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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第四章 魔導協会での生活
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第五話 指導開始


「――」

「――用意はいい?」

 四方を白色の壁に囲まれた、空白の空間。

 通ってきた扉は後方。幅、奥行き共に二十メートルはある広さと、十メートルほどの高さを持つ修練場の中で、俺とリゲルは立慧(リーフイ)さんと向かい合っている。……本格的な指導の開始。

「私の指導方針だけど、スタイルの似通ってるあんたたちを、同時並行で教えてくことにするわ」

〝え~ッ⁉〟

 担当が決まったのち、組同士が入室する際にも一悶着(ひともんちゃく)があった。部屋を分けて行うことを聞いた途端に、盛大に声を挙げていた田中さん。

〝なんでぇ、合同でやるんじゃねえのかよ。途中でうっかり寝ちまっても、どっちかが面倒見てくれるって寸法じゃあ――〟

〝んなわけないでしょうが! 自分から言い出したんだから、それくらいはやりなさいよね〟

 不満を漏らす姿を睨みつけていた立慧さんが、曲げた指をぱきりと鳴らしてみせる。ドスの効いた声と――。

〝四賢者直々の案件なんだから。もしサボるようだったら、二度とサボれないくらいの目に合わせてやるから覚悟しなさい?〟

「互いの長所を伸ばして、足りないところを補う方針で。――肉体技法の他に、ガウスは重力魔術の強化」

「うっす!」

「蔭水の方はまず披露からね。模擬戦で使えなかった、固有技法を使ってみなさい」

「はい。――っ」

 目の笑っていない笑顔で脅迫していた。……あの()わった顔を見せられて気を抜く人間はいない。

「――ッ!」

「……なるほどね」

 元々真面目に取り組むつもりではあったが、さらに身が引き締められる思いだ。全身から立ち昇った魔力の暗めきを見て、立慧さんが頷きを示す。

「大体想像通りか。いいわ、一旦切って」

「え?」

「どうせ二分くらいしか持たないんでしょ? 回復できるって言っても、無駄に疲れさせるわけにはいかないから」

 ――っおおよその持続をもう見切られた。

「……実はこの技、自分では解除できなくて」

「は?」

「発動はできるんですけど、そこまでで。いつも自然に切れるまで待って、時間が終わったら倒れていると言いますか……」

 単に戦闘力が高いというだけではなく、魔術師として優れた眼力を持ち合わせているということ。恐る恐る口にした俺に対し、目を丸くした立慧さんは、思いもしてみなかったというような顔つきで。

「……筋金入りの不器用ね」

「……」

「んなことやってたら持たないわよ? 言うまでもないだろうけど」

「……済みません」

「よく生き延びてこれたわね。まあいいわ」

 呆れるように溜息を吐かれる。……ぐうの音も出ない。

 これまでの戦闘を思い返すと、自分でも相当に幸運だったと思う。頭を下げた次の瞬間。

「できないことを言ってもしょうがないし。強引に止めるから」

「――ッ‼⁉」

 一陣の疾風が目の前を吹き抜けたかと思うと。硬く鋭い何かで骨肉を突き刺されるような衝撃が、瞬時に全身を駆け巡る。――ッ⁉

「うぐッ⁉」

「――ッ、黄泉示⁉」

「……あっさり止められるのね。驚きだわ」

 身体の表から裏へと突き抜ける激痛。苦痛に一瞬だけ息の止まった俺の瞳に、得物の正体が映り込んでくる。立慧さんの目の前まで引かれた人差し指。

 鍛え上げられた徒手による貫手の連弾だと気付いた直後に、疑問の混ざった怒りが湧き上がってくる。説明もなしに、いきなり何を――っ!

「……っ⁉」

「――気脈の(けい)(けつ)を突いたのよ」

 抗議を口にしようとして気付く。……っ止まっている?

【魔力解放】の作用により、全身から立ち昇っていたはずの魔力が、完全に。信じられないように目を瞬かせる俺の前で……。

「人体を流れる気や魔力には、ある程度共通の要所と流れ方があって、あんたの固有技もそれを土台にしてる」

「……っ!」

「仕組みは今ので大体見たから、次からはもう少し穏便な方法で止められるはずだわ。――とりあえず、自力で発動を止められるようになるところからね」

 立慧さんは、なんでもないことのように説明を続けていく。……こんなことができるとは。

「今のままじゃ、万が一って言っても話にならないし。剣も使うのよね?」

「ッ、はい」

「始めは固有技の訓練をして、魔力が尽きたらそっちの訓練にも移りましょ。剣の技についてはあれだけど、身の守り方くらいなら教えられるから」

「――ッお願いします」

「よし。次にあんただけど――」

「――済んません」

 頼りになるのかという始めの印象が、完全に払拭されてしまった気持ちだ。怒りより驚嘆の方が勝る気持ちでいる俺の隣で、リゲルが学園の教室にでもいるかのように、グローブに包まれた手を挙げた。

