体の方は大分温まってきた。のぼせてしまってもあれだし、何より黄泉示さんを待たせるわけにはいかない。腕を出して湯船をあとにする。足早に――。
……あ……ッ⁉
肌と髪の端から、雫を零しながら脱衣所へ。私が自分に関わる問題に気が付いたのは、もこもこの白いマットに足を乗せた、その瞬間だった。