「始める前に、一つ訊いときたいんすけど――」

「なに?」

「前に黄泉示から聞いて、(ファン)さんも言ってたと思うんすけど。魔術ってのは普通、呪文を唱えないと使えないんすよね?」

「……!」

「俺は呪文とかはさっぱり知らないんすけど、前の戦いのとき、なんかガァーッ! って感じで力を使えたことがあって」

 その話か。確かに疑問ではあった。

「あの眼鏡もそうみたいですし。呪文を唱えないのに、いきなり魔術チックな力が使えることってあるんすか?」

「素人としては真っ当な質問だけど、順序が逆ね」

 子どもの頃の俺は、確かに両親から術法と呪文はセットで覚えるものだと教わった。正式な呪文を覚えていないはずのリゲルたちが、なぜ力を使えたのか。――なに。

「史料から起源をさかのぼってみると、魔術ってのは元々、詠唱を持たないのが普通だったの」

「……っ!」

「【原始魔術】って言ってね。大昔に生まれたばかりの魔術は、それこそ正に意志や気合いの力だけで発現させるようなものだったらしいわ。――叫んだり、身振り手振りだったり」

 立慧さんが簡易なジェスチャーをしてみせる。……言うと殴られるかもしれないが。

「そしてこれは現代においても同じで、一定以上の素質がある人間も、詠唱を使わずに魔術を発動させられる場合がある」

「――っ」

「運動神経のいい奴が、初めて見るスポーツでも感覚でできちゃうみたいな感じでね。――あんたを直すのはそこから」

 野性味のある迫力が、意外と雰囲気にマッチしている気がする。立慧さんの瞳が真剣さを増す。

「詠唱なしでも発動ができるのは才能を持ってる証だけど、今言ったように、理論や技術以前の原始的なやり方でもあるの」

「……!」

「魔術を使う際の呪文と詠唱は、伊達や酔狂で付けられたわけじゃない。自分の扱う力に名前を持たせて、自覚を強めた上でより自由に使えるようにするためのもの」

 言葉に強く意味を込めるように握り締められる拳。魔導の歴史を担ってきた、正真正銘の魔術師。

「呪文を始めとした【詠唱技法】の扱いを身につけることで、感覚的な運用よりずっと応用が利くようになるわ。あんたにやってもらうのは、基本的な魔力の自覚と、術名並びに詠唱技法の獲得」

「――」

「肉体技法については二人にまた別の指導をする形になる。教える以上、本気で行くから」

 それが目の前にいることを自覚した俺たちに、立慧さんが、今一度正面から眼差しを送ってくる。修行の本腰を入れるよう、はっきりと俺たちと目を合わせて。

「遅れないようしっかり着いて来なさい。どっちもね」

「――ッはい!」

「ッ、うす!」







「――」

 空白の空間。

 進む歩みを止めた背中の後ろで、微かな音を立てて入ってきた扉が閉められる。――上部がやや平たい、キューブのような部屋の中。

「――さて」

 他には誰もいない、一対一の形で、私は千景先輩と部屋の中心で相対していた。……昨日はよく眠れなかった。

「始めるとするか。準備はいいか?」

「は、はいっ」

 これから始まる生活に対して、色々と不安が昇ってきてしまって。先輩の言葉と視線に、魔術の指導が始まるのだということを思い返す。……失敗を繰り返すわけにはいかない。

「模擬戦や、適性検査の結果だが、あまり気にしなくていい。『宿星天球図』が読み取れる適性は、あくまで現時点での向き不向きだ」

「……はい」

「大まかな分析や指標にはなるが、努力した結果、全く別のものが得意になることもある。最終的に何が身につくのかは、やってみなきゃ分からないってことだな」

 立慧さんとの試合でのような情けない失敗は、絶対に。気を引き締めるつもりでいる私に、気遣っているのか、先輩はそう言ってくれる。平凡で、秀でたものはない。

 始めから期待はしていなかったとしても、そのことをはっきり示されると、どうしても気落ちするような感情の揺れが起きてしまう。……二人のような特別な才能でなくていい。

 でもせめて、一つくらい見るべき何かがあって欲しかった。都合のいい幸運を望んでしまうのは……。

「まずは簡単なところから始めていこう。私の指示に合わせて――」

「……その」

「ん?」

 私の心がまだ、弱いからだろうか。……訊かなくてはならない。

 言いかけて言葉を止めた私を、先輩が問いかけるように見つめている。……他の誰かには聞かれない。

 今この場所にいるのは、自分と頼みを入れる相手だけだ。状況にいることに、背中を押される気持ちで意志を固め――ッ。

「――どっ、どうしたら、先輩みたいな魔術師になれるでしょうか⁉」

「――っ」

 一触即発の気持ちで、どうにかその言葉を口にした。――意外。

「ッ、ええとその」

 大きく見開かれた眼に、間違えようのない感情が浮かぶのを見て取って、どうしてもしどろもどろになる。……っ分かっている。

「……済みません」

「……」

「いきなり変なことを言ってしまって。先輩と同じくらいに強くなりたいってわけじゃなくて、そんな風になれるとも思ってないんですけど、その……っ」

 私は何の力も素質もない、ただの一般人だ。昨日今日でこんなことを考えるのは、分を知らない馬鹿だからなのかもしれない。

 余りに愚かで無分別で、都合のいい望みなのかもしれない。――ッだけど。

「……」

「なんて言うか。先輩に助けてもらった戦いのとき……」

 緊張に鼓動が早まる心の動きに、レースのついた服の裾を握り締める。上手い言い方を諦めて。

 目だけは真っ直ぐに逸らさずに。事実を順番に話すことだけで、思いを伝えようとした。

「背中がとても、大きく見えたんです。あんなに強い人を相手にしていて……」

「……」

「一歩も引かずに戦って。相手を傷つけることもせずに、私たちのことも、周囲の家も守ってくれていて。……私と比べて、なんて凄いんだろうって」

 ――そう。

 あのときの先輩は、ただ単に自分と私たちを守っていただけではなかった。周りの建物や道路。

「私はこれまで、逃げることしかできませんでした」

「……」

「初めは逃げることすらできなくて、黄泉示さんたちに守ってもらっていて。トレーニングを積んで、動けるようになっても……」

 無視すれば被害の出るだろうほんの僅かなものさえ守りながら、ただの一度も攻撃の魔術を使わずに、張り巡らせた盾と障壁で全ての攻撃を受け切っていた。……そうだ。

「誰かが戦っているときには何もできなくて。見ているだけなのは変わらないままで……」

 ――今の私では、誰かの力になることは何もできない。自分の命を守るので精一杯なだけ。

 あの雷を操る男の人との戦いのときにも、立慧さんとの模擬戦のときにも、私は自分だけを守りながら、戦っている誰かを見つめていた。――黄泉示さんが。

 リゲルさんが、ジェインさんが傷つくところを、見ているだけではいたくない。……願ってもない機会を得られた。

 魔術師の集まる組織に迎えられ、千景先輩という、理想の戦い方をしている人に出会えた。今ここで一歩を踏み出せなければ――ッ!

「目の前で戦ってる誰かを、少しでも助けられるようになりたいんです。――ッお願いします!」

「……」

 望むように変わることなどきっと、できはしないのだ。一心に見つめる私の前で。

 先輩は、何かを考えるように黙っている。……っどうか。

「――ふっ」

「――」

 ――っ。

「ふ、ふふっ」

「……っ」

「なるほどな。そういうことだったか」

 不安に息を呑んだ私の目の前で、先輩が押さえきれなくなったと言うように笑みを零す。……っやっぱり。

「す、すみません」

「――」

「本気だとは思えないかもしれないんですけど。ッでも――」

「ああいや、悪い。そうじゃないんだ」

「えっ?」

 私なんかでは。食い下がろうとした私の視線の先で、先輩が自戒するように静かな笑みを描き直す。穏やかな表情で私を見て。

「考えてたよりずっと、強い芯を持ってると思ってな」

「……!」

「誰かを助けるために、か。――私もそれを(こころざし)にして、魔術を学び始めた」

 話す先輩の表情は、先ほどまで支部長として振舞っていた先輩とは、どこか違った空気を纏っているように思える。普通でない力を多く見せられて……。

「私の家系は代々、守りや補助に長けた退魔師の家系でな。異形(いぎょう)――人ならざる怪物の手から人々を守ったり、傷ついた人を癒したりすることを主軸に置いてきた」

「っ」

「目の前の敵を倒すことよりも、戦う仲間が傷つかないための支援を第一に考えたんだ。カタストはさっきのテストで、障壁や、治癒の方に適性が向いてた」

 自然と遠い人のように思ってしまっていたけれど。魔術師と言っても案外、私たちとそう離れてはいないのかもしれない。私を見る先輩の瞳。

「今の話を聞いても、私はカタストの望む戦い方を教えられると思う」

「――!」

「自慢じゃないが、守りの魔術については、協会の中でも私の右に出る人間はそういないからな。――一緒に頑張ろう」

 親しみのある眼差しがこれまでで一番、身近なもののように感じられて。初めて見せられた先輩の柔らかい微笑みに――。

「それだけ強い気持ちがあるなら、力もきっと伸びるはずだ。基本と基礎からしっかりとな」

「ッ、はいっ‼」

 ――胸を衝く嬉しさを覚えた私は思わず、希望に溢れた声を挙げていた。



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